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28年バックナンバー

産業保健変革への方向性

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  德永 龍子

  今年は感動的なリオ五輪・パラリンピックで湧いた。リオのメッセージは、経済範囲・ブラジルらしさで挑戦すれば必ず成功する。障害、貧困、戦火の中の人々も参加可能という「多様性と寛容」の人間尊重であった。ブラジルらしさは、五輪という最大の国家行事であっても、準備はギリギリ間に合えば大丈夫と楽観的で慌てていなかった。運営上の不調や問題はあったが実際何とか間に合った。だが心配されたテロも起こらず、終わってみれば大成功。経済・貧困・政治問題も山積する中で、仮設を多用し施設の転用先まで熟慮した変革五輪だった。みんなが満面の笑みで楽しく参加し、サンバを踊るカーニバルやスポーツの祭典を謳歌する多様性と寛容の大切さを痛感した。
  リオからの学びは、身の丈に合った資金と多様性と寛容さで揺るがず楽観的に挑戦し成果を出すこと。オックスフォード大学のエレーヌ・フォックス教授とダットン教授が提唱する楽観主義である。喜びや快楽を司る脳側坐核を刺激して、環境の中でのポジティブ思考、行動、根気、粘り強さで人生をコントロールする。仲間、家族、友人、音楽、スポーツ等に人生の価値を見いだし、投げ出さず挑戦していく。

  医療保健分野で変革した国にスウェーデンがある。東京都と同じ予算規模のスウェーデンは、日本と同じ91年にバブル崩壊し、92年に銀行を国有化して94年に景気回復した。私は97年に医療保健視察をしたが、この分野も費用対効果で評価され予算配分がされた。変革の1つが入院期間の短縮と在宅看護の充実。その結果評価で継続が決まった。通院方法も緊急それ以外を区分。予約制で来院、電話FAXでも対応し、遠隔地の患者には薬が郵送される。変革の2つめは終末期医療。高齢終末期は、尊厳を尊重した生活介護支援とされた。高齢者施設は町中に移され、売店・レストラン・美容院などを併設し、市民との交流も日常的となった。買い物・外出・会話等は家族やボランティアの役目と区分。仕分けで仕事量が減少した事で、外国人労働者の高齢化による年金問題、その子孫の教育問題が新たに浮上した。保健も予防接種とエイズ予防に特化された。“STOP THE AIDS”と大きなコンドームの絵を付けて走るバスに度胆を抜かれた。健康教育は職場、学校、刑務所で実施となった。

 その間日本は、大きな変革もなく政府の借金は1,000兆円を超え、社会保障費も膨張した。労働生産性(GDP÷労働者数2014年)は上がらず、主要先進7か国で最も低い。人口減の日本が成長力を取り戻すためには、社会保障分野も費用対効果で評価し変革する時ではないだろうか。製造業は機械化が進む。保険と税金に頼ってきた社会保障分野に資本・技術力を備えた「民の力」を生かせれば、生産性は高まり公的支出も減らせる。情報技術や人工知能(AI)、労働効率向上の「道具」、作業環境の改善手法の先進事例を活用する。業界あげて参加し、変革の波にうまく乗る知恵と行動力が必要だろう。

  産業保健相談員となり6年、労働環境の根本的変革なしには産業保健の改善は望めない。変革により労働過重が是正されれば、健康回復や育児・介護問題の軽減、女性の活躍促進に繋がりうる。近年横ばいの労働災害及び業務上疾病の労災補償件数の減少、勤務問題を原因・動機とする自殺者約2,200人の自殺阻止の助力になりうると考える。

参考文献:平成28年度労働衛生のしおり 中央労働災害防止協会。

平成28年12月 第786号 掲載
「産業保健の話題(第184回)」

物事の捉え方

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  山喜 高秀

  心理相談での「困りごと」の解決の糸口の一つに、「物事の捉え方を変えてみる」ことがあります。例えば、不登校という現象について考えてみましょう。不登校の状態にあるA君の相談で来られたご両親が、「とにかく学校にさえ行ってくれたら。どうして行けないのでしょうか?」と切羽詰まった思いを話されます。そこで、「どうして行けないのかを考えるよりも、学校に行けるとはどういうことなのかを共に思い描いてみましょうか。」とお返ししています。  

  あらためて、登校できるということを考えてみると、次のような様々なことの積み重ねの上に成りっていることが分かります。①夜、目を閉じた時に明日のことが不安として襲ってこないで眠りにつける②寝ていても悪い夢にうなされない③朝起きた時に共に生きている家族に「おはよう」とあいさつができる④自分を受け入れてくれる人から出された食事を自分の身に取り入れることができ、「おいしいとかごちそうさまとか」言い表せることができる⑤家の中で緊張せず排便ができる(ストレスと消化器官の関係)⑥自分で身支度をして「行ってきます」と家を出ることができる...こういったことの延長線上に、友達とあいさつを交わしながら教室に入り、何気ない会話のやり取りをしながら給食を食べれたりといった学校生活を送れることになります。

  もちろん不登校になってしまった原因の中には、酷いいじめを受けているとか、親から虐待を受けているといった厳しい背景を持つ場合もありますが、そういったはっきりした理由が見当たらない場合も多いのではないでしょうか。その時に「なぜ行けないのか」と本人も周囲も思い悩み、自らを問い詰めてしまう事態となり、さらに身動きが取れなくなってしまう悪循環に陥ってしまうことも多いと思います。そこで、先ほどの捉え方で事態を眺めると、「登校できる-できない」といった1か0かではなく、今のA君が①から⑥までの中でどこまでのことができるのか、できる自分(我が子)を確かめていくことから始めてみることも大切かもしれません。ややもすると、できない自分(我が子)ばかりに目がいきがちで、できる自分(我が子)を見失って不安にさいなまれてしまいがちになります。その時に、できるところから自分(我が子)のペースを取り戻していけばよいといった捉え方をしてみてはどうでしょうか。最初の一歩が出やすくなるかもしれません。子どもたちにとっての1時間目は、実は家の中での生活から始まっているといっても過言ではないのです。そう考えると、目の前の子どもが毎日の生活をどのように過ごしているのかを見つめるまなざしが、その子の「自分探し」を支えることにつながっていくと思われます。

平成28年11月 第785号 掲載
「産業保健の話題(第183回)」

社会医学系専門医の議論から、産業医について考える

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  堀内 正久
(鹿児島大学衛生学・健康増進医学 鹿児島大学桜ヶ丘地区 産業医)

  「専門医制度」についての議論が活発になされている。18の臨床科目に、総合診療医を加えた19の科目が、基本領域(1階建て部分)になろうとしている。「なろうとしている」と書いたのは、社会医学系の学会(衛生学会、産業衛生学会・・・)が、「社会医学系の専門医も、20番目に加えてくれと主張をしている状況」があるためである。「産業保健の話題」として、社会医学系専門医の議論から、私自身が学んだことを記述しておきたいと思う。社会医学系専門医は、産業保健(主に専属産業医)のみならず、地域保健や行政の医師を対象にしたものである。法律的に言えば、労働安全衛生法の下にある産業医活動とは、少し距離があり、社会医学系専門医はあくまでも、認められたとしても、一般社団法人の認定である。従って、現在の産業医活動(特に嘱託産業医業務)については、大きな影響を受けないと考えられる。私自身がここで記載したいことは、社会医学系専門医の議論を通じて、産業医について考えたことである。

 今更ながら気づいたことがあった。専門医の議論の前に、学部教育を充実させる必要があることに気付いた。1972年に、産業医が労働安全衛生法によって規定されて以降、現在、全国医師の2割、鹿児島県でも約4000名の医師のうち、800名程度が産業医資格を有している。私が大学を卒業した30年前と、状況は大きく変わっている。一方、学部教育に目を向けると、産業保健活動に関する座学の講義が、外部の専門の講師のコマを含めて4コマ程度である。実習が組まれていない問題点がある。産業医活動は、相手企業があることから、個人情報や会社情報の漏洩の問題があり、簡単に医学部学生の実習先になってくれるわけでもなく、実習実施の壁になっていた。そこで、少人数の教育として、ビデオ視聴や模擬相談者(模擬で復職面談などを実施)を設ける実習をこの10月から導入することとした。本実習の導入にあたっては、鹿児島産業保健総合支援センター所長の草野健先生には、大いにご迷惑をお掛けすることになる。産業医活動を学部生の時代から、少しでも身近なものとして、経験してもらうことを願っている。多くの臨床系の科目において、地域の医師会員の先生方のご協力を得て、見学や臨床参加型の実習が営まれている。「産業医の教育」もまた、まずは、地域で医師を育てるというコンセプトに乗り、学士教育を充実させていくことが、将来の産業医活動の充実化にもつながっていくと考えている。

 駄文を重ねたが、社会医学系医師の位置づけとして、「専門医」は少し、特殊ではあるが、パブリックヘルスマインドを有した医師や、嘱託産業医として活動されている医師という意味では、多くの医師会員の先生方が当てはまるように思う。医師のキャリアパスとして、一通りの医学・医療の専門性を身に付けた後、社会医学系の勉強を深めていただくというのもまた、あって良いように思う。そういう意味で、社会医学系のあり方は、1階や2階建ての部分ではなく、屋根の部分という考えもできるのではと思っている。専門医制度について、議論けたたましいが、むしろこの議論を通じて、産業医の臨床における立ち位置(専門性)や産業医の教育について考える機会が増えれば、それこそ、「産業保健の明るい話題」になると考える。

平成28年10月 第784号 掲載
「産業保健の話題(第182回)」

気をつけなくても失敗しない

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  岡村 俊彦
(鹿児島県立短期大学 教授)

  誰しも、丸1日まったく失敗をしないということはおそらくないでしょう。玄関で躓いたとかメールでタイプミスをした、とか細かいものまでいれると、仕事やプライベートにかかわらず、1日に何度も失敗をしていると思います。
「失敗学」という分野は、主に人間に起因する失敗の原因を解明し、再発を防ぐ学問で、システム工学、人間工学、心理学、経営学、デザインといった複合分野が関連しています。以前より工学系を中心に取り上げられてきた分野ですが、最近、話題になることが多い理由として、インターネットを含めた情報化社会の影響が大きいと思われます。以前は「失敗する」→「責任を問われるかもしれない」→「隠蔽する、ごまかす」→「改善されない」→「同じ失敗をする」という悪循環がありましたが、今は「隠蔽する、ごまかす」がとてもやりにくくなっています。デジタル化された仕事は全てが記録され、外を歩けば誰もがスマホでカメラマンとなり、いったんネットに出てしまうと、その情報は消えることもなく残り続け、あっという間に検索される時代です。また、社会の風潮も「一度の失敗」に寛容になる一方で、「度重なる(同じ)失敗」には厳しくなり、失敗したときに改善する事の重要性が認知されてきているといえるでしょう。

 仕事において、「失敗しないように気をつけよう」はもちろん大事です。しかし、失敗学では「気をつけなくても失敗しない=フールプルーフ」を目指します。人間は失敗するものだということを前提に、機器や方法に工夫をこらし、「失敗しようと思ってもできない」、「失敗しても大きな事故や損害につながらない」ことを考えていきます。
 失敗こそが改善のきっかけになるのですが、自分が失敗しないと改善できないわけではありません。自ら失敗しなくても、新聞、本、ネットなどで他人の失敗を見て、自分(もしくは自分の職場)に当てはまらないかを考えてみます。また、大きな事故になる前の小さなミス(インシデントやヒヤリハット)を集めて、共有することも大事です。  
 労災事故の発生において有名な「ハインリッヒの法則」をご存じの方も多いかと思います。1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故があり、その背景には300件のインシデントがある、という法則です。逆に考えると、300件のインシデントのうち、1つでも発見し、改善を行うことができれば、1件の重大事故を防げるのです。組織として取り組み、地位にかかわらず良好なコミュニケーションがとれることも職場の改善に繋がります。

 長年行ってきたことでも改善の余地があるかもしれません。さらに、何らかの改善をしたからといって安心してもいけません。改善した新しいシステムが新たな失敗の原因ともなりえるからです。

平成28年9月 第783号 掲載
「産業保健の話題(第181回)」

強いこだわりに悩む病気―強迫性障害の診断・治療は専門家へ―

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  赤崎 安昭
(鹿児島大学医歯学部保健学科・大学院保健学研究科 教授)

  「ガスの元栓をちゃんと締めただろうか?」、「玄関のカギをちゃんとかけただろうか?」、「手はきれいに洗えただろうか?」といった不安に駆られて、ガスの元栓、戸締まりを確認する行為や、執拗に手を洗う行為に悩まされる病気があります。「強いこだわりに悩む病気」、神経症性障害の一型で強迫性障害といいます。確認を繰り返すのを「確認強迫」、洗浄を繰り返すのを「不潔恐怖、洗浄強迫」と呼ぶこともあります。この病気は精神医学的には悲観的にとらえられており、「治りにくい病気」という悲観的な定説もありました。しかし、1990年代に入り、系統的脱感作法、行動療法(フラッディング法、反応妨害法)と心理療法の研究が進み、強迫性障害には、曝露反応妨害法という認知行動療法(CBT)が有効であるということが実証されました。また、セロトニンという神経伝達物質の機能障害が関係しているということが判明するとともに、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)が発売されました。そして、SSRIとCBTの併用により強迫症状が改善することがわかり、強迫性障害に対する悲観的な定説は払拭されました。

  私は、強迫性障害のCBTを確立した山上敏子先生、飯倉康郎先生から直接助言を受ける機会があった関係で、鹿児島大学病院精神科の病棟医長を務めた時期も含めて10数年間は積極的に強迫性障害の治療に関わってきました。あの頃と今とでは立場も状況も変わってしまいましたが、今も私は強迫性障害の患者さんの治療には携わっています。そのようなこともあってか、ある日、私は知人から「娘がパニック障害かもしれない」という相談を受けました。早速、受診してもらいましたが、私の診察室に来た「綺麗なお嬢様」は、肘まで覆われた手袋をしていました。この身なりをみた瞬間、「あれ?不潔恐怖?」と思いながら診察を行ったところ、予想通り強迫性障害でした。ご本人は「潔癖症。きれい好き」と思っており、病気であるという認識はありませんでした。「パニック障害」と思われていた「不安」は強迫性障害に基づくものだったのです。当面は抗不安薬を随時投与し、CBTを行うことになりました。  
  このように専門医の診察をスムーズに受け、診断、治療を素直に受け入れた方はモデルケースと言えるでしょう。ところが、実際の精神科臨床の現場では、強迫性障害の患者さんは治療に拒否的です。これは、自分が避けてきた恐怖対象に直面することへの不安、万能性、制縛性、支配欲といった心理機制に基づき、治療によって「薬剤」や「医師」から自分が“コントロールされてしまう”ことを回避したいためだと推察されます。  
  SSRIとCBTの併用によってかなりの強迫性障害の患者さんが治る時代になりましたが、油断は禁物です。強迫症状を放置しておくと、まるで「末治療のガン」のように病状が進行します。強迫行為がエスカレートしていくのです。例えば、今まで1分だった手洗浄が徐々に延びて数時間に及ぶこともあります。私は最高7時間手洗浄を繰り返していた症例の治療を経験したことがあります。  

  産業医の先生方、単なる潔癖症、完璧主義、几帳面に見える労働者の中には、実は「強迫性障害だった」という方もいると思います。強迫症状が悪化すると職場での対人関係を乱し、家から一歩も外に出られなくなるほどに症状が進行することがあります。「強いこだわり」を持つ労働者を見かけたら、強迫性障害の可能性を念頭に置き、必要とあらば精神科専門医にご相談ください。強迫性障害は、「SSRI+CBT」という治療で治っていくことが実証されていますが、治療に際しては専門性と繊細さが求められる疾患です。

平成28年8月 第782号 掲載
「産業保健の話題(第180回)」

噛むということ

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  松下 幸誠


  大量生産大量消費時代の教育を授けられた鹿大 進さんは、我々の世代はあらゆるものに効率性を求められたと振り返る。宇宙戦争もののSFアニメに感化された少年は、栄養チューブくわえながらミッションをこなす宇宙飛行士に憧れた。未来少年は早飯、早〇〇、早算用の風潮の中、受験戦争に突入。ミッションはいつしか、ファストフード片手に高学歴高収入へ変化していった。進さんは、白物家電産業に就職したがバブル崩壊後は順風満帆でもなく、栄養ドリンク片手に、最近少しおつかれ気味だ。先日受けた事業所健診ではメタボ認定も受けた。若い女性の管理栄養士からの指導は納得の内容で少し悔しさを感じたものの、新鮮な話に少し興味も持った。Regain!少しの怒りと高揚感はリーマンショック以来だった。「わかった『噛ミング30』1)ね。」半年後、奮起むなしく体重、腹囲とも増加。風呂上がりの鏡の自分から目をそらすように銀歯のとれた歯を見ると、奥歯の抜きっぱなしも思いだした。もう5年以上歯科に行っていない。歯も黒ずみ、汚い。最近、職場の若い女子社員が顔を背けるのは口臭2)が原因だろうか、そう思った進さんは「歯医者にでも行ってみるか。」顎全体のレントゲン写真に愕然とした。素人でもわかる、まずい。「鹿大さん、よくないですね〜。ヘモグロビンA1C大丈夫ですか?3)4)アゴの骨が歯周病で溶けちゃってるし、これじゃ動脈硬化も起きてるはず5)6)10)11)12)。職場健診の結果どうでした?奥歯ないと糖質摂取過剰7)になって血糖値改善は望めませんよ。ちゃんと歯を入れてくださいね。」「ロコモティブシンドロームって知ってます?鹿大さんはこのままだと口腔フレイルの状態に陥ります。寝たきりにならないように今から頑張りましょうね。」8)9)なんだ偉そうに銀歯だけ詰めとけばいいんだよと、部下と同年代くらいの歯科医に少しイラッとしたが、「何か昔の歯医者と違うなぁ。」と、もらった『食育』のパンフレットに少し興味を持った。1年後、かつての未来少年は歯周病と臼歯部欠損を克服し、「血管を汚したくないからね〜」10)11)12)と3ヶ月1回のメンテナンスを欠かさない。よく噛めるようになった分、食物繊維の量も増え、歯科での食育指導の、「まず野菜!」の習慣も身につき、よく噛んで、朝ごはんも20分以上かけて食べている。週1回ジムに通い、自宅マンション5階もエレベーターは極力使わない。いつしか、家族も食卓に座ってよく噛むようになり、会話も弾む。最近、こんなにも食べることが楽しいものかと、生きる実感を幸福感とともに噛みしめている。職場では若い部下たちとわだかまりなく話せるようになった。先日、上司より次は外国籍のCEOになるが何とか今の体制でやっていけることを聞いた。ITの次はAIだそうだ。また、少し奮起した。最近、英会話学校に通う鹿大 進さんは月刊プライムミニスター片手に言う、「今年の事業所健診が少し楽しみです。」

※この物語はフィクションであり登場する人物などの名前はすべて架空のものです。
協力:鹿児島健口保健食育懇話会

<参考文献>
1)「歯科保健と食育の在り方に関する検討会報告書」:厚生労働省(2009年)
2)「オーラルケアの実態に関する意識調査」”在日外国人の約7割が日本人の口臭にガッカリ” :オーラルプロテクトコンソーシアム(2015年)
3) The effect of antimicrobial periodontal treatment on circulating tumor necrosis factor-alpha and glycated hemoglobin level in patients with type 2 diabetes. Iwamoto Y, et al.:J Periodontal. 72(6):774-8,2001
4) The severity of periodontal disease is associated with the development of glucose intolerance in non-diabetics: the Hisayama study. Saito T et al.:J Dent Res, 83(6):485-90,2004
5) Periodontal status and Prevotella intermedia antibody in acute coronary syndrome Soejima H, et al.:Int J Cardiol. 137(3):304-6. 2009.
6) Adipose tissue and adipokines: for better or worse. Guerre-Millo M, Diabetes Metab. 2004 ;30 :13-19
7)「喪失数の増加により炭水化物量増加」5章 現在歯数と栄養素・食品群摂取との関係 若井賢士,他 健康寿命を延ばす歯科保健医療(医歯薬出版2009年)
8)「虚弱・サルコペニアモデルを踏まえた高齢者食生活支援の枠組みと包括的介護予防プログラムの考案および検証を目的とした調査研究(柏スタディー)」 飯島勝矢ら 厚生労働省科学研究費補助金長寿科学総合研究事業(2014年)
9) Upstream preventive strategy for age-related sarcopenia in the elderly: Why do the elderly fall into inadequate nutrition? Katsuya Iijima :Ann Jpn Prosthodont Soc 7 : 92-101, 2015 「虚弱・サルコペニア予防における医科歯科連携の重要性: ~新概念『オーラル・フレイル』から高齢者の食力の維持・向上を目指す ~」 飯島勝矢 日本補綴学会誌
10)Endotoxemia and the host systemic response during experimental gingivitis.Wahaidi VY, et.al:J Clin Periodontol. 38(5):412-7,2011
11) Blockade of RAGE suppresses periodontitis-associated bone loss in diabetic mice.Lalla E, et al. J Clin Invest. 105(8):117-24, 2000.
12)「歯周治療の目的は、歯を残すことに加え、血管を汚さない目的も(グルコーススパイク、AGE、血管内皮炎、動脈硬化)」武内博朗ら ヘルシーライフプロモーション(デン タルダイヤモンド社2011年)

平成28年7月 第781号 掲載
「産業保健の話題(第179回)」

自然災害とメンタルヘルス~県北西部地震から熊本地震を見る~

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  久留 一郎
(鹿児島純心女子大学大学院 人間科学研究科 教授)

 1995年(平成7年)「阪神淡路大地震」以降、「PTSD」という呼称名がコンセンサスを得、自然災害・人的災害後のメンタルヘルスが注目されるようになり、トラウマ・ケアが知られるようになった。当時、PTSDやトラウマに関する研究者は少なく、筆者も関連学会での発表や被災・被害地区の被害者支援研修会で講演したことを思い出す(久留一郎1990年9月号、鹿児島県医師会報)。

 1997年(平成9年)、鹿児島県北西部地震が発生し、3月26日震度6弱、4月3日、9日、5月13日:5強など、3月下旬から7月下旬にかけて、断続的にかなり強い余震が続いた。住民はいつ止むともわからない不安な生活を余儀なくされていた。筆者も鹿児島大学北西部地震震災調査団の一人として、「災害ストレス」領域を担当し、PTSD予防の講演、トラウマ・カウンセリング等の相談活動を3年半にわたり継続した。
 2016年4月、「熊本地震」が発生し、連日災害状況の報告がメディアの中心になっている。20年前の報道と比べると、きわめて大きな違いがみられる。それはインフラの修復や水や食べ物、衣類だけの問題だけでなく、「心の傷(トラウマ)」をいかに癒すかというメンタルヘルス的視点である。「熊本地震」は、災害の規模はことなるものの、その経過が「鹿児島県北西部地震」とよく類似しているので、当時の私の調査と研究成果の一部を報告してみたい(久留一郎 著「PTSD~ポスト・トラウマティック・カウンセリング~ 」2003 駿河台出版)。

  「類似している点」は余震が長期にわたり断続的に長引いていることである。その地域に住む人たちは予測のつかない余震(震度4~6)がおきることで安心できる居場所が見つからないという生活状況、毎日、不安と恐怖におびえた生活を余儀なくされるという心理的状況、これらの事態がトラウマティックな反応が出現しやすい状況を醸し出している。(当時、畑のビニールハウスの中が最も安心安全ですよと、その土地の高齢者から教えてもらったことがある。現在は自家用車の中になるのか・・)。
 3年半にわたる「鹿児島県北西部地震」の経過を述べると、「こども」の場合、PTSDの出現は3か月後:10.2%、6か月後:4.5%(「おとな」:6.5%)、1年後:3.1%と減少を続け、1年6か月以降は1.8%(「おとな」:4.2%)にとどまった。「おとな」の場合も同様の減少を示したが、「こども」より高い出現傾向を示していた。「おとな」の方が生活者として社会的責任も重く、ストレス耐性が強く求められるものと思われる(久留一郎 編著、現代のエスプリ524号、「トラウマと心理臨床~被害者支援に求められるもの~」2011、ぎょうせい)。

  「熊本地震」の場合、1か月を過ぎ、いよいよ中・長期にわたるメンタルヘルスが始まることになるが、地域の中でいかにして隅々まで「適切、的確な支援」のあり方を浸透させるかが問題になるものと思われる。被害者のメンタルヘルスの立場に立つと、華々しい支援ではなく「長く、そっと寄り添える関係」、「被害者に求められる支援」がこれまでの経験を通して、筆者が強く感じることである。

平成28年6月 第780号 掲載
「産業保健の話題(第178回)」

ストレスチェック制度について

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  橋口 良紘
(橋口労働衛生コンサルタント事務所)

  ストレスチェック制度とは、ストレスに関する質問票で高ストレス者を選び、申し出のあった者に対して医師による面接指導を行い必要な措置を講ずることである。ストレスに関する質問表に労働者が記入し、それを集計・分析することで、自分のストレスがどのような状態にあるのかを調べる検査である。労働者が50人以上いる事業所では、2015年12月から、毎年1回、この検査を労働者に対して実施することが義務つけられた。2015年12月1日から2016年11月30日までの間に、1回目のストレスチェックを実施しなければならない。
 労働者が自分のストレスの状態を知ることで、「うつ」などのメンタルヘルス不調を未然に防止することを目指している。また、ストレスチェック結果を一定規模の集団(部、課、グループなど)ごとに集計・分析し、職場環境の改善につなげようという目的もある。これは努力義務とされたので職場の環境改善に寄与するかは不明瞭になった。人数が少ないと個人が特定される恐れがあるため、原則10人以上の集団を対象とすることを薦めている。

 制度が義務づけられたが、理解すればするほど、新たな疑問点等が生じているような状況であり、不明の折は鹿児島産業保健総合支援センター(Tel.099‐252‐8002)に相談すると良い。おいおい追加訂正されて確定的ものが出現するだろうが、一例を挙げると実施者の研修である。「実施者とは、ストレスチェックを実施する者で、医師、保健師、厚生労働大臣の定める研修を受けた看護師・精神保健福祉士の中から選ぶ必要がある。」と規定されているが、研修については特に規定はない。鹿児島県医師会では平成28年2月14日研修会を行ったが、好評につき6月26日に同じ研修会を再度行う予定にしている。
 使用する質問表は特に指定してないが、2005年(平成17年)過重労働によるメンタルヘルス対策で作成した57項目の質問表を使用することを薦めている。それにより、高ストレス者を選定するのみである。

 労働者が記入した質問表は実施者が回収し、ストレスの程度を評価し、高ストレスで医師の面接指導が必要な者を選び、結果は実施者から本人に直接通知され、企業には通知されない。個人情報が守られているか注意せねばならない。
 ストレスチェック結果で「医師による面接指導が必要」とされた労働者から申し出があった場合は1ヶ月以内に面接指導を実施しなければならない。個人面談を申し出る者がいるかどうかが問題であり、メンタルヘルス不調者が面接指導を実際に希望するのか危惧される。
 面接指導をした医師から意見を聴き、それを踏まえて、労働時間の短縮など必要な措置を実施する。面接指導を申し出たゆえ不利益を受けることがないように気をつけるべきだし、面接指導結果報告書は5年間保存する必要がある。   
 気をつけることは、個人情報保護と不利益取り扱いの防止である。記入が終わった質問表は医師などの実施者(またはその補助をする実施事務従事者)が回収し、第三者や人事権を持つ職員が質問表の内容を閲覧してはいけない、等注意事項が多い。

平成28年5月 第779号 掲載
「産業保健の話題(第177回)」

労働安全衛生法における医師による2つの面接指導

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  長友 医継
(医療法人玉水会病院)

 平成26年の労働安全衛生法の改正により、平成27年12月よりストレスチェック制度が施行されています。本制度では、ストレスチェックで選定した高ストレス者を医師による面接指導に繋げることで、「働く人」のメンタルヘルス不調を未然に防ぐことが期待されます。
 一方、前回の労働安全衛生法の改正(平成17年)では、過重労働対策として、月100時間を越える時間外労働がある「働く人」には、医師による面接指導が義務付けられています。
 このように労働安全衛生法では、2つの医師による面接指導の規定があるわけですが、両者の面接指導の流れを比較すると、表1のようになります。

表1

長時間労働者の場合 高ストレス者の場合
長時間労働者からの面接指導の申し出

面接指導の実施
  • 勤務の状況(労働時間、労働時間以外の要因)の確認
  • 疲労の蓄積の状況の確認
  • その他の心身の状況(心身の健康状況、生活状況等)の確認
  • 総合評価、労働者への指導

事業者への意見具申
  • 面接指導結果報告書の作成
  • 就業上の措置に係る意見書の作成

事業者による就業上の措置の実施
「働く人」がストレスチェックを受検

「働く人」への結果通知

高ストレス者からの面接指導の申し出

面接指導の実施
  • 勤務の状況(労働時間、労働時間以外の要因)の確認
  • 心理的な負担(ストレス)の状況の確認
  • その他の心身の状況(心身の健康状況、生活状況等)の確認
  • 総合評価、労働者への指導

事業者への意見具申
  • 面接指導結果報告書の作
  • 就業上の措置に係る意見書の作成

事業者による就業上の措置の実施
  医師による面接指導の実施および事業者への意見の具申の内容は両者とも概ね同一です。ただ、長時間労働者の面接指導の際の確認事項の一つが、疲労の蓄積の状況であるのに対して、高ストレス者の場合は心理的な負担(ストレス)の状況であることに違いがあります。
 長時間労働者および高ストレス者を対象にした面接指導は、それぞれ独立した制度であり、対象者や着眼点も異なりますが、実際の産業医活動では重複することも多いと思われます。そのため、長時間労働者用や高ストレス者用とともに兼用できる報告書・意見書の様式例(下図)も用意されています。これらを活用して有意義な面接指導がなされることが期待されます。

図1
長時間労働者関係    高ストレス者関係     【該当するものに○】
面接指導結果報告書
対象者 氏名                    所属  
男  女 年齢     歳
勤務の状況(労働時間、
労働時間以外の要因)
 
疲労の蓄積の状況
(長時間労働者のみ)
0.     1.   2.   3.
(低)                    (高)
心理的な負担の状況
(高ストレス者のみ)
(ストレスチェック結果)
A. ストレスの要因       点
B. 心身の自覚症状         点
C. 周囲の支援              点
(医学的所見に関する特記事項)
その他の心身の状況 0. 所見なし  1.所見あり(                )
面接医
師判定
本人への
指導区分
0. 措置不要
1. 要保健指導
2. 要経過観察
3. 要再面接(時期:      )
4. 現病治療継続または医療機関紹介
(その他特記事項)
参考資料:長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル(厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課産業保健支援室、平成27年11月)

平成28年4月 第778号 掲載
「産業保健の話題(第176回)」

軽度発達障害と診断されるまで

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  山中 隆夫

2005年の「発達障害者支援法」の施行によって、LD、ADHD、アスペルガー症候群などを「発達障害」と総称することが初めて規定された。
 それが約10年ぶりに改正されることになった。他人とコミュニケーションを取るのが苦手だったりする特性に配慮し、企業で長く働き続けられる環境整備や教育現場でのきめ細かな対応を促すためである。つまり、発達障害の名前は巷間に広く知られるようになったものの、日常生活での困難さに対する理解は十分とは言えず、就労機会の確保に加え、定着をさらに支援するためとされている(2015/12/27 南日本新聞より)
 事実、メンタル医療の臨床場面でも、うつ病、解離性障害、社交不安障害などと診断される(特に若い)患者さんで、過去に転々とした職歴がある場合、「軽度発達障害」が並存することが多い。明らかな知的遅れを持たない発達障害であるだけに、周囲も、そして本人もその存在に気づかないまま、就労継続が困難な状況に陥っているのである。  
 もちろん、職場の人々や医師・産業医がそれに気付くには、指示された内容をすぐに忘れる、仕事の手順を呑み込めない、ミスが多い、仕事がのろい、そして頑固、等といった行動特徴が端緒となるであろう。正確には診断基準(DSM、ICD)に拠ることになる。
 しかし、ASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)、ADHD、LDなどの諸特徴を併せ持つケースが少なくないだけに、これら多彩な病態を理解し、対処することは容易なことではない。“原因”は等閑視され、症状(行動特徴)といった“結果”だけが一人歩きしているからである。
 そもそも、発達障害の原因は個人の各種能力のアンバランスに求められている。そのため、能力上の弱さがどこにあるのかを明らかにさえできれば、発達障害を具体的に理解できるようになる。ここで決め手となるのがウエクスラー成人知能検査(WAIS-Ⅲ)である。

 本法によって、次の事項が把握される。
(1)全般的な知的発達水準(いわゆるIQ)
(2)上記を構成する言語性IQと動作性IQ
(3)言語性IQの下位検査で構成された群指数
・言語理解:言語的な情報や自分自身がもつ言語的な知識を状況に合わせて 応用できる能力
・作動記憶:注意を持続させて聴覚的な情報を正確に取り込み、記憶する能力
(4)動作性IQの下位検査で構成された群指数  
・知覚統合:視覚的な情報を取り込み、各部分を相互に関連づけ、全体として意味あるものにまとめ上げる能力
・処理速度:視覚的な情報を事務的に数多く、正確に処理していく能力
以上、「軽度発達障害の心理アセスメント(日本文化科学社)」より

 ここで、上記の3つのIQと4つの群指数からなる下位検査項目のプロフィールを描くと、様々な情報処理のパターンが示されてくる。これらは個人の発達障害の行動特徴をそのまま表していることになるので、病態の理解、ひいては具体的な就労支援も可能になってくる。確定診断の鍵を握るのはWAIS-Ⅲなのである。

平成28年3月 第777号 掲載
「産業保健の話題(第175回)」

 

平成27年「過労死等の防止の為の対策に関する大綱について」

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  前田 雅人
(鹿児島大学)

 平成27年7月24日に厚生労働省から「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が発表された。「過労死」は国際的にも「karoshi」として知られており,残された者の悲しみのみならず、その社会的影響は大きく、「過労死」対策は急がれるところである。今回は、発表された大綱の内容からいくつかポイントを選んで解説したい。

 ① まず過労死等の定義は「業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡」、「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」、「死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害」の3つに初めて規定された。
 ② 就業者の脳血管疾患、心疾患(高血圧性を除く)、大動脈瘤及び解離による死亡数は、5年ごとに実施される人口動態職業・産業別統計では減少傾向であったが、平成22年度は3万人余りであり、60歳以上が全体の7割を占め、高齢者に多くみられた。日本の過労死者数が多い背景には、欧州諸国と比べて労働時間が長く、特に週49時間以上働いている労働者の多いことがある。また週60時間以上の労働時間の者については全体で1割弱であるが、働き盛りの30代男性が17%を占めており、以前より少なくなったものの高水準で推移している(平成26年)。一方、年次有給休暇の取得率は近年5割を下回っており、正社員の約16%が1日も年次休暇を取得していない。この労働時間対策として、国は平成32年までに週労働時間60時間以上の労働者の割合を5%以下に、年次休暇取得率を70%以上にすることを目指している。
 ③ メンタルヘルスについては、仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合が平成25年度は52.3%と以前よりは低下しているが、まだ半数を超えている。その内容は「仕事の質・量」(65.3%)、「仕事の失敗、責任の発生等」(36.6%)、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」(33.7%)と報告されている。メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は平成25年60.7%と前年より13.5%も増加しているが、都道府県労働局等に寄せられる企業と労働者の紛争に関する相談のうち「いじめ、嫌がらせ」に関するものが近年増え、平成24年度は「解雇」の相談件数をも上回り、最多となっている。今後の対策として、国は平成29年までにメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合80%以上を目指しており、また平成27年12月から「ストレスチェック」が実施され、メンタルヘルス対策の充実が期待されている。
 ④ 自殺数については、平成10年以降14年間連続して3万人を超えていたが、平成22年以降減少が続き、平成26年は2万5千人余りとなっている。勤務問題が原因・動機の一つとして推定される自殺者数は、平成26年は2227人であり、詳細にみると「仕事疲れ」が3割を占め、次いで「職場の人間関係」、「仕事の失敗」、「職場環境の変化」の順である。

今後は調査研究等を含め、啓発活動、相談体制の整備、民間団体の活動への支援等を「過労死等の防止対策」として推進することを謳っており、各事業場においても積極的に取り組み、過労死等ゼロの実現を目指していただきたい。

平成28年2月 第776号 掲載
「産業保健の話題(第174回)」

 

大人の発達障害(非定型例)と適応障害との絡み

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  野添 新一
(志學館大学)

 10余年前、就職後うつ状態やパニック障害を訴える症例を適応障害と診断し対症療法を行っていた。しかし、治療で改善し新たな職場へ復帰しても、また不適応を来たしてしまい、なんとなく気になる存在であった。一見すると普通に思われるが、過敏、拘りすぎるところがあった。ところで数年前から、筆者の勤務する大学に発達障害センターが設立され症例について勉強するうちに非定型発達(発達不全)例に遭遇するようになった。彼らは小生が以前、気にしていた症例に似た病態を有していたのでWAIS-Ⅲを実施したところ、共に脳神経発達上の凸凹を生まれつき持つ非定型発達例であることが分かった。発達障害と言えば通常子供の場合が多いが、大人も稀でないと言われている。実際、当大学でも3年間で8症例を経験した。彼らは全例それまで発達上の問題は指摘されないまま経過し、大学や就職を機に不適応に陥っていた。発症契機は就職後の対人関係や仕事への行き詰まりが多い。それまで全く問題がなかったのではなく、対人関係などで問題があっても取り上げられてこなかった可能性がある。8症例中男性5名、女性3名で平均年齢は30.7歳、注目すべきは8例中大学卒4症例、大学ないし大学院中退4症例と知的レベルは高い方であったが、どれもASD(自閉性スペクトラム障害)特性には気づかれていなかった。ここで治療が上手くいった症例と困難な症例を紹介する。24才、男性、公務員。大学の工学部を卒業して関東の一流企業へ就職、6ヵ月後対人関係ストレスを機にうつ病を発症、長期休養のため自ら会社を辞め、一年後、某市役所の試験に合格して赴任した。ところが6ヵ月後うつ病が再発、誘因は対人関係ストレスであった。帰郷して療養していたが経過が思わしくなくセカンドオピニオンを求めて病院を受診した。検査の結果、発達不全例であった。そこで当人、家族、さらに職場の担当者とも面接を行って結果を説明、担当者はある面では秀でた優秀な人材であることを理解しており協力的であった。その後、問題なく2年を経過している。

   31才、男性、無職。これまでASD特性には気づかれていない。家族との話し合いでは真面目で通知表などで問題は指摘されていない。某大学工学部を卒業後大学院へ進む。27歳時論文を仕上げる際に指導教官と対立し以後引きこもりへ、併存症としてチックや独語あり。5年後当施設を受診、面接では言語表出が不得手、家族、知人、社会とはコミュニケーション断絶状態にある。ASDの診断で指導を行ったが一時的には回復するも悪化を繰り返し引きこもり傾向が続いている。知的レベルや発達上の凸凹は目立たないが発症時のトラウマが関与しているのか指導に難渋している。職場適応に問題を抱える症例の中に発達不全が関わり、二次障害としてのうつ病、パニック障害のため治療が長引いている症例の場合、人との距離感が取れない、対人関係の躓きなど発達要因はないか配慮が求められる。

平成28年1月 第775号 掲載
「産業保健の話題(第173回)」