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30年バックナンバー

がん治療と就業について

鹿児島産業保健総合支援センター 相談員   前田 雅人   

   昨年10月の「さんぽ鹿児島」メールレター※1にて、産業保健相談員である林ユリ子先生が「事業所におけるがん治療と職業生活両立のために」のタイトルで書かれていたが、私もがん患者の就業について考える機会があったので、厚生労働省が平成28年2月に作成した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」の内容を基に、主に事業者に対するものではあるが、いくつかポイントを述べてみたい。
さて生涯のうちに日本人の約2人に1人ががんに罹患すると推計されている。国立がん研究センターのがん情報サービスによると2014年のがん罹患データでは、多い順に男性は胃がん、肺がん、大腸がん、女性は乳がん、大腸がん、胃がんで あり、また2016年のがん死亡データでは、男性は肺がんが一番多く、胃がん、大腸がんと続き、女性は大腸がん、肺がん、胃がんの順、男女合わせると肺がん、大腸がん、胃がんの順である。年間約85万人が新たにがんと診断されており、このうち約3割が就労世代(20〜64歳)である。がん医療の進歩により、がん患者の生存率は向上し、2003年〜2005年の間にがんと診断された人の約6割は5年後も生存している状況にある。この生存率の向上に伴い、がんを抱えながら仕事を続けている労働者も多く、平成22年国民生活基礎調査に基づく推計では、悪性新生物の治療のため、仕事を持ちながら通院している者は約32.5万人いるとされている。
そのような労働者が業務によって疾病を増悪させることなく治療と職業生活の両立を図るためには、事業者にあってはいくつかの留意事項がある。まず①安全と健康の確保、②疾病を抱える労働者本人の取り組み、③労働者本人からの支援申出、④治療と職業生活の両立支援の特徴を踏まえた対応、⑤個別事例の特性に応じた配慮、⑥対象者、対応方法の明確化、⑦個人情報の保護、⑧両立支援にかかわる関係者間の連携などである。特にがんでは、がんの種類や進行度が同じで あっても、がん治療や治療に伴う症状等は労働者によって様々であり、両立支援に当たっては、個別性に配慮した対応が必要となる。以下にガイドラインに書かれていた留意事項を挙げる。
1)手術を受ける場合には、労働者が主治医に対して入院期間、手術後に出やすい合併症や制限すべき動作などについて確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。これらの情報を得ることにより、職場復帰までのおおよその期間を見積もることができる。
2)化学療法(抗がん剤治療)を受ける場合には、労働者が主治医に対して入院の要否や治療期間、出やすい副作用及びその内容・程度について確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。化学療法では、治療を1〜2 週間程度の周期で行うため、その副作用によって周期的に体調の変化を認めることがある。
3)放射線治療を受ける場合は、労働者が主治医に対して治療スケジュールを確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。治療中は、頻回の通院による疲労に加えて治療による倦怠感等が出現することがあるが、症状の程度には個人差が大きいため、事業者は労働者から体調が悪い旨の申出が あった場合は柔軟に対応することが望ましい。
4)がんと診断された者の多くは一時的に大きな精神的衝撃を受け、多くの場合は数週間で回復するが、がんの診断が主要因となってメンタルヘルス不調に陥る場合もある。そのため、産業医や保健師、看護師等の産業保健スタッフが連携するなどして、適切な配慮を行うことが望ましい。なお、精神的な動揺や不安から早まって退職を選択する場合があることにも留意が必要である。
私が経験した事例では、かなり衰弱した状態でも職場に来られるため、できれば無理をせずに家で休んでほしいと思いつつも、仕事に来ることが本人の生きがいであり、心の支えになっている状態を考え、職場環境の整備に苦慮した。本人の意向、主治医の診断、産業医の意見、事業所の方針などを考慮しつつ、最適の対応、配慮を実施するわけであるが、判断の際には個人情報保護に十分留意し、 可能な限り情報を得ることが望ましい。
最後に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」には、①治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例、② 職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例、③両立支援プラン/ 職場復帰支援プランの作成例などが掲載されており、必要に応じて加除修正するなどにより、事業場の実態に合った様式を作成することができるので、ぜひ参考にしていただきたい。

※1)2017年10月「さんぽ鹿児島」メールレター http://kagoshimas.johas.go.jp/ information/mail_letter/175.html

平成30年12月 第810号 掲載
「産業保健の話題(第208回)」

携帯電話・SNSの世界と心の問題

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員   山喜 高秀   
(志學館大学人間関係学部 教授)

   産業保健領域の相談の中に、「職場での対人関係がうまくいかない。人付き合いが億劫である。うちとけたり気の許せる人がいない。そもそも子どものころから友だちが少なかった。・・」と語る相談者は少なくありません。特に近年はこういった人たちが増えてきています。その背景に、携帯やSNSの普及といった、対面で人と付き合うことを避けて通れる社会的問題が見て取れます。
   携帯電話やファミコンが発売開始となったのは1980年代半ばです。今となっては、これなしでは仕事はもちろん友人関係や家族関係までも成り立たないかのような時代になりました。いつでも、どこでも、時と場所を飛び越えて、声と文字を頼りにお互いの世界へ往ったり来たりできるような気になってしまいます。実際には、会ってもわかり難い相手の深い心情を、携帯やSNS上で確かめることに躍起になっていきます。日々の不安や悩みは、自分の「こころ」の器で抱え熟されることもなく、深夜であろうが他の人の「こころ」の器に垂れ流されていきます。そして、お互いにつながりあっているかのような錯覚の中で、常につながっていないと落ち着けない強迫的ともいえるような新たな不安が作り出されていきます。相手の着信歴にある自分の扱わられ方しだいで、簡単に相手との関係が揺らいでしまう時代になりました。
   ある精神科医はこの点に関して「子どもたちの間には無数に目には見えない関係が網の目のように張り巡らされ、子どもたちは待つことなく瞬時にメッセージを送ったり受け取ることができる。それは、子どもたちの連帯感を強め孤独を解消しているようにも見える。しかし同時に(中略)『待つ』という曖昧な時間への恐怖や、携帯電話やインターネットへの依存症ともいうべき状態を作るように思う。(中略)本来、夜はしだいに一人になり、孤独を感じる時間である。その孤独はやがてくる老いや死に通じるものでもあるだろう。その孤独を充分に味わうことが、人と出会うことの幸せ、出会いの一回性を知る機会にもなるように思うのだが。(中略)現実の対人関係とネット上の乖離とでも言おうか」と指摘しています。この対人関係上の乖離は、最近特に人の意識構造に少なからず根深い不信感や現実感の希薄さといった問題をもたらしているように思えてなりません。
   こうして仮想世界(TVゲーム・インターネット・携帯電話など)に侵食されはじめた子どもたちの現実感覚は、ホラーやアダルト映像など大人たちの作った闇の世界に晒され、さらに危ういものとなっていきます。しかし、世の中は無責任にもまるで子どもたちがそれを作り出しているかのように「子どもたちの心の闇」と表現しています。人間が本来持って生まれた欲求や衝動が闇ならば、それを収める術を教えねばならない大人が、金儲けの為にその闇の蓋を開け放ってしまったのではないでしょうか。欲求や衝動それ自体は、生のために必要な存在で、問題はそれをどう育てていくかということではないでしょうか。

平成30年11月 第809号 掲載
「産業保健の話題(第207回)」

タバコに関する誤解と虚偽

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員   徳留 修身   
(元保健所長・日本禁煙推進医師歯科医師連盟運営委員)

1.「加熱式タバコなら副流煙が出ないので受動喫煙は発生しない」という誤解

  相次いで出現している新型タバコについて整理してみます。
  ⑴ニコチン入りの電子タバコ
    旧薬事法により日本では販売禁止(ニコチンは法律上の毒物)。ネットでの個人輸入は可能。
  ⑵ニコチンを含まない電子タバコ
    タバコに該当せず、規制なし。ネットや店頭で未成年者にも販売。
  ⑶加熱式タバコ
    ニコチンを含むが、たばこ事業法下でタバコとして販売。アイコス(フィリップモリス)、プルーム
    テック(JT)など。アイコス(IQOS)はI Quit Ordinary Smoking(私は普通の喫煙をやめる)
    の頭文字。
  加熱式タバコなら害が少ない、副流煙がないという宣伝がなされますが、呼出煙による受動喫煙は発生します。禁煙区域ではこれも禁じる必要があります。若者が喫煙への入り口として服用しタバコ依存症に進むこと、紙巻きタバコに進むことの危険性が指摘されています。また紙巻きタバコからこれに切り替えて、依存症からの脱却が困難になる恐れもあります。

2.「喫煙率は低下しているのに肺がんは減っていない」という誤解

  わが国では人口の高齢化に伴い、がん及び心疾患の死亡数はまだ増加を続けています。しかし年齢調整死亡率では大多数の死因において低下傾向が見られ、がん死亡については、1990年代をピークに改善しつつあり、部位別にみてもほぼ同様の傾向が見られます。「喫煙率(タバコ消費)のピークの約30年後に肺がん死亡がピークに達する」と早くから指摘されていましたが、統計がこれを裏付けています。タバコは肺がんのみならず、多くの部位のがんのリスクを高めていることも理解できます。ちなみにわが国の成人男性の喫煙率は1965年の80%以上から近年は30%前後にまで低下しています。

3.「飲食店を禁煙化すると客(利用者)が減少する」という虚偽

  規制のない飲食店では客のみならず長時間勤務する従業員やアルバイト店員が受動喫煙にさらされており、産業保健の観点からも対策が急がれます。東京五輪・パラリンピックを控えて、厚生労働省が前向きの対策を提案しましたが、国会での抵抗により大幅に後退しました。最近のオリンピック開催国は法令により飲食店を全面禁煙としましたが、わが国だけはこの流れに逆行しています。業界からは「利用者が減少する」という主張がなされますが、これに根拠はありません。厚生労働省の資料では、禁煙化により客が増加し、地域の疾病罹患率も低下するという調査結果が紹介されています。
  分煙では受動喫煙という「他者危害(暴行罪に問えるという意見あり)」を防止できません。喫煙室への出入りに伴い、有害成分が漏出するためです。「非喫煙者が我慢を強いられる」という時代から「喫煙者も努力する」という時代に進む必要があります。それには「禁煙治療を受けること」、「数時間なら喫煙を我慢すること」などが考えられます。飲食店からは喫煙者に対し「禁煙に成功してまたご来店ください」と呼びかけはいかがでしょうか。

平成30年10月 第808号 掲載
「産業保健の話題(第206回)」

AI,IoTと産業保健

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員   岡村 俊彦   
(鹿児島県立短期大学)

   近年のICT(情報通信技術)で最も注目されているのはAI(人工知能)であろう。現在のAIは3度目のブームであると言われているが、1度目(1960年代)、2度目(1980年代)のブームと大きく違うのは、ビッグデータといわれる膨大なデータが収集しやすくなり、そのデータを活用するIT技術(ハードウェア、ソフトウェアともに)が飛躍的に進んだところにある。ビッグデータを収集するための大きなトピックスはIoT(Internet of Things = モノのインターネット)であり、パソコンやスマートフォンといった従来からネット接続されている機器だけでなく、家電や防犯カメラなど様々なセンシングデバイスがネットに接続されることで、簡便にデータを収集することができるようになっている。まもなくAIは一過性のブームではなく当たり前に使うもの、使うことが社会システムの前提となるものとして、いわゆるシンギュラリティ(技術特異点)を迎えることになるであろう。
   産業保健分野も例外ではない。例えば心拍など複数の生体情報を簡便に測定し、リアルタイムに無線通信できる腕時計型のウェラブル端末は、すでに1万円を切る製品も珍しくない。これらはまだ、ランニングやジョギングといった個人での健康管理利用が中心だが、肉体的負荷が高い労働者に装着し、身体の変調を素早く察知したり、過重労働を防いだりすることなどに利用することは技術的にもコスト的にも難しいことではない。しかも単純に測定した心拍数や消費カロリーが一定値を超えた、とかで判断するだけではない。多くの現場で測定され、なんらかの変調が起こった時点なども記録されていけば、その膨大なデータをAIで解析し、機械学習を行うことで、事前に危機を予測することもできるようになるであろう。
   別の例を挙げてみよう。防犯カメラの画像を使いストレスによる身体の振動から不審者を判断するシステムや音声の周波数分析により心理的ストレスを数値化するシステムも実用化されている。これらが労働現場に導入され、データが蓄積 されることでさらに精度を上げることができれば、デバイスの装着すら必要なく、労働者のストレスなどを検知することができるようになるであろう。
   言うまでもないが、このような新しい技術には必ずデメリットもある。AI、IoTのデメリットの一つに個人情報保護が挙げられる。IoTなどで収集されるビッグデータはデータ量が多ければ多いほどAIの精度を上げることができるが、その収集の際には可能な限り個人情報を取り除かねばならない。一方で判断結果は間違いなく特定の者にだけフィードバックされることも必要である。これらは技術面、システム面で保証することも重要だが、利用者も含め関わる全ての人が意識することも必要だと考える。重大なデメリットさえ押さえ込めれば、おそらく後戻りできないAIとの共存において最大限のメリットを享受できる社会はすぐに迎えられそうである。

平成30年9月 第807号 掲載
「産業保健の話題(第205回)」

マインドフルネス

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員   網谷 東方   
(鹿児島大学病院 心身医療科 講師)

   グーグル、アップル、ゴールドマン・サックスやインテルなど、欧米の有名企業が社員の能力向上のエクササイズとして取り入れている「マインドフルネス」、ご存知の先生も多いと思います。本来のマインドフルネスとは、惰性でいつも通りに行動するのではなく、今この瞬間の体験に、具体的には自分自身や身の回りで生じている出来事に注意を向けている(ただし、価値判断はしない)状態のことをいいます。現在では、マインドフルネスという言葉は、その実践法も含めて使われることも多いようです。経営管理学の分野では、マインドフルネスは、ストレスが溜まった時のリセットに役立ち、感情がコントロールできるようになり、パフォーマンスの向上につながり、また、より前向きな見通しを立てる力が身につくため、創造性とイノベーションを高めることに有効であるということが分かっております。
   臨床研究では、1982年、マインドフルネスストレス低減法が慢性疼痛患者に対し、治療的効果があったと初めて報告され1)、これまで、様々なストレス関連疾患や治療困難な疾患、緩和ケアなど特定の疾患に限定されない幅広い領域において施行され有効性が報告されてきました2)。マインドフルネスストレス低減法は、ジョン・カバットジン博士が臨床応用プログラムとして開発したものです。現在では、うつ病に対するマインドフルネス認知療法なども開発されております。
   マインドフルネスには、ボディスキャンなど、いくつもの技法が存在しますが、今回は、マインドフルネスの根幹ともいえる、マインドフルネス呼吸法の具体的な実践方法をご紹介いたします。

①楽な姿勢で椅子に座るなど、リラックスできる体勢をとります。
   できれば、背筋はまっすぐに伸ばします。
②軽く目を閉じ、自分の呼吸に意識を向けます。
   空気が出入りする鼻孔、膨らんだり縮んだりするお腹など、自分が最も呼吸を感じやすいところに意
   識を向けます。
③呼吸は自然のままで、意識的に調整しようとしたりしません。
   呼吸は遅くなったり、速くなったりするかもしれませんが、判断を加えたりせず、自然に呼吸が変化
   していく過程も含めて呼吸を見守ってください。
④初めのうちは呼吸に意識を向けていたことをすっかり忘れて、呼吸以外のことに気を取られているこ
   とにはっと気づくことがあります。その時は、怒ったり、落ち込んだりせず、静かにまた呼吸に意識
   を向けなおします。
⑤呼吸に意識を向けている最中にも何か考えやイメージが浮かんだりすることがありますが、その時、
   それらは放っておきます。
   不安や怒りなどの感情も出てくるかもしれませんが、浮かんでくる考えの場合と同じように、あるが
   まま・生じたままにしておきます。雲が浮かんでは消えるように、出てきた考え・感情などは、放っ
   ておけばそのうちに消えてしまいます。その他、周囲の音や呼吸以外の体の感覚などについても同じ
   ように放っておきます。
⑥1日2回、1回3分ぐらいから始め、慣れてきたら1回につき10〜15分ぐらい呼吸法をしてみてくださ
   い。
⑦呼吸法を行っている間は、具体的な成果などは期待せずに、ただただ呼吸を見守るようにすることも
   重要です。  

   以上がマインドフルネス呼吸法の具体的な行い方です。慣れるまでは難しいかもしれませんが、まずは先生方の日々のストレスケアにお役立て頂けましたら幸いです。

【参考文献】
1)Kabat-Zinn, J. Gen. Hosp. Psychiatry 4:33−47, 1982
2)Grossman P, et al. J Psychosom Res. 57 (1):35−43, 2004

平成30年8月 第806号 掲載
「産業保健の話題(第204回)」

オーラルフレイル

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員   松下 幸誠   

   ゴールデンウィーク終盤のニュースで、 今年もおきまりのフレーズが繰り返されました。「総務省は、こどもの日を前に14 歳以下の子どもの人口は1,571万人と発表しました。これは、前年より17万人減り、過去最少になりました。」我が国の世界に類のない少子高齢化の進み具合は一段と加速し、社会保障、住環境、インフラ、就業形態をはじめとした社会全体のシステムを再構築する必要性に迫られています。
   今年度の診療報酬改定の概要は「団塊の世代が75歳以上となる2025年とそれ以降の社会・経済の変化や技術革新に向けて、質が高く効率的な医療提供体制の整備とともに、新しいニーズにも対応できる質の高い医療の実現を目指す」となっており、かなりターゲットが明確で医療行政としても危機に直面してきている様子がうかがえます。歯科の診療報酬改定においても、人口の高齢化を意識しての、「口腔機能の管理」「口腔機能の維持・改 善」に主眼が置かれるようになっています。これは、サルコペニア(筋肉減弱症)をキーワードに、要介護やフレイル(虚弱)の前には、プレフレイルという時期が存在すること、さらにプレフレイルは、社会性と心のフレイル期の後にやってくる栄養面のフレイル期にあたり、その中でも歯科口腔領域における軽微な衰え(滑舌の低下、食べこぼし、むせ、軟食化)は、「オーラルフレイル」としてフレイル化への入り口として強調されるようになってきたことが背景にあります。この時期を軽視して見逃してしまと、不可逆的な身体面のフレイル(サルコペニア、ロコモティブシンドローム、低栄養)に移行して要介護状態となります。
   我が国の高齢化率(65歳以上)は、2060年には39.9%にまで拡大するものと推測されます。その中で、人口は減少局面を迎えており、2060年には総人口が9,000万人を割り込むものと推測され、生産年齢人口の減少という問題も急速に進みます。つまりは、高齢者の勤労意欲というよりは、働かざるを得ない状況、高齢者の定義の変更、定年制のさらなる延長が見込まれます。以前はライフステージごとの対応をそれぞれの担当分野や行政区分が担うことによって成果をあげてきました。しかしながら、人々の一生涯はそれぞれのライフステージが連続したものであります。生物学的要因、行動的要因、社会的要因が健康に対して累積・相互作用しながら影響を与えることを考えれば、人生を通じての各ステージを超えての対策(ライフコースアプローチ)が今後は必要です。人口の高齢化を背景とする今後の産業衛生の動向は、労働災害からメンタルヘルス、生活習慣病予防(特定健診)、さらにはフレイル・サルコペニア予防(個別対応)までも包括しなくてはならず様々な分野と組織との連携、ライフコースアプローチ的対応が重要となります。近い将来、生産年齢人口の減少とその高齢化に急速にシフトしていくことを考えれば、「オーラルフレイル」をキーワードに、もっと、早期の口腔疾患の予防と生涯を通じての口腔機能の維持も他の項目に加えて考えていかなくてはなりません。

平成30年7月 第805号 掲載
「産業保健の話題(第203回)」

産業保健の組織的な取り組み

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  小田原 努   
(ヘルスサポートセンター鹿児島 所長)

   現在働き方改革が議論され、長時間労働の上限規制はあるものの、高度プロフェッショナル制度の時間規制のない働き方も検討されており、社員の健康状態をチェックする産業医の権限も強化されようとしています。また、職域で行われているがん検診についてもマニュアルが整備され、厳格ながん検診の精度管理が求められるようになり、産業保健スタッ フに精密検査となった受診者のフォローや、追跡調査も求められそうな状況にあります。
   産業医の職務がますます増え、責任も重くなるにつれ、産業医のみで疾病を生み出さない快適職場づくりである一次予防、病気の早期発見、早期治療である二次予防、再発を防ぎ、職業生活の適応を図る三次予防を担当することは困難な状況になってきています。
   このような状況の中、実は健康経営に似た動きが県内でも静かに行われてきています。健康経営はそもそも、「企業が 従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味していますが、求人してもなかなか応募者がいない雇用情勢のなかでは、従業員の健康を意識した経営をしているというメッセージは企業の良いイメージ作りに貢献すると意識している経営者も増えてきています。
   健康増進に取り組んでいる法人を認定する制度として、経済産業省が行っている「健康経営銘柄」、「健康経営優良法人 認定制度(ホワイト500)」、協会けんぽが行っている「健康宣言」、鹿児島市等が行っている「健康づくりパートナー」 制度などがあります。認定される要件としては、健康診断の受診率100%を目指すことやがん検診の受診勧奨、二次健診の受診勧奨、特定保健指導の受診勧奨、 各種相談窓口の設置、食事対策としてヘルシーメニューやヘルシー弁当の提供、 スポーツジム等と提携した運動習慣づくりや敷地内禁煙、分煙対策、長時間労働 対策やメンタルヘルス教育などがありま す。
   産業医としては、企業にこのような健康増進活動に取り組んでいただき、一次予防、二次予防にはアドバイザーおよび サポーターとして参加し、復職面接等の三次予防を中心に活動できないかと思案している状況です。コラボレーションという言葉がありますが、今後の産業保健は皆で行っていくということがますます求められてきていると感じています。

平成30年6月 第804号 掲載
「産業保健の話題(第202回)」

働き方改革

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  橋口 良紘   

   昨年3月28日、働き方改革実現会議において「働き方改革実行計画」が決定された。この計画の基本的な考え方として、働く人の視点に立った働き方改革の意義が強調されている。それは、日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革であるとし、働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行うとし、また、働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最善の手段としている。そうして、ようやく、正規労働者と非正規労働者の不合理な処遇の差、長時間労働、単線型の日本のキャリアパスなどの日本の労働制度と働き方に存在する課題の解消に取り組むことになる。
   働き方改革実行計画は、大きく11のテーマ別に取組内容が示されている。私たち、産業保健に携わる者にとって、特に注視すべきテーマは、「罰則付き時間外労働の上限規制など長時間労働の抑制」と「病気の治療と仕事の両立」である。
   過重労働などによって労働者の尊い命が失われ、あるいは健康が損なわれるなど、長時間労働は深刻な社会問題となっている。過重労働による健康障害やメンタルヘルス不調などの健康問題の解消への取組は待ったなしの状況にある。働き方改革関連法案として、労働基準法、労働者派遣法、労働安全衛生法などの8本の法律の改正案が今通常国会に提出される予定であるが、最近の荒れた(?)国会審議の中で、提出されるのか、先行き不透明というところである(この原稿が掲載される頃には提出されているのかもしれないが・・・)。過重労働対策とは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の予防対策であり、そのための取組は、1次予防としての長時間労働の抑制と2次予防としての健康確保措置が求められ、この健康確保措置には私たち、医師(産業医)がしっかり関わることによって実効あるものとなる。すべてが納得できるものではないかもしれないが、一歩でも前進できるような仕組みができることを期待したい。
   また、病気を治療しながら仕事をしている人が、労働人口の3人に1人と多数を占める今日、病を患った人たちが、生きがいを感じながら働ける社会を目指す「病気の治療と仕事の両立」の実現がいかに求められているか、立場が異なっても皆が理解するところであろう。ここには、患者である労働者、企業(産業医を含む)、そして治療をしている医療機関(主治医)の3者による連携した取組が欠かせない。企業側の理解もさることながら、治療の内容や方法によって両立支援の在り方は大きく異なるものであるから、企業側と連携した主治医や産業医の姿勢が問われることになろう。
   日本の将来推計人口(平成29年推計~国立社会保障・人口問題研究所)によれば、日本の総人口は約100年後の2115年には5055万人に減少すると予測されている。また、生産年齢人口は、 2029年には7000万人、2056年には5000万人を割り、2065年には4529万人となる見込みである。
   国全体の生産能力の低下が予想される今日、働く人、一人ひとりを大事にした働き方改革に取り組む意義は大いに認めつつ、その内容が真に働く人の視点に立ったものであるかを問いながら、その実現のために産業保健関係者として関わる意義を感じ取りたいものである。

平成30年5月 第803号 掲載
「産業保健の話題(第201回)」

両立支援について考える「がんサバイバー関原建夫さんのビデオの紹介」

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  堀内 正久   
(鹿児島大学 衛生学・健康増進医学 労働衛生指導医(鹿児島労働局))

   産業保健の最近の話題として、昨年示された「両立支援の指針」が挙げられる。両立は、治療と仕事の両立ということであり、治療の中でも、特に、がん、脳卒中、 心疾患、糖尿病、肝炎、その他難病など、反復・継続して治療が必要となる疾病を対象としている。「両立支援」の強調を言われて、少し不思議に思われる産業保健スタッフの方々もいるのではと思う。復職支援や健康管理後の配置転換措置などは、まさに、「両立支援」の実務そのものであり、産業保健は、そもそも「両立支援」のために存在しているように思うからである。ただ、改めて、「両立支援」が強調されるということは、やはり、「両立支援」の浸透が不十分であり、より前進していくべき状況であることを示している。少し前の話になるが、医療の世界で、「Evidence-Based Medicine」つまり、EBMが登場し、医療界を席巻した。そのときも、今までの医療は、根拠(エビデンス)に基づいて行われていなかったのかと疑問に思われた医療人や一般人もおられたと思う。EBMは、医療における最重要な概念だと思われていたわけで、何をいまさらということである。ただ、EBMという言葉の登場によって、経験のみに頼っていた事項が、科学的に検証される契機となったことは多くの方の知るところかと思う。産業保健にとっても、「両立支援」の強調は、まさに、そうあるべきということであり、思考を深める契機となればと思う。特に、大企業では当たり前の病院受診時の職場配慮や治療に伴う副作用に対する勤務条件の緩和などが、中小企業にも広がる必要がある。
   ここで、「両立支援」を考えるためのビデオを紹介したい(Yahooなどで、キーワードとして、「関原建夫」 「がんと一緒に働こう」 「2010年」を入力)。医学部4年生の産業保健の講義の中で、大腸がん経験者(関原建夫さん)の職場復帰に関するビデオを閲覧する機会を設けている。有名ながん患者さん(ビデオの中で、ご本人がそう自称されている)であり、ご存知の方もおられるかと思う。関原さんは、エリート銀行マンで、アメリカ支店に赴任中病魔に襲われた。職場復帰に当たっては、周囲を自力で説得し、再発の不安を抱えながら、また実際再発し、数度の手術を乗り越え、銀行マンとしての職務を定年まで全うされた方である。学生の感想の中に、「この人は特別で、このような強い生き方ができるのは例外であって、普通の人は、仕事を辞めてしまう」ということが書かれていた。学生にとっては、理想論と聞こえる故に、そのような感想となるのかもしれない。特別な人ではなく、普通の人が、治療と仕事を両立できる職場や社会環境の整備が、産業保健の役割だということを講義の中で伝えたいと思っている。「両立支援」の概念の浸透は、まだまだ不十分である。「両立支援」の概念が広く社会に広まり、実際の場面において実行され多くの人がその恩恵を受けられるよう産業保健にかかわる人間が考えていく必要がある。実務と理想のはざまで、両立支援の在り方をこれから、模索していくことが求められており、多くの職種や幅広い立場の方々と交流していくべきと考える。

平成30年4月 第802号 掲載
「産業保健の話題(第200回)」