お知らせ

令和6年8月

産業保健衛生における”笑い”がもたらす健康効果

      島内 正樹
(姶良地区医師会 産業保健委員会副担当理事)

お腹の底から笑うと、心も体も元気になった気がしませんか?
実際、”笑い”が心や体に良いということは医学的に実証されつつあり、最近では病気の予防や治療においても注目を浴びています

ある保険会社が調べた癌になりやすい職業別ランキングのデータがあります。故・逸見政孝アナウンサーに代表されるように、絶えず時間に追われるマスコミ関係の仕事は通常の2.63倍で、2番目は看護師やタクシー運転手に代表される不規則生活者、次が銀行、証券など他人のお金のために神経をすり減らす仕事と続いています。小中学校の教員も上位(1.53倍)に入っていました。絶えずストレスにさらされる職業の人達の健康管理を考える上で、一つのアプローチとして、「笑いの健康効果」についてご紹介したいと思います。

米国のノーマン・カズンズ氏というジャーナリストは50歳の時に不治の病と言われた強直性脊椎炎という病気になり、体中に痛みが走る症状となりました。医師から「回復の見込みは1/500」宣告をされましたが、悲観論に陥ることなく“笑い”で治療することを決意し、ビタミンCを摂り、コメディー映画やユーモア本で笑うことで、病気を克服しました。これが世界的に話題となり、いろいろな”笑い”の研究が行われ、彼は「笑いと治癒力」(岩波文庫1979年)という本にまとめています。

1995年3月、日本医科大学の吉野槙一教授は、病院に寄席の舞台をつくり落語家の林家木久蔵(現・林家木久扇)さんを招き、慢性関節リウマチ(RA)患者を対象にある実験を行ないました。RAは、気分によって痛みが軽かったり、強かったりする特徴があります。吉野教授は、患者らに落語を聞いてもらい、笑った後に痛みや、血液データの変化を調べる実験をしました。患者に1時間寄席で落語を聞かせ、落語の前後の血液で、炎症の程度を示す物質「インターロイキン6」(以下、IL-6)の変化を調べました。その結果、落語を聞いた後ではIL-6の顕著な減少が認められました。中には、正常の10倍もあった値が正常値にまで改善した例も確認されました。通常、大量のステロイド投与でしかこのような結果は生じないのに、落語を1時間聞いて大笑いしただけで全員の痛みが軽くなり、3週間も鎮痛剤がいらなかったという例もありました。木久蔵師匠にどうして効いたのか尋ねたところ「名前がキクゾーだからだよ。」というオチもつきました。

また、リンパ球の一種であるナチュラルキラー(NK)細胞の働きが活発だと癌や感染症になりにくいと言われています。笑うと免疫のコントロール機能をつかさどっている間脳に興奮が伝わり、情報伝達物質が活発に生産されます。“笑い”が発端となって作られた”善玉”の神経ペプチドは、血液やリンパ液を通じて体中に流れ出し、NK細胞の表面に付着し、NK細胞を活性化します。1991年、吉本興業の「なんばグランド花月」で、癌患者を含む19人に漫才、漫談、吉本新喜劇を鑑賞してもらい、その前後で血中のNK細胞の活性変化を調べたところ、その活性度は参加者の7割以上で上昇が認められました。大阪ではNK=NAMBA KAGETSU細胞とも言われるそうです。

それ以外にも笑いがもたらす健康効果としては、血流が促進され、血管の機能が向上するため、心臓病のリスクを減少させる可能性があります。また笑いは気分を高揚し、うつ症状を軽減させ、幸福感を高める効果があります。

以上述べたように、産業保健の観点からみても、笑いは心身の健康に多くの利点をもたらし、職場の生産性や従業員の満足度向上に寄与すると考えられます。

職場での具体的な活用方法としては、

  1. 職場でのユーモアを奨励する文化を作ることで、従業員が自然に笑う機会が増えます。例えば、定期的なユーモアセッションや軽いジョークを含むコミュニケーションを奨励します。
  2. 定期的な笑いヨガ(笑いと深呼吸を組み合わせた健康体操)や笑い療法のセッションを導入することで、従業員が集団で笑う機会を提供します。これにより、チームビルディングとリラクゼーションが促進されます。
  3. 職場での誕生日パーティーやテーマ別のイベントなど、楽しいイベントを定期的に開催し、笑いの機会を増やします。
  4. リーダーやマネージャーがユーモアを取り入れたコミュニケーションを実践することで、職場全体にポジティブな影響を与えることができます。リーダーが率先して笑いを提供することで、他の従業員も安心してユーモアを楽しむことができます。

まとめ
笑いは産業保健において、従業員の心身の健康を向上させるだけでなく、職場の雰囲気を良くし、生産性を高める効果があります。職場で笑いを取り入れる具体的な方法を実践することで、より健康的で幸せな働き方を推進することができると考えます。

産業医だより 2024年8月