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令和3年バックナンバー

産業保健としての集団への視点:コロナ禍からの学び(産業保健の学びの場の紹介とともに)

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
鹿児島大学衛生学・健康増進医学
鹿児島大学桜ヶ丘地区産業医
堀内 正久
(担当分野:産業医学)

昨年からのコロナ感染症の広がりによって、医療現場が大きな影響を受けていることは、会員の皆さまが実感をされていることと思います。産業保健領域においても、職場の一般健診やがん検診、職場巡視などにも影響が生じています。産業保健は、基本的には、集団に対しての視点ということで、このコロナ感染症の社会的な対策が行われている状況で、他の感染症がどのようになっているかに興味を持ちました。マスクや消毒液使用といった衛生管理レベルが高まった状況ではあるのですが、保育園や職場において、ノロウイルスが原因と考えられる感染性胃腸炎の報告が産業保健スタッフからありました。鹿児島市保健所から報告されている感染症情報(令和3年第6週)を掲載しておきます(以下図)。紫色が平成30年、オレンジ色が令和元年、水色が令和2年、緑色が令和3年のデータです。


興味深いことに、インフルエンザと手足口病は、令和2年の報告率は極めて低い値です。一方、感染性胃腸炎は、案外、例年と比べて、令和2年や令和3年の報告率は変わらない数値となっています。産業保健スタッフからの報告と実際の感染症情報が一致した結果となっているように思います。集団としての感染症コロナ対策の結果、防げる感染症と防げない感染症が存在することが示唆されます。改めて、職場や学校現場において、感染性胃腸炎対策として、更なる工夫が必要であることが、このコロナ禍という状況があったことによって表出されたと言えるかもしれません。

さて、対策を考える上でヒントになるような話題の提供がありました。鹿児島の産業保健の学びの場として、労働衛生コンサルタント資格取得を目指しての勉強会が医師や非医師の方を対象に、「労働衛生研究会」(年4回開催。よかセンターで実施、産業医単位も取得できます)が開催されています。1月に行われたセミナー講師(伊瀬知 良薬剤師、辻之堂薬局)の方が、消毒液について講演されました。コロナウイルスやインフルエンザウイルスは、70%エタノールで対応できるが、ノロウイルスはその性質上エタノール単独の消毒液では効果が低いことを示され、ノロウイルスには中性pHを外した弱酸性エタノールなど(硫酸亜鉛の添加など)の消毒液が有効であることを説明されました。大阪大学などでも、関連研究が報告されています(http://www.biken.osaka-u.ac.jp/achievement/research/2020/147)。ノロウイルスには、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒とされていますが、手指消毒には利用できません。胃腸炎が発症した職場や学校現場では、手指消毒の観点で、消毒液の種類について工夫をしていく必要があるかもしれません(もちろん、消毒液だけではなく、総合的な感染予防対策が必要ではありますが)。多職種連携、様々な専門家からのアドバイスを受けて柔軟に現場に応用していくことも求められるかと思います。この「労働衛生研究会」(名称は、変更されるかもしれません)は、産業医資格を有していなくても、産業保健に関心があるということで幅広く参加が可能です。参加ご希望の会員の皆様は、事務局である鹿児島産業保健総合支援センターにご一報いただければと思います(次回は、4月16日「皮膚科疾患と働く人、島田皮膚科島田辰彦先生」です)。

令和3年4月 第838号 掲載
「産業保健の話題(第236回)」

言葉にできる力

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
山喜 高秀
(担当分野:カウンセリング)

 

施設や精神科クリニックで子どもの心理臨床に携わって30年になるが、そこで出会う小学生や中〜高生の子どもたちの相談の様相が随分と変わってきたように思われる。

昭和から平成一桁の時代は、カウンセリング室に訪れる子どもたちの表情は、何かしら思い悩んできた『これまで』が映し出されるような影を漂わせていた。少し関係がつき、「心に抱えている困ったことや嫌なこと、心配なこと」をやんわりたずねていくと、「あのね・・」と内側に秘めていた様々な思い(想い)や苦しみが言葉に包まれて物語として表に出てきた時代であった。

その後、平成二桁になると、何をたずねても「うるさい!」や「ムカつく!」と4文字でしか返ってこなくなり、その後「キレタ!」と一文字減っていき、令和が近くなると「チェッ!」と意味ある言葉がなくなっていった。それと共に、『朝の起きづらさ』『吐き気』『頭痛』など身体の不調、あるいは自分や他人を『暴力』で傷つけてしまう形でしか訴えられない子どもたちが増える時代になっていった観である。この変遷の背景に透けて見えるいくつかの問題がある。その一つに、心の内面を言葉にして物語れるまでに育っていない、否、育てられていない子どもたちが増えてきたことがあげられる。

そもそも言葉はどのようにして身につけていくのかと言えば、生後間もなく自然に声(「ア〜」「ウ〜」)が出てきて、それに『しゃべり始めた!』と親が喜び、「そうなの〜うれしいの!」と言葉で応えていくやり取りを何度も繰り返していく中で、やがて「まんま・・(ごはん?ママ?)」「あーたん(母さん)」など意味を込めた言葉が生まれてくる。さらに親は喜び、「うれしいの〜」「楽しいの〜」「嫌だったの〜」「悲しいの〜」など、心で起こっていることを言葉に包んで表してくれる中で、子どもは「思い(想い)を言葉にできる力」を身につけていくのである。

近年この光景が少なくなり、代わり(変わり)に「親も子も黙ってスマホ画面に魅入られたような光景」が多くなって10年を超え、とうとう一昨年(2019年)、WHO(世界保健機構)が【ゲーム障害】という疾病を世界的に認めた時代を迎えた。昔が良いとは必ずしも言えないが、『夏休み』(吉田拓郎)という曲歌で、「麦わら帽子・たんぼの蛙・きれいな先生・絵日記・花火・西瓜・水まき・ひまわり・・」と物語れていた時代が懐かしい。

臨床の現場でなくても、今子どもたちを育てている大人たちや、その上の世代の大人たちが、どれだけ自分の悩みや不安を、否、楽しみや幸せを子どもたちに言葉にして物語れるのであろうか。子どもたちに「ちゃんと言いなさい!」と糺す前に、私も含めて大人たちが自分の「言葉にできる力」について省みなければならない時代を迎えている。

令和3年3月 第837号 掲載
「産業保健の話題(第235回)」

眼に関する話題あれこれ

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
冨宿 明子
(ヘルスサポートセンター鹿児島)
(担当分野:産業医学)

 

●VDTのガイドラインが新しくなり、なんと「VDT」の字面が消えた
2019年にVDTのガイドラインが新しくなったことにお気付きでしょうか。「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」という名称のガイドラインに生まれ変わりました。新ガイドラインにはVDTという字面はどこにもありません。ですので、労働衛生のしおりの目次を眺めながらVDT、VDT…とガイドラインを探しても、新ガイドラインは見つかりません。アルファベットだと見つけやすかったのに。残念です。

ガイドラインが新しくなった理由としては、スマホなどの情報端末が台頭したり、入力方法としてタッチパネルが台頭したり、といったことが大きかったようです。

新ガイドラインの内容をざっくりと掴むには「情報機器作業 ガイドライン パンフレット」で検索を。大きな字で全10ページの資料です。5分で読めます。

●放射線白内障を予防する法令が改正され、線量の限度が大幅に厳しくなる
水晶体が被曝すると白内障を来すことは有名ですが、従来考えられていた被曝量よりかなり低線量で生じるようです。2021年4月に新しい電離放射線障害防止規則が施行される予定なのですが、白内障の等価線量限度が年150mSvから20mSvへと大幅に低減されます。これは日常的に透視下でステントを入れたり骨折の手術をしたりする医療従事者にとっては簡単に超えてしまう数字らしいのです。「改正電離放射線 リーフレット pdf」で検索すると、全2ページの資料を見ることができます。

これから防護メガネ、防護板、防護メガネの内側で測るフィルムバッジのようなものなどが、どんどん普及してくるのでしょうね。

●実は立体視が苦手な先生、いらっしゃいませんか?
私は麻酔科医としても働いているのですが、最近は3Dモニタを使った腹腔鏡の手術を担当することがとても多くなりました。立体視の条件は、両眼の視力が良いこと・不等像視がないこと・恒常性の斜視がないことだそうですが、どうも私は3Dモニタを見るのが苦手です。外科の先生方は、いかがでしょうか?

タクシーの運転手(普通二種免許)やバスの運転手(大型・中型二種免許)のようにお客さんを乗せて走る場合や、第一種免許でも大型・中型・牽引免許では、深視力とよばれる立体視検査をパスする必要があります。他にも電車の運転手(動力車操縦者運転免許)やパイロット(航空身体検査)でも正常な両眼視機能が必要です。球技のスポーツ選手は法令上の規定はなくとも立体視機能がある方が当然有利でしょう。

どうも立体視が苦手だと感じたら、眼科を受診して左右の眼の見え方を整えていただくと良いでしょう。加齢で斜視角が増大して立体視機能が低下した場合は、斜視手術の良い適応だそうです。

また、3Dモニタの位置が近くなり過ぎると疲れやすいそうです。術者だけでなく、助手と3Dモニタの距離にもご配慮を。

令和3年2月 第836号 掲載
「産業保健の話題(第234回)」

結核に関する2つの話題

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
徳留 修身
(産業医、元・鹿児島市保健所長、元・結核予防会結核研究所疫学科長)
(担当分野:産業医学)

 

1.結核の化学予防(予防内服)の変遷
結核に最近感染したことが強く疑われる者に対して発病予防のために抗結核薬(通常はINH)の投与が行われてきた。対象者は発病者とは別掲で「初感染結核」と区分され、略号は「初」の文字を〇で囲み「マル初」と呼んだ。しかし、予防の対象者に公費で治療薬を投与することは法的な説明がつきにくいことから、「潜在性結核感染症(Latent Tuberculosis Infection:LTBI)を治療する」という考えに改められ、「初感染結核」の区分は廃止された。

公費による化学予防の対象は30歳未満とされていたが、2007年にこの条件は撤廃された。30歳以上ではINHによる肝障害のリスクが高まることが根拠とされていたが、発病予防効果を優先する考えに改められている。最近のわが国の統計では年間のLTBI新登録者の過半数を50歳以上が占めている。

結核患者が発生した場合、保健所により接触者健診の方針が示されることになる。職場や施設でQFTまたはT-SPOTにより感染が疑われる例に対し、医師はLTBIの届出について検討すべきであろう。保健所の意見を待たずに「経過観察」を指示するのでは発病を防ぐことにはならない。

2.結核罹患率と医療水準との関連
結核の蔓延状況に関する国際比較では罹患率(人口10万対)が10未満の場合「低蔓延国」とされ、米国(2018年の値は3)やヨーロッパのいくつかの先進国がこれに該当する。一方、WHOが指定する「結核高負担国、TB high burden countries」が「高蔓延国」とされアジア、アフリカ、中南米の大半の国がこれに該当する。日本の罹患率は年々低下しているが2019年の値は11.5で「中蔓延国」にとどまっている。「外国生まれ」の患者を除くと10をわずかに上回る値になるが、「低蔓延国」とされる各国では「外国生まれ」の割合が60〜70%に達している。

古代から人類とともにあった結核は、産業革命、人口の都市集中に伴い爆発的に感染が拡大した。しかし労働環境、居住環境、食生活などの改善に伴い死亡率は低下を続ける。英国については1830年代以降の年齢調整死亡率が示されており、一貫して低下傾向が続いている。ピークを過ぎて数十年以上のちに結核菌が発見され(1882年、コッホ)、20世紀に入ってストレプトマイシンによる化学療法の導入(1940年代)、BCGによる予防接種(1950年代)と続く1)。低蔓延国の結核はピークから200年前後経過しており、既感染者の割合も低いという特徴がある。罹患率や死亡率の低下は必ずしも医療水準を反映しないという好例である2)

日本でもその後工業化、人口の都市集中を迎え、結核の蔓延を経験するが、死亡率のピークは20世紀に入った1918年で、欧米諸国に100年以上遅れた。日本では結核が死因の1位であった時代(1950年まで)を経験した世代が高齢者となった現在も多く生存し、既感染者として内因性再燃、発病、そして感染源となる危険性を有している。

小児結核は順調に改善したが3)、当面は高齢者の発病が日本の結核の状況を大きく左右すると思われる。高齢者の人口割合が世界のトップであることも日本の結核を特徴づけている。

参考文献
1)McKeown T : The Role of Medicine,Basil Blackwell Ltd, Oxford, UK, 1979
2)徳留修身:(視点)21世紀に向けての地域保健,公衆衛生, Vol. 64, No.1 2000年1月
3)徳留修身:結核サーベイランスからみた若年者結核,結核, Vol.70, No.9, 1995年9月

令和3年1月 第835号 掲載
「産業保健の話題(第233回)」