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令和2年バックナンバー

健康に働くために -フレイル・サルコペニアの予防-

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
網谷 東方
(鹿児島大学医歯学総合研究科 心身内科学 講師)
(メンタルヘルス)

現在、わが国は65歳以上の人口が28%を超え、高齢化率は世界第一位です。平均寿命が延び、元気な高齢者が増えているといわれておりますが、2016年の厚労省の発表では、健康寿命は男性で約8年、女性で約12年、平均寿命より短いとの結果でした。これは、男性は死を前にして8年間、女性は12年間、要介護状態にあるということです。このような背景から、2019年、厚労省は2040年までに健康寿命を3年以上伸ばすことを目指す「健康寿命延伸プラン」を示し、2020年4月、75歳以上の後期高齢者を対象としたフレイルの予防・重症化予防に着目した健診、いわゆる「フレイル健診」を開始いたしました。

フレイルは、「虚弱」を意味する英語「frailty:フレイルティ」を元にした造語ですが、「加齢に伴う様々な機能変化や予備能力低下によって、健康障害に対する脆弱性が増加した状態」と理解されており、要介護の前段階と考えられておりますので、予防医療の立場からもその見極めは重要です。2020年8月、東京都健康長寿医療センターの研究チームは、65歳以上日本人のフレイル割合は8.7%、プレフレイルは40.8%と報告しました。Friedらは、フレイルを①体重減少、②疲労感、③活動度の減少、④身体機能の減弱(歩行速度の低下)、⑤筋力の低下(握力の低下)のうち、3項目以上該当することと定義しております。このフレイルの最大の危険因子と考えられているのが、サルコペニアです。

サルコペニアとは、高齢期にみられる骨格筋量の減少と、筋力もしくは身体機能(歩行速度など)の低下をきたした状態のことです。筋力の低下については握力、身体機能については歩行速度の測定を行います。筋力や身体能力の低下がある場合には、筋肉量の測定をして診断することになります。サルコペニアの原因としては、加齢の他に、低活動、低栄養や疾患があります。65歳以下の人でも、デスクワークや自動車に頼る生活習慣などによって、筋肉が著しく減っている場合があります。今後、在宅勤務やモバイルワークが増えると、サルコペニア予備軍はさらに増えるかもしれません。サルコペニアは痩せた人を想像するかもしれませんが、肥満にサルコペニアを合併することがあり、これをサルコペニア肥満といいます。

サルコペニアの自己チェック法「指輪っかテスト」をご紹介します。手足が細くなった状態は、サルコペニアの疑いが強くなります。両手の親指と人差し指で輪っかを作り、ふくらはぎの最も太い部分を囲みます。「囲めない」から、「ちょうど囲める」、「隙間ができる」の順にサルコペニアの可能性が高くなります。

サルコペニアの予防には、運動と栄養が重要です。運動に関しては、歩行などの有酸素運動に加え、レジスタンス運動を週2 〜 3回の頻度で、3 ヵ月以上継続することが非常に大切です。栄養に関しては、タンパク質が多く含まれる肉や魚、大豆、牛乳などの摂取が重要です。最近発表された17の介入試験のメタアナリシスによると、運動とタンパク質の補充との組み合わせによって、運動単独に比べて、有意に優れた筋肉量と筋力の改善が得られることが報告されております。サルコペニア予防のためには、十分なタンパク質を摂取することとともに、運動、特にレジスタンス運動を合わせて実施することが重要と考えられております。先生方がサルコペニアを予防し、健康に働いていけますよう、少しでもお役立て頂けましたら幸いです。

令和2年12月 第834号 掲載
「産業保健の話題(第232回)」

知っておきたい化学物質リスクアセスメント

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
黒沢 郁夫
(労働衛生工学)

多くの事業所で化学物質が使用されていますが、以前印刷事業所で胆管がんが発生したのを契機に、一定の危険性・有害性の化学物質等についてリスクアセスメントの努力義務から義務化に管理が強化されています。これにより危険性・有害性の認識が一層高められ労働災害防止が更に期待されることになりました。

化学物質リスクアセスメント手法は、まず現状の職場に潜む化学物質の有害性をメーカーから交付されたSDS(安全データシート)情報等より特定します。そして疾病の重篤度と発生の可能性をマトリックス等で点数化してリスクを見積もり、その結果を評価してリスク低減措置の検討及び実施するものです。これにより事業者に対して化学物質による有害性の認識を確かなものにする効果が期待されます。

ここで、リスクアセスメント義務化の対象化学物質は、法令で定める通知対象物質(673物質:施行令別表第9)で確認できます。この中には特別規則(有機溶剤中毒防止規則・特定化学物質障害防止規則・鉛中毒防止規則等)に該当する化学物質が含まれています。ここで注目する点は、特別規則に該当する化学物質はすでにリスク評価を経て法令で厳しく管理されているもので、改めてリスクアセスメントするより各規則の内容(管理体制・設備・作業環境測定・保護具等)を遵守すべきものです。従って特別規則に該当する化学物質(122物質)以外の化学物質が実質上義務化の対象となります。

次にリスクアセスメントの実施時期ですが①建設物を設置し、移転し、変更するとき②設備、原材料等を新規に採用し、又は変更するとき③作業方法又は作業手順を新規に採用し、又は変更するとき④原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、有害性等について変化が生じ、又は生ずるおそれがあるときです。ここで注目する点は、この実施時期に該当しないで化学物質を「継続的」に使用している場合です。これに該当する事業所は多いと思います。この場合、継続的使用なので努力義務となりますが、積極的にリスクアセスメントに取り組む姿勢が望まれます。

更にリスクアセスメントはリスク評価及びリスク低減措置の検討までが義務化されていますが、リスク低減措置の実施は努力義務です。この点も注目すべきでリスク評価の結果、明確に有害性が明らかであると判定された場合は、特別規則に準じたリスク低減措置(保護具・局排等)を積極的に取り組むべきです。又この取り組みは化学物質の有害性を予見して回避するもので安全配慮義務を遂行したことになります。

最後に、化学物質リスクアセスメント対象の通知対象物質で交付が義務化されているSDS(安全データシート)及びラベル表示は重要な情報源です。事業者が化学物質の有害性を知らなかったでは済まされない仕組みとなっています。以上化学物質のリスクアセスメント、SDS、ラベル表示を積極的に活用して労働災害防止に取り組むことを願っています。

令和2年11月 第833号 掲載
「産業保健の話題(第231回)」

「新しい生活様式」の実践とメンタルヘルス問題
-新型コロナウイルス感染症対策-

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
赤崎 安昭
(鹿児島大学医学部保健学科・同大学院保健学研究科 教授)
(メンタルヘルス)

会員の皆様におかれましては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止対策に細心の注意を払いつつ、日々の診療に従事されていることと思います。お疲れ様です。本稿では、自分自身の体験を交えて、新型コロナウイルス感染症対策の一環でもあるとしてメンタルヘルス問題について記載します。

鹿児島県第1号の新型コロナウイルス感染症者は、3月26日に確認され、また全国での感染者の増加を受けて、鹿児島県はホームページ上で「新しい生活様式の定着に向けた鹿児島県の取組」(令和2年5月14日付け)を発表しました。その後、鎮静化したかのように見えましたが、クラスターが数カ所で発生し、一時は鹿児島県も関東圏等とほぼ同じようなレベルで感染者数が増えていきました。

鹿児島県がホームページ上で発表した「新しい生活様式の実践例」を見てみますと、⑴一人ひとりの基本的感染対策、⑵日常生活を営む上での基本的生活様式、⑶日常生活の各場面別の生活様式、⑷働き方の新しいスタイルの4つの項目を挙げています。これらを簡潔にまとめますと、日々の体調管理、「3密」の回避、マスクの着用、手洗い、ソーシャルディスタンスの確保等ということになります。

私は、診療業務に従事し、また医学部の学部学生、大学院生への講義や演習も行っていますので、「新しい生活スタイル」を忠実に守ってきました。ところが、「新しい生活様式」を実践してきて数ヶ月が経った今、何とも言えぬ疲労感やモヤモヤした気分を感じています。原因は分かっています。普段の「生活スタイルの変更・変化」を余儀なくされているからです。

私の生活スタイルで大きく変わったことは、学会および研究会、それに関連した委員会が延期・中止となり、年間に30数回あった出張が全てなくなりました。会議は、殆どがWEB会議になりましたが、なかにはWEB上では審議が困難な議案があり、十分に審議が尽くされていない状況です。これにより、私は仕事のスケジュールを大幅に変更せざるを得なくなりました。なかでも私にとって最大の「変化」は、鹿児島県が提示している「食事」に関する「新しい生活様式」です。具体的には、「対面ではなく横並びで座ろう」、「料理に集中、おしゃべりは控え目に」の2項目です。これは辛いです。なぜなら、私にとっては、学会や研究会に参加した先生方や、出張先で友人らと食事をするのが最高の「気分転換」だったからです。私は、気分転換の場を「喪失」してしまいました。単に「飲み会」ができなくなっただけなのかもしれませんが、私にとっては、先生方や友人らとの大切なコミュニケーションの場を「喪失」しました。

新聞やテレビでの報道によると、「新しい生活様式」を徹底することにより、生活が大きく変わり、経済的に困窮する事態に陥った方、なかには、失職・倒産・廃業に追い込まれた方も多いです。そうなりますと、うつ病およびうつ状態に陥る方も多いはずです。

精神医学的には、「判で押したような生活」を好む方、言い換えますと、「秩序の崩壊」を過度に恐れる方は、「生活リズムの崩壊」がとてつもなく大きな「喪失体験」となり、うつ病あるいはうつ状態に陥る危険が極めて高いです。ですから、COVID-19に関連したメンタルヘルス問題を抱えた方に「コロナ問題はどうしようもない!」と助言する前に、その方のこれまでの生活スタイルと、現在の生活スタイルを比較して、どれくらい「変化」を余儀なくされているのか、また、その方がどの程度「秩序の崩壊」を恐れているのか、という状況と特性に配慮して対応する必要があります。しかし、これはメンタルヘルス問題に対応することができる専門家でなければ困難かもしれませんので、お困りの際には躊躇することなく、しかるべき医療機関に紹介してください。

COVID-19に関連した問題は、長期化することは必至です。ですから、我々医療従事者は、COVID-19に罹患したご本人への対応のみならず、その家族の方々、さらに、新たな生活様式や価値観を創造していくことが求められている県民全てのメンタルヘルス問題にも目を向ける必要があります。そのためには、その責務を背負っている会員の皆様ご自身が健康管理に留意し、「健康的な新しい生活様式」を定着させていく必要があります。私自身も「新しい気分転換の仕方」を見つけましたので、間もなく気分が晴れることでしょう。会員の皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。

令和2年10月 第832号 掲載
「産業保健の話題(第230回)」

コロナ禍でネットとどう付き合うか?

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
岡村 俊彦 
(鹿児島県立短期大学 教授)
(メンタルヘルス)

世界中を揺るがし続ける新型コロナウイルスの禍は未だ終息が見えない。実際に感染した人やその周辺の人はもちろん、仕事や学校での影響まで考えると、ほとんどの人が精神的に何かしらの苦しい思いをしてきているだろう。

このような状況下で、人びとはインターネットとどのように付き合っているだろうか?テレワークをはじめ多くの仕事にとってICTが大きな武器になっていることは間違いない。教育現場でも遠隔授業の導入が学習機会の損失をかなり防いでいる。新型コロナ禍が10年前におこっていたら、産業も教育も生活も、今以上に壊滅的であったと思われる。

インターネットによって、多くの人が情報の収集能力と発信能力の両面を飛躍的に伸ばしている。今回のコロナ禍においてもその役割を(良くも悪くも)果たしている。例えば、マスクが不足している時には手作りマスクの作り方がネットで発信され、それを見て乗り切った人も多いだろう。しかし、マイナス面も目に付く。一時期はトイレットペーパーがなくなるというデマがネットを中心に出回り、それにより店頭から姿を消した時期もあった。感染予防対策が発信される中で、「26〜27度のお湯を飲むと防止になる」などといったとんでもないデマもSNSを中心に広まった。

ネット上で不正確な情報を広めてしまう人にはいくつかのパターンがある。ただのイタズラ気分で、面白そう、人が興味を持ちそうなウソの情報を流す者、場合によっては、ウソの情報でも根拠やソースを確認せず、有益だと思い込んで善意で拡散する者も少なくない。デマの拡散で有名なのは1973年に起きた「豊川信用金庫の取り付け騒ぎ」である。電車内での高校生のなにげない会話「(金融機関は強盗とかあるかもしれないから)、信用金庫は危ない」というのを耳にした人が伝言ゲームのように「豊川信金は危ない」と拡散していき、1週間で取り付け騒ぎのパニックにつながった事件である。これは50年近く前の事件だが、多くの人がSNSを使う現代では、当時とは比較にならない早さと範囲で、デマ情報が広まっていくのである。

さらに、今回のコロナ禍のように社会的不安が増大している状況下では、自分の見たい情報を中心に見てしまい、安心する一方、全体の正確な姿を見失いがちになる(認知的バイアス)。また、危険性の高い情報を目にした時も、その不安感が増大し、根拠を確かめることもなく、行動し、他者にも広めてしまう。

このように、SNSを中心としたインターネットはウソだろうが本当だろうが、あらゆる情報があっという間に、広い範囲で、しかも先鋭化して広まるのである。この流れは止められないであろう。ただ、我々はまだネットとの付き合いは始まったばかりだと考える。今回のような経験を経て、むやみに信じることなく、確証を得た情報を有益に使っていくことが近いうちにできる、そんな成熟した大人の付き合いができるようになる日は案外近いかもしれない。

令和2年9月 第831号 掲載
「産業保健の話題(第229回)」

改正健康増進法と喫煙

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
長友 医継
(医療法人 玉水会病院)
(メンタルヘルス)

健康増進法は、平成14年8月に制定されましたが、当時のわが国の急速な高齢化の進展および疾病構造の変化を背景に、国民の健康の増進の総合的な推進を図るものでした。具体的には、食生活、運動、休養、飲酒、喫煙、歯の健康保持および生活習慣に関する正しい知識の普及です。このなかで、メンタルへルスに関係するものとしては、飲酒と喫煙があります。いずれも依存症に関係するものです。

この両者はいずれも依存症のなかの「物質への依存」の代表的なものです。なお、たばこへの依存(ニコチン依存)は、現生人類が数万年前に混血したネアンデルタール人から受け継いだうつ病、気分障害や日光角化症など12の疾患に関連する遺伝子情報の一つのようです(サイエンス、米バンダービルト大学など)。

依存症にはその他、「人間関係への依存」と「過程への依存」があります。「人間関係への依存」には特定の相手との関係に依存しすぎる共依存や恋愛依存症などがあります。「過程への依存」には、統合型リゾート(Integrated Resort:IR)に関する法案で国会を始めマスコミなどで議論になったギャンブル依存症や児童生徒の間で問題になっているインターネット依存症や携帯電話依存症などがあります。食生活に含まれる食物依存症も、「過程への依存」の一つであり、有害な結果をもたらすにもかかわらず、嗜好性の高い食物(たとえば高脂肪や高糖質)の強迫的な摂取がみられます。

健康増進法を踏まえて、平成30年8月に健康増進法の一部を改正する法律(改正健康増進法)が制定されました。この改正の趣旨は以下の通りです。

  1. 「望まない受動喫煙」をなくす。
  2. 受動喫煙による健康影響が大きい子供、患者等に特に配慮。
  3. 施設の類型、場所ごとに対策を実施。

この趣旨に基づき、令和元年7月1日より、学校、児童福祉施設、病院、診療所、行政機関の庁舎などの第一種施設での敷地内禁煙が施行されました。ただし、屋外で受動喫煙を防止するために必要な措置がとられた場所に、喫煙場所を設置することはできます。

引き続き今年4月より、第一種施設以外の施設、即ち、パチンコ店、劇場、事務所、工場、ホテル、旅館、飲食店、旅客運送事業(船舶、鉄道、タクシー、航空機)、国会、裁判所などの第二種施設で、原則屋内禁煙となりました。これには、喫煙専用室などを設置すると喫煙が認められるという抜け道があります。

また、経過措置として、出資金が5,000万円以下で客席面積が100㎡以下の既存の小規模飲食店では、喫煙可能な場所である旨を掲示すると店内で喫煙が可能です。

本法律が施行されて4ヶ月を超えましたが、禁煙してから四半世紀経った私としましては、本法律の徹底と、この経過措置が一刻も早く撤廃されることを願っています。

令和2年8月 第830号 掲載
「産業保健の話題(第228回)」

歯科からはじまるウイルス感染予防

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
鹿児島県歯科医師会
地域歯科保健委員会
理事 門松 秀司
(産業医学)

COVID-19:新型コロナ感染症の流行は2019年12月末、中国湖北省武漢市を中心に発生し、短期間で全世界に広がりました。感染は世界200以上の国や地域に広がり、2020年5月1日現在、鹿児島県でも感染者は10名となり、現在のところ感染経路、治療法、感染後の経過など、明確には解明されていない部分が多々あります。そのため、世界中の研究機関が新型コロナウイルスの解明に向けてさまざまな調査・研究を急ピッチで進めておりますが、地域医療を担う医療機関は日々見えない敵と戦わなければなりません。

その中で歯科が果たすべき役割は少なくないと考えており、歯科の観点よりウイルス拡大予防にできることをお伝えできたらと思っております。

インフルエンザ感染予防に歯磨きや口腔ケアが有効である

インフルエンザの感染予防には歯磨きや口腔ケアが有効であることが報告されております。

インフルエンザの発症は、インフルエンザウイルスが咽頭粘膜から体内に侵入する際にプロテアーゼと呼ばれるタンパク分解酵素を産生し細胞内に侵入します。侵入したウイルスは細胞内で増殖し細胞内が飽和状態となります。飽和状態の細胞にノイラミニダーゼという酵素にて細胞膜を破壊し細胞外へ放出、拡散しその他の細胞に侵入・増殖を繰り返していきます。

ウイルスの侵入・放出に関与するプロテアーゼやノイラミニダーゼは歯周病原菌などの口腔内細菌が産生することが報告されており、歯磨きや口腔ケアにてインフルエンザの発症リスクを下げるとされております。
君塚隆太、奥田克爾:インフルエンザウイルス感染と細菌性プロテアーゼ、歯科学報、106-2(2006)

新型コロナウイルスも同じウイルスである

新型コロナウイルスもインフルエンザと同じウイルス感染症であり、歯磨きや口腔ケアで新型コロナウイルスの発症リスクを下げる可能性が高いと考えられています。

直近の報告では、心機能や血圧調整に大きく関与しているアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)レセプターが表面にある細胞は新型コロナウイルスに感染しやすく、このACE2レセプターは口腔粘膜の上皮細胞などに多く発現しており、特に唾液腺のACE2レセプターは新型コロナウイルスの標的細胞となり、持続的に感染した唾液を分泌している可能性があると示唆されており、PCRのサンプリングにおいても鼻咽腔ではなく、喉の奥から採取した唾液が最も陽性率が高く重篤なコロナ感染症と関連があると報告されている。
Xu, R., Cui, B., Duan, X. et al. Saliva:potential diagnostic value and transmissionof 2019-nCoV. Int J Oral Sci 12, 11 (2020).

飛沫感染の原因である唾液腺に由来する唾液のウイルスを殺菌力のある洗口剤で常に失活させるため、歯科界では殺菌性のある洗口剤の使用を推奨する提言もあります。

歯周病原菌、特にグラム陰性菌が産生するLPS(内毒素)による新型コロナウイルス感染者のサイトカインストームを防止するためにこれまで以上の歯磨きと口腔ケアを行うことで、口腔内に炎症のない状態を維持することが必須であり、肺炎を予防するために歯周病の治療が大切です。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とサイトカインストーム-炎症病態からみた治療法の選択:医学のあゆみ 273巻8号

令和2年7月 第829号 掲載
「産業保健の話題(第227回)」

新型コロナウイルス感染症について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 前田 雅人 
(産業医学)

この原稿を書いているのは4月中旬であり、全国に緊急事態宣言がなされた数日後である。世界の新型コロナウイルス感染者は4月20日時点で220万人、死亡者は15万人を超えている。一方、国内の感染者は1万人、死亡者は150人を超えており、まだ鹿児島の感染者は8人であるが、この原稿が掲載される6月はどうなっているのか、不安でならない。

私は鹿児島大学教育学部に勤務しており、今年の卒業式は縮小開催、学生による謝恩会は中止、教職員の送別会も中止となり、4月以降も入学式は限られた人数による縮小開催、授業は12日遅れで4月20日から開始、しかも密閉、密集、密接の3密を回避するための対策として、遠隔授業となってしまった。ただネット環境が十分に対応できるのか、不安だらけである。さらに実習、実験への対応は模索状態である。幸い、今のところ学内での感染者は報告されていないが、大学の感染防御対策の難しさは学生の半分が県外から来ていることにある。そして学生は学生寮かマンション、アパートに一人暮らしでいる場合が多く、健康管理、行動の把握が難しい。またアルバイトしようにも今の状況ではアルバイト雇用が少なく、経済的困窮が生じ、支援が必要となるであろう。

過去のパンデミックを振り返ると、102年前、1918年のスペインかぜの大流行では、日本では患者数が2,300万人、死亡者数38万人と報告されている。また1957年のアジアかぜでは、日本では300万人が感染し、死者は5,700人ともいわれ、スペインかぜよりも感染者、死者とも少なかったが、それでも甚大な被害を受けた。その後医療が発達した現代であっても新型コロナウイルス感染症の連日の感染情報を聞くと、終息など遠く、感染蔓延の長期化を想定せざるを得ず、かなりの患者数、死者数に膨れ上がるものと考える。

さて非常事態の今、産業医としていかに動くか、求められる役割は重い。まずは事業所の感染防御対策のチェックである。手洗い、うがい、マスクの使用状況を確認、職場巡視では換気の実践状況、従業員の密集状況等を見て、必要があれば、衛生委員などを通して改善を伝える。常に最新の情報を入手して、衛生対策を事業所のスタッフに正しく伝え、相談体制を整えて、不安を取り除いていけるように連携を強化していく必要がある。鹿児島産業保健総合支援センターのホームページには新型コロナウイルス感染症に関する情報が載せてあるので是非ご覧いただきたい。また、もし感染者や感染疑いの者、濃厚接触者が出た場合どうするのか、事業所と話し合いながら具体的なフローチャートを作成し、従業員に周知してほしい。一番困るのは、体調不良でも責任感から頑張って職場に出て来られることである。体調不良者が安心して休める環境と病状が回復した時には、職場において疎外されないような環境づくりを整える必要がある。感染防御対策が不十分であった場合、経済的にも社会的にも事業所の活動に大きな負の影響が及ぶので、被害を最小限に抑えるためには十分な対策を練らなければならない。医療崩壊が心配されているが、正しい判断と適切な対応で、この原稿が読まれる頃には感染拡大の鎮静化がみられていることを願うばかりである。

令和2年6月 第828号 掲載
「産業保健の話題(第226回)」

受動喫煙対策における気流管理と三次喫煙(サードハンド・スモーク)

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 東 正樹
(株式会社 鹿児島環境測定分析センター 代表取締役)
(労働衛生工学)

  1. はじめに
    健康増進法(以下、法という)が改正され、受動喫煙対策は、マナーからルールへと変わりました。受動喫煙防止対策に係る相談支援事業の実地指導員として技術的指導を行った経験から、喫煙所設置において指導すべきポイントについてお伝えします。
  2. 基本的考え方と喫煙所の要件
    喫煙所設置において最も重要なのは「気流の管理」であり、非喫煙区域から喫煙所へ向かう気流を確保することがその基本となります。喫煙所の主な要件を以下に示します。●喫煙専用室出入口の気流確保(出入口開口面の全点で0.2m/s以上)。
    ●たばこの煙と非喫煙者の動線が重ならないようにする。
    ●季節あるいは日間変動による気流の変化を考慮する。
    ●喫煙所を区画して煙の拡散を抑制する。
    ●喫煙可能な部屋への20歳未満の立入禁止。
    ●周辺環境に配慮する。
  3. よくある事例と留意点
    ここで、指導の際によくある事例を挙げておきますので、参考としてください。【よくある事例①】喫煙所の換気扇が能力不足で出入口の気流が確保できていない。
    留意点:排気装置の能力増強やのれんの設置などにより気流を確保し、風速計等で確認する。細長く切ったポリエチレンテープを垂れ下げた簡易的な気流の可視化も有効。
    【よくある事例②】建物出入口近辺を喫煙所として利用している。
    留意点:たばこの煙と非喫煙者の動線が重ならないようにし、かつ、煙が建物の内部に入ってこないよう出入口からできるだけ離す。
    【よくある事例③】屋外の喫煙所近くに洗濯物や窓がある。
    留意点:洗濯物の風下に喫煙所を設置し、窓は喫煙時に開放されないよう管理する。
  4. 新しい概念、サードハンド・スモーク
    このほか、法の規制対象とはなっていませんが、三次喫煙(サードハンド・スモーク)の影響が懸念され始めています。たとえば、喫煙場所近くに干されている洗濯物、喫煙した車輛の内装、喫煙所から持ち込まれた物品、喫煙者の衣類や毛髪等からの有害物質の再遊離です。これらは意図せず非喫煙者を有害物質にさらしてしまうおそれがあることから、喫煙時は周辺に置いてあるものに注意を払い、特に子どもの玩具などを置かないよう注意が必要です。
  5. おわりに
    法改正により、これまで以上に禁煙指導が重要となることは言うまでもありません。また、勤務シフト、勤務フロア、喫煙所の清掃や車両での喫煙における配慮のほか、実情に応じた受動喫煙防止の指導をお願いいたします。
三次喫煙(サードハンド・スモーク:Third-Hand Smoke)とは

喫煙によって発生したたばこの煙は、家具や壁紙、カーテン、子どもの玩具、自動車の内装、エアコンシステムの表面に付着した後、徐々に空気中に再遊離します。
たばこの煙がない環境でも、たばこの臭いが僅かでも残っていると、たばこを吸わない人は、受動喫煙と同様にたばこ由来の有害物質にさらされていることになります。これがサードハンド・スモークです。

(日本医師会HPより)

令和2年5月 第827号 掲載
「産業保健の話題(第225回)」

「地域・職域連携推進」の時代を迎えて

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 堀内 正久
(鹿児島大学衛生学・健康増進医学)
(産業医学)

 鹿児島県の産業保健を考えるとき、産業医の活動する企業だけでなく、産業医選任義務のない企業や職域に関連する人々(勤労者を支援する被扶養者や退職者も含む)についても考慮する必要がある。実際に、鹿児島県全体の勤労者は、中小企業や一次産業従事者、自営業者など、産業医の手の届かない業種に従事している方が、全体の80%程度おられることが想定されている。鹿児島県全体の産業保健を考えた場合、自らの産業医活動を高めるとともに、産業医活動の行き届かない勤労者に対する産業保健の仕組みを考え、提供していくことも、産業保健に関わる者の使命と考える。厚生労働省としては、この問題を、「地域・職域連携推進」ということで、対応を深めようとしている。実際に、昨年の9月に、「地域・職域連携推進ガイドライン」の改訂ということで、地域・職域連携の基本的理念の再整理がなされ、支援が不十分な層である①退職者、②被扶養者、③中小企業従事者への対応促進が指摘された。鹿児島市においても、他の市町村にくらべて、早くから、行政が関心を持ち、地域・職域連携推進専門部会(2016年度から、私が部会長)が運用されている。もちろん、産業保健の仕組みとしては、産業保健総合支援センターや地域産業保健センターがあるわけだが(下図)、それらに加えて、マンパワーが充実しているとされる行政(市町村)が関わる仕組みづくりが求められている。行政や財団の取り組みとしては、具体的には、鹿児島市、奄美市、鹿屋市にある「中小企業勤労者福祉サービスセンター」や、鹿児島市の地域・職域連携推進専門部会が行う「健康づくりパートナー」活動が挙げられる。これらについては、産業医の有無に関わらず、加入したり登録したりすることが可能であり、担当する事業所の健康管理活動を補助する仕組みとしても利用ができる。一度、担当する事業所において、利用が可能か、利用する意義があるかどうかの検討を事業主と行っていいように思う。さらに、事業規模の小さな企業の勤労者支援において、これら情報の周知がなされることが望まれる。来る11月に、鹿児島県では初めて、産業保健に関する全国規模の学会が、開催される(日本産業衛生学会全国協議会、ヘルスサポートセンター鹿児島所長小田原努企画運営委員長)。シンポジウムとして、「これからの地域・職域連携」が予定されている。産業医活動の支援という視点と、産業医のいない職域での産業保健活動を、地域に存在する社会資源や仕組みを利用していくことの可能性について、議論がなされることになっており、多くの医師会員に参加を頂き、理解が深まればと願っている。

令和2年4月 第826号 掲載
「産業保健の話題(第224回)」

男女共に手厚くすべし少子化対策

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 德永 龍子
(鹿児島純心女子大学名誉教授)
(保健指導)

12月ナイチンゲールの魂に出会うべく私はイスタンブールに飛んだ。一世紀半前、看護師39人がワンチームで孤軍奮闘した4本の赤い尖塔を持つ白い立派な病院が、ボスポラス海峡に今もあった。スルタンが建てた立派な兵舎が病院として提供されておりトルコの魂を思った。

トルコは、昭和60年イラン・イラク戦争でテヘランに残された215人の日本人に、トルコの救援航空機を出し日本に送り届けてくれた国である。その時の日本は議論紛糾し救援機を飛ばさなかった。48時間の制限の中トルコ大統領は、「日本への恩に報いる時が来た」と国民に呼びかけ賛同を得て決断した。

トルコの歴史教科書では、明治時代台風で難破したトルコ船の乗員を和歌山の若者が崖を降りおぶって581人中69人救助し、トルコに送り届けた事を今も教えている。トルコは若者子どもが多く徴兵制で、不穏な中東で国民が国を防衛する。9割の原油を中東に依存する日本は、日本タンカーの襲撃を受け12月日本船の安全航行のため自衛隊を派遣した。

「心をいれる」生活者の立場に身を置くと見える世界が違う。経済と環境の範囲の中で、生活者らしさで挑戦すれば必ず成功する。子どもを産み育て安心して住み続けたい国づくりを担うのは国民である。対象者に寄り添い観察し、悩みや状態を見極める眼力、対応内容と改善プラン、総合力が大切だと思う。

日本の経済と財政を中長期的に展望すると、超高齢化、少子化の進展はとどまる気配がない。2020年代の雇用機会の拡大と生産性向上への最適人材配置の働き方改革により、勤労世代の家計所得と資産の底上げが日本の将来の進路を決定づけるといえる。今こそ現状を把握し選択肢を議論し実践すべきだ。

日本の人材不足に対する選択肢の1つ目は、単純労働はAI等を活用して自動化する。付加価値のある仕事を分類し成果に直結する目標設定や給与体系にシフトする。2つ目は労働力不足に対して平均就労率が先進国並みになってきた女性や高齢者の生産性向上と総賃金の上昇に取り組む。両者の生産性向上には、育児・介護の両立支援が不可欠である。今回は、育児への両立支援の視点から述べる。

労働政策研究・研修機構の「成長実現・労働参加シナリオ」に沿って女性の労働参加率が推移すれば総労働供給は拡大するが、2030年時点で総生産の増加率は3.1%にとどまる。女性の雇用形態分布及び年齢・雇用形態別の総賃金が現在の3割から男性並みの水準となった場合、その効果は6.5%及び11.2%となる。女性の生産性向上と総賃金の上昇は、30 〜 50代の所得と資産の底上げ、税収増が見込まれる。

また、男性の家事・育児参加が多いほど第2子以降の出生割合が高い調査結果がある。日本の少子化対策の観点から男女共に仕事と子育ての両立支援の方針を打ち出した政府は、2020年度から取得率の低い男性の国家公務員に1か月超の育児休暇・休業を実施すると発表した。その間は、標準報酬日額の50 〜 67%の手当金が出るようにし収入減の懸念(37.4%)に配慮した。男性育休取得が進まない背景に業務面の懸念(31.4 〜 22.8%)や取得しづらい職場雰囲気(20.4%)もある(「%」は内閣人事局調べ)。

男性の育休取得の支援のため上司が対象職員と相談しながら取得計画を作成し、育休中の職場体制を事前に整えるとした。対象国家公務員は44万人、育児休業取得率21.6%(人事院調べ)がどこまで伸び、夫婦が「理想」とする子ども数2.32人(国立社会保障・人口問題研究所調べ)が現実になるのか。育休取得後も男性の家事・育児への参加が進み、先進国中最低水準を改善できるかに未来がかかる。内閣官房は、2020年度育休や時短の分をカバーする国家公務員のワークライフバランス定員を389人に拡大する。

今年1月には環境大臣の育休取得が報道された。業務の効率化による生産性向上、テレワーク、時短、業務委託を使い長時間労働の是正とセットで取り組み、職場の意識や働き方の転換が焦点となる。

賛否両論あるが、さらに民間企業にも波及し、民間の育児休業取得率6.16%が改善できるよう政府と民間が一体となった継続的な取り組みに期待したい。

男女共働きで納税が当たり前の社会なら、男女共の生産性向上と総賃金の上昇は、30 〜 50代の所得と資産・貯蓄の底上げをもたらし、税収増が見込まれる。この施策が成功すれば、未来の財政健全化や社会保障制度存続の希望につながる。

令和2年3月 第825号 掲載
「産業保健の話題(第223回)」

「働く人」の睡眠

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
長友 医継
(医療法人玉水会 玉水会病院)
(メンタルヘルス)

「働く人」にとって良質な睡眠をとることは、勤労のためにも大切なことですが、ややもすると、長時間労働による睡眠不足や様々なストレスなどを契機に不眠をきたすことがあります。そのため、「働く人」が安易に睡眠薬の処方を医療機関に求めにくることも少なくありません。しかし、1剤では充分な熟眠感が得られなかったり、またたとえ当初は著効しても、次第に効果が減ずることがあります。そのため、得てして次第に多剤併用になりがちですが、これには平成30年度の診療報酬改定で、多剤処方の適正化を求められるようになりました。

このような状況への対応としては、不眠の原因を把握した上の睡眠薬などの処方とともに適切な睡眠衛生指導を行う必要があります。厚生労働省が「健康づくりのための睡眠指針2014」を作成していますので、以下に記述します。この指針に則り、指導をしていくとよいと思われます。

1. 良い睡眠で、からだもこころも健康に。
・良い睡眠でからだの健康づくり。
・良い睡眠でこころの健康づくり。
・良い睡眠で事故防止。

2. 適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
・定期的な運動や規則正しい食生活は良い睡眠をもたらす。
・朝食はからだとこころのめざめに重要。
・睡眠薬代わりの飲酒は睡眠を悪くする。
・就寝前の喫煙やカフェイン摂取を避ける。

3. 良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
・睡眠不足や不眠は生活習慣病の危険を高める。
・睡眠時無呼吸は生活習慣病の原因になる。
・肥満は睡眠時無呼吸のもと。

4. 睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
・眠れない、睡眠による休養感が得られない場合、こころのSOSの場合あり。
・睡眠による休養感がなく、日中もつらい場合、うつ病の可能性も。

5. 年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
・必要な睡眠時間は人それぞれ。
・睡眠時間は加齢で徐々に短縮。
・年をとると朝型化、男性でより顕著。
・日中の眠気で困らない程度の自然な睡眠が一番。

6. 良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
・自分にあったリラックス法が眠りへの心身の準備となる。
・自分の睡眠に適した環境づくり。

7. 若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
・子どもには規則正しい生活を。
・休日に遅くまで寝床で過ごすと夜型化を促進。
・朝目が覚めたら日光を取り入れる。
・夜更かしは睡眠を悪くする。

8. 勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
・日中の眠気が睡眠不足のサイン。
・睡眠不足は結果的に仕事の能率を低下させる。
・睡眠不足が蓄積すると回復に時間がかかる。
・午後の短い昼寝で眠気をやり過ごし能率改善。

9. 熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
・寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る。
・年齢にあった睡眠時間を大きく越えない習慣を。
・適度な運動は睡眠を促進。

10. 眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
・眠たくなってから寝床に就く、就床時刻にこだわりすぎない。
・眠ろうとする意気込みが頭を冴えさせ寝つきを悪くする。
・眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きに。

11. いつもと違う睡眠には、要注意。
・睡眠中の激しいいびき・呼吸停止、手足のぴくつき・むずむず感や歯軋りは要注意。
・眠っても日中の眠気や居眠りで困っている場合は専門家に相談。

12. 眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。
・専門家に相談することが第一歩。
・薬剤は専門家の指示で使用。

令和2年2月 第824号 掲載
「産業保健の話題(第222回)」

爪は過去半年間のストレス記録板

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
山中 隆夫
(鹿屋体育大学 名誉教授)
(メンタルヘルス)

 

産業保健の分野では2015年からストレスチェック制度が導入されている。しかし問題は“高ストレス者”と判定されても、その6%しか産業医の面接指導を申し込まない過小申告者の存在である。結果を会社側に知られたくないのだ(厚労省報告)。その一方で、故意にストレスが高くなるよう回答して病気のふりをする過大申告者もいる。会社や上司への不満を産業医にぶちまけるためである(ストレスチェック義務化で逆に偽患者が増えてしまう理由:ダイヤモンド オンラインより)。要はストレスチェックが「はい」「いいえ」の表記式、つまりは“随意式”であるために、信頼性・妥当性に問題が起こるのだろう。
では、実際に被った見えないストレスを可視化できる簡単な方法はないのだろうか?
それが、あるのである。表題が“それ”である。
以前、筆者が勤めていた大学で卒論を兼ねてやった調査・研究がある。
数か月前に教育実習に行った4年生の学生(男女25人ずつの計50人)を対象に、拇指爪を200%の白黒拡大コピーで記録し、爪表面の横溝の有無、程度を測定するとともに、アレキシサイミア(失感情症)、アレキシソミア(失体感症)、PFスタディの三種の心理テストを行い、その関連性を調べてみた。
その結果、学生にとって多大なストレスである教育実習を体験した被検者の50%近くに横溝の爪痕が認められ、その彼ら、彼女らは(横溝にない学生に比し)、統計上有意に過剰適応とアレキシサイミア、ソミアの傾向が強かったのである。
アレキシサイミアとはその昔(1970代)、ハーバード大学の精神科医であるP.Eシフネスが提唱した概念で、自らの感情を自覚・認知したり、表現することが苦手で、空想力、想像力に欠ける傾向を指し、心身症者の心理機制の根底をなすとされている。アレキシソミアが失体感症と邦訳されているように、倦怠感、違和感、疼痛、空腹感、満腹感、呼吸困難感などの自分の体の感じに鈍感で、アレキシサイミアと同様の意味合いがあるとされている。要する、大きなストレスを受けても、それを感じられない人々である。いかに疲れていても、それが分からない人々でもある。
このように爪の横溝の存在は過剰適応、感情抑圧といった「心に鎧をつけて生きる」心身症傾向を示しているだけではない。ストレスを受けた時期と持続期間まで表しているのだ。
何故なら、爪体は爪上皮で誕生し、末端に伸びるまで5〜6か月かかる。爪上皮の時に受けたストレスは横溝となり、ほぼ半年で爪甲の末端に移動していく。そのため、横溝の存在部から受けたストレスが何か月前であったかが推測できることになる。また、自分では気づかなかったストレスが爪痕にはっきりと刻まれるだけではなく、その深さで受けたストレスの程度を、その幅で持続期間まで分かるのである(反復ストレスでは爪は洗濯板のように波を打つ)。
以上、過去半年間に受けたストレスの有無、程度、持続期間、さらには心身症傾向まで正確に図示してくれる本法を臨床場面や産業保健に応用できないものかと、年の初めに思った次第である。

令和2年1月 第823号 掲載
「産業保健の話題(第221回)」