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29年バックナンバー

メンタルヘルス不調をかかえた「働く人」に対する治療と職業生活の両立支援

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  長友医継   
(医療法人 玉水会病院)

  「治療と職業生活の両立支援」とは、病気に罹患しながらも、働く意欲・能力のある「働く人」が、仕事のために治療機会を逸することなく、また、治療を理由に職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら働き続けられる社会を目指す取り組みです。これは、事業者にとっても、「働く人」の健康確保とともに、継続的な人材の確保、人材の定着・生産性の向上、多様な人材の活用による組織や事業の活性化などの意義があります1)。
  「両立支援」の対象疾患は、がんや脳卒中、糖尿病など身体疾患が主ですが、メンタルヘルス不調も対象の1つです。メンタルヘルス不調をかかえた「働く人」の治療と仕事の両立には、主治医と職場の連携が必要であることはいうまでもありませんが、必ずしもそれがスムーズに実践されているとはいいがたい現状です。
   小山ら2)は事業場内外の連携を抑制している主治医側の問題として、以下のような点を指摘しています。
   ・ 治療の視点では、メンタルヘルス不調者は「患者」であり、「働く人・生活者」としての診立てに
      主眼が置かれない。
   ・ 職業生活の場である職場との連携および調整に、治療行為と同等の自由度が事業場外の主治医には
      確保されていない。
   ・ 職場側との連携・調整に費やす「骨折り」に見合うだけの診療報酬上のメリットがない。
   ・ 患者の個人情報を保護し、患者が不利益を被らないために、上司や産業保健スタッフに病名や疾病
       性を伝え難い。

   特に第1の指摘は早急に対処すべき課題といえます。一般に、メンタルヘルス不調の治療は主治医と不調者との間でなされ、治療の主な場は診察室です。そこでは、当然ながら不調者は「患者」であり、「働く人・生活者」としての立場にはあまり注意が向けられていないようです。それには、小山ら2)が指摘している通り、主治医には患者の守秘義務があり、職場側にその疾病性について容易には伝えられないことや、精神療法や投薬などの治療と同等の力を職場側との連携や調整のために注ぐことができないことなどが挙げられます。一方、職場が不調者に関して知りたい情報は、詳細な診断病名や治療方針よりもむしろ、就業可能であれば労務管理および安全衛生上必要な配慮と留意点です。こうした主治医と職場の間の意識の乖離が連携を困難にしているものと考えられます。
   メンタルヘルス不調者は復職した後も、50%の「働く人」は半分以下のパフォーマンスしか発揮できておらず、さらに再休職になってしまうケースも多いといわれています3)。メンタルヘルス不調者の「両立支援」のマニュアル本2)も刊行されていますので、積極的な「両立支援」に取り組みたいものです。

文献
  1)事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン、厚生労働省、2016.
  2)メンタルヘルス不調をかかえた労働者に対する治療と就労の両立支援マニュアル、
       労働者健康安全機構、2017.
  3)新版人事担当者のための実践メンタルヘルス・マネジメント、労務行政、2010.

平成29年12月 第798号 掲載
「産業保健の話題(第196回)」

「治療と職業生活の両立支援」対策始まる!

鹿児島産業保健総合支援センター所長  草野 健  

   ここ数年、過重労働対策やストレスチェック制度など産業保健に関する各種の政策が相次いで打ち出されてきている。
そんな中、本年度から本格化する対策として「治療と職業生活の両立支援」がある。この対策は、「一億総活躍社会」政策の一翼を担うものとして打ち出されてきた。厚労省のデータによれば「がん」で治療中の患者は約35万人とのこと。早期癌は無論のこと病理学的には進行癌であっても適切な治療によって就労も可能という時代である。働く意欲のある者が治療継続しながらも勤労できる状況になることは大いに歓迎すべきことではある。
   この「治療と職業生活の両立支援」対策では、主治医と事業場の連携をスムースに取り、各事業場に患者個々の両立支援プランを作成して治療を十分に継続しながら就労も継続して貰うことを目的としている。そのため、「両立支援コーディネーター(当センターの場合は両立支援促進員)」を育成し主治医・本人・事業場間をコーディネートすることになる。
   既に中核的医療機関として機能している労災病院の多くでは「両立支援相談センター」を設置し活動を開始しているが、労災病院のない本県のような県では、両立支援相談センターを産業保健総合支援センターに設置し県内の中核的医療機関にその出先としての「治療と職業生活の両立支援相談窓口」を置き、その窓口には(現実的は予約制となろう)両立支援促進員を両立支援相談センターから派遣し主治医に「両立支援意見書」を作成して貰い、その意見書を基に事業場と本人と促進員が産業医の指導の基に「両立支援プラン」を作成することになる。
   この対策が実効性を持つためには、事業場、特に事業主の理解、促進員の働き、主治医の理解、さらに産業医の積極的関与が重要となる。厚労省は各都道府県労働局に「治療と職業生活の両立支援推進チーム」を設置するよう7月に通達を出したが、本県でも関係する殆どの機関・施設の代表者が参集して第1回会合を開いている。
   当初、対象とする疾患はがんのみであったが、現時点ではがんに加え脳血管疾患、心疾患、糖尿病、肝疾患、若年性認知症、不妊治療、その他となっている。
幾つかの病院では既に各種の相談窓口を設置しそれなりに機能し成果もあげているが、それらの窓口に新たに今回の制度の機能を加えて、そこに促進員を派遣(または、既に存在する担当者を両立支援促進員として登録し活動費を産保センターが負担するということも可能)することになる。
  今回の政策は、円滑な治療遂行のみでなく主治医と事業場が連携を緊密にとることで、治療中であっても安心して働けることを目的とするものである。今後の大きな課題は事業場と主治医の理解であると考えられ、今後はその理解を得る活動が重要となる。その一方で産業医への負担は増大することが予想され、この面での対応策も考慮する必要がある。

平成29年11月 第797号 掲載
「産業保健の話題(第195回)」

「働き方改革法案」について

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  前田 雅人

   9月下旬開催予定の臨時国会において,政府が提出する「働き方改革法案」に関する概要が8月19日の新聞に報道された。産業医活動に関わる主なポイントとしては,①残業時間の上限が単月100時間未満,2~6か月の平均80時間,年間720時間と規定されたこと,②終業から次の始業までの休息時間を確保する「勤務間インターバル」の導入促進のこと,③長時間労働者に対する医師による面接指導の充実が盛り込まれたことが挙げられる。
   労働基準法制定以降,初めて残業時間の上限が決められたわけであるが,この100時間残業(月)については,週休2日制の労働者であれば1日5時間の睡眠時間が取れない状態と想定され,また80時間残業(月)については1日6時間の睡眠時間が取れない状態であり,いずれの残業時間もいわゆる過労死のラインと捉えられている。睡眠時間の短縮は疲労,判断能力の低下をもたらし,そのことが事故や疾病発症をまねくことを考えると,この法案により労働状況が改善されるなら喜ばしいことといえる。
   しかし自動車運転業務,建設事業,医師の3業種については,今回の法案が認められ改正労働基準法が成立,施行したとしても,5年間は残業時間の上限規制の適用除外(例外)が設けられることとなった。業種の特殊性やさまざまな要因から一律に改正することができなかったわけであるが,最近のニュースを見ると,これらの業種についてもできるだけ早く勤務状況の把握と勤務者への配慮を施さなければならないと考えさせる事件が起こっている。いくつか事例を挙げたい。
   例えば自動車運転業務であるバス運転者については,平成28年1月の軽井沢スキーバス事故が記憶に新しいし,また今年8月には北海道で観光バスが転落事故を起こし,多くの乗客が重軽傷を負った。全国約7,000人のバス運転者を対象としたアンケート調査(国土交通省が実施)では,睡眠時間について5時間未満と答えた者が25%,拘束時間が13時間以上であった者が19%にもみられた。厚生労働省がバスやトラックの運転手の拘束時間は1日あたり13時間までとの目安を示しているのであるが,実態はかなり過酷であり,昼夜が混在した勤務もあり,なかなか疲労が取れないようである。60歳を超える運転手が増える中,勤務体系の改善は早急に解決しなければならない課題と思われる。
   建設事業にしても,新国立競技場の建設に携わっていた現場監督(23歳)が今年3月に失踪,自殺した事件があった。残業時間は月200時間を超えており,精神的にも肉体的にも追い詰められていたようである。背景として新国立競技場のデザインや建設費用の問題などで工事が大幅に遅れ,厳しい工期スケジュールとなっていることが指摘されている。
   医師については,医師法に基づく応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要であり,なかなか時間外労働の規制の対象とするところが難しく,今回は猶予を与えられた。しかし昨年1月の新潟での研修医の過労自殺(長時間労働による労災と認定,月100時間以上の残業を繰り返し,最長は250時間を超えていた),一昨年の東京での産婦人科研修医の自殺(長時間労働による精神疾患の発症が原因と労災認定,自殺する前の半年は月100時間以上の残業を続けていた)など,労働環境の整備を考えなくてはならない事例が起こっている。医師はやりがいある仕事であるが,責任も重く,病人が相手であるゆえに通常の勤務内で仕事が終わらないことが多い。臨床も研究もやるとなるとさらに負担が大きくなる。5年後にどのような勤務体系が提案されているかわからないが,医師であるからこそ,自分の体調管理にも気を配る必要がある。
   一般に労働者が残業時間を増やさなければならない状況は,雇い主や企業側が経営成績を上げるために要求していることが背景にあるかもしれない。産業医としてはなかなか指導しづらい面もあろうかと思うが,「働き方改革法案」が法制化された後は,これまで以上に勤務体系に注意して,担当されている事業所の勤務状況の改善に取り組んでいただきたい。

平成29年10月 第796号 掲載
「産業保健の話題(第194回)」

カジノ法案とギャンブル依存症の増加

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  竹元 隆洋
(指宿竹元病院 会長)

  産業保健の3大チェックポイントとして「スリーA=3A」があり、Accident(事故)、Absenteeism(長期欠勤)、Alcoholism(アルコール依存症)の対策が重視されている。しかし最近ではアルコール依存症よりもギャンブル依存症が注目されるようになってきた。2014年の厚生労働省研究班の報告では、成人の場合、アルコール依存症は109万人(1%)であるのに比較して圧倒的にギャンブル依存症が多く536万人(4.8%)になっている。その背景には1998年からの自殺者3万人の急増の問題や2012年の厚生労働省の調査で示されるように本気で自殺したいと考えたことがある人が成人の23.4%、2016年の調査では23.6%に増加しており、およそ成人の4人に1人が深刻な問題を抱えている。高齢者の健康問題を除けば労働者にとって仕事の問題と対人関係がストレスの大きな要因で、そのために生きづらさを抱えて耐えている現状が浮き彫りになっている。昨今の報道で話題になっている電通の正規社員の残業の過重労働による自殺もあり、ぎりぎりのところで生きている人々が多いことがわかる。「働き方改革法案」などが今どき、改めて、さらに注目される時代である。
  このような時代の「生きづらさ」から解放されたいという願望が依存症を生む素地になる。一度「当り」の快感を体験すると快感記憶が反復行動を引き起こす。そこに「生きづらさ」のストレス要因が作用すると、「当り」の快感と同時に生きづらさからの解放感・射幸感が重なって抑制のきかない繰り返し行動が続いてしまう。その結果、高額な借金による経済破綻や家族の対人関係の崩壊、別居、離婚、職場でのミス、怠業、対人関係の悪化、失業、孤立そして自殺未遂・既遂にまで至る例も多い。
  この矢先、オリンピック開催が決まるや東京・大阪でカジノが話題になってきた。2016年12月には衆院内閣委員会でカジノ法案が可決された。カジノ法案とは「統合型リゾート施設(IR=Integrated Resort)整備推進法案」が正式名称である。ところが、ギャンブル依存症対策や治安対策などが不十分との声も多く、ようやく、2017年7月11日に政府の「IR実施法案」がまとまり、今秋の臨時国会で決議しようとしている。その内容を見ると、施設が立地する都道府県とカジノ事業者との間で事業計画やギャンブル依存症対策などを盛り込んだ「実地協定」を結び、国土交通省と都道府県が二重チェックして監督する仕組みになっている。さらにギャンブル依存症などの「弊害対策」での役割分担などの記載を義務付けるとあるが詳細は今のところわからない。オリンピック目当てで外貨稼ぎをしたとしても終ってしまえば日本人の依存症者が増えるだけのことになるのだが。経済活性をもくろむ政府も電通も、経済優先のために犠牲者を生む図式になっている。

平成29年9月 第795号 掲載
「産業保健の話題(第193回)」

治療と職業生活の両立支援変革の方向性

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  德永 龍子
(鹿児島純心女子大学名誉教授)

  現在、2018年の診療報酬改訂に向け、遠隔医療の適応などを含め検討中である。これからの勤労者医療と安全配慮義務には、治療側、企業側において従業員の就労と治療の両立を図る方向性を、また、就労という観点を持った医療の実践と企業の社会福祉の観点を持った対応の両面を必要とする。治療側、企業側両方の負担軽減の面から遠隔診療の試みが都市と地方で進む。
 その背景に医療現場の過重労働がある。週60時間以上働く職種の1位が医師の41.8%である(総務省)。しかし、国が3月28日にまとめた働き方改革実行計画では、医師については罰則付きの時間外労働規制の対象とするが、患者への対応が医師法で義務付けされるため、改正労働基準法の施行日から5年は適用を見送るとした。過去に過労死を発生させた看護師については、改正法の施行で720時間(月平均60時間)の残業規制の対象となる。また、勤務が13時間を超える2交代制や夜勤回数の見直しを政府に求めている。

 現場では働き方改革が進む。当直・夜勤委託、時短勤務で働き手を増やす病院も多い。東京女子医大は、血圧が高い多忙な会社員を対象に、最初に病院で診察を受けた後、月1回程度の頻度でネット診察を健康保険適用で行う。患者が仕事の合間に、予約時間にスマートフォンのアプリで診察を受ける。自宅測定の血圧の送信結果と問診、症状部位はカメラで示す。薬代などはクレジットカードで払い、宅配便で自宅等に届く。待ち時間はゼロだ。国内の放置高血圧患者2000万人を遠隔診療で治療に繋げ、効果が上がることを期待する。順調に行ったら糖尿病などにも広げる考えだ。

  南多摩病院は当直を委託。当直委託医師から院外の勤務医へ必要時に、救急患者の緊急手術の判断情報がタブレットにより入る。検査データや患者情報から年に約50件は手術不要と判断し、勤務医は帰院せずに済んでいる。
 聖路加国際病院は、医師の長時間労働減のため貼り紙で住民の協力を求め、1年後には夜間救急医を5人減。院長は、「医師の疲労は本人の健康に加え、医療事故にもつながりかねず、適切な管理は当然必要」と話している。
 佐賀県の織田病院は、救急搬送された患者の退院後の日常生活への橋渡しケアの2週間についてITを利用する。患者は自宅にタブレット端末を持ち帰り、医師が端末を起動可能とし、ネット経由で経過チェックし、緊急時には医師が患者のもとに急行する。単身、老々介護者等の通院緩和、地元の医師とも連携し、治し支える医療へ転換する。
 24時間対応の在宅医療をする桜新町アーバンクリニックは、スマートフォン等を使い、患者情報や対応法を医師、看護師、栄養士、ケアマネジャー、薬局などと共有して迅速に適切な対応をとっている。

 働き方改革は業務の徹底見直しに始まる。就労という観点を持った医療の実践で、治療側、企業側両方の従業員の就労と治療の両立を図る。先進事例を参考に創意工夫、無駄な仕事を減らす、外部委託、取りやめ、別料金の決断がいる。また、取組みの遅れている人工知能(AI)やロボット等による第4次産業革命の発現により日本の仕事の5割強が自動化できるとされる(日経新聞と英フィナンシャル・タイムズの協働研究2017.4.23NIKKEI)。診断医師不足にAIを活用する試みや、また住民協力で長時間労働の軽減が試みられている。医療従事者には、利益や付加価値を生む仕事に専念してもらう労働環境が大事になる。業界あげて参加し、労働環境の根本的変革の波にうまく乗る知恵と行動力が必要だろう。

平成29年8月 第794号 掲載
「産業保健の話題(第192回)」

鹿児島県では何故、口腔がん死亡率が高いのか?

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  西園 直幸
(鹿児島県歯科医師会常務理事)

 

  国立がん研究センターがん登録統計のホームページ上に、がん対策情報センターが集計した2003年から2012年までの全国がん罹患モニタリング集計が公表されています。最新のデータは2016年3月に公表された2012年の報告です。2012年報告で初めて47都道府県のデータが全て揃いました。集計は地域別と部位別に分かれており、部位別では口腔・咽頭、食道、胃から悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病まで25部位に分けられています。
  部位別集計を見ると、鹿児島県男性の口腔・咽頭がんの年齢調整死亡率は7.5、年齢調整罹患率は8.6となっています。死亡率7.5(全国平均4.6)は残念ながら最下位の47位、それに対して罹患率8.6(全国13.7)は4位タイです。死亡率は非常に悪いのに、罹患率は悪くないというデータをどう考えればいいのでしょうか。
 このデータは鹿児島県民総合保健センターが県の委託を受け、医療機関にがん登録届出票の提出を依頼したもので、医療機関、件数とも増加傾向です。2011年までの本県のデータには「罹患データの精度が一定水準に達していないので他地域や全国の数値との比較に注意を要する」の注意書きがついていましたが、2012年データにはその記載はなくなりました。
 口腔がんは早期発見できれば大きな後遺症もほとんどなく治ることがわかっていますが、発見が遅れれば食事や会話に障害が残りますし、死亡に至ることもあります。本県の罹患率の低さと死亡率の高さは、重症化した状態での発見を意味していると考えられます。口腔がんは、他のがんと異なり直接目で見て、触ることができます。かかりつけ歯科医を持ち、定期的な歯科検診を受けていれば、早期発見が容易な疾患です。しかし、残念ながら本県の40代以上の男性の未処置歯を有する割合は5割に近く、治療以外に歯科検診を受ける割合も2割以下に留まっています。
 口腔がんは歯にはできませんが、舌・頬粘膜・歯肉・口蓋・口腔底・口唇などに発生します。他のがんと同様に年齢が上がるにつれて発生しやすくなりますし、喫煙や飲酒も大きな危険因子です。しかし、むし歯や歯周病の放置、合わない義歯の使用などの機械的刺激に、口の中の不衛生状態が重なることが口腔がん発生の重大な要因となります。
  生涯にわたる歯と口腔の健康の維持が健康寿命の延伸に寄与します。本県の口腔がん死亡者を減らすためにも、県民の歯と口腔の健康に対する自発的な意識を高めることが必要になります。勿論、私たち開業歯科医師の粘膜疾患診断能力を向上させることも重要であり、鹿児島県歯科医師会は口腔がん検診協力医認定の研修会を昨年度実施し、今年度は新たに実技講習会を予定しています。


 

県医師会報7月号(西園先生)①


県医師会報7月号(西園先生)②

 

平成29年7月 第793号 掲載
「産業保健の話題(第191回)」

Dr.フランクルのセラピスト・エリーさんとの出会い

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  久留 一郎
(鹿児島純心女子大学大学院 人間科学研究科 特任教授)

  著者らはこの3月、オーストリア・ウイーン、ポーランド・アウシュビッツを科学研究費による学術交流と調査研究で訪問した。ウイーン医科大学精神医学・精神療法科(カスパー教授)の学術講演の中で、フランクル先生とエリーさんについての興味深いエピソードが語られたので紹介してみたい。

 ヴィクトール・フランクル先生は、「メンタルヘルス」の先駆者といえる。

 1993年6月、フランクル先生は、日本心身医学会の特別講演(ロゴテラピー:全人的医療のコア・アプローチ)に招聘され、筆者もその講演を聴くことができた。ロゴテラピーについての話は大変興味深く、心身医学会にぴったりの内容であった。特に「心と体」は表裏一体の関係にあり、身体(からだ)はその人の生きる意味(精神)を表し、「身体言語」として「身体症状」が出現するということを主張していた。現代人は「生きる意味」を喪失しており、若者や労働者の自殺が増えるのも「生きる意味の喪失」であるという。 まさに現代人の「集合神経症(過重労働など)」は「生きる意味の喪失」であり、「実存的喪失」に陥っているとロゴテラピーの臨床哲学を論じていた。

 1946年、強制収容所から解放され、ウイーンの自宅に帰って来た時、彼の「生きる意味」は無残に打ち砕かれた。彼を待っていたのは妻や家族でなく、書斎の机と椅子のみであった。ウイーン大学医学部に呼び戻されたものの、彼の生きる意味の中核であった、最愛の家族を失い、絶望の淵にあった(深い「心的外傷」を被っていたと思われる)。

 同じ大学病院にエリーさんは看護師として勤めていた。Dr.フランクルは20歳年下のエリーさんと「運命的出会い」を体験し、1947年再婚。1997年、亡くなるまで半世紀にわたり、「生きる意味」についての実体験(ロゴテラピー)をエリーさんによって受けてきたという。そのエリーさんに会うことは大変難しく、面会を希望しても100回に1回くらいの確率?ということだった。ウイーン医科大学での学術交流を終わり、翌日、Dr.フランクル・アーカイフ(9.Mriannengasse)へ向かった。その建物の入口のところにたどり着いた時、一人の老婦人に声をかけられた。「日本人ですか」、「Dr.フランクルを訪ねているのか」と訊かれた。「イエス」というと「私はエリーです」と名乗られたのである。エリーさんがそこに住んでいることも知らず、そこに佇んでいた我々にマーケットの買い物帰りのような恰好で親しそうに声を掛けてこられたのである。
  「1993年、日本でDr.フランクルの講演を聞いたことがありますよ」というと、「日本は素晴らしかったわ・・」、「私はもう、93歳です」とくり返し、遠くを見つめるような眼差しで何度もうなずいていた(先に述べたように、心身医学会が開催されたとき、Dr.フランクルとエリーさんは来日している)。 そのあと上の階に行こうと誘われ、エレベーターに乗り、実はエリーさんの自宅の前までご一緒出来た。わずか数分間であったが、偶然の出会いというのか、奇跡的な体験をしたような非日常的な気持になった。これを「共時性(シンクロニシティ)」というのか・・・。
 「生きる意味の確立」、「トラウマからの復帰(レジリアンス)」等について、Dr.フランクルのお話は聞けなかったが、「フランクルの治療者」であったエリーさん(カスパー教授談)に奇跡的に会うことが出来たのも、「どんな時も人生には意味がある」という言葉を感得したようなスピリチュアルな一日だった。


医師会報(2017.6)

 

写真:2017年3月24日
前列左:エリーさん   前列右:筆者

 


 

平成29年6月 第792号 掲載
「産業保健の話題(第190回)」

成人男性(平均38.2歳)で初めて発達障害の診断を受けた20症例の問題分析と留意点

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  野添 新一
(仁心会 松下病院 心療内科)

  幼少時にちょっと変わった特性「脳神経発達上の凸凹をもち、生来の認知特性に峰と谷を有する症例」に気づかれても問題視されることなく経過し、成人後入社や職場異動、対人関係を契機に問題が顕在化し精神科、心療内科を受診する従業員が増えている。適応障害、うつ病、不安障害、心身症などの診断の際、不十分な発達歴聴取のため非定型発達の存在を見抜けなかったために、その後、当人、家族、職場関係者に予想外の苦悩や困難を強いる破目となりやすい。ここでは最近の4年間に経験した非定型発達症例「脳神経発達の凸凹に由来する過敏性や、ストレス脆弱性をかかえた人たち」の成人男性20症例を経験したので報告する。症例の現平均年齢39.4歳、診断時年齢38.2歳、病脳期間は平均8.2年、最高は20余年3例、8年(ひきこもり)2例などである。20例中既婚は5例(25%)、遺伝歴有は11例(55%)、幼少時いじめ体験は7例(25%)、ADHD(注意欠如・多動性障害)等併存例は8例(40%)。全例WAIS‐Ⅲ(ウェクスラー成人知能検査)を施行、知的水準はIQ69以下の知的障害(A群)は4症例(20%)、他は正常域にあった。群指数は全例凸凹があり、ディスクレパンシー分析は有意であった。職場ストレスによる二次障害の始まりは就労後3年以内の症例が8例で職場内移動や対人ストレスなどによる適応障害5例(コミュニケーション障害2例、情緒障害・不眠2例であった。その他、うつ病、パニック障害、アルコール依存各1例)であった。入職後問題なく経過し10年後1例、15年後2例(A群・対人ストレス)、16年後1例(対人ストレス、再発性うつ病)後に問題化していた。ソフトストレス(対人・コミュニケーションストレス)では不眠、うつ状態、情動障害が多く、対応によって改善が期待できた。ハードストレスでは引きこもりなど重症例が多く対応は困難であった。非定型発達の診断後、職場の健康管理者へのアプローチを行うことで適応が改善できたのは6例に見られた。以上をまとめると①IQが低く、凸凹があっても職場環境如何によっては長期間就労可能な例がある。②発達歴聴取で幼少時、いじめ、不登校等を有している適応障害例は発達不全の精査が必須である。20代では就職後の1年以内に適応障害が顕在化している。③環境因(虐待、母親のウツ、夫婦不和など)が発達あるいは愛着問題に関与している例は少なくない。④適応障害を理由に転職を繰り返すか、うつ病、心身症、パニック症等の再燃を繰り返す症例では、発達不全を疑い、病歴を再精査する。⑤就労中の場合、発達障害の宣告は控えめにして発達不全、発達凸凹等の表現を用いる。なかには秀でた能力を有する例もあるので、それらの特性を活かして段階的にレベルアップを図りましょう、と伝える。⑥性的パートナーは少ない(25%)。⑦ADHD併存例は薬物治療が期待できる。今や非定型発達問題は避けて通れない重要な産業保健の課題である。

平成29年5月 第791号 掲載
「産業保健の話題(第189回)」

初年度のストレスチェックの結果

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  小田原 努
(ヘルスサポートセンター鹿児島 所長)

  2015年12月より開始となったストレスチェックですが、2016年11月で1年経過しました。50人以上の事業所は必ず行わないといけないストレスチェックですが、情報をきちんと把握していなかった事業所もあり、かけこみで行った事業所も少なからずありました。  
  気になる高ストレス者の医師面接ですが、ほぼ受診者1,000人当たり1人ぐらいの面接希望者があり、多くは、ストレスチェック時期に忙しく、話を聞いてもらいたかったという相談でしたが、パワハラの相談や過重労働の相談もあり、早期に事業所に介入して状況を改善できた事例もありました。  

 ヘルスサポートセンター鹿児島では、初年度約2万人の方がストレスチェックを受検されましたが、高ストレス者の割合は、12.0%でした。男性は、11.4% 女性は、12.9%で、年代ごとにみてみると、若い方ほど高ストレス者の割合が多く、同じ年代では、女性の方に高ストレス者が多い結果でした。男女ともに30歳代が高ストレス者の割合が高く、男性で14.0% 女性で13.0% とこの年代のみ女性が低い割合となっています。30歳代の男性のおかれている状況が推察されますが、他の年代は女性の方が高ストレス者の割合が多く、女性をとりまく社会環境の影響や、月経前症候群や閉経など女性特有の身体の影響も考えられそうです。高ストレス者の割合を業種ごとにみてみますと、機械器具製造業や鉄鋼業、漁業に高ストレス者の割合が多く、16.0%以上もありました。男性では機械器具製造業、繊維工業が20%を超え、女性では漁業、鉄鋼業が20%以上の高ストレス者の割合でした。逆に教育、学習支援事業や運輸業は5%前後と低い結果でした。気になる医療、福祉での高ストレス者の割合は、11.1%と全体より低い割合でした。もう少し詳しい分析が必要と思いますが、業種による好不況の影響、仕事を選択する性格特性なども関係ありそうです。

 ある一部の事業所では、人事よりデータを戴き、役職ごとにストレスの要因を分析してみましたが、部長以上は、質的負担が高く、課長職は量的負担、主任クラスは人間関係、一般職は、裁量性の低さ、身体的負担の高さ、技能の活用度の低さ等と要因が異なっており、当然ですが、面接の時にその方のおかれている状況をきちんと確認する必要性を再認識しました。ストレス反応も中間管理職に高く、プレイングマネージャーの現状を反映しているようです。また上司のサポートが高い群は、ストレス反応が低い傾向にあり、すぐには対応できない職場ストレス対策も、暫定的に上司や同僚のサポートで乗り切れる可能性も示唆される結果となっていました。集団分析の際などにもこの種の結果は利用していけると思います。

平成29年4月 第790号 掲載
「産業保健の話題(第188回)」

メンタルヘルスの闘値

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  大迫 政智
(メンタルヘルスかごしま中央クリニック)

Ⅰ.草をむしる  
 詩人・蜂飼耳は「おいしそうな草」(岩波書店、2014)の中に、八木重吉の「草をむしる」というとても短い詩を引用する。  
 〈草をむしれば/あたりが かるくなってくる/わたしが/草をむしっているだけになる〉  
 蜂飼は、「それだけの詩だ。けれど、ここにある言葉ほどなにかが『かるくなってくる』感じをぴたりと表わした詩を他に知らない(中略)。むしると、草はちぎれて、手に緑の香りが染みつく(中略)。むしっても、むしっても、また生えてくる。それは、なにかを終わらせるための動作ではない。終わりはない」。と語る。八木の詩を語る詩人の言葉は、メンタルヘルスのみちのり、あるいは閾値について語っているように、感じられるのである。

Ⅱ.ストレスチェック
 「ウツは心の風邪」という表現で、精神科医療は(収容を目的とした)特殊な医療ではなく一般医療の一分野であると、やっと正当に認知された(と筆者は感じた)。だが、この表現は歓迎されなくなった。「罹る可能性の多さ」こそ、よく表現していたが、「1~2週で回復する」という誤解も含んでいたからだろう。一方で、うつ病の認知度はその後も高まり、2014年ストレスチェック義務化法案が公布された。従業員50人以上の企業を対象に、同制度の初回実施が平成28年11月30日までに終わったことになる。

Ⅲ.Aさん、Bさん、そして
 Aさんは、数百人規模の企業に勤務する真面目なベテラン社員である。ご時世とはいえ時短・リストラ・業務過多からウツウツとした日々が続いていた。「ストレスチェックで指示通り正直に書いたら、医師の面接を勧められました」と初診した。「報告書にはどこまで書くんですか?」と、報告書記載後の処遇を気にするのだった。  
 同じようにウツウツと勤務するBさんは、従業員20人ほどの会社に勤務している。ストレスチェック制度については知らない。上司からの相次ぐパワハラに耐えられなくなり有休も目減りし、初診した。労働基準局にも相談はしたが「今後の転職の妨げになっては」と考え、相談は取り下げて再就職を目指すことにした。

Ⅳ.カラセックの三次元モデル
 カラセックによると、職場のストレスまたは働きやすさは、以下の三つの要素の三次元的構成によって左右される。  
 ①仕事内容の量・質、②仕事の自己裁量度(自己決定権の多寡)、③上司からの適切な指示と支持、の3つである。  
 自明のことではあるが、いずれの要素も偏り過ぎてはならない。  
 そして、AさんやBさんの事例は、現在進行形である。  
 加えて、過日のD社過労自殺に関する一連の報道もあった。  
 それらの現状を控えめに判断しても、「職場のメンタルヘルス」は、未だ正当に認識されてはいない、と言って良いだろう。

平成29年3月 第789号 掲載
「産業保健の話題(第187回)」

日本の人口問題と産業保健を考える

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  前田 雅人

  我が国の人口の長期的推移をみると明治維新の頃(1868年)は3,330万人であったが,その後増加し,昭和42年(1967年)に初めて1億人を超え,平成20年(2008年)には1億2,808万人のピークを迎えた。以後は減少に転じ,予測では2050年に1億人を切り,なんと2100年の人口は3,795万~6,485万人と予測幅が広いものの,最悪の場合,明治維新を少し過ぎた時期の人口あたりまで減ると考えられる。この背景には出生率の低下があり,合計特殊出生率(1人の女性が生む子供の平均数)をみると,昭和22年(1947年)から昭和24年(1949年)の第一次ベビーブームの頃は4.32前後であったものが,平成27年は1.46と減少している。なぜ減少しているのか,その理由の一つとして未婚率(平成27年の生涯未婚率推計:男性24.2%,女性14.9%)の増加と晩婚(平成28年の平均初婚年齢:男性31.1歳,女性29.4歳)があり,女性が第1子を産む年齢は30.7歳(平成28年)と過去最高になっている。このように第1子の出産年齢が上がると第2子以降の出産は減る傾向にあり,ますます出生数の減少を招いている。以上の現状を考えると,少子化対策は早急に打つ必要があり,国においても,①子育て支援策の一層の充実,②若い年齢での結婚・出産の希望の実現,③多子世帯への一層の配慮,④男女の働き方改革,⑤地域の実情に即した取組強化など重点課題を設け,様々に取り組んでいるようではあるが,経済が上向かない現状にあっては,もっと果敢に実行しない限りは課題の達成は難しいように思う。

  さらに人口の減少ばかりでなく,年齢構成比も問題である。平成22年(2010年)に15歳から64歳の生産人口が63.8%,65歳以上の高齢人口が23%であったものが,2060年には生産人口が50.9%に減少,65歳以上の高齢人口が39.9%に達することが予測されている。

  近いところでは2025年問題がある。あと数年後に人口の最大のボリューム層である団塊の世代(ベビーブーム世代)が75歳を超えて後期高齢者となる。その結果,国民の5人に1人が75歳以上,3人に1人が65歳以上の超・超高齢社会を迎える。人口の減少,高齢者の増加と共に産業構造も変化するであろうし,高齢労働者の雇用が促進されてくるであろう。政府が発表した「平成27年度第8回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果」では高齢者の就労継続理由として,日本とアメリカでは「収入がほしいから」が最も多く(49%,52.7%)ドイツとスウェーデンでは「仕事そのものが面白いから,自分の活力になるから」(48.9%,54.4%)であった。興味深いことに日本の第2位の理由は「働くのは体によいから,老化を防ぐから」(24.8%)であり,他の国との相違(アメリカは「仕事そのものが面白いから,自分の活力になるから」,ドイツとスウェーデンは「収入がほしいから」)がみられた。高齢者では視力,聴力の衰えと共に平衡機能や俊敏性といった体力の低下があり,また有病者も増えてくる。これからの産業医は,高齢労働者の健康志向をうまくサポートし,指導しながら病気の早期発見に努め,また体力の衰えに関わる運動器疾患や認知機能にも注意し,労働災害を防止するために労働環境の改善を事業所と共に進めていく必要がある。また「事業所における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」にも示されているように,今後は労働者が治療しながら働き続けるケースが増えてくるであろう。そのような方々が安心して働けるような職場作りのために,事業所と共に考えていくことは必要であり,産業医に求められることは今後ますます大きくなると思われる。

平成29年2月 第788号 掲載
「産業保健の話題(第186回)」

認知症と運転免許の問題

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  竹之内 薫
(鹿児島県精神保健福祉センター)

 平成28年10月28日午前8時5分ころ、横浜市の市道で車3台が絡む事故があり、集団登校していた児童の列に軽トラックが突っ込み、小学生12名が巻き込まれ、内1名が死亡、2名が重傷、ほかの9名もけがをするという痛ましい結果となった。逮捕された87歳の男性は夜通し運転をしており、認知症が疑われている。平成27年10月には宮崎市で、同様に認知症の症状を持つ73歳の男性が、歩道を700メートルにわたり暴走し2名が死亡する事故が起きている。このように認知症が疑われる、あるいは認知症者の交通事故があとをたたない。

 国土交通省によると、平成23年より平成27年9月までの期間に、高速道路での逆走は966件起きており、その約7割が65歳以上の運転者であり、また同期間におきた逆走事故は190件で、そのうち認知症が疑われる人が12%と報告されている。 現行の道路交通法では、75歳以上の者は、運転免許証の更新時に、認知機能検査(簡易のスクリーニング検査)を受験しなければならない。その結果、第1分類「認知症のおそれがある者」、第2分類「認知機能が低下しているおそれがある者」又は第3分類「認知機能が低下しているおそれがない者」に基づき高齢者講習を受講することになっている。また第1分類であった者が一定の期間内に信号無視等の一定の違反行為をした場合には、臨時適性検査(専門医による診断)を受験することになっている。
 現行の道路交通法の課題として次のことが考えられる。警察庁交通局運転免許課によると、以前受けた認知機能検査の結果が第2分類又は第3分類の場合、認知機能検査の結果1割以上の者に認知機能が低下していたとのことである。このように認知機能は3年をまたずして低下する可能性があるが、現在、認知機能検査の機会は3年に1度に限られており、認知機能の現状把握及び現状に基づく安全運転指導は行われていない。横浜市の事例も、以前の認知機能検査では、異常を指摘されていないようである。平成26年中に認知機能検査を受検した者は143万人余りであるが、このうち第1分類の者が、53,082人(約3.7%)いたが、必要的臨時適応検査等の実施件数は、1,236件にとどまり、必要的臨時適応検査等による行政処分は、わずか356件であった。従って、第1分類「認知症のおそれのある者」のほとんどが、医師の診断を経ることなく、そのまま運転を継続していることになる。このような状況もあり、今後道路交通法の一部を改正する法律により、臨時適性検査等に係る制度の見直しがなされ、一定の違反行為を行うことを待たずに、医師の診断を受けることになり、より早めの処分がなされることが期待される。

 臨床の場面では、認知症と診断された人に、運転しないよう説得するもうまくいかない場面が多々ある。生活上車がないと困る人も多い。家族も困って、鍵を隠したりするなど様々な手をうつが運転をとめられないことがあると思われる。しかし、認知症の早期発見はもちろんのこと、運転の問題にも気をつけて配慮し、痛ましい交通事故が1件でも起きないことを願うばかりである。

平成29年1月 第787号 掲載
「産業保健の話題(第185回)」