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平成31年・令和元年バックナンバー

結核の現状および産業保健における課題

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
徳留 修身
(元・鹿児島市保健所長、元・結核予防会結核研究所疫学科長)
(産業医学)

 

1.結核患者:20歳代では7割以上が「外国生まれ」
 日本国内の結核は約100年前をピークとして改善の傾向にあるが、国際的な人々の移動や交流が盛んになった今日においては、世界の結核にも注意を払う必要がある。世界人口の4分の1にあたる20億人が結核に感染している。我が国の結核新登録患者のうち「外国生まれ」が占める割合は10歳代で50%余り、20歳代では70%余りに達している(2018年)。結核が発生する可能性のある施設、職場にとって最新情報は不可欠である。

2.最新の結核情報:結核研究所ホームページ
 我が国では年間の結核新登録患者数、死亡数、年末現在患者数、薬剤耐性などを詳細に分析し、翌年秋に確定値として公表する。結核予防会結核研究所のホームページ(https://jata.or.jp)ではこれらの統計に加え、関係法規、指針、資料等を掲載している。

 結核は1950年(昭和25年)まで我が国の死因の1位を占め、数十年にわたり年間10万以上の犠牲をもたらした。死亡率は1918年(大正7年)に最高値の257.1(人口10万対)に達した。第二次世界大戦後
はさまざまな要因により罹患率や死亡率は低下したが、一方で結核への関心の低下をもたらし、「減少傾向の鈍化、あるいは逆転上昇」の兆候が現れ、1999年には「結核緊急事態宣言」が出された。

 結核罹患率(人口10万対)が10以下ならば「低蔓延国」とされ、アメリカ、カナダ、デンマーク、オランダなどが該当する。我が国は罹患率(2018年)が13.3とアジアでは最も低いが「中蔓延国」にとどまっている。しかし「日本生まれ」に限ると10.9である。ちなみに「低蔓延国」においては「外国生まれ」の割合が全ての患者の約60〜70%に達している。

3.「外国生まれ」の人々の結核発病:咳・痰症状でチェックを
 我が国で「外国人の結核」として問題となるのは主に「出身国で感染し来日して発病する例」であり、「外国生まれ」の結核と見なすことができる。出身国は多い順にフィリピン、ベトナム、中国(2018年)となっており、いずれも結核高蔓延国である。外国人を受け入れている職場や学校では定期健康診断で結核に注意を払うとともに、日頃から「2週間以上続く咳または痰」という自覚・他覚症状の該当者に早目の受診を促す必要がある。

4.「水際作戦」は可能か?:入国前健康診断の動き
 結核を含む二類感染症の患者は日本への入国が認められないこととされているが、実際には検査が行われていない。来日する外国人に対する結核のスクリーニングは検疫の段階ではなく出国前(日本への入国前)に指定された現地の医療機関で実施する必要がある。指定医療機関には高度の技術や信頼性など厳しい条件が必要となる。オーストラリアは100年以上前から移民を受け入れる際、出身国での健康診断で結核のチェックを求めて来た。先述のホームページで「テーマ別記事目録」を開き、五十音順で「ハ行」「ハイリスクグループ」に進むと外国人の結核に関する文献を閲覧することができる。その中に結核予防会の定期刊行物「複十字」No.386, 2019年5月号の記事があり入国前健康診断に関するオーストラリアの取り組みや実施に当たっての留意点などが紹介されている。2018年から我が国でも取り組みが始まり、90日以上の長期滞在予定者を対象に、まずフィリピン、インドネシア、ミャンマー、ネパール、ベトナム、中国(罹患率の高い順)の6か国を対象に段階的に進めていく予定とされている。

令和元年12月 第822号 掲載
「産業保健の話題(第220回)」

企業歯科健診の重要性

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
門松 秀司
(医療法人 門松歯科医院 院長)
(産業医学)

 

『歯科健診(集団)を受けたのはいつですか?』
 子どものむし歯は減少傾向にあり、80歳で20本以上歯を残す8020達成者の高齢者は増加しております。世界で一番罹患している病気は「歯周病」とギネスブックにも載っており、日本でも成人の約7割が歯周病(歯肉炎・歯周炎)に罹患し、治療を行っていない人も多い。一人平均の現在歯数も、20歳で29本、30歳で28本、40歳で27本とほぼ10年で1本ずつ減っていきます。50歳では24本、60歳で18本と40歳を境に急速に自分の歯が失われます。つまり、働き盛りの年代で歯周病は急速に増加していることになります。

 歯科検診は、①母子保健法で1歳6ヶ月、3歳児の乳幼児検診②学校保健安全法にて毎年、幼稚園〜高等学校の期間(13〜15年間)学校歯科検診が法の下義務化され実施されております。つまり、高校を卒業した後は、労働安全衛生法の下義務化されている歯科検診は塩酸・硝酸・亜硝酸・フッ化水素などを取り扱う労働者のみであり、その他、任意でありますが、各市町村で実施される歯周病健診、妊産婦健診、高齢期の歯ッピー健診などがあります。しかしながらほとんどの方は自覚症状がないと歯科医院に足を運んでチエックしてもらう機会がありません。

 むし歯や歯周病は、初期段階では、自覚症状が少なく、放置されやすく、痛みや症状が出始め、それらを我慢しながら働くと、勤労意欲の低下、仕事の能率低下、注意力も散漫になり労働災害の危険性も増加、従業員の予定外の欠勤、早退、遅刻も予想されます。これでは従業員や企業にとっては大きなマイナスとなります。
事業所単位での定期的な歯科健診は、従業員の健康保持はもちろん、口臭やストレス予防や早期治療・予防をすることで経営効率・生産性の向上につながり、企業にとって大変有益となるとても大切な事業と認識されています。

歯科健診の目的として
 ①歯科疾患の早期発見:健診によりむし歯・歯周病を早期に発見することで、その後の治療が短期間で簡単に済みます。②歯を長持ちさせる:健診、早期治療によって、口の中を健康に保ち、歯の寿命を延ばすことができ、歯の早期喪失によるオーラルフレイルを予防することができます。③生活習慣の改善:正しい歯ブラシ方法、清掃道具の選択。歯ブラシ習慣の見直し、動機付けになります。

事業所としてのメリット
 ①従業員の健康管理に十分な配慮を行っている会社としてのイメージアップ②労働意欲の向上、作業効率の増進③遅刻・早退・欠勤の減少④事故やトラブルの減少⑤健康増進による糖尿病、高血圧、脳血管疾患など生活習慣病の予防にてトータル的な医療費の削減につながります。

「むし歯や歯周病は気づいた時には手遅れなことが多いです」
 子どものむし歯はかみ合わせる面が黒くなり穴が開いて気づきます。成人のむし歯は、歯と歯の間から大きくなることが多く、鏡などを使っても見つけにくく穴が開いて物が詰まるようになったり、神経まで進行して痛みや腫れるまで気づかないことがあります。

 歯周病も口臭や歯ぐきからの出血を認めたり、歯がぐらぐらするなどの症状が出てからは、抜歯が必要となることもあります。

 定期的なお口のチェックを行うことによって、むし歯や歯周病も自覚症状がないうちに、早期発見できれば数回の通院で済みます。かかりつけ歯科の受診もしくは事業所における健診をお勧めいたします。

令和元年11月 第821号 掲載
「産業保健の話題(第219回)」

働き方改革のすゝめ
-「忙しい、忙しい」が口癖になっているあなたへ-

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
赤崎 安昭
(鹿児島大学医学部保健学科・大学院保健学研究科 教授)
(メンタルヘルス)

 平成28年6月に策定された「ニッポン一億総活躍プラン」は、「成長と分配の好循環メカニズム」を創り出すことを目的としています。そのポイントとなるのが「働き方改革」です。

 私は、大学病院精神科の医員時代に、今は亡き父から「『忙しい、忙しい』とあまり口に出すもんじゃない。年をとれば仕事が忙しくなるのは当たり前だ」と言われたことがあります。どのような状況下で、亡父がこのようなことを言ったのか記憶にありませんが、当時、私は仕事よりも南日本ナイターソフトボール選手権大会で「優勝」、ゴルフで「シングル」を目標に頑張っていたので、私が亡父に対して「忙しい、忙しい」と言った訳ではないことは確かです。

 さて、ソフトボールとゴルフに夢中になっていた頃の私と、最近の私を比較すると、5 〜 6年前から職位が変わったこともあり、亡父が「あまり口に出すものではない」と言っていた「忙しい、忙しい」を頻繁に口に出しているような気がします。各学会や大学内の委員会活動、各種研修会の開催などで、リーダー的立場で動かないといけない状況であり多忙です。「もう辞めた!辞めた!」と言って大学教員を辞し、社会的な活動や各種学会での活動も放り出しても私には医師免許があるのでメシは食っていけます。しかし、私が現在の業務を全て放り出したらどうなるでしょう。必ず誰かに「しわ寄せ」がいきますし、私自身も「やり甲斐・生き甲斐」を失うことになることでしょう。したがいまして、私は命ある限り、そう簡単に「辞めた!辞めた!」とは言いません。今の私は、「ヤマアラシ・ジレンマ」のような状況に置かれているかもしれません。ですから、ついつい「忙しい、忙しい」と周囲に漏らしてしまっているのでしょうね。

 ところで、私は「労働災害の認定」の業務も兼務しておりますので、「精神障害の労災認定」について簡単に説明をさせていただきます。「労働災害」の前提条件として、精神障害など病気を発症していないといけません。当然のことですが、発病していなければ「労災」にはならないのです。「労災認定」のポイントは、「特別な出来事」として「心理的負荷が極度のもの」(例:生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした等)、「極度の長時間労働」(例:精神疾患発病前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない時間にこれと同程度の時間外労働を行った等)です。これらの「出来事」があればほぼ確実に「労働災害」として認定されます。もちろん、その他にも「心理的負荷の強度」などを総合的に判断しなければなりません。

 以上のことを踏まえて、私の「労働」を検証してみますと、私は司法精神医学領域の「犯罪精神病理学」に関する研究をライフワークとしていますので、研究活動を「業務」とみなすと「極度の長時間労働」と認定されて、「労働災害」の条件である「特別な出来事」を十分に満たします。大学教員の本分は、「臨床・研究・教育・研修」です。世間では耳にタコができるほど「働き方改革」という言葉が飛び交っていますが、私のような「医学部保健学科の教授」はどうなるのでしょうか。開業医の先生方とも異なるし、研究職の先生方とも異なって、先述した大学教員の本分全てをバランス良くこなしていかないといけない立場にあります。私は、ある社会保険労務士に私の立場を説明した上で「働き方」について質問したことがありますが、「先生の立場はグレーゾーンですね」と言われて明確な回答は得られませんでした。

 最近の私の「労働」を知ったある後輩に「赤崎先生は、仕事を引き受け過ぎですよ」と言われました。「・・・過ぎですよ」というフレーズは、批判的な意味も込められていますので、この発言には腹が立ち、その後輩に「じゃあ、この仕事、お前がやれよ!」と言いたくなりました。しかし、私の殆どの業務は、その後輩の立場ではできないのです。今の私は、「脂の乗った世代」の一人です。強いリーダーシップを持って大学教員という職責をまっとうしつつ、社会的ニーズに応えていく必要があります。当初、腹が立ちましたが、私に「・・・過ぎですよ」と言った後輩は、私の健康を案じてのことだということも分かっています。
ですから、私は、その後輩の一言を肝に銘じて、「忙しい、忙しい」という言葉が思わず口から出てこないような「自分なりの働き方改革」を今は実践しています。「働き方改革?冗談じゃないよ!経営が成り立たないよ!」と言いたい経営者の方もいるでしょう。会員の皆様も「忙しい!忙しい!仕事が終わらない!」と言いたいですよね。だって、本当に忙しいのですから。しかし、「忙しくし過ぎない自分なりの働き方改革」はできるはずです。

 先述した亡父の発言は、「遺言」として今も私の心の中で生きています。会員の皆様、心身共に健康であるためにも「自分なりの働き方改革」を“すゝめ”てみてはいかがでしょうか。

令和元年10月 第820号 掲載
「産業保健の話題(第218回)」

アルコール依存症からギャンブル依存症、そしてゲーム障害

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
竹元 隆洋
(指宿竹元病院)

⑴依存症のはじまりから問題発生まで
酒を飲むと、よい気分。ギャンブルで勝つとワクワク気分。ゲームをすると面白い、興奮。このような快感をくり返していると脳の側坐核にドーパミンが頻繁に大量にでるので脳は徐々に鈍感になり、より強い刺激を求めて、飲む量が増え、ギャンブルの金額が増え、ゲームの時間も長くなってきます。さらに、くり返しを続けると、止めたくても止められなくなり、自分の行動をコントロールできなくなります。その結果、健康の問題、日常生活や家族の問題、学業の問題、仕事や経済の問題、地域社会での迷惑行動や犯罪(暴力や、窃盗など)も発生してきます。

⑵特にゲーム障害
アルコールやギャンブルやゲームは、はじまりは単なる飲み物、気ばらし、娯楽、遊びですが、気づかないうちに、病気になってしまうことに注意が必要です。2022年1月からは「ゲーム障害」をWHO(世界保健機関)が国際疾病分類(ICD)に加えて施行されます。ゲーム障害の定義は①ゲームをしたい衝動が抑えられなくなり、日常生活より優先してしまう。②睡眠障害などの健康を害してしまう問題が起きてもゲームを続け、一層エスカレートしたりする。③家族や社会、学業、仕事に著しい障害がおこる。④これらの障害(症状)が少なくとも12ヵ月以上続くとされています。

⑶治療のスタートは
治療の最初は自分が病気になっているのではないかとの自覚(病識)がスタートです。その自覚のない人は家族や友人や職場で注意を受ける時に、自分では気づきにくい病気なので素直に受け入れ、早く治療をスタートすることです。しかし、すでに依存症が進行した人の多くは自分が病気であることを認めようとせず、病気を否認して治療の必要も認めようとしません。自分のしたいことを気ままに自己中心の行動をくり返し続けます。その結果、遂に、家族が無理やり病院に連れて行くことになってしまいます。そこに至るまでに多くの月日を浪費してしまうので、まずは家族ができるだけ早く精神科病院に相談に行くことが一番手っ取り早い方法です。その本人の生活の仕方や病気の進行状態によって家族の説得の仕方を具体的に医師から指導してもらえます。その後に、家族がある程度の知識をもって、本人を説得すれば本人の自覚や決断に極めて効果的です。

令和元年9月 第819号 掲載
「産業保健の話題(第217回)」

産業医の「勧告」について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
小田原 努
(ヘルスサポートセンター鹿児島 所長)

   本年4月より働き方改革関連法案が施行されました。主な内容は、時間外労働についての制限や、管理職を含む労働者の労働時間の把握、有休休暇の取得の促進等ですが、産業医の機能強化についてもいくつか改正がなされました。

   基本的には産業医に事業所の労務管理に対しても目配りをして欲しい意向が反映された改正となっておりますが、まずは産業医は専門家としての研鑽を怠らないようにするとともに、中立性、独立性を保つこと、産業医が辞任または解任された場合は、衛生委員会で報告することが義務付けられました。これは事業所の意向に沿わないとして一方的に産業医が解任されることを防ぐねらいがあるようです。

   また産業医に労働者の情報を提供することが事業者に義務付けられています。事業者は健康診断の結果や長時間労働者の情報を産業医に提供しないといけないのですが、情報を頂いた産業医は当然「判断」が求められることになります。例えば長時間労働が慢性化している労働者の情報を得た産業医は、面接した方が良いのか、面接後に指導を述べることでよいのか、勧告までするのかの判断が求められる可能性が高くなったといえます。

   今回の改正で産業医の方々の間で話題になったのが、この「勧告」の扱いです。一般に産業医の意見の中には、助言、指導、勧告があるとされています。この中で勧告は特に取扱いが難しく、法改正の中でも勧告内容はあらかじめ事業者の意見を求めて、事業者の理解を得た上で衛生委員会で報告することとなっています。おそらく、産業医が勧告まで行わざるを得ない状況とは、労働者の生命を脅かすような重大な危険が迫っている時や、放置できない重大な健康影響が予見される時、重大な法令違反がある時、大きな経営判断が必要な時だと思います。勧告の内容を事業所に理解していただき、衛生委員会に報告するには専門家としての産業医の方の信頼性や、中立性、独立性、事業所を熟知している日頃の活動がなければかなり困難ではないかと思います。

   日頃熱心に活動されている嘱託の産業医の先生方から、事業所のニーズに対応しきれない、または職場で問題になっている事例に対してどう対応すればよいのか分からない、自分の取った対応が正しかったのか不安になることがあるとの意見を聞く機会も増えました。法改正に伴い、産業医の活動が複雑化また詳細な手続きにのっとった対応が求められてきている現在、産業保健総合支援センターのような相談先を気軽に利用できるように相談員の顔が見える活動も必要と感じています。

令和元年8月 第818号 掲載
「産業保健の話題(第216回)」
  

ひきこもりの現状と課題

鹿児島県精神保健福祉センター 所長
竹之内 薫
(鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員)

   当センターの一般相談においてひきこもりに至っている相談が多くなっている。ひきこもりの定義としては、概ね6か月以上の長期にわたり、自宅にひきこもっている、学校や会社にも行かない、家族以外の親密な対人関係がない状態とされている。多少外出することがあっても対人関係が無い状態であれば、ひきこもりとみなされる。ひきこもりは次の3群におおまか分類される。第1群は統合失調症や気分障害等の薬物療法が中心となるもの、第2群は発達障害や知的障害等の生活・就労支援が中心となるもの、第3群はパーソナリティ障害や適応障害等の心理療法的アプローチが中心となるものである。しかし必ずしも明確に鑑別できない場合もあり、見立てが重要となる。

   最近内閣府が中高年のひきこもり調査を行ったデータを公表しているが、40歳から64歳までのひきこもり数が全国で61万3千人にもおよぶとのことであった。ひきこもりになったきっかけは、退職した、人間関係がうまくいかなかった、病気、職場になじめなかった、就職活動がうまくいかなかったなどがあがっていた。これらの結果より、第2群や第3群に関連しているひきこもりが増えている可能性が高いと思われる。

   40代以上の中高年のひきこもりの今後の課題として(1)高齢化、(2)長期化、(3)発達障害、(4)支援拒否などがあげられる。高齢化の問題では、高齢の親と同居しているいわゆる8050問題で、親が80代で子どもが50代になり、親の介護が問題となり生活が困窮し、親の介護で子のひきこもりが顕在化してくる場合がある。長期化の問題では、誰がどのように支援していくか不明確で、関わっていても担当が交代したり、また医療の必要性がない場合に支援のゴールがなかなかはっきりしない点などがある。また30代からのひきこもりも少なくない現状があり、さらには思春期より不登校となりそのままひきこもりを続けている事例もあると思われる。当センターの相談でも多い発達障害を抱えている事例の場合、医療との連携で、病院受診拒否や病院が対応できないこと、医療が必要であっても医療だけでは解決しない問題も多く認められる。また発達障害の二次障害による精神症状のため、対人恐怖や攻撃性、強迫症状が認められ支援が難しくなっていることがあげられる。支援拒否では、実際訪問しても本人に会えない、事実同居している親でさえ本人となかなか顔をあわすことができない事例もみられる。この様に介入や支援を拒否されることが少なくなく、親の介護サービスへの拒否や無関心も認められる。

   当センターでは非精神病性と思われるひきこもりの家族の集まりの支援を行っているが、長期化しているひきこもりの家族の抱える苦悩も大変なものがある。家族は本人がどうしたら外へ目を向けてくれるか、どう声かけたら前向きになってくれるか日々葛藤している。本人の外へ目を向けるエネルギーがたまるのを待ち、根気強くあくまで説得とならない対話を続けていくことを家族へ助言する相談支援が日々続いている現状である。

令和元年7月 第817号 掲載
「産業保健の話題(第215回)」
  

看護の原点に身を置き見えたもの

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
德永 龍子
(鹿児島純心女子大学名誉教授)

   今年はナイチンゲール生誕199年である。私と彼女との出会いは、半世紀以上前の伝記である。彼女のメッセージは、経済と環境の範囲の中で、生活者らしさで挑戦すれば必ず成功する。

   その事を確信したのが、20年前の欧州5か国の医療福祉介護使節としての訪問であった。どの国の高官もボランティア(volunteer)自発的篤志、ノーマライゼーション(normalization)誰もが不自由なく暮らせる社会、インテグレーション(integration)統合が福祉国家体制と最初に言った。国家予算が配分される反面、成果を上げないと予算削減される。「保健医療福祉で儲けてはいけない」この地域包括ケアの体制は、3年前の訪問時も変わらず改革が継続していた。

   ナイチンゲールの偉大さは、福祉国家体制の礎を築いたことである。1859年イギリス王立統計学会メンバーに選定、後にはアメリカ統計学会の名誉メンバーに選出され英国の広告塔となる。彼女の手法は、1854年から1856年の2年半余りのクリミア戦争従軍時の克明な報告書を状況分析し、統計書を考案作成して改革の各種委員会に報告した。負傷兵たちの死亡原因を判り易く分類し可視化した。この統計報告書はヴィクトリア女王に認められた。報告書による改革は保健制度、陸軍全体の組織、病院及び看護教育制度など多岐にわたる。

   クリミア戦争勃発で本国イギリスでは、約半数の傷病兵が死亡する悲惨さが伝えられ世論が沸騰する。戦時大臣から従軍を依頼された婦人病院長のナイチンゲールは、職業看護婦、シスター計38名を率い人間尊重の使命感で後方基地、兵舎病院に到着した。しかし、医師団は看護団の従軍を拒否。不衛生の中でも必要な物資が供給されず運営上の不調や問題があった。彼女は、負傷兵の生命、生活、生きる権利を護るため戦時大臣に克明な報告を行った。準備はあるもので間に合わせれば大丈夫と楽観的で慌てず、便所掃除から始め病院内に入っていく。

   生活者らしさとは、生命力の消耗を最小限にし、衣食住を整えること。彼女の看護は、自然治癒力向上による回復促進策である。障害、貧困の人々でも実践可能な「多様性と寛容」である。人間は、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔、静寂さ、食事を適切に選び与える事が生活らしさであり安心、安全となるという信念と経験。感染防止のためベッドを同間隔に開け、病室や身体も衣服も清潔にし、温かい食事を整えた。対抗勢力の中での傷病兵への献身的な看護をヴィクトリア女王と『衛生委員会』の査察が味方した。6か月後には死亡率が42%から5%まで激減した。

   一番の感動は、銃創で足が腫れ明日切断と決まった人への対応である。戦後の生活を話し合い、足を残すために1時間おきにお湯で創部を清潔に洗う看護であった。癒しと励ましの声かけもあり、朝までに足の腫れは減り切断せずに歩けるまで快復した。

一方、彼女は経済的支援もしている。自暴自棄になった傷病兵は貰った給金を酒や賭け事に浪費していた。そこで病院の中に国へ送金するシステムを作った。戦争が終わってみれば、心配された死者も少なく大成功。経済・貧困・政治問題も山積する中で、傷病と生活及び尊厳への両立支援をした。これらは、戦後の軍人の生活継続まで配慮した医療、看護の変革だった。看護する者、された者みんなが満面の笑みで故郷の家に帰り、引き続き人生を謳歌できる多様性と寛容の大切さ。病気と仕事のコーディネーター、ケアマネジャーは、イギリスでは今も看護職が担っている。

ナイチンゲールからの学びは、身の丈に合った資金と多様性と寛容さで揺るがず、楽観的に挑戦し成果を出す事。彼女は、「天使とは、苦悩する者のために戦う者である」という。オックスフォード大学のエレーヌ・フォックス教授とダットン教授が提唱する楽観主義である。喜びや快楽を司る脳側坐核を刺激して、置かれた環境の中でのポジティブ思考、行動、根気、粘り強さで人生をコントロールする。職業、人助け等に人生の価値を見いだし、投げ出さず挑戦していくナイチンゲール精神で医療と看護が協働して現状分析し可視化して本気で働き方改革に取り組めば、2世紀後の今はより良い知恵と工夫で改革推進できると確信する。

令和元年6月 第816号 掲載
「産業保健の話題(第214回)」

非定型発達症例で留意すべき問題(その2)

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
野添 新一
(社会医療法人緑泉会 米盛病院)

   第189回の本欄で非定型発達の成人男性(平均年齢38.2歳)の20症例の問題点について報告した。今回は先の症例に男性2例、女性5例を足した合計27症例について述べる。いずれも18歳以降(平均30歳代「24〜46歳」)でASD(自閉スペクトラム症)と診断した症例である。ここでは病歴聴取不足が誘因となり非定型発達の診断までに約7年を要した自省すべき症例を紹介し、27症例の概要を述べたい。Aさん(47歳、公務員)女性、夫、子供二人あり。結婚までは健康で問題の指摘なし。結婚後多忙を機に過食傾向となり、体重増加、特に出産後の増加は著しく、BMIは39であった。39歳時、職場の命で出張中新幹線の中で息苦しさと冷や汗を伴うパニック発作が出現。単純性肥満症、パニック障害、いびきなどから睡眠専門病院を紹介、結果はSAS主体でCPAP使用が必要とされた。Aさんは自己抑制的で我慢しやすいタイプだが、年1回前後の受診で仕事への支障もなかった。ところが7年後(46歳)再受診した際、BMI不変のため詳しく再聴取したところ非定型発達症例が疑われ、WAIS−Ⅲを施行、発達凸凹からASD症例(ADHDを伴う)と診断した。本症例のように肥満症、ストレス食い、いびきなどを訴え臨床各科を受診する患者の場合、パニック障害、単純性肥満症、摂食障害、SASなど臨床各科特有の診断で対処するが、精神科以外の科ではほとんどASDの問題を考慮することはない。通常成人後の非定型発達症例の特性はどの症例も成人に至る過程で問題行動や症状がなかったのではなく、あっても問題視されることなく経過している。ASD症例では過敏性が激しいために些細な出来事に容易にトラウマ体験を呈するか、また脳も常時異常興奮状態に置かれやすいなどの特性がある。これまでに扱った27症例(男性22例「11例SAD 8例ADHD「注意欠陥多動性障害」併存例、3例ADHD、女性5例(4例はASD+ADHD、1例はADHDであった。通常過度のストレスでストレス食いに陥り、急速肥満をきたした症例が男性22例中7例(31.8%)、女性5例中3例(60%)見られ、いずれも肥満領域(BMI 25以上)にあった(うち男性の1例はまもなく標準体重域に回復した)。また男性3例、女性1例は家族によっていびき、一時呼吸停止を指摘されていた。このなかでSASの診断を受け現在もCPAPを継続中の症例が男女各1例であった。臨床各科でストレス食い、肥満、いびき、パニック発作例に遭遇の際は非定型発達への配慮が必須となる。その他不安・抑うつ障害体験は男女とも80%以上に見られた。Aさんは診断後アトモキセチンなどの服薬を開始している。学校に比して職場生活は個人の課題ではなく部署全体のものでそれだけstressを被りやすい。文明化、職場環境の急変の影響を配慮した密な生活歴への対応が求められる。

令和元年5月 第815号 掲載
「産業保健の話題(第213回)」

入職者のメンタルヘルスについて考える

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
堀内 正久
(鹿児島大学 衛生学・健康増進医学教授)
(鹿児島大学桜ヶ丘地区産業)

   ストレスチェックの導入以降、身体的な問題だけでなく、精神的な問題について関心が高まっている。私自身も、鹿児島大学桜ヶ丘地区で産業医活動を行っているが、種々の面談の過半数が、精神的な問題である。もちろん、精神的な問題と言っても職場環境における人間関係不調に基づく問題である。事業所規模が大きい場合は、職場配置を考慮することも可能で、復職面談においては、職場配置換えも考慮したアプローチを行っている。もちろん、職場環境への介入も大事な点ではあるが、環境を受容する個人側の問題点も考えていく必要があると思われる。実際に、打たれ強いとか弱いとかという言葉もあるように、ストレス脆弱性についても考慮する必要があるだろう。劣悪な環境・人間関係を放置するという意味ではないが、個人レベルのストレス脆弱性を改善していくことは、中小規模の事業所で、配置換えなどの措置の難しい場合には、特に考慮する必要があると思う。

少し話は変わるが、大学新卒の就職に関して、好景気(世の中ではそう言われている)を反映して、高い就職率が続いている。一方、3年離職率という言葉もあり、新入職者が3年以内で離職した割合で職場環境の指標として使われている。日本の大学新卒者の3年離職率は、30%程度もあり、私自身、この数字にやや驚いている。鹿児島大学桜ヶ丘地区の看護部においても、20〜30%程度の状況が続いている。大学病院という特殊性も考慮する必要はあるが、医療技術の継続性を考えると、もう少し、離職率が下がることを願っている。

新入職看護師のストレス状況に関与する因子について、京セラ専属産業医の沖田信夫先生と研究を行う機会を得た。特に、食生活に着目して解析を行った。鹿児島大学看護部に入職された新卒の方(42名)を対象に、4月と9月のストレス状況を比較することと、4月の時点での食生活についてアンケートや尿中物質測定を試みた。簡単に、結果だけを記述すると、ストレス状況悪化に関与する因子は、①就寝前2時間以内の食事習慣ありの人、②4月の時点で過去1年間の体重変化の大きい人、③尿中ナトリウム排泄の多い人、の3つが統計学的に有意な因子として抽出された。もちろん、観察研究であり、解析対象者数も少ないので結果の解釈は慎重であるべきであるが、生活習慣とメンタルヘルスの関係性を考える上で、面白い結果だと考えている。メンタルヘルスケアにおける個人側の因子として、早めの夕食や、ナトリウム摂取を控える(外食との関係を考えている)、また、体重コントロールに注意するなどが、具体的な生活習慣改善法としてアドバイスできるのではと思う。

4月ということで、新しく職場に多くの若者が就くかと思う。短いサイクルで、様々な経験をするというスタイルも現代の就職においては、理解される。しかし、職場環境によって、望まない離職に至ることを避けるためにも、古くから言われているが、基本的な生活習慣を身に着けることは、様々なストレスに対応するためにも必要であり、疫学的な研究によってもそのことを支持する結果が得られた。興味ある先生方は、一読ご笑覧いただければと思う(Okita S, et al, Environ Health Prev Med. 2017 ; 22 : 20)

平成31年4月 第814号 掲載
「産業保健の話題(第212回)」

視点を変える

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
大迫 政智
(メンタルヘルスかごしま中央クリニック)

   臨床精神科医として毎日外来診療を行っておりますと、治療に難渋するうつ病症例がしばしばあります。
そのような場合、統合失調症や発達障害の合併を再検討してみたり、環境要因に再度注目して、家族調整を行ったり会社の上司を交えた面談をしたりして、軽快へ向かうことがあるのもご存じの通りです。
しかし、それでもなお理解しがたい再発を繰り返すうつ病があります。うつ病は再発を繰り返すたびにじわじわと重症化していくことが多いといわれています。また、悪化するたびに休職するか否かの判断を求められるケースでは、実生活に及ぼす影響には大きいものがあります。
そのようなとき、ふと視点を変えて、初診時に聴取するような生活状況、殊に飲酒状況に関して聴取すると、はっと気づかされるケースが稀ならずあります。落ち着いた状態の時にはたいした飲酒でもない患者さんが、うつ状態が悪化する前後から飲酒量がぐんぐん増えているというケースです。
本人は不眠が強くなってきたから飲酒しているだけのつもりでいるし、あるいは余計なことは報告しないで済まそうと診察室で報告しないわけです。また報告した場合でも、医療者側が反復性うつ病と軽度アルコール症との単なる合併として漫然と片付けてしまうこともあります。ですから「気分の変化」と「飲酒行動」との間の相互関係に着目していないと、見逃してしまうケースです。
過度の飲酒行動により身体機能が低下し、生活リズムが乱れ、それらに基づいて起こる体力・気力の低下、心身の調整力低下、自尊心や自信の低下等がうつ状態を更に悪化させる悪循環を起こしている状況ということになりますので要注意です。
従って、うつ状態悪化の背後に存在する飲酒行動異常の存在にも注目し、それが認められたら、うつ状態の治療と共に飲酒行動との相互関連に対する明確化や指導も平行して施行することが必須ということになります。
現代精神医学事典(弘文堂)にはこの状態について次のように記載してあります。
「渇酒癖(dipsomania);平素は節酒、禁酒も可能であるが、気分失調時などに抗拒不能な飲酒欲求が突然に起こり、連日連夜飲み続け数日から数週間続いて急激に終わる。アルコール関連障害の一種であるが、現在、独立した疾患としてではなく、てんかんや気分障害、アルコール症、異常人格や衝動障害、統合失調症などを基礎疾患、原因とすると考えられている比較的まれな症候群である」。
一定以上の年齢の方なら、かつてたまには耳にした病名ですが、視点を変えるという意味で思い返されても良い病名かと思います。

平成31年3月 第813号 掲載
「産業保健の話題(第211回)」

心的外傷(トラウマ)から見えるコト~面会交流をめぐって~

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
久留 一郎  
(鹿児島大学 名誉教授)

   家庭内においての虐待、DVなどの理由で両親が離婚した場合、(虐待・DV側の)親との「面会交流」という制度がある。通常の離婚と違い、親による身体的、精神的暴力は子どもに心的外傷をうえつける。加害者である親と被害者である子どもとの面会交流はトラウマティックな反応として苦痛で重篤なフラッシュバックを引き起こす危険性がある。
裁判所の調停で面会交流を法的に義務付けられた場合、親子の平等的(?)人権のありかたは、さらに子どもの被害を増幅させる危険性を伴う。法的には正しいのかもしれないが、被害者の心情に配慮のない「機械的」な面会交流は、被害を受けた人間に対して、二次・三次被害を煽る危険性をはらんでいることに気づくべきである。
他の例として、「校長室の仲良し握手」 の例を挙げてみよう。
いじめを繰り返した人間(加害者)といじめを受けた本人(被害者)を、校長室に呼びだし、仲直りをさせるという筋書きである。普段の子ども同士の諍いに対する喧嘩両成敗などは学校ではよくある出来事なのかもしれない。
しかし、被害者の子どもが心的外傷を被っている場合、校長先生の教育的配慮?による加害者との仲良し握手はとんでもないフラッシュバックを煽ることになりかねない。
校長先生はトラウマへの「きづき」はなく、学校の風土としては、きわめて当たり前の「指導」をしたという思いが強い。
トラウマティックな出来事にあった人間へのサポートのありようは、見えない心の傷に対する「支援」のありかたがきわめて重要になる。被害者から「求められる」支援を見抜く、人間的感性が大切に思われる。
精神科医である森山成彬(ペンネーム、帚木蓬生)氏は、ポジティブ・ケイパビリティ(Positive Capability:眼に見える問題)だけに頼ると「分かったつもり」が、根本の解決につながらないということを主張している。客観科学的なエビデンスは重要であるが、「不確実で答えの見えない状況」に耐えながら生き抜く臨床家としての能力「ネガティヴ・ケイパビリティ(Negative Capability)」が重要であると述べている。
「声なきに聞き(聴き)」、「形なきに見る(診る)」ということばは中国の「四書五経」から引用された文言といわれる。まさにネガティブ・ケイパビリティを示唆する言葉と言えよう。
(鹿児島県警本部の前にある川路大警視の記念碑に刻んである)。

平成31年2月 第812号 掲載
「産業保健の話題(第210回)」

愛着障害について思うこと

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員  
竹之内 薫  

(鹿児島県精神保健福祉センター 所長)

   長年精神科医療に携わってきて、ここ10年ほど発達障害について考えない日はないと思える程、発達障害についての概念が定着しつつある。その発達障害がまた増えてきているといわれるが、本当であろうか。また発達障害のため、二次障害で精神障害を併発する方々が、多く精神科の診療を受けている。当センターでの相談内容でも、確かに発達障害の特性 のために、周りが苦慮しての相談と考えられるケースが多い印象ではある。しかしご本人が来所されていない場合は、あくまで本人以外の相談者からの情報から判断せざるを得ない。しかし発達障害と考えられた症例が、実は愛着障害ではないかと思われる症例に遭遇することがある。人をなかなか信じることが出来ず、人間関係を上手く築くことが出来ない人、些細な刺激で部分健忘や遁走をくりかえす解離性障害を持つ人、うつ病の症状が長引き職を辞めざるをえなかった人などなど。そこ数回の診察ではなかなか愛着障害の問題が見えてこない例が多い。特に母親との関係に悩む人が多い。
愛着という言葉は、ボウルビィが幼児の母親に対する結びつきの性質に初めて使い、その特異な結びつきを表したものである。その後一般の家庭で育った子どもでも、虐待やネグレクトを受けると対人関係に障害がみられることが知られるようになってきた。最近の虐待の報道を見るにつけ心が痛むことが多い。愛着が不安定な人は、発達の問題もみられやすく、対人関係だけではなく、社会的、情緒的、行動的、認知的発達やストレス耐性に支障を抱えやすいことも明らかになってきている。そのため発達障害と判断されるケースが多くあると思われる。これまで世界中の研究者の研究結果より、不適切な養育(マルトリートメント)により脳が物理的に影響を受け、思考や感情をコントロールする部分や集中力、意思決定、共感などにかかわる脳の部分の体積が減少し、また神経回路の密度が変化するなどが明らかにされてきている。もしこれらの脳の生物学的な変化が、回復せず変わらないままであれば、上記の症例などの治りにくさが理解できるのかもしれない。
当センターには依存症の問題を抱えた方々の相談も多くある。依存症の方々は、周囲からは困った人という印象を持たれることがあるが、実は本人が困っている場合も多い。依存症の本質で、人に頼れない、物にしか頼れないということが言われている。このような人々の中には親の療育放棄や不安定な家庭環境が影響していることが、十分考えられる。発達障害の診断も慎重に行うべきと考えるが、 愛着障害の存在にも気をつけて診ていきたいと思うこの頃である。

平成31年1月 第811号 掲載
「産業保健の話題(第209回)」