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令和7年バックナンバー

職場における労働災害(事故)による危機介入(こころのケア)の重要性

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  餅󠄀原 尚子
(鹿児島純心大学大学院教授・心理臨床相談センター長)
(担当分野:カウンセリング)

多くの職場が被災した阪神淡路大震災から30年が経過しました。

「鹿児島県の労働災害(令和5年)」(公益社団法人鹿児島県労働基準協会、令和6年6月)によると、労働災害による休業4日以上の死傷者数は、令和元年以降、2,000人を超えて推移しています。事故の型では、「転倒」「(高所等からの)落下」「腰痛等の災害」「(機械等による)はさまれ・巻き込まれ」が依然として多く発生しているようです。

特に、「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」などの場合、本人や家族のみならず、目撃者、発見者、救急搬送者、医療従事者等も、トラウマを被ることが予想されます。工場での爆発事故では、近隣住民も“窓からの風が、爆風を蘇らせる”と語る人もいました。従業員の中には、本人確認のため、酷い状態のご遺体を見ることになり、その状態しか思いだせなくなってしまった人もいました。道路の舗装現場では、コンバインドローラーの下敷きになった方を目撃した通行人もいました。

これまで、前任(産業保健相談員)の鹿児島大学名誉教授・久留一郎先生のご指導のもと、鹿児島8.6水害、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、鹿児島県北西部地震、土石流災害、不審船事件、職場での事件(暴力・暴行、性的な被害など)などの緊急支援(ポスト・トラウマティック・カウンセリング、心理教育、コンサルテーション等)に携わってきました。精神科臨床においても、労働災害の被害に遭われた方々、強い心理的負荷を伴う業務による精神障害の方々にもお会いしました。

災害直後の職場の対応は、その後の心の安寧に大きく影響するように思われます。119番・110番・118番通報、早急なご家族等への連絡と支援、マスコミ対応(窓口の一本化)、従業員への配慮(正確な情報共有)、流言飛語への配慮、専門家への支援要請などが求められます。

短期的には、入院の場合はお見舞い、亡くなった場合は通夜・告別式の参列のありよう、職場への配慮(本人が使用していたもの、供花など)があります。また、急性期にみられるストレス反応や、しばらく経った後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を想定した心のケア(心理教育、コンサルテーション等)が考えられます。

中・長期的には、職場復帰支援、個別のカウンセリング、出来事の日時に関してあらわれる記念日症候群への配慮などを想定する必要があります。

“誰もが何らかのトラウマを被っているという、”トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)という考え方があります。このTICで大切なことは、トラウマが従業員、職場全体にも影響を及ぼすことを認識し、思いやりのあるあたたかい関係性や場を創りだすことだと思います。トラウマによって傷ついているのは、支援を求める人だけでなく、支援者や従業員、職場全体もまた、業務の中で、トラウマを受けています。それがケアされなければ、支援の中で対象者に再トラウマを与えてしまう(野坂、2019)と言われています。

危機を想定し、備えておくことで、予期できず統制できないトラウマの後遺症を最小限にとどめることができるのではないかと思います。

参考
・「職場における災害時のこころのケアマニュアル」(独立行政法人労働者健康安全機構)
・「トラウマインフォームドケア」(野坂祐子・日本評論社2019年)

令和7年3月 第885号 掲載
「産業保健の話題(第283回)」

高ストレス面接でパワハラの相談を受けたら

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  小田原 努
(担当分野:産業医学)

現在、厚生労働省で「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」が開催されており、2024年11月に中間とりまとめが出されました。その中で、現在50名以上の事業所で義務化されているストレスチェックを50人未満の事業所にも拡大することが提案されています。そうなると50人未満の事業所の高ストレス面接は、地域産業保健センターを中心に対応していかざるを得ないかと思いますが、そもそも高ストレスの原因は職場にあることが多く、特に上司や先輩等の人間関係が元になっていることが多いものです。最近は産業医の認知度もかなり上昇し、産業医に何かを期待して面接を受ける方も増えていますので、きちんと対応しないと一気に産業医への信頼を失ってしまう事もあり、パワハラの訴えには適切に対応することが求められています。

まず、高ストレス面接を行う場合は、職場での人間関係は大丈夫かなという気持ちで臨みましょう。若い方は単刀直入にパワハラを受けていると訴えてくることが多いものですが、ある程度の年数を職場で過ごしてきた方は、今後の職場での立ち位置を考えて、直接的にパワハラを受けているとは言わないものです。指導がきついです等と、なんとなくぼかした感じで、訴えてこられるので、単刀直入に「それはパワハラだと思う?」と聞くのが良いと思います。パワハラではないけど、困っている場合も含めて、次に確認することは、相手が何を望んでいるかです。

1.話を聴いてくれるだけで良い。面接をしてくれる先生の胸の内に秘めておいてもらいたい。のか、2.きちんと注意して欲しい、やめさせてもらいたい。のか、3.謝ってもらいたい、処分してもらいたい。のか、4.訴えたい。のか、相手が求めていることを確認する必要があります。相手の望んでいるレベルを確認したら、本人の了解を得て、実施事務従事者や、日頃事業所の窓口になっている衛生管理者に伝えることになります。

ただ、よくあるのは、告げられた事業所の担当者がどう対応すれば良いのか分からない事です。中小企業の方は、パワハラの訴えはさほど経験されたことがないので、変に動いて、訴えた本人が辛い立場になることもあります。そこで、産業医としては、必要に応じ、上司を交えて本人と衛生管理者、産業医で面接を行い、上司に職場での状況を確認してもらい、必要であれば、行為者に注意してもらうようにアドバイスしましょう。会社の第三者となり得る衛生管理者を交えておくと、問題が曖昧になることを防げるものです。産業医としては、問題をきちんと職場に受け渡して、後は職場として適切に処理してもらうことを期待しましょう。また、相談者が辛い立場になることもありますので、経過面接をしておくことも大事だと思います。

令和7年2月 第884号 掲載
「産業保健の話題(第282回)」

労働安全衛生法に基づく健診項目の今後の変更について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  桶谷 薫
(担当分野:産業医学)

急速に進む高齢化や女性の就業率の増加に伴い、最新の医学的知見や社会情勢の変化等を踏まえ定期健康診断項目の変更点について検討し、令和6年度に結論を得るという内容を盛り込んだ規制改革実施計画が令和5年6月16日閣議にて決定されました。

この計画決定を踏まえて、厚労省では「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会」を複数回開催し、令和6年11月1日に検討結果の中間とりまとめを公表しました(検討会においては・業務起因性又は業務増悪性・検査の目的対象方法の明確性・検査の精度及び有効性・検査費用が事業者の許容内 ・事業者が健康情報の把握することの有益性等に着眼点をおき議論がおこなわれました)。

女性特有の健康課題に関する項目について
女性労働者本人への気づきを促し、必要な場合には婦人科医等の専門医への早期受診を勧奨すると共に、女性特有の健康課題に対する配慮について申し出を行いやすい職場づくりにもつながるように、一般健康診断問診票に女性特有の健康課題 (月経困難症、月経前症候群、更年期障害等)に係る質問を追加することが示されました。
質問案としては、
・女性特有の健康課題(月経困難症、月経前症候群、更年期障害など)で職場において困っていることがありますか。 ① はい、② いいえ、が出されています。

この質問に「①はい」と回答した労働者に対しては、必要に応じて女性特有の健康課題に関する情報提供や専門医への早期受診を促すことが適当であり、そのためのツールの作成や研修等も必要としています。 また質問に対する労働者の回答は、個別には健診機関から事業者に提供しないこととする一方で、望ましい職場環境の拡充等の観点から、女性特有の健康課題に係る質問における労働者の回答を集計した統計情報は、企業での取組みに活用することも可能としていく方向性が示されています。

男性の更年期障害について
男性の更年期障害については、自分の抱えている不調が更年期の症状であるという理解促進を促す方向で、問診とは別に検討をしていくこととなっています。

歯科に関する項目について
労働者の口腔の健康の保持・増進は重要ではあるものの、業務起因性又は業務増悪性、就業上の措置等のエビデンスが乏しいことを踏まえると、問診を含め、安衛法に基づく一般健康診断に歯科健診を追加することは困難として、歯と口の健康づくりに向けた口腔保健指導について、職場内で周知等の機会を捉えて強化していく方向となりました。

検討会では採血実施年齢拡大や眼底検査等様々な議論もおこなわれていましたが最終的には女性特有の健康課題の問診項目の追加の方向性が中間とりまとめで発表されました。

令和7年1月 第883号 掲載
「産業保健の話題(第281回)」