令和3年バックナンバー
石綿含有建築物等解体の法改正と健康障害防止
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)
石綿(いしわた、せきめん、アスベスト)は優れた特性(耐熱性・不燃性・耐薬品性・耐摩耗性等)があり、しかも繊維状の鉱物で種々の原材料と混ざりやすく加工しやすいので各種の石綿含有製品が製造されていました。
しかし石綿の有害性(肺がん・中皮腫等)から、2012年(平成24年)に重量0.1%を超えて石綿を含有するものは全面禁止(製造、輸入、譲渡、提供、使用)となり、現在は石綿を含有した建築物等(建築物、工作物)の解体が進行しています。解体のピークは2028年(令和10年)頃で約10万棟、2056年(令和38年)頃まで続くと予想されています。
この石綿含有建築物等の解体は、まず工事開始前に石綿含有の有無を事前調査することから始まります。事前調査は一次調査( 書面調査)と二次調査(現地調査)からなりますが、一次調査は関係者へのヒヤリング及び、設計図書、施工記録等の情報を入念に調査することです。そして二次調査は現地調査で、書面調査の通りに現場で施工されているか確認すること及び書面調査以外で新たに現場施工されていないかを含めて調査が実施されます。この時石綿有無の判別ができない場合は分析で確認となります。
この事前調査は、石綿含有建築物等で複雑な施工等(吹き付け材、成形板、ロックウール等の組み合わせ等)による見落としを防ぐために石綿含有の有無を的確に判断できる有資格者による実施が法改正により義務化されました。又この事前調査結果は3年間保存することも義務化されました。このような事前調査の改正は今後の解体作業方法を左右するものであり、石綿ばく露による健康障害防止がより確かなものになります。
ここで有資格者とは、新たに「建築物石綿含有建材調査者講習登録規程」(厚生労働省・国土交通省・環境省告示)の講習を修了した特定建築物石綿含有建材調査者及び建築物石綿含有建材調査者(一戸建て等石綿含有建材調査者)並びに日本アスベスト調査診断協会に登録された者等で限定されるものが該当します(令和5年10月1日より義務化)。
更に法改正として、石綿含有吹き付け材の除去等に加えて新たに保温材の除去等の解体作業も労働基準監督署へ工事計画書届を工事開始14日前に届け出することが義務化されました(令和3年4月1日)。尚、これら以外の建材(成形板等)は解体工事で床面積の合計が80㎡以上等については石綿含有の有無にかかわらず労働基準監督署に遅くても解体等工事着手する前に報告が義務化されます(令和4年4月1日)。
ここで注目すべき点は、工事計画届通りの内容で現場解体作業が確実に実施されることです。届け出内容と異なる不適切な解体作業は防止しなければなりません。そこで解体作業の実施状況を検証できるようにするため写真等で記録に残し3年間保存することが義務化されました(令和3年4月1日)。これにより健康障害防止が更に期待されます。
令和3年12月 第846号 掲載「産業保健の話題(第244回)」
DXと産業保健
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
岡村 俊彦
(担当分野:労働衛生工学)
(鹿児島県立短期大学 教授)
ICT(情報通信技術)の話題といえば、ここ5年ほどはAI(人工知能)が中心であったが、社会の様々な分野に浸透し、その熱狂は一段落したといえる。AIに続く最も旬なキーワードはDX(デジタルトランスフォーメーション)といえよう。2004年にスウェーデンのストルターマン教授が提唱したDXは単にICTによる業務効率化だけではなく、ICTの活用を前提に、業務そのものや組織の形態、企業文化までも変革することを意味する。一部の分野・市場で進められていたDXが新型コロナの影響により、より多くの分野で(やや無理矢理にでも)進んできている。身近な教育研究の分野でも、パソコンすらあまり使わなかった教員が遠隔授業をおこなうようになり、学会を始めとしたほとんどの会議はオンラインでおこなわれるようになった。私自身、年間10回近くあった県外出張はここ1年以上ゼロであり、それでも業務は回っているのである。
DXの基盤となる技術革新はAI、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータである。従来のICT活用は比較的限られた範囲での効率化、すなわち業務のICT化が中心(部分最適化)であったが、さまざまなモノがネットにつながり、そこで得られたビッグデータをAIの力で価値を高め、より広い範囲で現実世界とサイバー空間がシームレスに融合していく(全体最適化)のがDXの真の目指すところと言える1)。
DXの流れはHealthTechとして保健・医療の分野にも押し寄せつつある。デジタルヘルスケアサービスの国内市場は2020年度ですでに約1,300億円となり、2026年度には2,700億円を超えるという試算2)もある。その中で市場拡大がもっとも見込まれるのは予防・健康管理の分野である。生活習慣の情報をウェラブル端末から収集・管理するサービスやインターネットを介し簡易診断をおこなうサービス、さらにこれらの情報を元に最適な受診先を提案するサービスなどがデータを共有しながらおこなわれるのも近い将来実現するであろう。年に1回程度の健康診断に加え、きめ細かくパーソナライズされたサービスが広まることは産業保健の観点からも歓迎されるべきであろう。
AIやICTにより人間の労働が奪われるのではという危惧もよく耳にする。すでに画像診断は人間よりAIの方が異常部位の発見率は高いというデータもある。しかしAIによる診断も100%ではなく、さらに人間が間違う場合とAIが間違う場合ではそれぞれ異なった特徴があるらしい。保健・医療の分野に限らず、人間とAIがそれぞれの特徴を活かし、共存することにより、より質の高いサービスを提供することが可能となるであろう。
令和3年11月 第845号 掲載1)情報通信総合研究所 「我が国のICTの現状に関する調査研究報告書」、2018年3月
2)野村総合研究所「ITナビゲータ2021年版」、東洋経済新報社2020年12月
「産業保健の話題(第243回)」
「新生活様式(コロナ感染症)対応」とメンタルヘルス・カウンセリング
〜心理的対応のありようとダブルバインド(二重拘束)をめぐって〜
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
久留 一郎
(担当分野:カウンセリング)
(鹿児島大学名誉教授)
コロナ感染症のパンデミックにより、今までにない「新しい生活様式」が出現し、テレワーク、オンライン授業、マスクをかけての心理面接など戸惑うことの多い毎日である。
コロナウィルスというモノに対する距離の取り方が「心理的(コト)距離の取り方にも影響を与えている。三密という身体的距離のあり方がカウセリングという心理的距離(心理治療構造)にも影響を及ぼしている。心理面接(カウンセリング)の構造は時空間と深い関係にある。心理的(社会的)距離は親和的であり、空間は自由で安心できる「非日常的空間」であり、会話内容は外に漏れないような空間として構造化されているのだが・・・。
すなわち「モノに対する区別的関係」とコロナ感染症の「人間に対する差別的関係」が同一視され、混とんとしているように思われる。いわば、二重拘束(ダブルバインド)の状況にあるといえよう。人の「ココロ」が「コロナ」感染症の副反応を生み出しているとも思われる。この新生活様式になって気になる新しい障害(心理的反応)?が生まれてきたような気がする。「まじめで責任感の強い人」がコロナによる心理的反応を示し、自粛ポリスのような監視的言動を示すなどがそうである。
沈没しかけた船(危機場面)から海へ飛び込むのをためらっている人に対して、アメリカ人の場合「英雄になれますよ」、イギリス人の場合「紳士ならそうすべきですよ」、日本人なら「みんなそうしてますよ」と説得するのが「行動決定」の鍵になると聞いたことがある。
日本人の「同調傾向(世間的ルール)」を言い表していると思われる。日本的精神文化においては、危機的状況で「同調圧力」という心理的反応が強くなると言われる。特に「世間体」という同調圧力は日本的刷り込みにより、「監視的行動や自粛的行動」を煽りがちである。「マスクをしない人間は職場に出てくるな」という圧力的言動はしばしば見られる。
自助、共助という「同質性の強調」が煽られ、「異質性の排除」を煽りやすい。正しく見えることの背景には危険な人間観も潜んでいること(二重拘束・両刃の剣)に気づくことが大切である。この混とんとした心理社会的状況から、新しいメンタルヘルス支援のあり方や真の人間関係のあり方を中心にした「新生活様式」が生まれることを心から願う今日この頃である。
令和3年10月 第844号 掲載*参考資料:鹿児島労基No745 コロナ感染症への心理的対応とダブルバインド(2020年11月)久留 一郎
「産業保健の話題(第242回)」
新型コロナウイルス感染症拡大の1年を振り返る、そして健康づくり施策を考える
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
前田 雅人
(担当分野:産業医学)
昨年5月末の段階では、新型コロナウイルス感染症について、「日本の感染者数は約1万6千人、死者数は約800人、世界では感染者数が約528万人、死者数が約34万人であり、幸い鹿児島の感染者は10人のままで、ここ1か月推移しています。」とある報告書の巻頭言にて紹介していました。1年後は感染は終息しているかなと思っていましたが、東京などでは4回目の緊急事態宣言が出されており、7月中旬時点で日本の新型コロナウイルス感染者数は約84万人、死者数が1万5千人を超えています。鹿児島は7月17日時点で感染者数3,770人、死者数39人です。一方、世界では新型コロナウイルス感染者数が約1億9千万人、死者数が400万人を超えています。この世界規模の感染拡大にあって、日本においてやっとワクチン接種が実施されるようになり、光が見えてきましたが、我々の心に生じた不安は簡単にはなくなりません。過度に理由なく不安になることはありませんが、不安の原因として自分の行動に気の緩みを感じているようでしたら、今一度引き締めて、3密(密閉・密集・密接)を避け、ソーシャルディスタンスを保ち、マスク・手洗い・うがいを実行していきましょう。著名な物理学者であり、随筆家でもある寺田寅彦の言葉に「ものをこわがらなさ過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」があります。目に見えないウイルスではありますが、危険性を正しく認識し、適切に行動するなら、その成果は確実に得られます。例年に比べてインフルエンザ感染症が減少していることからも明らかです。しかし一方で感染防御以上に過度な行動をとり人を責めたりする方や、不要不急の行動をとる方がおられます。自粛に飽き、また経済的に困窮し、イライラ感などからの行動かもしれませんが、新型コロナウイルス感染が「心」にまでおよばないようにしなければなりません。「心」に余裕をもちましょう。
さてアフターコロナを考えた時に、健康づくり運動の一つ「スマート・ライフ・プ ロ ジ ェ ク ト(Smart Life Project)」(2011年から開始)について紹介します。もう10年近い活動なので、すでにご存じの方が多いと思いますが、健康寿命を延ばし、国民全体が人生の最後まで元気に健康で楽しく毎日が送れることを目指した運動であり、プロジェクトに参加している団体数は5,476団体(2020年)とのことです。活動内容は、①Smart Walk(例えば毎日10分の運動を、通勤時の早歩きでもよい)、②Smart Eat(例えば1日プラス70gの野菜を、日本人の平均280gの野菜摂取量に70gを追加)、③Smart Breath(例えば禁煙の促進を)、④Smart Check(健診・検診の実施、定期的に自分を知る)を取り組みの柱としています。1年以上に渡るコロナ感染症拡大が、じわじわと私たちの心身の活動力の低下をまねいているように感じています。もちろん感染対策は大事ですが、それを踏まえた上で、産業医にあっては担当の事業所などで、徐々にでも健康づくりのための活動を勧めていただければと思います。
令和3年9月 第843号 掲載「産業保健の話題(第241回)」
新型コロナウイルス感染症とメンタルヘルス問題
─ メンタルヘルス・ファーストエイドも含めて ─
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
赤崎 安昭
(鹿児島大学医学部保健学科長)
(鹿児島大学大学院保健学研究科長)
(担当分野:メンタルヘルス)
2019年末に中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、現在もなお猛威を振るっており、「普段の日常」が失われた状況が続いています。私が本稿を書いている時点では、鹿児島県内の感染状況は落ち着いており、病床逼迫率は一時期よりもかなり改善してきています。しかし、「変異株」の問題もあり、まだまだ“トンネルの出口”は見えません。そのような中、鹿児島県でもワクチンの大規模接種がいよいよ始まりました。
私は、昨年、本会報に「コロナ禍でも新しい気分転換の仕方を見つけましたので、間もなく気分が晴れることでしょう」などと書きました。あの後、予言した通り、「新しい日常」が定着して気分はすっかり晴れました。ところが、鹿児島県民の皆様および鹿児島大学の全て(希望者)の学生・職員等へ大規模接種の準備が始まった頃からまたまた雲行きがおかしくなってきました。
大規模接種の準備を着々と進める中で私は、立場上、ワクチン接種を担当しますが、医師、看護師、その他の補助を担う職員の「振り分け」のお手伝いもしましたので気苦労が絶えませんでした。研究業務、学会関係の業務などは遅々として進まず、悶々とする日々を送ることになりました。結局、「気分が晴れた時期」はほんのちょっとの間であり、再び私自身のメンタルヘルスに問題が発生しそうな状況に陥りました。どうにか、ワクチンに関連する業務分担は完了しましたので、あとは大規模接種に臨むだけという状況になりました。私は10回ほど出動しますが、本稿が会報に掲載される頃には大規模接種も軌道に乗っていることでしょうから、私のメンタルヘルス問題も平穏になっていることでしょう。
さて、今回は、自分自身にも忍び寄ってきている「COVID-19とメンタルヘルス問題」について記載いたします。
COVID-19はやっかいで、感染症自体の症状もさることながら、感染することへの不安、誹謗中傷に対する恐怖、行動の制限、経済的および“当たり前の日常”の喪失体験に起因する抑うつなどメンタルヘルスにも多大なる影響を及ぼします。このため、厚生労働省は「COVID-19に関する心のケア」にも配慮をしており、最近では、メンタルヘルスの問題を抱える人に対する家族や友人、同僚など身近な人が行う「こころの応急処置」の大切さを重要視して、メンタルヘルス・ファーストエイドの考えに基づいた「こころのサポーター養成事業」を計画しています。メンタルヘルス・ファーストエイドとは、メンタルヘルスの問題を抱える人に対して、適切な初期支援を行うための5つのステップからなる行動計画のことです。心理的危機に陥った人に対して、専門家の支援が提供される前にどのような支援を提供するべきなのか、どのように動くべきなのかという対応策を身に付ける「プログラム」でもあります。メンタルヘルス・ファーストエイドは、「り・は・あ・さ・る」、すなわち、「(1)自傷・他害のリスクをチェックしましょう(り:リスク評価)、(2)判断・批判せずに話を聞きましょう(は:はんだん、批判せずに話を聞く)、(3)安心と情報を与えましょう(あ:あんしん、情報を与える)、(4)適切な専門家のもとへ行くように伝えましょう(さ:サポートを得るように勧める)、(5)自分で対応できる対処法(る:セルフ・ヘルプ)」といった5つの基本ステップで構成されています。「こころのサポーター養成事業」は、心の健康にかかわる症状をどのように認識し、初期支援をどのように提供して、適切な専門家の支援にいかに導くのかを学ぶことによって、精神疾患に対する理解が深まり、精神疾患へのスティグマ(烙印・汚名)の解消にも繋がることが期待されています。メンタルヘルス・ファーストエイドが普及すると、地域、学校、職場などでも気軽に手厚い支援が受けられることになります。COVID-19が長期戦となった今、メンタルヘルス問題の初期支援であるメンタルヘルス・ファーストエイドの普及は大変意義のあることだと思います。
最後になりますが、私の場合は、直接COVID-19の治療に関わっているわけではないので、会員の皆様と比較すると、私自身のメンタルヘルス問題は比較的軽微なものなのかもしれません。しかし、メンタルヘルス問題を軽視すると軽微なものでも重症化して取り返しのつかない事態になります。メンタルヘルス問題も早期発見・早期介入が重要です。引き続きCOVID-19との戦いが続きますが、会員の皆様ご自身が心身とも健康でなければ、この問題は収束しません。COVID-19問題は、晴れたり曇ったりしながら収束していくものと信じています。会員の皆様、もうしばらく、共に頑張りましょう。
令和3年8月 第842号 掲載「産業保健の話題(第240回)」
労働衛生と歯科医師の関わりについて
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
門松 秀司
(公益社団法人鹿児島県歯科医師会 理事)
(担当分野:産業医学)
労働安全衛生法に基づき以下の事業所は歯科の特殊健康診断を行わないといけません
塩酸を発散する業務など有害な業務に従事する労働者に対し、歯科医師による健康診断を行わなければならない。(安衛法第66条第3項)
健康診断の結果について医師等からの意見聴取上記健康診断に結果に異常の所見のある労働者について、その労働者の健康を保持するために必要な措置について、歯科医師の意見を聞かなければならない。(安衛法第66条第4項)
健康診断実施後の措置
上記の歯科医師の意見を勘案し必要があると認めるときは、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な措置を講じなければならない。(安衛法第66条第5項)
安衛則第48条(歯科医師による健康診断)
事業者は、令第22条第3項の事業に常時従事する労働者に対し、その雇い入れの際、当該業務への配置換えの際および当該業務へついた後6ヵ月以内ごとに1回、定期に、歯科医師による健康診断を行わなければならない。
歯科医師の産業保健活動における職務
事業者は、塩酸を発散する業務など有害な業務に常時50人以上の労働者を従事させる事業所については、労働者の健康管理等のために当該労働者の歯またはその支持組織に関して、適時、歯科医師の意見を聴くようにしなければならない。(安衛則第14条第5項)
上記事業所の労働者に対して歯科医師による健康診断を行った歯科医師は、その事業所の事業者に対し、その労働者の歯またはその支持組織に関する健康阻害を防止するために必要な事項を勧告できる。(安衛則第14条第6項)
法令から見た産業歯科医の職務
職務①健康診断の実施と意見
一定の有害業務(令第22条第3項:塩酸・硝酸・硫酸・亜硫酸・フッ化水素・黄りん、その他歯またはその支持組織に有害なもののガス、蒸気または粉じんを発散する場所における業務)従事する労働者の健康診断を行う。労働者の健康を保持するため必要な措置について意見を述べる。(健康診断票に記載)
職務②産業医職務項目について歯科的意見を述べる。
● 作業環境の維持管理に関すること
● 作業管理に関すること
● 健康教育、健康相談その他労働者の健康維持の保持増進を図るための措置に関すること
● 衛生教育に関すること
職務③必要事項の勧告
①の健康診断を行った歯科医師は、事業者に対して労働者の健康障害防止のための必要な事項を勧告する。
労働安全衛生法(安衛法施行令第22条)が示す有害業務において、歯科医師がかかわる有害要因と障害症状
この健康診断は、化学物質による健康への影響と労働衛生管理は目的とされ、通常のむし歯や歯周病の歯科健診とは異なり、口腔顔面領域の皮ふ・粘膜、歯の状況(歯牙酸蝕症など)、顎骨の状況などを主に診査します。
令和3年7月 第841号 掲載「産業保健の話題(第239回)」
新型コロナウイルス感染症と自殺
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
長友 医継
(玉水会病院)
(担当分野:メンタルヘルス)
昨年からの新型コロナウイルス感染症の猛威は続き、令和3年4月中旬での感染者数は全世界で約14,000万人(日本約51万人)、死亡者も約300万人(日本約9,500人)にのぼっています。1918年から1919年にかけて約5,000万人が死亡したといわれる「スペイン風邪」以来の大流行です。
新型コロナウイルス感染症の脅威には、ウイルスそのものにより引き起こされる「疾病」としての「第1の感染症(生物学的感染症)」は当然ですが、それ以外にもこの感染症に対して「不安や恐怖」を持つ「第2の感染症(心理的感染症)」や不安や恐怖から「差別や偏見」が生じる「第3の感染症(社会的感染症)」があります。
コロナ禍では、在宅勤務が推奨されていることで生じるコミュニケーションの機会不足も問題になっています。コミュニケーションの手段の1つに「おしゃべり」がありますが、ストレス解消には有用です。女性は男性よりもその傾向が強く、「おしゃべり」の機会が少なくならざるを得ない「ウィズコロナ」の今は孤独感が高まり、ストレス状態に陥りやすくなっていることが示唆されています。
また、昨年の年半ばから自殺者数が増加しています。本邦においては、自殺対策基本法(2006((平成18))年)が施行され、自殺者は2019(令和元年)まで10年連続前年を下回り、3万人を越えていた自殺者が約2万人になりました。そして、2020(令和2)年も6月までは前年より減少していましたが、7月からは前年より増加に転じています。なかでも、女性の自死が増えているのが特徴の1つとされています。
自殺者数は失業率と相関することが知られていますが、最近の自殺者数の増加には、前述の「第2及び第3の感染症」の脅威とともにコロナ禍による失業者の増加が影響していると思われます。また、在宅勤務などで孤独感を抱きやすい環境下でストレス状態にあり、しかも男性に比べ「非正規雇用」の多い女性の失業者が多いことが、女性の自殺が増えていることに関連しているのでしょう。
自殺に追い込まれる人には以下のような共通の心理が働くとされています(高橋祥友)。
- 絶望的なまでの孤立感
家族、友人や同僚など周りに多くの人々がいても、自分はたったひとりで「誰も頼りにできる人がいない」と思い込む。 - 無価値感
「私は何の価値もない」「生きているだけで皆に迷惑をかけてしまう」「私などいないほうが皆は幸せだ」などの自己否定の気持ちが強い。 - 極度の怒り
自殺念慮とともに同時に、特定の他者や社会に対してしばしば極度の怒りを抱
いており、何らかのきっかけでその怒りが自分自身に向けられる。 - 窮状が永遠に続くとの確信
自分が抱えた難しい問題は、どのように努力しても解決できずに、「これからも永遠に続く」と思い込む。 - 心理的視野狭窄
様々な解決策が考えられるにもかかわらず、本人は自分の抱えた問題に対する解決策は「唯一自殺しかない」という心理状態に陥る。 - 諦め
心理的視野狭窄の状態が続いた後に独特の諦めの境地に陥る。 - 全能の幻想
「ただひとつだけ今すぐに自分で何とかできるものが残されている。それは自ら命を絶つことだ」といった幻想にとりつかれてしまう。
直接人と会って話す機会がなかなかない現在、電話やチャットなどの新しいオンラインでのコミュニケーション手段を用いて、上記のような心理状態に陥らないように注意したいものです。
令和3年6月 第840号 掲載「産業保健の話題(第238回)」
酸素欠乏状態が発生する原因と発生しやすい場所について
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
東 正樹
(株式会社 鹿児島環境測定分析センター 代表取締役)
(担当分野:労働衛生工学)
- はじめに
酸素欠乏を起因とする労働災害は致死率が高く非常に危険ですが、今も後を絶ちません。
また、この災害の多くは危険性が認識されておらず、基本的な対策が取られていなかったために発生しています。
そこで今回は、酸素欠乏状態が発生する原因と発生しやすい場所の例についてお伝えします。 - 酸素欠乏の原因と危険な場所の例
酸素欠乏状態が発生する原因と発生しやすい場所の例を以下に示します。
①タンク等の素材の酸化
内壁の金属が酸化され、タンク内の酸素を消費する。海水などを含んだ水の場合は酸化の進行が速い。
(例)鉄製の船倉タンク、ボイラー等
②貯蔵または運搬中の物質による酸素の消費
燃料炭は空気中の酸素を吸収し、酸化発熱する。そのほか鋼材、くず鉄等も湿潤状態でさびを発生させて酸素を消費する。
(例)石炭、亜炭、硫化鉱等の貯蔵または運搬庫
③油の酸化による酸素の消費
油は酸化により酸素を消費する。通風、換気の悪い地下室、船倉等でその内部を塗装するときは注意が必要である。
(例)乾性油や魚油
④食料品等の呼吸作用
食料品等の呼吸作用により酸素を消費する。カビが発生した場合等はさらに酸素の消費量が増える。
(例)換気が悪い食料品や飼料の貯蔵庫等
⑤木材の呼吸作用
木材の呼吸作用等により酸素を消費する。同じ材種でも、生木のもの、樹皮が多くついているもの、枝や葉が残っているものの方が酸素欠乏になる率が高い。
(例)原木、チップの貯蔵庫等
⑥有機物の腐敗や微生物の酸素消費
し尿、厨芥等の有機物が腐敗する場合は酸素が消費されるとともに、二酸化炭素、硫化水素、アンモニア等の有害ガスが発生する。
(例)し尿や汚水等のタンク、ケーブル、ガス管を収容するための暗きょ、マンホール、発酵タンク、穀物サイロ、井戸、トンネルなど
⑦空気が無酸素空気に置き換えられる場合
(例)アルゴンや窒素などの不活性ガスを充てんした貯蔵タンクや製造設備
⑧酸素欠乏空気の噴出、流入等
圧縮空気が土中の鉄やマンガンにより消費されて生成した酸素欠乏空気が噴出する場所。
(例)圧気工法が用いられる地下の土木工事など - 危険箇所把握のポイント
上記のような場所での作業がないか作業者からヒアリングを行うとともに、職場巡視等によるリスクアセスメントを行い、必要に応じて酸素欠乏危険作業主任者を選任して必要な措置を講ずるよう指導してください。
また、無酸素空気を吸入すると直ちに脳の活動低下ないし停止が起こるため、1回呼吸するだけで失神昏倒して重大災害に繋がります。したがって、換気の悪い閉鎖空間だけでなく無酸素空気が存在する可能性がある場所については漏れなくリスクを把握する必要があります。 - おわりに
酸素欠乏症による災害の発生を防ぐには、作業の管理や安全衛生教育など多くの対策が不可欠ですが、事業場の方にはまず酸素欠乏状態が発生する原因をよく理解してもらうことが重要です。
事業場に危険が潜んでいないか、今一度ご確認をお願いします。
「産業保健の話題(第237回)」
産業保健としての集団への視点:コロナ禍からの学び(産業保健の学びの場の紹介とともに)
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
鹿児島大学衛生学・健康増進医学
鹿児島大学桜ヶ丘地区産業医
堀内 正久
(担当分野:産業医学)
昨年からのコロナ感染症の広がりによって、医療現場が大きな影響を受けていることは、会員の皆さまが実感をされていることと思います。産業保健領域においても、職場の一般健診やがん検診、職場巡視などにも影響が生じています。産業保健は、基本的には、集団に対しての視点ということで、このコロナ感染症の社会的な対策が行われている状況で、他の感染症がどのようになっているかに興味を持ちました。マスクや消毒液使用といった衛生管理レベルが高まった状況ではあるのですが、保育園や職場において、ノロウイルスが原因と考えられる感染性胃腸炎の報告が産業保健スタッフからありました。鹿児島市保健所から報告されている感染症情報(令和3年第6週)を掲載しておきます(以下図)。紫色が平成30年、オレンジ色が令和元年、水色が令和2年、緑色が令和3年のデータです。
興味深いことに、インフルエンザと手足口病は、令和2年の報告率は極めて低い値です。一方、感染性胃腸炎は、案外、例年と比べて、令和2年や令和3年の報告率は変わらない数値となっています。産業保健スタッフからの報告と実際の感染症情報が一致した結果となっているように思います。集団としての感染症コロナ対策の結果、防げる感染症と防げない感染症が存在することが示唆されます。改めて、職場や学校現場において、感染性胃腸炎対策として、更なる工夫が必要であることが、このコロナ禍という状況があったことによって表出されたと言えるかもしれません。
さて、対策を考える上でヒントになるような話題の提供がありました。鹿児島の産業保健の学びの場として、労働衛生コンサルタント資格取得を目指しての勉強会が医師や非医師の方を対象に、「労働衛生研究会」(年4回開催。よかセンターで実施、産業医単位も取得できます)が開催されています。1月に行われたセミナー講師(伊瀬知 良薬剤師、辻之堂薬局)の方が、消毒液について講演されました。コロナウイルスやインフルエンザウイルスは、70%エタノールで対応できるが、ノロウイルスはその性質上エタノール単独の消毒液では効果が低いことを示され、ノロウイルスには中性pHを外した弱酸性エタノールなど(硫酸亜鉛の添加など)の消毒液が有効であることを説明されました。大阪大学などでも、関連研究が報告されています(http://www.biken.osaka-u.ac.jp/achievement/research/2020/147)。ノロウイルスには、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒とされていますが、手指消毒には利用できません。胃腸炎が発症した職場や学校現場では、手指消毒の観点で、消毒液の種類について工夫をしていく必要があるかもしれません(もちろん、消毒液だけではなく、総合的な感染予防対策が必要ではありますが)。多職種連携、様々な専門家からのアドバイスを受けて柔軟に現場に応用していくことも求められるかと思います。この「労働衛生研究会」(名称は、変更されるかもしれません)は、産業医資格を有していなくても、産業保健に関心があるということで幅広く参加が可能です。参加ご希望の会員の皆様は、事務局である鹿児島産業保健総合支援センターにご一報いただければと思います(次回は、4月16日「皮膚科疾患と働く人、島田皮膚科島田辰彦先生」です)。
令和3年4月 第838号 掲載「産業保健の話題(第236回)」
言葉にできる力
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
山喜 高秀
(担当分野:カウンセリング)
施設や精神科クリニックで子どもの心理臨床に携わって30年になるが、そこで出会う小学生や中〜高生の子どもたちの相談の様相が随分と変わってきたように思われる。
昭和から平成一桁の時代は、カウンセリング室に訪れる子どもたちの表情は、何かしら思い悩んできた『これまで』が映し出されるような影を漂わせていた。少し関係がつき、「心に抱えている困ったことや嫌なこと、心配なこと」をやんわりたずねていくと、「あのね・・」と内側に秘めていた様々な思い(想い)や苦しみが言葉に包まれて物語として表に出てきた時代であった。
その後、平成二桁になると、何をたずねても「うるさい!」や「ムカつく!」と4文字でしか返ってこなくなり、その後「キレタ!」と一文字減っていき、令和が近くなると「チェッ!」と意味ある言葉がなくなっていった。それと共に、『朝の起きづらさ』『吐き気』『頭痛』など身体の不調、あるいは自分や他人を『暴力』で傷つけてしまう形でしか訴えられない子どもたちが増える時代になっていった観である。この変遷の背景に透けて見えるいくつかの問題がある。その一つに、心の内面を言葉にして物語れるまでに育っていない、否、育てられていない子どもたちが増えてきたことがあげられる。
そもそも言葉はどのようにして身につけていくのかと言えば、生後間もなく自然に声(「ア〜」「ウ〜」)が出てきて、それに『しゃべり始めた!』と親が喜び、「そうなの〜うれしいの!」と言葉で応えていくやり取りを何度も繰り返していく中で、やがて「まんま・・(ごはん?ママ?)」「あーたん(母さん)」など意味を込めた言葉が生まれてくる。さらに親は喜び、「うれしいの〜」「楽しいの〜」「嫌だったの〜」「悲しいの〜」など、心で起こっていることを言葉に包んで表してくれる中で、子どもは「思い(想い)を言葉にできる力」を身につけていくのである。
近年この光景が少なくなり、代わり(変わり)に「親も子も黙ってスマホ画面に魅入られたような光景」が多くなって10年を超え、とうとう一昨年(2019年)、WHO(世界保健機構)が【ゲーム障害】という疾病を世界的に認めた時代を迎えた。昔が良いとは必ずしも言えないが、『夏休み』(吉田拓郎)という曲歌で、「麦わら帽子・たんぼの蛙・きれいな先生・絵日記・花火・西瓜・水まき・ひまわり・・」と物語れていた時代が懐かしい。
臨床の現場でなくても、今子どもたちを育てている大人たちや、その上の世代の大人たちが、どれだけ自分の悩みや不安を、否、楽しみや幸せを子どもたちに言葉にして物語れるのであろうか。子どもたちに「ちゃんと言いなさい!」と糺す前に、私も含めて大人たちが自分の「言葉にできる力」について省みなければならない時代を迎えている。
令和3年3月 第837号 掲載「産業保健の話題(第235回)」
眼に関する話題あれこれ
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
冨宿 明子
(ヘルスサポートセンター鹿児島)
(担当分野:産業医学)
●VDTのガイドラインが新しくなり、なんと「VDT」の字面が消えた
2019年にVDTのガイドラインが新しくなったことにお気付きでしょうか。「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」という名称のガイドラインに生まれ変わりました。新ガイドラインにはVDTという字面はどこにもありません。ですので、労働衛生のしおりの目次を眺めながらVDT、VDT…とガイドラインを探しても、新ガイドラインは見つかりません。アルファベットだと見つけやすかったのに。残念です。
ガイドラインが新しくなった理由としては、スマホなどの情報端末が台頭したり、入力方法としてタッチパネルが台頭したり、といったことが大きかったようです。
新ガイドラインの内容をざっくりと掴むには「情報機器作業 ガイドライン パンフレット」で検索を。大きな字で全10ページの資料です。5分で読めます。
●放射線白内障を予防する法令が改正され、線量の限度が大幅に厳しくなる
水晶体が被曝すると白内障を来すことは有名ですが、従来考えられていた被曝量よりかなり低線量で生じるようです。2021年4月に新しい電離放射線障害防止規則が施行される予定なのですが、白内障の等価線量限度が年150mSvから20mSvへと大幅に低減されます。これは日常的に透視下でステントを入れたり骨折の手術をしたりする医療従事者にとっては簡単に超えてしまう数字らしいのです。「改正電離放射線 リーフレット pdf」で検索すると、全2ページの資料を見ることができます。
これから防護メガネ、防護板、防護メガネの内側で測るフィルムバッジのようなものなどが、どんどん普及してくるのでしょうね。
●実は立体視が苦手な先生、いらっしゃいませんか?
私は麻酔科医としても働いているのですが、最近は3Dモニタを使った腹腔鏡の手術を担当することがとても多くなりました。立体視の条件は、両眼の視力が良いこと・不等像視がないこと・恒常性の斜視がないことだそうですが、どうも私は3Dモニタを見るのが苦手です。外科の先生方は、いかがでしょうか?
タクシーの運転手(普通二種免許)やバスの運転手(大型・中型二種免許)のようにお客さんを乗せて走る場合や、第一種免許でも大型・中型・牽引免許では、深視力とよばれる立体視検査をパスする必要があります。他にも電車の運転手(動力車操縦者運転免許)やパイロット(航空身体検査)でも正常な両眼視機能が必要です。球技のスポーツ選手は法令上の規定はなくとも立体視機能がある方が当然有利でしょう。
どうも立体視が苦手だと感じたら、眼科を受診して左右の眼の見え方を整えていただくと良いでしょう。加齢で斜視角が増大して立体視機能が低下した場合は、斜視手術の良い適応だそうです。
また、3Dモニタの位置が近くなり過ぎると疲れやすいそうです。術者だけでなく、助手と3Dモニタの距離にもご配慮を。
令和3年2月 第836号 掲載「産業保健の話題(第234回)」
結核に関する2つの話題
鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
徳留 修身
(産業医、元・鹿児島市保健所長、元・結核予防会結核研究所疫学科長)
(担当分野:産業医学)
1.結核の化学予防(予防内服)の変遷
結核に最近感染したことが強く疑われる者に対して発病予防のために抗結核薬(通常はINH)の投与が行われてきた。対象者は発病者とは別掲で「初感染結核」と区分され、略号は「初」の文字を〇で囲み「マル初」と呼んだ。しかし、予防の対象者に公費で治療薬を投与することは法的な説明がつきにくいことから、「潜在性結核感染症(Latent Tuberculosis Infection:LTBI)を治療する」という考えに改められ、「初感染結核」の区分は廃止された。
公費による化学予防の対象は30歳未満とされていたが、2007年にこの条件は撤廃された。30歳以上ではINHによる肝障害のリスクが高まることが根拠とされていたが、発病予防効果を優先する考えに改められている。最近のわが国の統計では年間のLTBI新登録者の過半数を50歳以上が占めている。
結核患者が発生した場合、保健所により接触者健診の方針が示されることになる。職場や施設でQFTまたはT-SPOTにより感染が疑われる例に対し、医師はLTBIの届出について検討すべきであろう。保健所の意見を待たずに「経過観察」を指示するのでは発病を防ぐことにはならない。
2.結核罹患率と医療水準との関連
結核の蔓延状況に関する国際比較では罹患率(人口10万対)が10未満の場合「低蔓延国」とされ、米国(2018年の値は3)やヨーロッパのいくつかの先進国がこれに該当する。一方、WHOが指定する「結核高負担国、TB high burden countries」が「高蔓延国」とされアジア、アフリカ、中南米の大半の国がこれに該当する。日本の罹患率は年々低下しているが2019年の値は11.5で「中蔓延国」にとどまっている。「外国生まれ」の患者を除くと10をわずかに上回る値になるが、「低蔓延国」とされる各国では「外国生まれ」の割合が60〜70%に達している。
古代から人類とともにあった結核は、産業革命、人口の都市集中に伴い爆発的に感染が拡大した。しかし労働環境、居住環境、食生活などの改善に伴い死亡率は低下を続ける。英国については1830年代以降の年齢調整死亡率が示されており、一貫して低下傾向が続いている。ピークを過ぎて数十年以上のちに結核菌が発見され(1882年、コッホ)、20世紀に入ってストレプトマイシンによる化学療法の導入(1940年代)、BCGによる予防接種(1950年代)と続く1)。低蔓延国の結核はピークから200年前後経過しており、既感染者の割合も低いという特徴がある。罹患率や死亡率の低下は必ずしも医療水準を反映しないという好例である2)。
日本でもその後工業化、人口の都市集中を迎え、結核の蔓延を経験するが、死亡率のピークは20世紀に入った1918年で、欧米諸国に100年以上遅れた。日本では結核が死因の1位であった時代(1950年まで)を経験した世代が高齢者となった現在も多く生存し、既感染者として内因性再燃、発病、そして感染源となる危険性を有している。
小児結核は順調に改善したが3)、当面は高齢者の発病が日本の結核の状況を大きく左右すると思われる。高齢者の人口割合が世界のトップであることも日本の結核を特徴づけている。
参考文献
1)McKeown T : The Role of Medicine,Basil Blackwell Ltd, Oxford, UK, 1979
2)徳留修身:(視点)21世紀に向けての地域保健,公衆衛生, Vol. 64, No.1 2000年1月
3)徳留修身:結核サーベイランスからみた若年者結核,結核, Vol.70, No.9, 1995年9月
「産業保健の話題(第233回)」