お知らせ

26年 バックナンバー

こころと体の健康管理:健診と検診

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  堀内 正久
(担当分野:産業医学)

 
  この6月の国会で、労働安全衛生法が改正され、心理的な負担の程度を把握することを目的としたストレスチェックの施行が義務付けられた(50人未満の事業場はしばらく努力義務)。約2年間の猶予期間が設けられているが、遅くとも平成27年末には、事業場に導入されることになる。
  平成20年に、基本健康診査が特定健診になった時以上に大きな変換点とも言える。ただ、実際の産業保健現場を考えると、体の健康管理とともに、こころの健康管理が必要なことは、昨今のメンタルヘルス不調者の増加が如実に示している事実でもある。実際の方法は、現在でも広く使われている職業性ストレス簡易調査票のすべてあるいはその一部が、用いられるのではと考えられている。
  一度、この調査票を眺めておいて、どのような項目が質問項目となっているか知っておくことも、これからの導入にあたっての準備になるのではと思う。
http://www.tmu-ph.ac/topics/pdf/questionnairePDF.pdf
   このストレスチェックの導入にあたって、今一度、健診と検診の違いを考えてみたい。健診は、健康度を評価するという意味で、検診は、ある特定の疾患を検出するという意味で行われると理解をしている。このストレスチェックは、どちらの意味合いが強いのだろうか。一般論としては、やはり、うつ病やメンタルヘルス不調者を検出するという目的で行われようとしているとすれば、「検診」の文字が妥当なのかもしれない。しかし、こころの問題だからこそ、「健診」の考え方で、対応されるべきではないかとも考える。つまり、「こころの健康状態」を毎年評価することで、その方の職場適応や人間関係の良好性を評価できればと思う。
  確かに、改正の文言にも、「心理的な負担の程度を把握することを目的」とすると記載されている。体の状態とは異なり、年々、機能が低下していくものではないという考え方もあるので、経年的にこころの状態を評価することに無理があるという考え方もあるように思う。ただ、あえて、こころの問題を、病気を見つけるという疾患探しにすることなく、こころの健康度を評価するという立場をとることで、ストレスチェックに対する受診者の方々の協力を頂けるようにも思う。
  改正された労働安全衛生法によれば、ストレスチェックが導入され受診者の希望に応じて面談を実施するとされている。そうなると、面談を希望されないが、得点が著しく低い方をそのまま放置しておいてよいのか疑問が残る。面談を希望される方のみならず、明らかに異常を示す方に対しては、何らかの対応を行っても良いのではないかと思う。その時に、うつ病を発見するという姿勢よりも、昨年と比べて、どうして心の健康度が低くなったのかを問いかける姿勢であれば、受診者には受け入れられるのではないかと考える。
  これから、ストレスチェックが、実際に現場に導入され、産業医としてどのような対応が良いのか、試行錯誤しなければならない時がもうすぐやってくる。


平成26年12月 第762号 掲載
「産業保健の話題(第160回)」

大学・短大における障がい学生対応

鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員  岡村 俊彦
(担当分野:労働衛生工学)

 
  「大学・短大」というくくりは「産業保健」とは若干ずれるかもしれないが,教育も産業の一つとこじつけ,近年の大学における大きな課題を取り上げてみたい。
  ここ数年,大学や短期大学といった高等教育機関では障害学生対応が大きな課題となっている。所属する短期大学では学生部長という職についているが,他大学との会議では必ずといっていいほど障害学生対応が議題にあがり,各校ともその対応に取り組むようになってきた。少子化と大学過多により,受験者のほとんどが合格できる大学が増え,結果的に多様な学生を受け入れることとなっている。いくつかの会議で話を聞いた限りでは県内,県外を問わず,すべての大学で心身の障害を持つ学生がおり,その数は確実に増加している。また,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が制定(平成28年4月施行)され,大学においては合理的配慮が義務付けられるようになる。バリアフリー化など身体面については,一定の対応が確立されているものの,急激な増加が見られるメンタルヘルス不全に対しては多くの大学で手探り状態といわざるを得ない。

  大学の抱える問題の一つとして,教職員の理解不足があげられる。大学の講義に出ない,ゼミでの質疑応答ができない,といった学生は,かつてはただサボっているとかダメなやつ,ということで片付けられていた。しかし,多様な学生を受け入れている現状では,実はそのような学生が発達障害などのメンタルヘルスに問題を抱えている場合も珍しくない。大学教員は専門教育・研究だけではなく,障害学生に対する正しい知識を身につけることが求められてきている。
  高校までと違い,大学では関わる教員数の多さも対応を難しくしている。私の短大の1年生は週に15コマ前後の授業を受けているが,ほとんどが異なる教員の授業となる。短大2年間で約30人の教員の授業を受講することになり,非常勤の教員も多く含まれる。そのため,学生相談などの担当者が障害学生を把握しても,どの範囲にどこまで周知するかを考えねばならない。本人や保護者の同意内容が基本とはなるであろうが,慎重な対応が必要となる。場合によっては周囲の学生に一定の理解を求めなければならないこともある。

  このような状況の中で,大学はFD活動(Faculty Development:研修などによる教員の質向上の活動)や障害学生支援規定の整備など,さまざまな組織的対応を始めつつある。就学はもちろん,入学,学生生活,就職活動といった幅広い対応をおこなっている大学も増えている。これらの取組により,かつては大学進学そのものが困難であった者が,持てる能力,資質を伸ばす機会が増えるなら,本人はもとより,社会にとっても大きなメリットになるといえよう。当然ながら,医療関係者や臨床心理士などの役割も増え,大学との連携が重要になっていくであろう。


平成26年11月 第761号 掲載
「産業保健の話題(第159回)」

いわゆる「健康経営」と産業保健

鹿児島産業保健総合支援センター 所長 草野 健
(担当分野:産業医学)

 
  日本政策投資銀行が世界で初めて「健康経営格付」を実施して以来、「健康経営」が各方面で話題になっています(「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標)。同研究会は「健康経営」を「従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで従業員の健康の維持・増進と会社の生産性の向上を目指す経営手法」と定義しています。  
  欧米における先行研究の結果、従業員の健康関連コストの構造を分析すると、医療費・薬剤費等の直接費用、病気休養、短期および長期障害等によるコストは全体の約三分の一に過ぎず、プレゼンティーズム(Presenteeism)と称される「職場には出勤しているが業務能率が低下している状態」によるコストが最大である(全体の約6割)、との結果が得られたとのこと。メンタル障害が大きな課題として取り上げられている我が国でも同様の結果と考えられます。

  我が国では安衛法により事業者に労働者の健康管理義務を課していますが、健康管理活動は直接には企業利益に関与しないため、法に規定された最低限の健康管理のみとしている企業が少なくありません。一方、「健康経営」では、従業員も重要な資源としての投資対象であるとの考えに立ちます。先述したプレゼンティーズムによる損出を減少させる上から、従業員自身の健康管理意識の向上と事業者の健康投資の双方向性の健康管理推進により、健康阻害要因低減対策を実施します。企業が「健康経営」に積極的に取り組むことにより、健康関連コストの低減だけでなく、生産性向上、従業員の創造性の向上、企業イメージの向上等に加え、リスクマネージメントもその効果を発揮しやすくなります。  
  こうした活動を効果的・効率的に推進するためには、医学の知識や技術が必須です。既に我が国の一部の大企業では、会社内の産業保健部門(専属産業医や産業保健師等)を中心に経営陣と協議しながら「健康経営」に取り組んでいます。これは日本政策投資銀行が「健康経営格付」により融資条件を優遇するようにしている所為でもあります。  

  各種の管理と規制が増大・強化している現代の社会では、心身両面のストレスが増加し続け、狭い意味の職業性疾患のみでなく生活習慣病のリスクは年々高まっています。健康阻害要因が多い事業場ほど健康関連コストが増大することから、健康リスクと企業リスクは直結していると言えます。「健康経営」の目的は、より効果的・効率的産業保健活動を実施することで、従業員・経営陣双方の心身両面の健康の維持・増進により健康な企業(=ヘルシーカンパニー)を実現することにあります。
  産業保健スタッフの役割は、個々の従業員の健康管理・疾病管理だけでなく、事業場全体の健康、即ちヘルシーカンパニーの実現に向けた支援の中心的存在になり、社会環境病と生活環境病の二つの視点から健康管理による経営的効果が期待できる対策を立案・提起し、その実施を支援することになります。
  「健康経営」が効果を発揮できるか否かの鍵は、産業保健スタッフ特に産業医にあると言えます。


平成26年10月 第760号 掲載
「産業保健の話題(第158回)」

労働安全衛生法の改正(ストレスチェック制度)について

産業保健相談員 冨永 秀文
(担当分野:メンタルヘルス)

 
  うつ病が国の国家戦略の5疾病に指定され、国が対策をとるべき重要な疾病と認定されたことは周知のことと思います。このことは言い換えれば国がうつ病による経済損失の大きさを認め、予防や早期発見に力を入れる必要があると判断したということです。
  そして労働安全衛生法では50人以上の事業所ではストレスチェックを義務化し、50人未満事業所でも当分の間、努力義務とする改正が予定されています。このことは産業保健の歴史において大きな意義のあるものといえます。  
  さて、近年過労死や自殺に関する労災申請件数と認定件数の割合も年々増加しています。また過重な超勤、サービス残業、残業代未払いなどは日常の話題となっています。「ブラック企業」も今はやりの現代用語に選ばれそうな勢いです。その中でストレスチェックが義務づけられることは大きな前進といえます。  

  それではストレスチェックの意味と問題点あるいは課題について述べたいと思います。意味としては4つのケアでいえばセルフケアが基本であり、自分のストレスに気づくことが肝要ということです。そしてストレスが大きいと判定された人は医師や産業保健スタッフと面接することが出来ます。しかし面接を希望しない人も多いと予想されます。  
  県民総合保健センターでは数年前より一般健診の中で国の案より詳しいストレスチェックをオプションとして行っています。そしてストレスが重度と判定された人に精神科、心療内科への紹介状を出すシステムを作っていますが、実際に受診する人の割合は少ないという課題があります。  
  身体疾患、例えば消化性潰瘍、糖尿病、胸部X-Pの異常所見があれば9割の人は精密検査を受けると思われます。一方精神疾患の場合は1~2割しか受診していないということです。この受診率の低さはストレス状況は自覚しているという人や精神科を受診することへの心理的抵抗感のある人も多いからではないかと思います。
  しかし相談したり受診することにより超勤の制限、業務内容の変更、配転や転勤なども医師の意見により実現される可能性も充分あるので、むしろ相談や受診の割合を上げていく必要があると考えます。

  なにはともあれ、ストレスチェック制度が安衛法に義務付けられたことは産業保健の歴史上、メンタルヘルス対策の大きな一歩であると考えます。


平成26年9月 第759号 掲載
「産業保健の話題(第157回)」

労働安全衛生法の改正

産業保健相談員 小田原 努
(担当分野:産業医学)

 
  今年6月まで行われた第186回通常国会にて、労働安全衛生法の一部改正が可決、成立しました。主な内容は、1.化学物質による胆管がんの発生などを鑑み、化学物質管理のあり方を見直すこと、2.精神障害の労災認定が増加するなど職場のストレスによるメンタル不全者の増加を背景にストレスチェック制度の創設を行うこと、3.受動喫煙防止対策の推進、4.重大な労働災害を繰り返す企業への対応、5.外国に立地する検査機関等への対応、6.建設物又は機械等の新設等を行う場合の事前の計画の届出など規制・届出の見直し等が決定されました。
  ここ2~3年話題になっていましたストレスチェック制度の創設ですが、1年6か月以内に施行することとなっています。労働者の心理的な負担の程度を把握するために、医師、保健師等によりストレスチェックを行い、検査結果の通知を受けた労働者は希望に応じて医師による面接指導を行うこととなっています。検査結果は労働者の同意を得て事業者に通知されることとなっており、労働者の意向が尊重される仕組みになっております。面接の申出を受けた事業者は、医師に面接の実施を依頼し、医師の意見を聴いたうえで、必要に応じ作業の転換など就業上の措置を講じることとなっています。

  このストレスチェック制度には専門家からも多くの疑問が投げかけられていました。まずかなり多くの偽陽性者が出る可能性があることです。一般に質問紙の精度は感度、特異度で表されます。感度とは陽性と判定されるべきものを正しく陽性と判定する確率のことで、一般的には70~80%もあれば良い質問紙とされます。特異度は陰性のものを正しく陰性と判定する確率のことで、これも70~80%ぐらいが限界とされています。例えばここで感度、特異度ともに80%の質問紙を使って1000人の企業で調査したとします。メンタル不全者が1%、10名いる企業としますと、感度80%ですので、10名のうち8名が陽性となります。990名は陰性なのですが、特異度80%ですので、990名×0.8=792名しか陰性になりません。残りの198名は偽陽性となってしまいます。結果的に1000名の企業で、感度、特異度ともに80%の質問紙を使うと 206名が陽性となってしまいます。面接対象者が206名でそのうち8名しか真の陽性でないことになり、かなり手間のかかる面接となってしまいます。
  このように、陽性率がかなり高くなること、また一般に自発的面接を希望する従業員はそれほどいないのが実情であり、ストレスチェックの結果を産業医が目を通し、面接を勧奨するなどいろいろな対策が検討されているようです。
  今後細かな点が決定されていくと考えられますが、産業医側も受け入れ体制の整備が求められ、今後の動向には注意深く気を付けていく必要があると思われます。


平成26年8月 第758号 掲載
「産業保健の話題(第156回)」

産業口腔保健

産業保健相談員 松下 幸誠
(担当分野:産業医学)

 <虫歯の日>
  6月4日は、「虫歯予防デー」(口腔衛生週間)といっても今や陳腐化した言葉に聞こえます。歯科公衆衛生活動は当然ながら長年、う蝕を対象としてきました。戦後の高度経済成長にともなう食生活の変化(砂糖摂取量の増加)が大きな影響を与えたと言われるう蝕の大量発症は「むし歯洪水」とまで表現され社会問題化しました。このような背景もあり様々な取組みが行われ、特に学校現場でのう蝕予防活動は学校保健における教育の一環としてほぼ定着しました。う蝕はDMF歯数という、う蝕の経験歯数で罹患状況を表します。「健康日本21」では12歳の1人平均DMF歯数を2010年までに1歯以下にすることを目標にかかげました。「平成25年度学校保健統計調査 」(文部省)によれば、12歳の1人平均DMF歯数は1.05本(昭和59年度歯科疾患実態調査4.75本)となっています。これも歯科医師会をはじめ学校関係者の努力のたまものと言えます。そのため、歯科の公衆衛生活動は歯周病や口腔ケア、残存歯数と健康度、口腔がん、歯列・咬合育成などの分野へと移りつつあります。

<ライフステージごとの口腔保健>
   ライフステージを考えた口腔保健は、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健(老人保健)と分けることができますが、その活動がもっとも欠落した部分は産業保健です。う蝕や歯周病の疾患特性を考えると治療よりも早期のリスク管理がその歯の延命につながりますので、人生においてもっとも長い歯科保健の空白期間が存在することは健康寿命延伸の面からも憂慮すべきことです。なぜ、このような状況が起こるかは、法的側面も大きいと言えます。労働安全衛生法においては、強酸類取り扱い者に対する健康診断は存在していますが、一般の歯科健康診断はその中には含まれておらず、事業者の努力義務の形で、指導すべき項目の一つに「口腔保健」という言葉がみられるのみです。

<健康管理、QOLにおける口腔保健>
   近年、健康管理には口腔保健がかかせないという気運もたかまり、職域のリーダーたちの目も向きつつありますが、健診サービスを行う側の態勢にも不備がみられ必ずしもうまくいっていません。本来、事業者や労働者にとってう蝕や歯周病はあまり重要なものとは認識されていないこと、事業所は利益追求の場であり疾病を見つけて勧告するだけでは費用便益に何の効果ももたらさないなどの実際にそれが対応していないことも原因でしょう。リタイヤ後の歯科疾患のほとんどが職域に所属していた時期に起因しているため、職域保健は欠かせないものであるはずです。近年、口腔保健の充実は、医療費削減に一役買っているデータもでてきました。療養費増大に神経を尖らす健保組合等は、このことに当然、注目しはじめています。
◆歯周疾患レセプトがある患者で糖尿病レセプトのある患者の割合  25.1%(60〜69歳)
歯周疾患が無い歯科レセプトがある患者で糖尿病レセプトのある患者割合  15.6%(60〜69歳)
◆歯科健診実施A社医療費3%減、B社23%減。歯科健診任意受診C社24%増(H7年度〜H23年度)
(テンソー健康保険組合)
◆残存歯数0本の高齢者の診療費は25本以上の高齢者の診療費に対して月に1万円以上多かった。
(兵庫県歯科医師会とWHO神戸センター)
◆ 残存歯数20本以上の70歳以上高齢者は、4本以下のそれに比べ全身疾患関連診療費が37%少ない。
(道国民健康保険団体連合会)  

<産業歯科保健の歯科医師会をはじめとする関係団体への提言>

1.歯科疾患の特性を鑑み「治療管理」の保健活動から脱却し、「健康管理」を主体とする産業口腔保健活動を展開する。
2.職域の特殊性を理解し、労働者と事業所に還元されるような健診事業の展開と啓発活動を行う。
3.産業口腔保健活動は、広く国民の健康に寄与するというデータの蓄積や啓発活動、行政や関係機関への働きかけを積極的に行う。


平成26年7月 第757号 掲載
「産業保健の話題(第155回)」

「広汎性発達障害」から「自閉症スペクトラム障害」へ

産業保健相談員 久留 一郎
(担当分野:カウンセリング)

  DSM-5(米国精神医学会)が2013年5月に改定された。今まで出版してきた臨床心理学系のテキストなどを書き換えねばならなくなり、ちょっと大変な状況にある。

  DSM-Ⅳにおいて、「広汎性発達障害(PDD)」では単位障害(1.自閉性障害、2.レット障害、3.小児期崩壊性障害、4.アスペルガー障害、5.PDDOS)として1から5までの表記があった。DSM-5(“Ⅴ”ではない)においては単位障害の表記はなくなり、「自閉症スペクトラム障害」として一括する表記になった。更に、DSM-Ⅳでは「自閉性障害」は3因子モデル(①対人的相互反応の質的障害、②コミュニケーションの質的障害、③限定的・反復的・常同的行動)で構成されていたのが、DSM-5では「自閉症スペクトラム障害」という2因子モデル(①社会的コミュニケーションの障害、②常同的・限定的な行動)に改定された。

  因みに、スペクトラムという用語は、物理学におけるスペクトルという概念からきているといわれる(「混ざり合ったものを区分する」という意味があるらしい)。 
  ロンドン大学・精神医学研究所 L. Wingらは、「連続体、分布範囲」を意味する「スペクトラム(spectrum)」の概念を用い、「広汎性(発達障害)」というあいまいな名称から「自閉症スペクトラム障害」という呼称名を用いた.
  ところで、日本では、虹は「七色」に見えるといわれるが、英、米では6色、フランス、ドイツでは5色に見えるという。虹は科学的にはスペクトラムで説明できるが、国(精神文化)によっては見える色の数が異なることになる。だとすれば、日本的自閉症スペクトラム障害があるのかもしれないなどとこの「悩ましい障害」に悩んでいる。  
  今から30年ほど前、ロンドン大学精神医学研究所でマイケル・ラター先生にお会いした時、「日本では“自閉傾向”という用語が使われているが、どう思われますか?」と訊いたことがある。しばらく沈黙された後、「その用語はやがて無くなるでしょう」と答えられたことが、今、鮮やかに蘇えってくる。

  さて、ICD-11が2015年ごろ公刊されると聞いているが、どのような改定になるのか、強い関心を寄せつつ、気懸かりでもあり、楽しみでもある。


平成26年6月 第756号 掲載
「産業保健の話題(第154回)」

第12次労働災害防止計画

産業保健相談員 橋口 良紘
(担当分野:産業医学)

  「働くことで生命が脅かされたり、健康が損なわれるようなことは、本来あってはならない。」という概念のもとに、「誰もが安心して健康に働くことが出来る社会」の実現を目指して、労働災害防止計画を策定しています。労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計画です。始まりは、昭和33年に「産業災害防止総合5ヵ年計画」が策定されたのが最初で、平成25年度から29年度の5年間は第12次計画の期間です。
  第12次労働災害防止計画の全体的目標は次のようになっています。

  • ① 労働災害による死亡者数を平成24年の15%以上減少させる。鹿児島県では、平成24年の死亡者数は17人でしたが、各年15人以下にするとしています。
  • ② 平成29年度までに、労働災害による死傷者数(休業4日以上)を平成24年の15%以上減少させる。鹿児島県の平成24年の死傷者数は1,701人でした。

  全国では、労働災害は長期的には減少し、平成23年の死亡者数は1,024人で過去最少になっていますが、依然として建設業、製造業が半数を占めています。死傷者数は117,958人で2年連続増加しており、第3次産業での増加がめだっています。特に社会福祉施設は過去10年で2倍以上になっています。
以上の現状を踏まえ、三つのポイントを置いた施策を定めています。

  • ポイント① 重点対策ごとに数値目標を設定し対策を展開する。
  • ポイント② 第3次産業を最重点業種に位置づけ、特に災害の多い「小売業」「社会福祉施設」「飲食店」に対する集中的取り組みを実施する。
  • ポイント③ 依然として死亡災害の半数以上を占める建設業、製造業、林業に対して、「墜落・転落災害」「機械による挟まれ・巻き込まれ災害」「飛来・落下災害」の防止に重点的に取り組む。

  その他、労働衛生面での数値目標は次のようになっています。

  • ① メンタルヘルス対策;数値目標「メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上にする。」
      これは、平成22年に閣議決定された新成長戦略で平成32年には必要な労働者すべてが、メンタルヘルスケアに関する措置を受けられる職場にするとされているのを受けて、29年度の目標を80%以上としています。ちなみに厚生労働省の労働安全衛生特別調査では平成23年はメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合は年々上がっては来ていますが43.6%に止まっており、鹿児島労働局が自主点検結果から推計した鹿児島県内でメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合は47.5%となっています。
  • ② 過重労働対策;数値目標「週労働時間60時間以上の雇用者割合を30%以上減少させる。」総務省統計局の労働力調査によると、週労働時間60時間以上の雇用者割合は平成16年から減少して、平成25年では8.8%となっていますが、いまだに479万人を数え、特に30歳代が多くなっています。
  • ③ 化学物質対策;数値目標「危険有害性の表示と安全データシートの交付を行っている化学物質製造者の割合を80%以上にする。」 厚生労働省の労働環境調査によると、平成18年時点で、MSDSが添付されている割合は65.7%です。
  • ④ 腰痛対策;数値目標「社会福祉施設の腰痛を含む死傷者数を10%以上減少する。」 鹿児島県の社会福祉施設における腰痛の死傷者数は、平成24年は63人で平成23年と比べて18人増加しています。 また、平成24年の鹿児島県の社会福祉施設における死傷者数は128人で、平成14年の34人の4倍近くに増加しています。
  • ⑤ 熱中症対策;数値目標「5年間合計の熱中症による死傷者数を20%以上減少する。」 平成24年までの鹿児島県の5年間合計は19人でした。
  • ⑥ 受動喫煙対策;数値目標「受動喫煙を受けている労働者の割合を15%以下にする。」インターネットでの調査によると、現場で受動喫煙を受けていると答えた労働者は、平成19年は65%、平成23年で44%でした。

平成26年5月 第755号 掲載
「産業保健の話題(第153回)」

平成24年度脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況まとめについて

産業保健相談員 前田 雅人
(担当分野:産業医学)

  平成25年6月21日に表題の労災補償状況が厚生労働省から発表されました。注目すべきは,うつ病や仕事上のストレスなどが原因となっておこる精神障害の労災認定(支給決定)件数が475件(前年度比150件増)と大幅に増え,過去最多となったことです。この背景には長引く不況による職場環境の悪化,対人関係トラブルの増加などがあると思われますが,それ以外に審査の迅速化を図るために厚労省が導入した新たな基準の影響が大きいと思われます。その基準では心理的負荷評価表を策定し,「強」「中」「弱」の具体例を記載,「発症前6か月の間に2か月連続で月120時間以上の残業をした場合」もしくは「3か月連続で月100時間以上の残業をした場合」などを「強い」心理的負荷となる時間外労働時間数として明確にしています。また心理的負荷をまねいた「特別な出来事」の「極度の長時間労働」についても「月160時間程度の時間外労働」と明示,「強」の心理的負荷と合わせ,精神疾患になった場合に労災認定され易くなりました。

  さて平成24年度の精神障害の労災認定の内訳をみますと,業種別(大分類)では「製造業」93件,「卸売業,小売業」66件,「運輸業,郵便業」「医療,福祉」ともに52件の順に多いようです。しかしながら中分類では「医療,福祉」の「社会保険・社会福祉・介護事業」33件が最多となっています。「医療,福祉」の「医療業」も18件あり,我々の業種の過酷さがうかがわれる結果となっています。職種別(大分類)では「専門的・技術的職業従事者」117件,「事務従事者」101件,「サービス職業従事者」57件の順に多く,また中分類では「事務従事者」の「一般事務従事者」が65件と最多,次は「専門的・技術的職業従事者」の「情報処理・通信技術者」30件でした。年齢別では「30~39歳」149件,「40~49歳」146件,「20~29歳」103件の順であり,働き盛りの中堅どころに多くみられています。出来事別では,「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」59件,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」55件,「悲惨な事故や災害の体験,目撃をした」51件の順でした。

  鹿児島県については,精神障害の請求件数は10件,うち労災認定件数は1件のみでした。 一方「過労死」など脳・心疾患の労災補償状況をみると,請求件数は842件で,前年度比56件の減と3年ぶりに減少しています。請求に対する労災認定件数は338件と前年度比28件の増であり,2年連続で増加しています。業種別(大分類)では「運輸業,郵便業」91件,「卸売業,小売業」49件,「製造業」42件の順に多く,「製造業」は精神障害の労災認定では最も多かったのですが,脳・心疾患となると少なくなるようです。また中分類では「運輸業,郵便業」の「道路貨物運送業」71件が最多です。次が「建設業」の「総合工事業」22件ですので,「道路貨物運送業」の多さが際立っています。職種別(大分類)では「輸送・機械運転従事者」86件,「専門的・技術的職業従事者」62件,「販売従事者」39件の順に多く,また中分類では「輸送・機械運転従事者」の「自動車運転従事者」83件が最多でした。次が「販売従事者」の「営業職業従事者」の21件ですので,「自動車運転従事者」は特に注意が必要であることがわかります。年齢別では「50~59歳」118件,「40~49歳」113件,「30~39歳」56件の順に多い結果でした。精神障害にみられた年齢構成よりも上であるようです。
   鹿児島県については請求件数11件,うち労災認定件数は6件でした。  

  以上,平成24年度の脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況を報告しましたが,それぞれにおいて労災認定を受けた業種,職種,年齢に傾向があるようですので,職場巡視等,産業医活動の際には御留意ください。


平成26年4月 第754号 掲載
「産業保健の話題(第152回)」

ウツとジタン

特別相談員 大迫 政智
(担当分野:メンタルヘルス)

  ルパン三世やジョン・レノンの吸っている煙草は『ジタン(Gitanes)』。フランス映画では、しばしば目にする。だが今日の話題は『ジタン(時短)』。正式名称は『労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法(略称「時短促進法」)』。1980年代、日本の対外貿易黒字拡大に伴う貿易摩擦(日本人の働き過ぎへの非難)を契機に、1992年「年間労働時間1800時間の達成」を目標に制定された。その後一転、日本経済は不況が長期化した。リストラにより正社員は減少していったが、年間総実労働時間も1958時間(1992年)、1841時間(2002年)、1777時間(2009年)と減少した。正社員が減少し一人当たりの労働量は増えたはずなのに、総実労働時間が減少した原因は、「サービス残業」の増加と「非正規従業員」の増加にあるのであろう。つまり、正社員は実際には働き過ぎに近いのに、見かけ上の総実労働時間は減少した。結果として目減りした実収入は補填せねばならないし、就労意欲を持つ既婚女性は増加していたし、というわけで主婦労働者が増加した。それに伴い「時短関連グッズ」(お掃除ルンバ等の時短家電、冷凍食品等の時短レシピ、等々)の売れ行きが伸びた。時短レシピが増えると「メタボ」が増え、給与水準の低い非正規従業員が増えて結婚できない「単身者」が増えた。(婚活事業者とメタボ関連業者は売り上げを伸ばしたという)  

  精神医学の世界では、ちょうどその頃から「奇妙なウツ病」が話題に上るようになっていた。会社ではウツウツとしているのに家に帰るとゲームに超熱中している、休職期間中は元気だからと復職させると途端にウツ状態に陥る等、教科書には決して載っていない「奇妙なウツ病」であった。「逃避型ウツ病」「非定型ウツ病」「未熟型ウツ病」等と記載され、臨床の注目度も次第に高まった。  
  「従来型ウツ病」は、きまじめな人が頑張り通したあげく精神的に疲弊して、ウツ状態を発症することが多いとされてきた。そして、「やる気のない自分はだめな人間だ」と『自責的』になり、睡眠・食欲の悪化も加わり次第に自殺念慮も高まっていく。だから早期に発見して、早期に十分な休養と薬物療法を施行することが回復に重要とされてきた。これに対する「新型ウツ病」の特徴は、「生真面目」さに乏しくむしろ『他罰的』なところで、これらに起因して適応障害を生じたものと理解されている。その治療には薬物療法だけでは不十分で、対人関係能力向上のための精神療法や環境調整が必要とされている。

  『新型うつ病』は、『時短』の時代――『成果主義』や『リストラ』など――を背景にして、あたかもそれらに背を向けるようにして現れたかの如くに見える。メンタルヘルス関連疾患は時代の影響を強く受ける、と良くいわれるところだが……。とすると、「新型ウツ病」が増加しつつあるこの時代から私たちは、メンタルヘルスのメッセージとして何を学ぶべきなのだろうか。何を学ぶことができるのだろうか。


平成26年3月 第753号 掲載
「産業保健の話題(第151回)」

慢性腎臓病(CKD)予防プロジェクトの試み

基幹相談員 堀内 正久
(担当分野:産業医学)

 本年の4月から、鹿児島市において、慢性腎臓病(CKD)予防プロジェクトが開始される。鹿児島市の取り組みであるが、鹿児島県においても鹿児島市の取り組みを基盤とし実施予定ということもあり、県医師会報での記述をご了解いただきたい。また、鹿児島市のプロジェクトは、先行する熊本市や大分市とは異なり、国保のみならず協会けんぽの積極的な参加があり、職域健診の充実化という要素も大きな位置を占めており、産業保健の話題となる理由でもある。医療の領域では、CKDにおける病診連携の充実化が骨格となり、かかりつけ医と腎臓診療医(鹿児島市では、腎臓専門医と透析医の希望者で、研修を受けていただいた後、登録となる)のコミュニケーションが円滑に行われる必要がある。また、前述したように、保健の領域では、特定健診や職域健診で異常があった方の事後措置ということで、しっかりした受け皿体制が求められる。そのような状況の中、本プロジェクトには、医師のみならず、保健師、薬剤師、栄養士の方々、また、国保や協会けんぽの責任者の方にも参加いただいている。健診やかかりつけ医のレベルで対象者の見極めが従来よりも円滑に行われることが期待される。見極められた対象者が、腎臓診療医の助言の元、適切な介入が行われることも期待される。そのためには、必要に応じて、栄養や保健指導など、それぞれの専門家が健診機関や医療機関を支援するという体制が必要であろう。形を整える準備はできつつあり、CKD予防プロジェクトに対する期待感も個人的には増しているが、以下のような現状があることを認識する必要がある。市民の方、また産業医講習会を受講された医師の方に、CKDの認知度を測るためのアンケートを実施した。その結果、市民の方1%、医師の方30%程度の認知度であった(市民の方:メタボリック症候群の認知度は90%以上。医師の方:eGFRの診断意義を質問)。まずは、知って頂くところから始める必要があるようである。職域健診においては、事業主の方の意識を高めてもらい、クレアチニン測定を始めとする腎機能評価に理解をして頂けるかどうかが鍵になる。また、健診受診率は、決して高い状況ではなく、保健や医療の中に全く入って来ない労働者の方も多くいる。むしろ、CKD予防プロジェクト開始を契機に、健診の有用性をアピールし、未受診者の方が健診受診を考えてくれればと願っている。健康障害が、業務と直接の関連性が乏しい場合も、「労働者の方が健やかに働ける」という視点のもと、健康管理を行うことが求められている。CKD予防プロジェクトが職域健診を巻き込んで実施される鹿児島市の取り組みは、そのような考え方の延長線上にあると考えられる。


平成26年2月 第752号 掲載
「産業保健の話題(第150回)」

石綿の職業上曝露について

特別相談員 米倉 隆治
(担当分野:産業医学)

  粉じんによる疾病の防止については、じん肺法、粉じん障害防止規則などに基づく予防対策がとられてきました。その結果 じん肺全体としての新規有所見者は年々減少傾向にあります。ところが、石綿による疾病に関しては、今後しばらくは増加していくものと考えられています。
  石綿が肺癌の原因となりうることを1938年にすでにドイツの新聞が公表しています。ドイツ政府はすぐに対応し、石綿工場への換気装置の導入、労働者に対する補償を義務化しました。しかし、残念ながら戦時中のことだったため、第二次世界大戦後は無視されてしまったそうです。それでも 1970年代にはいると人体や環境への有害性、発がん性などが問題となり、日本においても1975年9月に吹き付けアスベストの使用が禁止されました。そして、2004年には石綿を1%以上含む製品の出荷が原則禁止となりました(2006年には同基準が0.1%以上へと改定されています)。
  石綿を原因とする疾患である胸膜中皮腫、石綿肺、肺癌などの潜伏期はおよそ20年以上といわれ、石綿が禁止された時期を考えると今後もそういった疾患が増加していくものと予想されています。 一方石綿による胸膜の限局性肥厚であるプラークはそれ自体に病的意義はあまりありません。しかし少量の石綿曝露でも生じるため、職業上での低濃度曝露者、家族、一般住民にも所見は出現し、石綿曝露の客観的な良い指標とされています。その発生には最短で10年、通常15~30年かかるといわれています(石灰化の出現は20年以上を要します)。

  今から30年位前の事ですが、画像診断の教科書にすでに胸膜プラークのCT所見が提示されており、『プラークの所見をみたら、石綿によるものである』と記載されていました。そこでこういった所見を示した患者さんたちに、石綿を取り扱った職歴はないか聞いてみましたが、Yesと答えた方は誰一人としていませんでした。そのため、教科書に書いていることは間違いではないかと私自身考えたくらいです。ところがその後、石綿は耐摩擦性、耐熱性・断熱性、絶縁性、耐薬品性などに優れているため、断熱材・防火材などの建設資材、自動車や鉄道車両のブレーキパッド・クラッチ板、煙突・排気管・水道用高圧管、パッキング・ガスケット、ボイラーの被覆などたくさんの分野で使用されており、それらの切断、加工・補修・解体などに携わっていると、直接石綿を扱っていなくても吸入してしまうことがわかりました。石綿の職歴を否定した患者さんたちにそういったことまで聞いていたなら、ちゃんと石綿曝露の既往が判明していたのでないかと思います。


平成26年1月 第751号 掲載
「産業保健の話題(第149回)」