21年 バックナンバー
管理濃度の設定と見直しについて
特別相談員 青山 公治
(担当分野:産業医学)
管理濃度の設定と改正
最近、労働者の健康障害発生のリスクが高いとされるホ ルムアルデヒド(平成20年3月適用)、ニッケル化合物と砒素及びその化合物(平成21年4月適用)について新たに管理濃度が設定された。また、すでに作 業環境測定の対象になっている12物質について疫学調査等により新たに得られた知見に基づき、管理濃度の見直しが行われ、そのうち11物質が改正された (平成21年7月適用)。例えば、トルエンの50ppmが20ppmに、トリクロルエチレンの25ppmが10ppmと濃度が下げられた。
許容濃度と管理濃度
産業現場では、有害物質の健康障害防止の目的により、 それらの濃度などの基準として許容限界値(許容濃度等)が設定されている。許容濃度の定義は、「労働者が1日8時間、週40時間程度、肉体的に激しくない 労働強度で有害物質に曝露される場合に、その平均曝露濃度がこの数値以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃 度」とされている。一方、管理濃度とは、労働安全衛生法第65条の作業環境測定基準に基づく作業環境測定の結果を評価する際の基準値である。前者が「個の 評価」の基準値であるのに対して、後者は「場の評価」に用いられることで区別しておかなければならない。管理濃度は、その物質の許容濃度や測定技術の可能性等を考慮して設定される行政的な基準値である。これに対し、許容濃度は生物学的基準値といえる。
管理濃度はどのようにして決めるのか
厚生労働省の管理濃度等検討会において作業環境測定対 象物質の管理濃度等が定められている。管理濃度は、次の値を指針として設定される。(1)日本産業衛生学会(産衛学会)が勧告している許容濃度、(2)米国産業衛 生専門家会議(ACGIH)が提言している曝露限界(許容濃度) 管理濃度等検討会における専門家による検討を踏まえ、原則として、産衛学会の許容濃度と ACGIHの曝露限界が一致している場合にはその値を、また、両者の値が異なっている場合には、いずれか一方の値を管理濃度としている。実際は、双方の許 容濃度の提案理由をその一次資料まで精査し、その妥当性と管理濃度の1/10まで測定が可能かを確認した上で、低い方の値を採用しているようである。
したがって、ある物質のACGIHの許容濃度が産衛学会のそれより低い場合は、その管理濃度が産衛学会の勧告する許容濃度より低いこともありえる。これは両国 間の許容濃度の見直し作業の種々の事情により生じるものと思われる。
改正で管理濃度の値が下がると
改正の結果、作業環境測定結果の評価の基準値である管 理濃度の値が下がると、第1管理区分であった作業環境が第2管理区分に評価される可能性も出て来るだろう。しかし、これはさらに安全な職場環境を目指して、労働者の健康を守るためと考えれば受容できよう。事業所へのご指導とご助言をお願いしたい。
平成21年12月 第702号 掲載
「産業保健の話題(第100回)」
がんの一次予防-禁煙の重要性
基幹相談員 瀬戸山 史郎
(担当分野:産業医学)
がんは男性の2人に1人、女性の3人に1人罹るといわれているが、全国でも約58万9千人(2002年)本県でも約6、900人(2007年)が罹患し、治療中の患者は全国で1,423千人、本県でも約2万人が治療中である(2007年)。がんによる死亡者は2007年では全国で33万6468人(全死亡の30.4%)、本県でも5、204人(全死亡の26.7%)である。
部位別では全国でも本県でも肺がんはトップでそれぞれ、65,608人(死亡率52.0(人口10万対))1.081人(死亡率62.6(人口10万対))で、全国より高い死亡率で推移している。
本県の肺がんは加齢特に60歳代以降、特に男性で増加する傾向にあり、高齢化率25%と全国より10年も高齢化の進展をしている本県では今後も益々増加することが予想される。
がんの発生要因として種々あげられているが、そのうち、栄養・食生活(食物)が35%、喫煙(30%)が大部分を占めるとされている。
喫煙は肺がんだけでなく全ての部位のがんの発生に関与している。たばこの煙にはベンゾピレンを始めとして約600種の発がん物質が含まれており、血液にのって全身に運ばれ、喉頭、気管支、肺等のみならず、呼吸器以外のあらゆる臓器の発がんに関係している。喫煙の相対リスク(喫煙によってがんになるまたはがんで死亡するリスクが、どれ位上昇するかを表す数値)について1983年~2008年まで行われた日本人を対象にした3つの研究をまとめて推計した成績では、肺がんに限っていえば男性では5倍前後と高く、女性では4倍である。男性の相対リスクが女性より高いのは同じ喫煙者でも男性の方が喫煙本数が多く、喫煙年数が高いためと考えられる。
また、喫煙者が何らかのがんになるリスクは男性で1.6倍、女性で1.5倍という40~69歳の一般住民約9万人を8~11年間追跡した厚労省の研究もある。 県民総合保健センタ-の昭和61年~平成19年まで行われた肺がん検診で男性648人、女性311人合計959人の肺がんについて喫煙歴を調べた成績では、男性の81%が喫煙歴あり、そのうち81%は喫煙指数(喫煙年数×1日の喫煙本数)が600以上のヘビ-スモ-カ-であった。これに対して、女性では喫煙歴ありは4.9%でヘビ-スモ-カ-はわずか4人であった。女性の肺がんの要因としては加齢と受動喫煙の可能性が考えられる。
受動喫煙に関して家庭と職場で受動喫煙に曝されることで妻の肺がんのリスクは約1.9倍高くなり、夫が禁煙すれば妻の肺腺がんのリスクが約37%低下するという厚労省の成績も発表されている。
本県の肺がん予防の観点から行政、産業界、健康関連団体、マスコミが連携して、禁煙の推進および受動喫煙防止についての啓発活動が最重要であり、肺がんの早期・発見治療の観点から自覚症状のない時期に年に1回は肺がん検診を受けることが重要である。
平成21年11月 第701号 掲載
「産業保健の話題(第99回)」
うつ病の職場復帰を阻害する要因について
特別相談員 野添 新一
(担当分野:メンタルヘルス)
わが国の自殺数は約10年前、年間3万人を超えてから、減ることなく連続して今日に至っている。注目すべきは毎年働き盛りにある8、000人前後が自ら命を絶っていることだが、累計した数を思うと産業界のみならず社会も大きな損失を及ぼしている。自殺者の多くは病前、うつ病に罹患していたことはよく知られている。
うつ病の発症には遺伝、身体、心理、社会的要因が関わっているが、産業保健の立場からすると近年の産業・職場システムの変化、過度の競争化、自動化、景気の停滞、働き過ぎ、コミュニケーション不足などが複雑に関わっている。その中でうつ病自身に付随する要因、つまり患者をして生活への不安に陥れて将来への自信を喪失させることは、二重の悩みを深める元となる。これらはうつ病の遷延化に関与しており、自殺を誘導する因子の一つでもある。
長引く病状はやがて失職をもたらすので、患者の苦悩は次第に強められていく。これらは可能な限り早期に改善阻止することが治療上重要である。ここでは遷延化予防に於いて配慮すべき点について述べたい。
うつ病遷延化の要因としてパーソナリティー(タイプA)、併存症をもつ、家族や仲間からのサポートに乏しい、服薬コンプライアンス不全などが考えられるが、他に文化的因子によるのもある。たとえば忙し過ぎる職場で発症して休んだが回復するにつれ“これから先、仕事に対応できるか不安”“みんなに迷惑をかけるのでは”といった迷いや遠慮、葛藤した気持ちに陥りやすい。
また、体調を崩す切っ掛けとなった“上司からの理不尽な叱責”“仕事の失敗による自信の喪失”などを想起して不安や恐怖を抱きやすくなる。これらは労働者の権利を認識する前に自分は雇われている身分といった思い遣りや我慢が潜んでいるし、会社や同僚に迷惑をかけていることへの気遣い(自己主張の抑制)もある。なによりも発病前後の不安・恐怖体験は職場復帰が近づくと当時の状況が鮮明となり、さらに症例によっては恐怖の汎化も見られ、不適切な認知に因われやすくなる。そのため病気を契機に失った自信や将来への不安・恐怖は復帰前より鮮明となり、行動化が妨げられてしまい職場復帰遅延要因の一つとなる。
対策としては遷延例に出合った時には、治療者から復帰に際して不安・恐怖はないかどうか話し合いを進めながら対応していくことである。
もし“会社をイメージするだけでも不安だ”という場合は、面接指導やイメージ下あるいは現実場面での脱感作療法を行なう。この場合、会社側や同僚からの呼びかけは患者の復帰への勇気を奮い起こすことになり重要である。生来生真面目、几帳面、頑張り屋なことから復帰前には不安軽減(復帰と同時に働きすぎないような受け入れ態勢をとる)に配慮し対処することが大事である。なお双極性うつ病(Ⅱ型)でも診断の遅れとともに不安恐怖が遷延化に関与している例がある。
平成21年10月 第700号 掲載
「産業保健の話題(第98回)」
リスクアセスメント
基幹相談員 橋口 良紘
(担当分野:産業医学)
日本語で言うと
「危険の事前評価」とでもいいますか、作業に伴う危険性と有害性の大きさにランクをつけて評価し、評価に応じて危険性有害性を減らすための手法です。 今からの安全衛生管理はリスクアセスメントに基づいて行われる時代になっています。
労働災害が減らない要因
労働災害は休業4日以上の死傷者数・死亡者数ともに減少はしていますが、その減少率は鈍化してゼロ達成は困難な状況になっています。労働災害が減らない要因として考えられるのは、労働災害が発生してからその再発防止を図る「過去の災害に学ぶ」という今までのやり方が効果的でなくなってきていることです。産業技術の発展で経験したことのない新しい作業環境での新しい危険が出現しています。これらを法規制に頼って災害防止を図るのは限界となっています。
また、早期退職やリストラにより安全衛生に関する経験豊かなベテランが少なくなっていることも一つの要因と考えられています。
規制から自主的活動へ
これらのことを勘案すると、法規制や監督などの従来型安全衛生対策が限界であるので、現場が中心となって、現場の労働者の意見を反映させ協力を得て、自主的に全員参加のかたちで推し進めたほうが効果があがるとされてきました。
「事前」とは
危険の事前評価の「事前」とは、事象が起こる前のことで、起こってしまった災害に学ぶ類似災害再発防止対策ではなく、災害発生前に、潜在してこれから起こるであろう危険の芽を見つけて摘み取る潜在災害防止対策をさしています。安全を論理的に構築することであり、目指すは労働安全衛生マネージメントシステムですが、まずはその基本となっているリスクアセスメントを普及させることが労働安全衛生向上への早道と考えられています。
リスクアセスメントの実際
ここで言うリスクとは単なる「危険」ではなく、起こりうる災害のけがの程度(ひどさ)と危険の発生する確率(頻度)を組み合わせて表わされた危険性の評価のための指標をいいます。この指標が容認できる程度なのか、問題が多少あるのか、重大な問題があり容認できないものなのかなどと評価します。問題の程度の高いものを最優先に作業方法の変更改善などの対策を行ないます
事業場は熱心
リスクアセスメントは、労働安全衛生法の平成18年4月改正により努力義務として実施を義務付けております。安全についてはほとんどの業種、化学物質については全業種を対象にしていますので、リスクアセスメントに取り組む事業場が増えています。産業医として相談を受けることも多くなると思われます。 リスクアセスメントの実際についてご不明な点は、鹿児島産業保健推進センター(電話 099-252-8002)にお問い合わせください。
平成21年9月 第699号 掲載
「産業保健の話題(第97回)」
求人倍率最低の時代の不採用者の問題
特別相談員 竹元 隆洋
(担当分野:メンタルヘルス)
長期の不景気に加えて昨年(2008)はアメリカ発の世界金融崩壊にみまわれ、日本の産業は特に自動車産業をはじめ製造業、建築業など軒並み大きな打撃を受けた。今なお立ち上がれずにいる。その影響は雇用不安、リストラとなって最も弱い人々に波及してきた。
7月1日の新聞報道によれば「厚生労働省が6月30日発表した求職者1人に対する有効求人倍率は0.44倍で、1963年の調査開始以来最低となった。5月の完全失業率は5.2%で2003年の過去最悪の5.5%を突破する状況である。鹿児島労働局によれば5月の県内の有効求人倍率は0.34倍で、円高不況だった1987年5月(0.32倍)以来の低水準となった」としている。
当院(指宿竹元病院)においても職員募集に対して求職者が多くなっていることを感じている。昨年(2008)4月より本年6月までの1年2ヵ月間における当院での求職者数は114人であった。そのうちハローワーク及び本人から電話があったが本人が履歴書を持参しなかったか面接をキャンセルしたか面接後にキャンセルした辞退者が19人(17%)であった。この辞退者は厳密には求職者数には含まれないものとして求職者数を95人とした。そのうち①書類選考で不採用になったもの20人(21%)②面接後に不採用になったもの43人(45%)③採用になったもの32人(34%)であった。これを基に求人倍率を計算すると0.34倍で、鹿児島県の5月の有効求人倍率0.34倍と同じであった。ただし当院の算出は1年2ヵ月間を基にしているので県の算出方法とは違うのだが状況は似たようなものであることがうかがえる。
そこで問題にしたことは、②面接後に不採用になった43人(45%)のうち、身体検査(胸部X-P、血液検査、心電図など)の結果が悪かったものと職場での対人関係などで転職を繰り返していた11人を重視して取り上げてみた。11人中5人は視力低下、高血圧、心電図異常、肝機能障害、脂質異常などであった。いずれも治療を要するか視力矯正の必要なレベルであった。11人中6人は転職の回数が多く対人関係に問題があった。自己中心でトラブルメーカーになっているか、逆にいじめられたり、気弱なため消極的過ぎるタイプであった。
昨今の就職難の時代に、このような問題をもつ人々はなかなか採用されないだろうが、一方、現在就労している人々の中に、このような問題をもっている人々が多いことも見逃せない。これらの人々は病気の治療を放置したまま病状を悪化させながら労働能力を低下させて、いつかは脱落してしまう人々である。また一方、精神的、性格的な問題などのため職場適応が困難でトラブルメーカーとなって自分で身を引かざる得ない状態を作ったり、逆に引きこもってしまう人々も多いのではないかと考える。
平成21年8月 第698号 掲載
「産業保健の話題(第96回)」
日本産業衛生学会の紹介
基幹相談員 竹内 亨
(担当分野:産業医学)
平成21年5月20日~22日、福岡市で開催された第82回日本産業衛生学会に参加した。産業衛生に関連する多数の講演や発表があったが、印象に残った講演を話題として紹介したい。実は是非提供したい別の話題があったのだが、ある雑誌に話題として投稿したところ、査読中であるため他誌への提供を控えるよう指示された。伝えたい内容は同じだが、文字数や表を削減する予定であった。話題という原著論文ではない文章にも著作権や雑誌の権威が影を落とすようである。今回控えた話題については、機会があれば紹介したい。
名古屋大・上島通浩准教授(現名古屋市大教授)の奨励賞受賞講演は興味深かった。抗生物質や解熱消炎鎮痛薬が重篤な全身性皮膚障害を誘発することは知られている。上島グループは、金属の脱脂洗浄剤として広く使われているトリクロロエチレン(TRI)でも薬剤と同様の全身性皮膚障害が発生すると報告し、その現状や病態を紹介した。中国広東省のTRI使用職場では1990年代以降全身性皮膚障害が多発しており、神経症状や肝障害を主体とする通常のTRI中毒とは症状が異なる。発症感受性については個体差が大きく、同じ環境で作業している作業者数十~数百人に1人の割合で発症している。TRI作業に就いて3ヶ月以内に発症しない作業者は、本疾患を発症しないという。症状は全身に広がる紅色の斑丘疹や多型紅斑を特徴とし、剥脱性皮膚炎、多型紅斑、スティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死融解症の4型に分類され、ほぼ全例が肝障害を合併している。多くの患者でヒトヘルペスウィルス6型(突発疹の原因ウィルス)の再活性化が認められる点も薬剤性の全身性皮膚障害と共通している。発症機序や感受性を決定する因子は不明である。重篤な全身性皮膚障害の患者さんが来院した場合には、薬剤の服用状況とともに職場の環境についても尋ねて頂ければと思う。
産業医大放射線衛生学講座の法村俊之教授の講演も印象深かった。講演の主題は、原爆被爆者の疫学データによると低線量被爆の健康影響は大きくないと考えられる、ノックアウトマウスの実験結果からがん抑制遺伝子p53がアポトーシスの誘導を介し放射線による奇形発生を抑制しているというものであった。講演の導入部で放射線による健康影響、即ちがんや遺伝子変異のような確率的影響と、白血球減少や脱毛のような閾値線量のある確定的影響について話された。確率的影響は生き残った細胞が引き起こす病態であり、確定的影響は死んだ細胞が引き起こす症状である。それゆえ前者では低線量被爆(=細胞が死なない)でも発生しうるが、後者ではある線量以上の被爆(=特定の細胞を死なせるだけの線量)が必要であると説明をされた。なるほど。
今回は九州地方で学会が開催されたため、九州各県の大学で産業保健を担当している講座が会場係としてかり出された。我々も一会場の管理を任せられたので、そこで発表された演題しか聞けなかった。しかし日本産業衛生学会では健康診断と事後措置、健康教育やヘルスプロモーション、メンタルヘルス、過重労働、アスベスト、化学物質や物理環境と健康、産業医活動、高齢社会における産業保健等、産業衛生分野でホットなテーマに関するシンポジウムや発表が多数あり、一度に多くの日医認定産業医研修単位を取得できる。興味のある先生方は日本産業衛生学会のHP(http://www.sanei.or.jp/)で情報を得られ、学会に参加されるあるいは会員になられることをお勧めする。
平成21年7月 第697号 掲載
「産業保健の話題(第95回)」
自殺予防に向けて
特別相談員 佐野 輝
(担当分野:メンタルヘルス)
最近のニュースでは、新型インフルエンザの話題で持ち切りの感がするが、その裏では自殺死亡者が我が国では最近10年間連続で年間3万人を超える異常事態が続いている。この高い自殺率は、このほど発表された「2009年OECD統計年報」によるとOECD加盟国中、 ハンガリーに次ぎ、日本は2位だった。我が国における平成20年の自殺総数は32,249人で、その3分の2以上を男性が占めた。男性の中でも40〜60歳代の中高年に自殺者が多く、推測される自殺理由の一位は、健康問題、次いで経済問題とされている。
我が鹿児島県においても自殺者数は年間480名前後で推移しており、ここ数年微増傾向にあり、全国都道府県ワースト10入りを続けている。国としても平成18年に自殺対策基本法を施行して対策に乗り出し、これに伴い鹿児島県においても平成19年度に自殺対策連絡協議会を設置して関係機関・団体が連携共同し、総合的な自殺対策に関する協議を始めている。
上記のように、自殺者総数が3万人を超えるという高い水準で推移するなかで、労働者の自殺者数も8千人~9千人前後で推移している。また、業務による心理的負荷を原因として精神障害を発症し、あるいは自殺したとして労災認定が行われる事案が近年増加し、社会的にも関心を集めている。労働者の受ける心的ストレスは増大傾向にあり、仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者が6割を超える状況にある。
また、精神障害等に係る労災補償状況をみると、請求件数、認定件数とも近年、急激な増加傾向にある。すなわち、精神障害等の労災補償状況(支給決定件数)は、平成15年度の108件に対し、4年後の平成19年度では268件と2.5倍の増加ぶりである。
平成18年には厚生労働省からは「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が通達され、事業所に対して「セルフケア」、「ラインによるケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」及び「事業場外資源によるケア」の「4つのケア」が継続的かつ計画的に行われることを義務づけ、メンタルケアの実践を図るようにしている。
さらに、平成20年4月からは労働安全衛生法の改正によって、月100時間超の時間外労働を行い申し出があった労働者に対しては医師の面接が行われなくてはならないよう規定された。労災認定された自殺事案には長時間労働であったものが多いことから、医師による面接指導の際にはうつ病等のストレスが関係する精神疾患等の発症を予防するためにメンタルヘルス面にも配慮するよう通達されている。
我が国では、ストレス社会となった結果、ストレス関連性の精神障害が急激に増加している昨今の日本のひいては鹿児島県の状況である。医師としては、身体の診察とともに心の診察を心がけねばならない。
平成21年6月 第696号 掲載
「産業保健の話題(第94回)」
感情労働二次と災害
特別相談員 山中 隆夫
(担当分野:メンタルヘルス)
感情労働の問題が産業衛生の面で取りざたされることが多くなった。いうまでもなく、「感情労働とは、置かれた状況下において、自分の感情を隠した演技を要求される仕事(ホックシールド)」とされる。そこに働く心理機制は感情抑圧そのものであり、その行き着くところは欠勤・休職・退職へとつながるバーンアウト(燃え尽き症候群)であり、うつ病である。
では、感情抑圧に至る原因は何であろうか?外的と内的な要因の混在が考えられる。 外的(環境)要因としては、サービス業務が最多なのは当然としても、自験例から云えば窓口業務とクレーム処理係に多い。いずれもがモンスター的な客の増加と無関係ではない。しかし、ここで見逃してならないのは、(特にクレーム係のように)高度の専門的知識を要求されるにも拘わらず、対応を嫌う上司が、これを新入社員、時にはパートに押し付け、自分は逃げ回っている場合である。モラルハザードによる弱者へのシワ寄せが深く、静かに拡がっているのだ。
他方、内的要因としては、職員自身の認知スタイル上の問題があげられる。精神科医, 心療内科医、看護士、介護・福祉士など、すべからく対人援助に終始する医療関係者は感情労働に従事している。このなかで燃え尽きる人々は共通して超真面目で、 “かくあるべし”といった“べきべき思考”の持ち主である。決まって、彼ら、彼女らは、帰宅後も「あれが悪かった、足らなかった」と寝るまで、果ては夢の中でまで“反省会”を繰り広げる。それでもって、寝ても覚めても自己否定のオンパレード。役割演技として有するペルソナがオンリーワンなのだ。これでは燃えつかない方が不思議なくらいである。
加えて、対人援助職には金科玉条の如くに、受容、共感、さらには積極的傾聴法が要求される。その結果、良心的で、感情抑圧が強ければ強いほど、累積疲労に陥ってしまう。帰宅してのアフターファイブは、“なぁーんにも”聴きたくない心境。生返事ばかりの毎日に、ついには家庭不和へと発展する。憩いの場が逆にストレッサーとなってしまうのだ。まさに二次災害。こんな家庭がメンヘル関係者には少なくない。
では、そうならないためには、どうしたらよいのだろうか?
受容・共感といった受動的対応を能動的対応に全面変換するのである。具体的にいうならば、『ナラティヴ・セラピー 社会構成主義の実践』(金剛出版)に次のように述べられている。「治療者のスタンスというのは、患者を治すという使命感でも、病める人々を救いたいという正義感でもなく、目の前にいるクライエントに対する旺盛な好奇心である」と。
好奇心の主体はあくまで自分にある。つまり能動的対応となるので、蓄積疲労につながる感情抑圧とは無縁となる。これなら疲れない。しかも治療効果抜群。まさに至言といえる。
平成21年5月 第695号 掲載
「産業保健の話題(第93回)」
『うつ状態』の診断名について
特別相談員 冨永 秀文
(担当分野:メンタルヘルス)
公務員の長期療休者の40%位は、精神疾患であり、特に教師においては60%を超えると報道されています。これは勤労者全般にもいえることでしょう。現場でみていると精神疾患の診断名としては「反復性うつ病疾病」「躁うつ病」などの気分障害(F3)の範囲が圧倒に多いようです。
次に「適応障害」「ストレス反応」などの神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害(F4)の範囲が続いています。他にはアルコール依存症、統合失調症も散見されます。最近は行政統計でⅠCDのFコードを書くことになっているので、慣れないため分かりにくくなっている可能性があります。伝統的診断名としては内因性うつ病、心因性うつ病、抑うつ神経症などと分類されていました。
これは主に原因に注目して内因性は脳の生物学的があるということで、心因性は環境要因が強いということで、抑うつ神経症は性格的なものが強いということです。これだと治療方針がある程度明確になります。内因性はやはりSSRIなどの薬物療法が中心となります。心因性は環境調整、職場のメンタルヘルス的には業務内容の見直し、転職・転勤などの対策がとれます。抑うつ神経症は現在の診断でいうと回避性人格障害、依存性人格障害、自己愛性人格障害なども含まれていると見られるので精神療法が必要となり、内因性うつ病と違い、場合によってはある程度、生き方、働き方を指導してもいいと考えています。
全人口の6人の1人が生涯にうつ状態となり得るという統計が示されていますし「うつ」に関する情報も氾濫しています。うつ症状をとりこんで「擬態うつ病」というべき患者さんもいる」といった臨床家もいるようです。しかし笠原嘉先生によると「そんな病態もあるとは思うが資本主義の世の中の影響もあると思う。うつ状態はあるので暖かい目で治療しなさい」と言われました。
とはいえ、私が挙げた伝統的診断名で考えることは治療目安をつけるためには有効だと思っていますので御提言したいと思います。
平成21年4月 第694号 掲載
「産業保健の話題(第92回)」
「脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災補償状況(平成19年度)」の報告について
基幹相談員 前田 雅人
(担当分野:産業医学)
「産業保健の話題」として、ここ2年間同様の報告をさせていただいたが、今回も平成20年5月に厚生労働省から発表された「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成19年度)」ついて報告したい。
まず「脳・心臓疾患」の労災補償の請求件数をみたところ、平成19年度は931件と前年度の938件より7件減少していた(0.7%減)。平成15年度は742件であり、年々確実に増加の一途をたどっていたわけであるが、なぜ減少に転じたのかは不明であり、今後もこの状況が続いていくのか、留意したい。
一方請求に対する支給件数は392件と過去最高であった平成18年度の355件をさらに越えていた(10.4%増)。内訳をみると業種別では運輸業(101件)、製造業(74件)、卸売・小売業(65件)の順に支給件数が多かった。また製造業は昨年の件数(39件)より倍近い支給件数であった。
職種別にみると、運輸・通信従事者(93件)、専門的・技術的職業従事者(71件)、生産工程・労務作業者(57件)の順であった。専門的・技術的職業従事者については前年度の件数(44件)より61.3%の増加が認められた。
年齢別請求では50~59歳の請求件数が最も多く(376件、うち死亡111件)、40~49歳(213件、うち死亡89件)、60歳以上(194件、うち死亡57件)の順であったが、支給が認められたのは50~59歳(163件、うち死亡57件)、40~49歳(115件、うち死亡42件)、60歳以上(44件、うち死亡14件)と厳しい数字であり、全体から見ても請求(931件)に対して、支給は392件(42.1%)であった。
鹿児島県については、脳血管疾患の請求は9件、支給は2件、虚血性心疾患等の請求は1件のみであった。
一方うつ病や仕事上のストレスなどが原因の「精神障害等の労災補償状況」についてみると、請求は952件であり、過去最高の前年度の819件からさらに133件(16.2%)も増加していた。平成15年度の請求が447件であることから、倍近い伸びと言える。
支給件数については268件と前年度の205件より63件(30.7%)も増加、このうち支給決定された自殺件数(未遂を含む)は81件であった。「脳・心臓疾患」と比べて申請件数および決定件数の著明な増加が認められた。業種別にみると製造業(59件)、卸売・小売業(41件)、建設業(33件)の順に支給件数が多かった。また職種別にみると専門的・技術的職業従事者(75件)、生産工程・労務作業者(60件)、事務従事者(53件)の順であった。
年齢別請求では30~39歳の請求件数が最も多く(340件、うち自殺41件)、40~49歳(225件、うち自殺41件)、20~29歳(203件、うち自殺23件)の順であったが、支給が認められたのは30~39歳(100件、うち自殺21件)、20~29歳(66件、うち自殺15件)、40~49歳(61件、うち自殺22件)であり、全体では請求(952件)に対して、支給は268件(28.2%)であった。前述の「脳・心臓疾患」と比べ、より若年層に問題があることは明らかであり、また業種,職種の順位も異なるものであった。
鹿児島県については、精神障害等の請求は7件(うち自殺1件)、支給は1件、療養中の精神障害等1件であった。 平成20年度は平成19年度よりもさらに経済状況が悪化しており、5月の厚生労働省の報告に留意し、機会があればまた御報告したい。
平成21年3月 第693号 掲載
「産業保健の話題(第91回)」
今日もミスだらけ
特別相談員 岡村 俊彦
(担当分野:産業医学)
私はかなりの“うっかり者”です。資料を作れば誤字脱字、締め切りは忘れる(この原稿も締め切りギリギリ)、階段でも転びそうになります。まあ、私ほどではないでしょうが、丸一日、全くミス=エラーをしない人はおそらくいないでしょう。そもそも人間はエラーをおこすものなのです。
近年、“失敗学”という分野が注目されています。システムが高度化されている現代社会では、些細なミスが大きな事故に繋がりやすくなっています。また、小さなミスでも、ミスが重なることで大きな被害を出すこともあります。特に医療関係では人命につながることも少なくないでしょう。失敗学とは、“人間はエラーをおこすもの”という前提に基づき、エラーの原因を解明し、防止方法(もしくは被害を少なくする方法)を考える学問です。
ある医療関係機関の「事故防止対策ガイドライン」では事故防止の基本的事項として“医療従事者は常に「危機意識」を持つ”とか“医療行為においては確認・再確認を徹底する”とか“記録は丁寧に”といったことがあげられています。もちろん大事なことではあるのですが、失敗学ではもう一歩先を考えます。例えば“記録は丁寧に”ではなく、コンピュータに記録を入力して複数の人が確認行為をしないと次の処理ができない、といったシステムを作成するのです。理想でいえば、“危機意識を持たなくてもミスをしない(ミスをできない)システムを作る”ということです。
実際の現場では、なかなか理想的にはいきませんが、
- エラーがおこりそうな作業をなくす
- 特定の方法しかできないようにする
- わかりやすく、やりやすくする
- エラーを検出できるようにする
- エラーがおこっても損害を小さくするように備える
といったように段階的な検討は可能です。
失敗学のもう一つの特徴は“失敗事例の蓄積”です。システムの改善は失敗したときこそが大きなチャンスでもあるのですが、なにも自分の失敗でなくてもいいのです。失敗の事例を蓄積し、情報を共有することで、一つの失敗が100の改善に繋がることもあります。失敗寸前(“ヒヤリハット”といいます)の事例も重要です。
しかし、失敗事例の蓄積には“当事者の責任”という大きな壁があります。つまり失敗の結果が内外に明らかになることにより当事者の責任が問われるため、つい失敗を隠してしまう、ということです。残念ながらこれに対する根本的な対策は難しいのですが、これだけの情報化社会で失敗を隠すことがいかに難しいか、隠したことがバレたときの社会的制裁がいかに大きいものか、ということを認識するしかないのです。特に失敗寸前の事例なら報告しやすく、日々の改善に繋がりやすいといえるでしょう。
もうひとつ。“失敗学”の本やホームページなどは見るのは、“人の失敗を笑う”というちょっと背徳的な楽しみもあります。
平成21年2月 第692号 掲載
「産業保健の話題(第90回)」
メンタルヘルスと相補・代替医療
基幹相談員 長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)
現代は、個々人の年齢、性別、生活環境などの特性、さらには死生観まで考え、西洋医学のみならずあらゆる療法の中からその個人にあったものを見つけ、提供する医療(統合医療)が求められています。相補・代替医療(Complementary and Alternative Medicine、CAM)もその一つですが、明確な定義がないのが実情です。
CAMの意義は欧米では確立してきており、米国には国立CAMセンターがあり、ヨーロッパ諸国でも公的な施設が設立されています。しかし、本邦では、CAMに関する医学教育は殆どなされておらず、不適切と思われるCAM情報が氾濫するとともに、その施行者(施設)が横行しています。本邦でも栄養ドリンクも含めると76%の市民がCAMを利用していますので、私たち医療関係者もCAMに無関心ではいられません。
ところで、メンタルヘルスケアには、医学のみならず多方面からのアプローチが必要ですが、CAMにはその有用性が示唆されるものがあります。以下、それらについて記述いたします(参考文献;相補・代替医療の現状をみる.治療:89巻,3月増刊号,2007)。
1.心身相関療法
もともと生体に備わっている調節系のメカニズムに作用して、その働きをスムーズにするものです。精神科や心療内科では実際に診療に使われています。
(1)筋弛緩法
骨格筋を弛緩させることがストレス病を改善したり、予防したりすることに繋がるという考え(ジェイコブソン)に基づいた療法です。実際には、一旦、筋肉を緊張させて、その後弛緩させる方法をとりますが、これは、筋を一旦緊張させるため、弛緩させた時との落差が大きく、筋弛緩状態に気づきやすいためです。
(2)臍下丹田呼吸法
丹田(臍下約10cm)に意識の重心を置き、吸気の際、横隔膜を下げて緊張させ、腹圧を高めるようにし、呼気は腹圧を保ちながらゆっくり行います。呼吸法により心身を安定させる方法です。
(3)自律訓練法
体系化された心理生理学的なセルフコントロール法です。公式化された自己教示的語句を反復復唱しながら、その内容に受動的注意集中を行うとともに、関連した身体部位に心的留意を保つことで、心身の調整を図ります。
(4)催眠療法
催眠で得られる心身の現象を利用した心理療法です。あくまで、「催眠による」治療ではなく、「催眠のもとで心理療法などを行う」治療です。
(5)バイオフィードバック
通常は認知し難い自己の生体現象を電気工学的手法により、視覚・聴覚信号としてフィードバックし、自己制御を試みるものです。
2.アジアの伝統医学
(1)中国伝統医学(中医学)
古代中国文明に発祥し、連綿と継承され発展し、現代でも実用の医学として存続しているものです。黄帝内経、神農本草経、傷寒論を学問的基盤にしています。黄帝内経には「既に発症した病気を治すのではなく、発症する前の病気の種を未然に治すことが聖人のこころがけである」と記載されています。
(2)和漢医学
中国より1000年以上前に輸入され、日本独自の体系を作り、発展してきたものです。中医学に比べ腹診を重視する特徴があります。うつ病や神経症に適応があるとされています。
(3)気功
「気(生命エネルギー)」によって自己の免疫力、治癒力や調整力を高めて、健康のレベルを上げ、「自養其生(自らその生命を養う)」することを目指す健康法です。武術気功である硬気功に対して医療気功は軟気功といわれ、自分で行う内気功と他人のために気を与える外気功があります。
(4)ヨーガ
ヨーガの目的は、真の自己に目覚める(悟る)ことです。それには理想的な人生を歩む必要がありますが、そのために自分の肉体を常に最良の状態に保つ技法があります。この技法がCAMに活かすことができます。
(5)アーユルヴェーダ
病気になりにくい心身を作り、病気を予防し、健康を維持するという予防医学の考えに立っているインドの医学です。生薬を含んだ油を額のチャクラに垂らすシローダーは、不眠や頭痛を取り除き、記憶力と集中力を高めるとされています。
3.ヨーロッパの伝統医学
(1)アロマテラピー
様々な芳香植物から抽出された100%天然のエッセンシャルオイル(精油)を利用して行う療法です。様々な心身症、不眠症などに効果があるとされています。 主な芳香植物して以下のようなものがあります。
- イランイラン(パニックを静めリラックスさせる)
- オレンジ(緊張やストレスを和らげる)
- カモミール(怒りや不安を癒す)
- ラベンダー(不安な気分を癒し、緊張をほぐす)
- ペパーミント(疲労感などをとる)
- ベルガモット(心をリフレッシュする)
(2)バッチフラワーレメディ
エドワード・バッチ(英国)が38種類の花のエネルギーが否定的な感情や精神に働きかけ肯定的な感情に置き換えていくことを発見し、完成させたとされる療法です。心の平安を乱した状態や否定的な感情に対して作用し感情や精神のバランスを取り戻します
4.食事療法
(1)薬膳
中医学理論の元で構築された季節のもたらす「気」を意識し、季節食品からの薬用効果を最大限に頂く食事です。ストレス解消に良いとされているものとして、海老と玉ねぎの粥、百合粥、緑茶の佃煮、枇杷葉粽などがあります。
(2)断食療法
心と身体の治癒や体質改善などを目的に、一定期間自ら主体的に食を断ち、所定の効果を期待するものです。身体の一部を分解し、余剰物や残渣物などを排泄したり、一時的な飢餓というストレスから誘導される身体の機能亢進や治癒機転を引き出すことで、病気の治癒や体質改善、精神性の向上を目指すものです。
5.自然療法
(1)温泉療法
地下にある天然産物の温泉水、天然ガスや泥状物質などを、温泉地の気候や環境要素も含めて医療・保養に利用します。言うまでもなく、本県では多くの医療機関が温泉を利用されておられます。
(2)タラソテラピー
海水と海藻、そして大気と海洋性気候特性を組み合わせて活用するものです。本県では、「あまみ長寿・子宝プロジェクト」において、タラソテラピーを始め奄美地域の元気高齢者の栄養学的分析、島唄・島踊り健康づくりプログラムの効果などの検証を行っていますし、鹿児島タラソテラピー研究会も活動しています。
(3)森林療法
森林浴を代表とする森林レクレーションを始め、樹木や林産物を活用した作業療法、森林内を歩きながらのカウンセリングやグループワーク、森林の地形や空間を利用した医療リハビリテーションなど森林環境を総合的に利用しながら健康を増進していくものです。
6.サプリメント
食生活で不足する食品成分または通常の食生活に追加して摂取することで、健康の維持・増進に役立つ成分を含む食品です。メンタルヘルスに関係する主なものとしては以下のようなものがあります。
(1)ケール
キャベツの原種ともいわれるアブラナ科の野菜で、本邦では青汁の原料として用いられています。不眠に対する作用があるとされています。
(2)セイヨウカノコソウ(ヴァレリアン)
オミナエシ科カノコソウ属の多年生植物で、ヨーロッパでは「ナチュラルトランキライザー(自然の睡眠薬)」と呼ばれています。ドイツ、ベルギー、フランスでは医療用ハーブとして認められています。脳内のGABAの放出を高め、不眠、不安、攻撃性などを緩和し、リラクゼーション効果を高めます。
(3)セント・ジョンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)
根茎性の多年草のハーブで、ヨーロッパでは古くから「悪魔を追い払うハーブ」と呼ばれ、うつ症状や切傷・火傷・消炎鎮痛に使われてきました。SSRI(抗うつ薬)と同様な5-HT取り込み阻害作用があり、抗うつ効果があるとされています。実際、ドイツでは抗うつ用医薬品として認可されています。
(4)マカ
南米ペルーで植生するアブラナ科の植物の根で、豊富なビタミン、ミネラル、アミノ酸が含有されており、疲労回復、ストレス解消効果があるとされています。また、ホルモンバランスを整える作用があり、女性特有の症状である生理痛、生理不順、更年期障害などに有効であるとされています。
7.エネルギー療法
その一つにセラピューティック・タッチがあります。これは、古代から連綿と続いている「手かざし療法」をクリーガー(米国)が科学的に研究したものです。全身的なリラクゼーション、疼痛の緩和、治癒の促進、心身相関症状の緩和などの効果があるとされます。
8.五感を利用した療法
様々な芸術表現(音楽など)を通じて、怒り、悲しみ、不安、恐れ、挫折感、欲求不満などの抑圧された感情を表現することで心身を解放し、精神の安定を図り、自然治癒力を高めるものです。
患者は、民間療法としてCAMを受けていても、受診している医療機関には申し出ないことも多いようです。私も、抗うつ薬の内服で状態が改善してきていたうつ病患者に、ある日突然、「鍼灸で気分がよくなりました」と言われ、通院を中断された苦い思い出があります。もっとも、その方はしばらくしてうつ状態が再燃し、通院を再開されました。
現在、医療機関には、「お薬手帳」などで他医療機関での薬剤服用歴を確認することが求められています。サプリメントのなかには医薬品との相互作用が知られてものもありますので、CAMの利用の有無にも注意を払う必要があると思われます。
平成21年1月 第691号 掲載
「産業保健の話題(第89回)」