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令和6年バックナンバー

「平均寿命や健康寿命に加えて、労働寿命を考える」

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  堀内 正久
(担当分野:産業医学)
(鹿児島大学衛生学・健康増進医学)

国や地域の健康度を評価する指標として、「平均寿命」や「健康寿命」が知られている。「平均寿命」は、誕生から死亡までの存命期間に基づく指標ということで、客観的な数字である。「健康寿命」も最近利用される指標であるが、算出方法はやや多様(サリバン法など)であり、介護の必要の有無や健康意識についてのアンケートなどが利用され、一部、主観的な要素が含まれている場合もある。しかし、「平均寿命」とは異なる集団の健康度を測る指標として、健康で過ごす時間を想定した指標であり、大事な概念を含んでいるかと思う。このコラムで紹介する「労働寿命」は、さらに、健康というだけでなく、「労働が可能」という要素を加えた集団の新しい健康指標ということで産業保健の領域で注目されている。

William Petty氏は、次の言葉を残している。「健康は労働から生まれ、満足は健康から生まれる」。西欧の社会において、この考え方は特別なもので、労働=使役とされていた概念に対抗する形で、労働の意義を有益にとらえたものとして知られている。労働=使役とする労働の従来の考え方があり、最近、フランスでは、年金支給を1年遅らせる法案の提出に伴って、政府に対する大きなデモが行われたことが報道された。一方、日本では、生涯現役をスローガンに、死ぬまで労働し続けなさいという政府方針に対して、むしろ社会では好意的に容認されているかと思う。産業保健の立場では、社会において、「労働寿命」が長くなる社会を目指すということにはなるかと思う。ただ、その労働の中身が、生活のために働くというだけではなく、労働をする本人にとっても健康につながるような有意義なものである必要がある。「健康寿命」同様、主観的な要素も加えた上で、適切な指標作りが求められる。

この4月から医師の働き方改革が始まった。この改革の中で、職場での在室時間を「労働時間」か「自己研鑽時間」か区別する必要が求められている。自分の若い時を考えると、ほとんど家に帰らず病院や大学の研究室で過ごしていた。人から指示されることが「労働」の定義の1つの要素とすれば、自主的に学んでいたということであって、「自己研鑽時間」であったのではと思う。妻からは、「そういう働き方をしてきたあなたに、働き方改革ができるのかしら」と半ばあきれられている。健康のために休息の確保や労働時間の制限を図るとともに、本当に自主的に働きたいと願う若者の働く時間を確保できる制度となる必要もあると考えている。一方、50代を過ぎて、管理的な業務が増えてくると、研究室に居る時間であっても、「労働」と感じる時間も増えているように思う。

主観的な要素の含まれる「健康寿命」や「労働寿命」の定義や算出方法の議論は、集団の健康とは何かを議論することになるように思う。「労働寿命」であれば、Petty氏の言葉を用いると、「労働を通して、健康が生まれる」という理想に基づいて、健全な社会を目指すということになるのかと思う。

令和6年4月 第874号 掲載
「産業保健の話題(第272回)」

コロナ禍という禍

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  山喜 高秀
(担当分野:カウンセリング)

昨年(令和5年)5月8日に、新型コロナウイルス感染症の位置づけが「5類」へと変更になりました。ここであらためて、「コロナ禍という禍は人々に何をもたらしたのか?」ということについて、筆者が携わっている「子どもと家庭の支援」の世界から考えてみようと思います。

まず、井上登生(2020)による「コロナ禍と子ども虐待.日本子ども虐待防止学会ウェビナー報告資料」から、コロナ禍によって世界中で起きたことのいくつかを挙げてみます。

①仕事や収入を失うことによる貧困と食糧難の増加
②オンラインによる人や教育場面へのアクセスのできなさ
③子どものスマホ等のデジタル活動の増加と養育者による監視の減少によるデジタル・リスクの拡大
④子どもや養育者にとって重要な仲間の喪失や人間関係の崩壊
⑤子どもや養育者のための地域や社会支援サービスの崩壊
⑥子どもや養育者の日々のルーチン活動の停止
⑦青年や養育者による飲酒や薬物使用の増加と場当たり的な養育

その結果として、次のような逆境体験に晒された子どもたちが増加しました。
①大人からの日常的な罵倒、侮辱、悪口、屈辱、暴力
②大人か、5歳以上の年長のものからの不適切な性的接触、性的虐待
③家族が互いに関心がない、子どもを日常的に守ってくれる人がいない、食事がないなど世話を受けていない
④母親が、日常的にDVを受けている
⑤酒癖が悪い、アルコール依存、薬物乱用の人との同居
⑥家族に、うつ病、精神疾患を患っている、自殺未遂をした人がいる
⑦離婚、別居など親との分離体験

以上の未曾有の禍が人々にもたらしたものは、①パンデミックという禍は、人と人との間のつながりが裂かれやすくなることを余儀なくし②そのことによる心身への重篤なダメージは、子どもや女性など弱い方から先に晒されやすく③そこに至らないための、あるいはそこからの回復のために、これまでにない共生と協働のための支援の仕組みを社会全体で一刻も早く作り上げることを課したことであると思います。

令和6年3月 第873号 掲載
「産業保健の話題(第271回)」

化学物質の自律的管理が始まります

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  小田原 努
(担当分野:産業医学)

令和6年4月から、化学物質の自律的な管理に関する法律が完全に施行されます。令和4年より部分的に施行されてきましたが、いよいよ全ての項目が施行となります。自律的管理とは、耳慣れない言葉で、戸惑われる方も多いかと思いますが、今までは、有害性のある化学物質の一部は特別則で規制の対象となり、作業環境や作業管理、健康管理を逐一法律で定めた方法で、行うことを事業者は求められていました。ただし、皆様ご存じの胆管癌のように、化学物質による健康障害は、法規制されていない化学物質から約8割も起こる状態であり、被害が起こってから、後追いで、法規制していくことも限界となってきました。そこで、今後は、健康被害をおこさないように、事業所が化学物質を自律的に管理することになりました。対象は2,900種類ほどもあります。身近なところでは、病院では、ホルムアルデヒド(病理検査室で使用)やエチレンオキシドガス(衛生器具の滅菌消毒に使用)、グルタルアルデヒド(衛生器具の殺菌消毒に使用)などがあります。ホルムアルデヒドやエチレンオキシドガスは特定化学物質として指定されているため、従来の方法で、管理していくことが求められますが、グルタルアルデヒドのように、有機溶剤予防規則や特定化学物質等障害予防規則の特別則で管理されていない化学物質は自律的に管理していくことになります。では自律的に管理していくとは、具体的に何をすればよいのでしょう。

まずは化学物質を取り扱う事業所では、化学物質管理者や保護具管理責任者などを選任しましょう。指定の内容の講義を受ける必要があります。次に、化学物質を購入したら、ラベルを確認しましょう。ラベルに有害性の記載がある場合は、SDSを取り寄せてください。現在はインターネットで簡単に入手できます。

次に行うことは、リスクアセスメントです。化学物質の有害性とばく露の程度から、リスクを判定するのですが、CREATE-SIMPLEというツールが利用しやすいです。このツールは、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」から無償で入手できます。このツールを使って、リスクを判定し、リスクが高い場合は、ばく露濃度を測定したり、健康診断を行うこととなります。健康診断を行ったり、作業環境測定を行ったりしないように、リスクをコントロールしていくことが重要で、本来の自律的管理の意図はそこにあります。もし事業所の産業医を担当されている方は、一度ぜひCREATE-SIMPLEを試してみてください。リスクを低減するためにどういうことを行えば良いのか等もテストできます。詳しいマニュアルも一緒にダウンロードできますので、一度行ってみることをお勧めいたします。

令和6年2月 第872号 掲載
「産業保健の話題(第270回)」

将来を展望する革新の地域保健医療介護の実践を!

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  德永 龍子
(鹿児島純心大学 名誉教授)
(担当分野:保健指導)

人口11万人の会津若松市は、地域医療の質と利便性を高める先進的なスマートシティ事業を推進する。

2023年3月に医師と患者が日々の血圧や服薬等の健康データを同意して連携するID保有者は、想定市民の4人に1人の2万5千人、市は2030年までに倍増を目指す。高い市民参加率で企業を呼びこむ為に、データの種類や利用目的、利用先を明示して同意をする「オプトイン」方式としている。

注力領域は、高齢化や医師不足が深刻な地方での革新の医療モデルだ。同市の高齢化率は2020年31.5%で疾病悪化防止サービスが医療・介護の負担を抑える要となる考え方だ。今後は、オンラインの自動決済による処方箋、問診などで病院滞在を15分前後に縮める計画も進める。

人口6,037人の群馬県草津町は、2001年から東京都健康長寿医療センター研究所と共同研究契約を結び介護予防で成果を上げている。研究目的は、地域における健診や健康教育では健康長寿の柱である栄養、体力、社会参加の介護予防に取り組み、それを通じて高齢者の健康余命の延伸、介護保険・医療保険の安定運営さらに「介護予防草津モデル」を全国発信するとした。その結果、2023年9月高齢化率40.0%と高い町が、介護保険料が全国一安い3,300円となり目的達成したのである。

研究法は、2001年から2019年まで65歳以上(2005年まで70歳以上)の高齢者健診受診者と2〜3年に1度の未受診者悉皆調査との比較研究である。加えて2009年から2019年には70歳以上916人が、「フレイル」心身の虚弱予防戦術に取り組んだ。調査の結果、フレイルは男性80歳、女性75歳から増加が明確となる。効果的予防法は、65〜74歳では、食事、運動、社会参加への生活改善、口腔ケアが効率的で、75歳以降は、低栄養、活力低下予防、うつや閉じこもり対策のための運動を中心とした通いの場づくりをした。住民参加の地域保健、医療、介護の一体改革「介護予防草津モデル」の完成である。

全国では少子高齢化、多死で急激な人口減少が加速し2050年に居住地域が2割減と想定される。急速な人口減少の変化は、労働市場、行政機能の維持や国土の管理もままならず、革新の「国土計画での地域生活圏」の確立が課題となる。住民基本台帳に基づく総人口は、2022年は1年間に51万人減少した。日本人は80万人減り、外国人が29万人増で多文化共生が重みを増している。

公共サービス維持のためには、10万人を目安に形成する「地域生活圏」の担う広域連携が重要になる。そのためには住民の十分な理解を得ての自治体再編、コンパクトシティー、浸水地域の居住制限、災害や食料安全保障、水道やローカル鉄道などインフラ網、医療介護の再構築などの政策を踏まえて、人口減少下ではある程度まとまって住む「集住」を国民が共有し、浸透して初めて各分野の政策が前に進む。

政府がこども未来戦略会議の議論を再開した。負担の在り方で再分配の効果は変わる。新たな少子化対策が、経済と環境の範囲の中で、若い世代が将来に展望を持ち夫婦で共働き子どもを共に育て、安心して生活できる具体策を望む。国づくりを担うのは国民である。国民みんなで働き納税し、誰もが不自由なく暮らせる社会のためには、制度の無駄を省き一体改革が福祉国家日本の未来を創る。

日本の男性育休、給付やサービス増等の制度は、ユニセフが「先進国における家族にやさしい政策ランキング」で世界一とする。活用する男女、障害、貧困、高齢の人々が「多様性と寛容」の技術と改革で安心、安全となる労働、税、社会保障制度、少子化対策にできる事が条件である。「男性は仕事、女性は家庭」の慣行や仕組みの根本課題に踏み込む覚悟と意識改革の信念が、政府にも国民にも必要だ。

令和6年1月 第871号 掲載
「産業保健の話題(第269回)」