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20年 バックナンバー

禁煙外来を受診して禁煙できた人、できなかった人

牧野 正興
(担当分野:産業医学)

  産業保健の話題として禁煙の話が適切か否かについての判断はさておき、平成15年5月9日付で厚労省労働局労働基準部安全衛生課より、“職場における喫煙対策のためのガイドライン”が発せられていることもあり話題としてみたい。

  本県内では9月3日現在、保険適用禁煙外来が122施設稼働中であるが、国立病院機構鹿児島医療センターの禁煙外来は、平成19年3月1日に開設された。これまでの禁煙外来受診者総数は57名を数え、禁煙外来での治療管理期間は12週間とされているので、10月下旬までにこの期間を終了している受診者は丁度50人である。 喫煙に伴うニコチン依存症に対する治療が保険診療の適応となったのは平成18年4月からであるが、ニコチンパッチの保険適応は少し遅れて同年6月にスタートした。禁煙外来には種々の制約が課せられておりその中に、1年間に禁煙指導を受けた全受診者数と実際の禁煙達成者数(成功率)を地方社会保険事務局長(今後は地方厚生局)に報告しなければならない。
  そこで、保健適用後1年が経過したということで、厚生労働省は全国調査として「ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査」を実施して平成19年10月10日にその結果を発表した。この全国調査で明らかとなった禁煙成功率は32.6 %(実質修正推定成功率は28.6%とされている)であった。
  そこで鹿児島医療センターでも禁煙達成率を集計したところ、54%という結果が得られた。極端に表現すれば受診者の全員、100%に禁煙させるという目標を設定して初診当日は1人120分間の禁煙指導をしてきた経緯もあり、半数近くの者が再発・喫煙している結果が出て愕然となった。

  そこで、受診者全員のカルテを出してデータを検討した結果、2つのグループに明瞭に分類できることが判明した。即ち、禁煙に成功したグループの方々は、2回目の再診日(2週後)の問診で『初診日以降、一本も吸っていません!』と申告されるのに対して、『ちょっと2、3本吸った』とか、『40本吸っていたのを1日5本にしている』等と、完全な禁煙ができていない事になにかと理由をつけて言い訳をするグループがあり、こちらに属するグループの患者さん方は結局最終的に全員喫煙が再燃・再発していた。
  さらに再発グループに共通する事象として多々見られた事として、配偶者や周囲の他人により強制的に受診を指示され、あたかも屠殺場に引いてこられた牛の如く無理矢理引き連れて来られたといった風情の方が多く、自ら「禁煙するんだ!」という信念を持っての受診ではないと推定できる方々であったのが特徴的である。
  従って、本当に自分の意志で喫煙を止めようと考えて受診された患者さんは、皮膚貼付剤のニコチンパッチ(ニコチネルTTS)か、内服薬のバレニクリン(チヤンピックス錠)の投与で殆ど苦もなくと表現できる位に簡単に禁煙を達成できるということが判明した。ただし、最小限の努力事項として、「これからは決してタバコに火はつけない」という決意だけは持って禁煙にトライしてもらわねばならないということより、禁煙指導の最後に「今日から一本も吸うんじゃないぞ!」と大声で気合いを入れるようにしている。その結果、医療センターでの直近の禁煙成功率は30/50で60%に上昇中である。


平成20年12月 第690号 掲載
「産業保健の話題(第88回)」

 

 

疲労の蓄積度を計測できるか?

基幹相談員 福迫 博
(担当分野:メンタルヘルス)

  疲労は、過重労働やうつ病とも密接な関係があることは言うまでもないが、患者さんの疲労や眠気の本質は何なのかという疑問を常にいだきながら診療に携わってきた。自分も50歳を越え、時々、休日の午前中は身体が動かず、寝込んでしまう現象に襲われるようになり、人事では片付けられないと思い至った。
  先日、鹿児島県医師会報と同封されてくる「当院から健康・医療ニュース第76号」誌上、「身体疲労と精神疲労?-疲れに科学のメスを-」の中で、長時間の頭脳労働や厳しいストレスにより、脳の中で大量の活性酸素が生まれ、それが神経細胞や重要なタンパクを傷つけ、そのダメージを知らせ、修復するために生じた免疫物質により疲れる、という説が最近では有力で、疲れると眠くなるのも、脳に備わった一種の防御機構のためである旨の記載があり、何となく感じていたことに合致すると思った。
  また、疲労の研究は遅れているが疲労の程度を客観的に数量化し、同じ物差しでそれぞれの疲れの重症度を評価して、治療法を科学的に探る研究が加速的に進められているとも述べられていた。

  そのような中、9月10日のJapan Medicineに掲載された香川労災病院における脳画像研究が目に止まった。私は、鹿児島大学病院勤務時には主として、統合失調症の脳画像研究を行ってきたこともあり、思わず見入ってしまった。
  この研究は、香川労災病院勤務者メンタルヘルスセンター長の小川文彦氏らによって2005年秋から実施されたもので、「脳血流SPECTを用いた勤労者のうつ病と疲労蓄積度の客観的評価法の研究開発」事業としてなされたもので、今回、研究結果がまとまったと記述されていた。
  研究結果として、疲労感と左前頭葉、仕事の総負担度と右側頭葉の血流量に相関が見られたとの内容であった。私は、うつ病者のおいては、寛解に至っても前頭葉の血流の低下が回復しきれないとの統計的研究結果が示されていた(主として、アメリカ合衆国における研究)ことに若干疑問を持ちつつも、このような研究結果が積み重ねられれば、うつ病の再燃~再発脆弱性が予測可能になるのではないかと考えていた。
  一方、同氏らの研究では、うつ病患者25例中、18例で左前頭葉優位の血流低下が見られ、うつ病が寛解した16例の患者では全症例の75%でこの部位の血流が回復していたとの報告がなされ、上記のアメリカでの研究とは齟齬が見られる結果であった。このような相違には研究デザインの違いなどの要因が関与しているとは思うが、私見としては、小川氏らの研究を支持したいと考える。
  また、同研究では、高度な睡眠障害を示す人ほど、左前頭葉優位の血流低下があることも指摘された。現時点では、不眠が直接的にうつ病の発症にリンクするという研究結果は示されていないが、不眠が改善すると、注意・集中力や昼間の眠気が解消されることは臨床的によく経験することである。
  しかし、計測装置としてはSPECTが使用されており、小川氏らは「汎用性が高い」との記述をしているが、鹿児島県でSPECT検査ができる施設は極限られている(?)ので、同氏らが述べているように、簡便にスクリーニング検査として使用することはできないと考える。

  脳血流の測定装置としては、放射線被爆のない、機能的近赤外線分光法(fNIRS)も開発されているが、空間分解能がSPECTより低下するし、深部の血流測定には信頼性が今一つであろう。機能的MRIも候補として挙げられる。
  いずれにしても、今後、脳画像研究とともに、生化学的指標が開発され、総合的に判定率も高まり、労働者のメンタルヘルスに役立つことを願っている。


平成20年11月 第689号 掲載
「産業保健の話題(第87回)」

 

 

リスクアセスメントの考え方

特別相談員 草野 健
(担当分野:産業医学)

  厚生労働省の統計によると、平成19年度の労災による休業4日以上の死傷者数は121,356人、死亡者数は1,357人と、死傷者数および死亡者数は1980年代より一貫して漸減傾向にあるが、業務上疾病者数(休業4日以上)は平成10年頃より減少が止まり、その後微増傾向が続き、平成19年には8,684人となっている。重大災害発生件数も1990年頃より増加に転じ、年間300件前後となっている。

  このような状況の中、労働安全衛生マネジメントシステム(Occpational Safety and Health Manajement System=OSHMS)が注目されるようになった。厚労省は、ILOのガイドライン化の動きを受けて平成11年に日本版OSHMSとして、平成11年に「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」を告示した。平成18年には、平成17年の労働安全衛生法改正に併せてこの指針を改正した。

  指針におけるOSHMSのポイントは、

  • 一定の権限を付与したシステム各級管理者を配置し、全社一体となった管理
  • 手順化、文書化、記録化による確実、効果的な安全衛生活動の実施
  • PDCAサイクル(Plan,Do,Check,Act=計画、実施、評価、改善)の実施で、安全衛生管理の質をスパイラル状にレベルアップさせる。
  • リスクアセスメント(危険性・有害性等の調査)を行い、その対策の実施によって安全化を推進する

 

  リスクアセスメントはOHSMSの中核をなすもので、ここでの考え方の特徴は、「リスクの大きさ(リスクレベル)」の促え方である。リスクレベルとは、対象となる機械、設備、物質なりの危険度・有害度(いわゆるハザード)と人の作業のあり方、さらにその事故等の発生予防システムの全ての要因の加算あるいは乗算として決定される。具体的にはハザードレベルと「危険が発生する頻度」さらに「発生した時の重篤度」の3つの要素から「リスクの見積もり」を行う必要がある。

  指針では、この3つの要素を夫々スコア化し、その加算でリスクレベルを4段階に区分指定する。国際的には、特に化学物質に関してGHSによる「化学物質の有害性ランク分け」、Chemical Control Tool Kit に基づく比較的簡単な「ILOコントロールバンディング法」、さらにはヨーロッパでよく使われる「P警句による有害性ランク分け」などの手法がある。いずれのリスクアセスメント法も、リスクレベルに基づいてリスク低減措置の優先度を決定することとなる。

  リスクマネジメントとは、畢意リスク低減の方策をどう効果的に作り実行するかにある。我々はリスクというとハザードだけを重視しがちであるが、発生頻度や発生による障害の重篤度までを明確にしてリスクレベルを決定する、という考え方は、単に労災防止だけでなく、あらゆることに適応できるものであり、産業保健全般さらには臨床の面にまで応用できる思考法といえる。

  安全や健康を守る活動の効果的・効率的な質的向上のためには、その危機管理作業を意識的にリスクマネジメントとして理論化・体系化して遂行することが望まれる。


平成20年10月 第688号 掲載
「産業保健の話題(第86回)」

 

 

特定健診・特定保健指導について

基幹相談員 瀬戸山 史郎
(担当分野:産業医学)

  これまで老健法に基づいて40歳以上の市町村住民を対象に糖尿病、高血圧、高脂血症などの個別疾患の早期発見・早期治療を目的に行われ、健診結果の伝達、理想的な生活習慣にかかわる一般的な情報提供にとどまっていた基本健康診査に代わって、高齢者の医療の確保に関する法律に基づいて、本年4月よりスタートした特定健診・特定保健指導は今回の医療制度改革の柱である生活習慣病対策の一丁目一番地と位置づけられており、40~74歳までの全ての医療保険被用者及び被扶養者を対象に内臓脂肪型肥満に着目した健診を行い、早期介入と行動変容によって、メタボリックシンドローム該当者及び予備群を予防することを目的に保健指導を必要とするものを抽出して、高血糖、高血圧、脂質(中性脂肪、HDL)異常、喫煙歴などの動脈硬化のリスク数に応じて「動機づけ支援」および「積極的支援」の2段階に階層化した保健指導を行うことを医療保険者(国保、政管健保、共済組合等)に義務づけております。

  一方、本年4月よりスタートした後期高齢者医療保険制度は費用負担は公費5割、患者負担1割で、残りの4割が各医療保険者の拠出金(支援金)となっていますが、この特定健診・特定保健指導は医療費適正化5ケ年計画とリンクしていて、アウトカム評価つまり参酌基準で決められた平成24年度までの特定健診受診率、特定保健指導実施率及びメタボ該当者・予備群の減少率を評価して、この後期高齢者医療保険への各医療保険者の拠出金を加算・減算するシステムになっています。
  本県では特定健診の対象となる40ー74歳の各医療保険被用者・被扶養者は約76万3千人でうち一定の基準に該当するメタボ該当者・予備群は約31.2%の24万人と推定されています。

  これまで行われてきた労働安全衛生法に基づく事業所健診は特定健診に優先するので、特定健診実施率評価のためには、事業所健診項目のうち、特定健診該当項目の実施率を代行機関(国保連合会、診療報酬支払基金)に報告することになります。
  但し、特定保健指導は従来の事業所健診の結果に基づいて行われてきた保健指導に優先しますので、階層化に基づいた特定保健指導(動機づけ支援、積極的支援)を各医療保険者が契約した医療機関、市町村保健センタ-、健診機関等で受け、特定保健指導実施率を代行機関に報告することになります。

  問題点としては、これまで居住する市町村が実施する老健法に基づく住民健診(基本健康診査)を受けることが出来た各医療保険の被扶養者はその所属する医療保険者が集合契約した医療機関、健診機関でしか健診・保健指導をうけられないことと医療保険者が発行する受診券を持参しないと健診・保健指導を受けられないことがあげられます。


平成20年9月 第687号 掲載
「産業保健の話題(第85回)」

 

 

見まもる

特別相談員 大迫 政智
(担当分野:メンタルヘルス)

1)オンとオフ

  仕事をしている時間(オンタイム)は、気を抜くことがときに大事故につながる。だから自分の時間になったら(オフタイム)、息の抜ける工夫が大切だ。この工夫を、「オンとオフ」とか、「メリハリ」と患者さんにしばしば説明している。
  子育ての仕事でも、この工夫が大切なのは同じ筈である。だが、どちらかに偏りやすいのか、「過保護・過干渉」あるいは「無関心・養育放棄」と、相対立する態度として表現されたりするので、親は悩むこととなる。

2)見まもる

  P君は中学三年の一学期になるとすぐに、学校に行かなくなった。一日の大半を部屋に籠もってコミックを見るかゲームをして過ごす。時に大声で母に怒鳴り、ときに小声で「生きていく自信がない」とつぶやく。どう接すすれば良いのか分からない、と母は初診時に泣いた。P君のプライドは同級生との確執で傷つき、どう解決するか判断不能の状態になってしまった様子であった。短期戦の考えは捨てて、じっくり構えてP君の成長を見まもりましょうと説明し、受診しないP君への、母親と筆者の思春期家族相談が始まった。

  ゆったりとしたP君の足取りは、やがて母を引き連れてなら外出するようになり、そのうちに車で母が送れば一人でゲームソフト店に入るようになり、雑誌の発売日には一人で本屋に行き、と進歩していった。だが、親子の毎日の生活には不安や腹立たしさが溢れそうだった。それでも両親は、P君の成長を信じて見まもることを、あきらめなかった。

  7年後の秋、もう自由に外出できるようになっていたP君が、首に電気コードを巻き「死にたい」と言い出した。「もう取り返しはきかない。この年齢で大学に入っても卒業したら○×歳だ。こんなことばかり言ってると、お父さんやお母さんに見捨てられる」両親はP君の手を取り耳を傾けた。
  2ヶ月後、P君は個別塾に通うことになった。更に3ヶ月後、P君は初めて受診した。塾に通って1年余、笑顔で難関大学合格を報告するP君がいた。「見張る」でなく「見捨てる」でなく「見守る」ことを続けた父母と、その労苦をしっかり受け止めたP君との共同作業の一段落であり、集大成への新たな道のりの始まりでもあった。

3)信じて見まもる

  日常生活は苛立ちに満ちている。さっさと解決してしまえれば楽だし、待つのは辛い。待てない時代、なのだろう。対人関係でも変わりない。効率的(スマート)に付き合うことの出来る人が、社会性があると評価される。ではあるが、ここぞという関係においては、信じてじっくり「見まもる」という態度(関係)を大切にしたいものだ。


平成20年8月 第686号 掲載
「産業保健の話題(第84回)」

 

 

過重労働の面接指導

基幹相談員 橋口 良紘
(担当分野:産業医学)

  面接指導は過重労働による健康障害を早期に発見するために行なうものであり、過重労働対策の本質は健康を守るためには過重労働をなくすことに尽きます。面接指導は、月100時間超の時間外労働者で疲労が蓄積し申し出た者には義務とされますが、それに準じる者には努力義務とされ、事業主にとっては共に安衛法上の安全配慮義務として求められています。このような背景のもとに行なわれる面接指導は実効性のある効果的なものであるべきで、面接時の状況を正確に記録として残しておくことは後の客観的資料ともなりえます。

  面接指導の定型的な実施の一例は産業医学振興財団のホームページからダウンロードできます。対象者を系統的に見るのはよいですが、完全な面接手順を期していますので、やや煩雑な面も見られます。
  面接対象者のうち明らかに疲労の蓄積がなく配慮すべき心身の状況がない者を除外して、面接実施者を絞り込むのは簡素化を進めるうえでは必要です。それには面接対象者に、業務の過重性・ストレス、疲労蓄積度自己チェックリスト、うつ病等のスクーリングをあらかじめ自己チェックリストしてもらい、参考にするのは一方法です。

  面接指導を過重労働による疲労の蓄積状況と心身の変化の有無を見て必要なら指導勧告を行うことと単純化して見ますと、面接指導実行の流れと残すべき記録は、面接指導の最後に求められる事業主に提出する面接指導結果報告書に記載されているつぎの項目にしぼられます。

  1. 疲労の蓄積の状況
  2. 配慮すべき心身の状況の有無
  3. 判定区分(診断、就業区分、指導区分など)
  4. 指導・勧告の必要性(必要ならその内容)

  疲労の蓄積の状況は仕事の負担度、仕事のコントロール度、職場の支援度の要因を検討し、配慮すべき心身の状況の有無はうつ等の可能性を面接のときに聴取して判断しますが、それを評価する基準が明確でありません。身体的状況は健康診断結果から比較的明確に示されますが、これらは医師の判断に大きく委ねられています。
  しかし、より具体性を持たせるために、事前の聴取、チェックリストによる客観性と具体的な記録などを残す事が必要かもしれません。これにはかなりの労力と時間を必要とします。ことにリスクの高い面談対象者には時間と労力かけ現状を明確にする必要があるかもしれません。

  診断区分は、異常なし・要観察・要医療に分けます。判断が困難なこともありますが、健康を第一に考えると要医療に振り分けるのが多くなるかもしれません。
  就業区分は、通常勤務・就業制限・要休業に分けられます。通常勤務には診断区分異常なし・要観察が、就業制限・要休業には診断区分要医療が該当します。明確に実行されるには職場上司との連絡が大切です。
  指導区分は、指導不要・要保健指導・要医療指導に分けられます。診断区分異常なしだから指導不要というわけでもないでしょう。何らかの指導は必要でしょうが、過重労働との関連を考えると複雑になります。

  過重労働が引き起こす健康障害への対応は原因である過重労働をなくすることが本筋であり、産業医の面接指導の根底にその考えがある事がある事が重要です。


平成20年7月 第685号 掲載
「産業保健の話題(第83回)」

 

 

うつ病仮面、ADHD、そして産業医

特別相談員 山中 隆夫
(担当分野:メンタルヘルス)

  県内某企業の産業医をしている。一ヶ月以上の休職者のいる企業が6割を越すと云われる時代にあって、当方が心療内科医であるせいもあり、職員のメンタルヘルス ケアが主務となる。幸い、良心的な企業で、ラインケアも絶妙なため、復職問題を含む様々な事態の解決はスムーズである。とは云え、当惑することがないわけではない。最も困るのは若年勤労者における“うつ病仮面”の増加とADHD(大人の注意欠陥多動性障害)である。

  周知の如く仮面うつ病は食思不振、めまい、動悸、腹痛、腰痛といった様々な身体症状が前景に立つために、悲哀、抑うつ等の精神症状がマスクされてしまう軽症うつ病である。たいていは紹介先の医療施設での加療で改善してしまうので、産業医としては楽である。
  ところが、従来からあるこの仮面うつ病に“似て非なる”ものに“うつ病仮面”がある。日本うつ病学会の野村総一郎理事長が呼んでいるものだが、要するに「うつ病」を仮面(かくれ蓑)にした病態をいう。このため、仕事熱心、几帳面、強い責任感と云った性格傾向を持つ旧来の(仮面)うつ病者とは異なるところが多い。水戸黄門よろしく、「この御紋が目に入らぬか」とばかりに、病院で書いて貰ったうつ病の診断書を振りかざす。

  目的は?殆どが病休の承認か延長希望、でなければ希求する職場(職種)への配置転換である。幸いにして望んだ職場に移動がかなったものなら、たちまちにしてうつ病は雲散霧消。水を得た魚の如くに別人となる。やれやれと安心するのも柄(つか)の間、再び新職場での対人トラブルが起こり、“うつ病”の診断書が出てくる。

  以上に述べた“うつ病仮面”は若者に多い新型うつ病で、正確には回避性うつ病ということになろうか。宵っ張りの朝寝坊で、好きな趣味ごとはできるのに就業は困難。愁訴が多いわりには抗うつ薬の服薬は忘れがち。なのに希死念慮をちらつかす。産業医にとってはトホホのうつ病なのである。

  もう一つ困惑するものに大人のADHDがある。産業医としては欠勤・早退が多い、単純ミスを繰り返すなどの問題で相談を受けることが多い。すぐに気が散り、(男でも)おしゃべりに花が咲く。なので、仕事はすべからく未完成、机上は未処理の書類でヤマとなる。おまけに身の回りの片付け・掃除ができないので周りはゴミの山。滅多に入浴もしないので、両肩には完成されたフケの山脈。臭気ぷんぷん。周りは窓を開け、消臭剤やスプレーを常備。なのに、本人は馬耳東風で他人事。何とも漫画チックな職場風景。
  だが、欠勤や単純ミスの繰り返しは笑い事では済まされない。頻回の欠勤は職場の規律や能率に影響する。不良部品の混入は納入先企業からの信用を失墜させ、契約解除になりかねない。そうなれば倒産は必至。産業医の責任は重い。しかし有効とされるリタリンが使えない現状で、できるのは生産ラインからは離れて貰うしかない。ともかく発達障害の職員の取り扱いは難しい。

  最後に、もう一つ問題が残っていた。この文章を書いている私自身がどうも成人版ADHDの疑いがあるのだ。どうしょう。


平成20年6月 第684号 掲載
「産業保健の話題(第82回)」

 

 

運動による健康保持増進

基幹相談員 竹内 亨
(担当分野:産業医学)

  日本人の死因の大半を占める生活習慣病は就労期間中に素地形成・発症・進展する。生活習慣病の一次予防並びに精神的な健康の獲得を目差し、労働安全衛生法で健康保持増進(THP)について以下のように定めた。すなわち、事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努め、労働者は、事業者の講ずる措置を利用して、健康の保持増進に努めるものとする。
  THPでは健康測定に続き、各種の指導を行うことになっているが、運動指導はTHPの中心になるものであり、労働者全員に行うことになっている。ここでは運動と健康保持増進について考えてみたい。

  人は加齢とともに各種臓器の機能や運動能力が低下する。じっとしていてはこの低下(=老化)を止められない。我々は経験的・感覚的に、運動しておれば、少なくとも運動に関連する能力とその関連臓器の機能を保持できることを知っている。
  しかし運動能力を保持することに意味があるだろうか?最近面白い論文を読んだので紹介したい(Sui, X et al. JAMA, 2007;298:2507-2516)。米国の60歳以上の男女2603人を対象に行ったコホート研究である。対象を、ある程度運動能力を有しているグループとそうでないグループの2群に分け、さらにそれぞれのグループのなかで、肥満か正常かに分け、死亡率を検討した論文である。
  結果は、ある程度運動能力を有しておれば、肥満、正常に関わらず、死亡率が低いという結果であった。もしこの結果が日本人にも当てはまるなら、特定健康診査で肥満を計測するより、運動能力を測定し、保健指導を行う方が良いことになる。
  この論文では肥満をBMI、腹囲、体脂肪率でそれぞれ評価しているが、いずれの基準で評価しても、ある程度運動能力を有するグループは死亡率が低かった。なお腹囲で評価する場合は、女性88.0cm以上、男性102.0cm以上を肥満としていた。

  運動すれば良いことは判っているが、どの程度の運動をどのくらいすれば良いのかが判らない。健康保持増進のためには最大酸素摂取量(VO2max)の50~60%の運動をすると良いと言われるが、どの程度の運動か皆目見当が付かない。心拍数を目安に運動強度を決める方法にKarvonen法がある。冠動脈疾患、不整脈のある人、極度の肥満者では適応できないとされているが、健康人が運動強度を知る上で有用な方法である。VO2maxの50-60%に相当する運動を行うとおおよそ以下の式で計算される目標心拍数になるというものである。

(最高心拍数 - 安静時心拍数) X (0.5~0.6)+安静時心拍数 = 目標心拍数

  なお最高心拍数は 220-年齢 で計算される。0.5~0.6は最大心拍予備能に対する強度で(山本、山崎、慶応義塾大学スポーツ医学研究センター紀要, 1999:33-39)、運動能力の低い人では、上記の式で得られる目標心拍数に至る運動はVO2maxの50%~60%より強い運動になってしまう(Goldberg, L., et al., Chest, 1988;94:95-98)。 運動の持続時間や頻度については、1日総運動時間として30分以上、週3回以上が望ましいとされている。国民健康・栄養調査では1回30分以上の運動を週2日以上実施し、1年以上継続している人を運動習慣有りと定義している。

  運動すれば当然酸素消費量が増える。酸素消費量が増えれば、健康に悪い活性酸素種が多く発生する可能性が高い。運動は酸化ストレスを誘発するから健康によくないと聞くことがある。確かにマラソンやトライアスロンのような極めて激しい運動では運動後活性酸素種による生体分子のダメージが増加すると報告されている。
  しかし適度な運動なら、有名な生化学のテキストにも(Berg・Tymoczko・Stryer、Biochemistry第6版, p519)、習慣的に運動することで活性酸素種消去酵素(例えばSOD)が誘導され、健康に良いと書かれている。我々もラットで同様の実験結果を得ている(Nakatani, K., et al., Free Radic Res, 2005;39:905-911)。

  最近実験でマウスに走って貰っている。回転車付きのケージで飼育するだけのことだが、何と一晩で数kmも走る。走るのは夜間のみである。回転車付きケージとそうでないケージで飼育したマウスの遺伝子発現パターンを比べると、明らかに差がある。運動は生体分子にも明らかな変化を誘発する。その変化が健康にどのように関連するかを現在検討中である。

  さて健康のために運動してみようと思われただろうか?“運動”より“体を動かす”という言葉が、健康保持増進には適切かもしれない。エレベータやエスカレーターではなく階段を使う、一階下のトイレを使う等、簡単なところから始めればよい。継続することが重要である。これまでは作業効率をあげるため、無駄な動きをなくす作業が導入されてきた。これからは運動を取り入れた、体を使う作業が復活するかもしれない。
  ちなみにKarvonen博士はフィンランド国立労働衛生研究所(当時はThe Institute of Occupational Health, Helsinki)に勤務し、彼らの有名な論文(Karvonen, MJ. et al., Ann. Med Exper Fenn, 1957;35:307-315)で、労働をトレーニング(運動能力の向上)に用いることが可能かという議論をしている。なお、労働は運動能力向上(健康保持増進ではなく)を目差す場合には強度不足と考察している。


平成20年5月 第683号 掲載
「産業保健の話題(第81回)」

 

 

「生きる意味」を求めて彷徨う現代人

基幹相談員 久留 一郎
(担当分野:カウンセリング)

  精神的に挫折し苦悩する人間は、多かれ少なかれ「生きる意味」の喪失的状況にあることが臨床的に知られている。彼らの多くは、不まじめで、不誠実さのために、不適応人間になっているのではなく、むしろ、極めてまじめで、誠実な人間であり、会社にとっては適応的人間といわれている。
  換言すれば、「会社人間としては適応的人間」であり、「一人の人間(個人)としては精神的に挫折し苦悩する存在」ともいえる。つまり、「社会的には適応的であり、個人的(情緒的)には不適応的である」という人間が増えつつある。一人の統合した人間であるべきなのに、どちらが「真実なる人間(現実の自分)」なのか、または「仮面をかぶった人間(理想の自分)」なのか理解しがたい現象がおきている。

  過剰適応といわれる会社人間は、バーン・アウト(燃えつき)症侯群に陥りやすいという。会社という「枠組み」の中で行動している時は、厳しいノルマに忠実であり、過激な競争社会に打ち勝つために生きている。ところが、心身ともにエネルギーを消耗し、疲弊すると、彼らの「生きる意味」は喪失的になり、うつ的、神経症的人間に変容することがある。言い換えれば、過剰適応的に会社に忠誠をつくしている状態は、自己を見失った「会社依存症の人間」ということもできる。

  人間は、時・空間的に「有限の世界」に存在している。時間的には、約80年のライフ・サイクルが考えられる。さまざまな空間(環境)に生きながら、人生80年をいかに生きるかは、当の本人の問題である。「いかに生きるか」によって、豊かな人生もあろうし、何のために生きてきたのかわからない人生もあろう。ただ一回限りにおいて、この宇宙に存在し得た自分の生命と人生を、ただ生物の種(しゅ)のように生きるか(自己喪失的、意味喪失的生き方)、自己実現的人間として「自分らしく」生きるか(自己確立的、意味志向的生き方)は、極めて重要であり、一人ひとりの人間の責任であると、「死に急ぐ人々へ」問いかけたいのである。

  一方、「自己を見失ない、死に急ぐ人」たちは、真っ暗闇の中で、光(生きる意味)を求めて、彷徨い、もがいているともいえる。実は、そのような彼らこそ、だれよりも「よりよく生きたい」という人間であり、真剣に「苦悩と対峙」している実存的(自己実現的)人間に思えるのである。  【注:「鹿児島労基3月号」より引用】


平成20年4月 第682号 掲載
「産業保健の話題(第80回)」

 

 

事業所としての医療機関の過重労働とメンタルヘルス

特別相談員 青山 公治
(担当分野:産業医学)

  過重労働による健康障害が問題となっており、平成17年の労働安全衛生法の改正により、前月1ヶ月に100時間以上の時間外労働をし、申し出た労働者に対する医師の面接指導が義務付けられた。
  しかし指導を行う医師自身が、診療の高密度化や診療外業務などの増加により激務をこなしており、医師の過労死や労災認定さえも発生している。事業所としての医療機関における過重労働・メンタルヘルスについては、その実態を調査した報告はこれまで少ない。 最近、(財)労災保険情報センターはそれらの実態調査を行った。本稿では、その調査報告書の一部を紹介し、その対策のあり方について述べる。

調査対象の医療機関

  全国の労災指定医療機関のうち、病床数20床以上のすべての医療機関を6,480と病床数1~19床の約半数3,991を対象としている。これらは全国の病院の約7割、有床診療所の約3割にあたる。調査票の回収率は43.3%で、この種の調査では高率である。病床数20床以上の施設から3,048件、病床数1~19床の施設から1,249件、病床数0及び不明の施設から236件(うち病床数0は220件)の回答を得ている。

調査結果の概要

  50人規模以上の事業所では。衛生委員会を設置して月1回以上開催することが義務付けられているが、医療機関の設置率は全体で72.1%、50~99人規模の施設では51.1%であった。設置している施設のうち、月1回以上開催している施設は、全体で62.6%、50~99人規模では52.1%であったとしている。

  平均時間外労働時間数については、常勤医師数51~100人及び101人以上の施設で、それぞれ15.3%,11.0%の施設が月45時間以上と回答し、病院医師の過重労働の状況が強く示唆されたとしている。一方、常勤医師が50人以下の施設では、月平均45時間以上の時間外労働がみられる施設は10%に満たなかったとしている。
  しかし、時間外労働時間数の把握法について、「把握していない」および「本人の申告」とする施設が56.4%を占めていることは考慮すべきであるとしている。時間外労働が顕著な職員に対する対応は、「就業時間の短縮や時間外労働制限」が全施設の9.3%で、「特に行っていない」や「該当者はいない」が6割近くあり、対策の閉塞感が窺えるとしている。これらの点は他の医療機関における対策参考事例の教材や情報の配布などの要望が多かったことと符合しており、医療機関は過重労働等の対策に取り組むことの必要性を感じているとしている。

  労働者における心の健康作りのための指針等の国の施策についての認識度は、「内容を詳しく、あるいはある程度知っている」と回答した施設は全体で29.0%であり、病床規模が大きいほど認知率は高いとしている(21.8~41.7%)。「心の病」による休業者のいる施設は全体で11.3%、300床以上の規模では44.8%であり、その割合は他業種に比べ低いとしている。その要因として、施設内での早期の対応や治療も考えられるが、その他、特に小規模施設では、雇用者側の事情や、多くが有資格者であるため、特に人間関係の問題の場合、容易に退職・転職するケースが多いという事情も背景にあろうとしている。休業職員に対する復帰対策の未実施の施設は、休業者ありとする施設のうち55.9%であり、その傾向は小規模になるほど多くなるとしている(42.7~83.9%)。

  過重労働対策についての問題点の自由記述では、診療報酬の削減、地理的条件、新研修医制度等により人材確保が困難となった結果、医療の安全を守るために、医師、看護師等の過重労働に拍車がかかっている現状を訴える回答が多かったとしている。報告書では、医療機関における過重労働対策やメンタルヘルス対策については、医療機関特有の事情を踏まえつつ、国の施策などを周知徹底し、他の医療機関における好事例などの情報を共有しながら、その対策を進めていく必要があると結んでいる。

医療機関における過重労働・メンタルヘルス対策のあり方

  従来、多くの医師が忙しくとも医師の職務を使命として、献身的な努力で我が国の医療を支えてきたと言える。それ故、産業保健の立場からあまりその現状を問題視してこなかった。
  しかしこれからは医療機関も劣悪な労働条件の事業所としての認識を事業主(院長)はもつべきである。安心・安全で質の高い医療を提供するためには、提供者である医療機関とその従事者が健全であることが基本である。過重労働の軽減策として人材確保が必要であり、そしてそれが医療費抑制でままならないとなると、事業主としては現有するスタッフを支援し、理解を求めることが重要だろう。
  医療機関における過重労働・メンタルヘルスの問題解決は、ひとつの事業所の努力では限界があり、地域医療を維持し、国民の健康を保持していくための国レベルの真の対策を講じなければ解決し得ないのではないかと思えてならない。


平成20年3月 第681号 掲載
「産業保健の話題(第79回)」

 

 

救援隊のメンタル・ヘルスとサイコ・エデュケーション(心理教育)

基幹相談員 久留 一郎
(担当分野:カウンセリング)

  サイコ・エデュケーション(心理教育)とは、例えば、被害者やその家族がトラウマついての教育を受け、その知識をもつことにより、トラウマの対処の仕方が明らかになり、混乱を防ぎ、問題を重篤化させないという予防的、対処的方法である。

  救援隊もその「心理教育」を受けることにより、「正常な反応」として自分の症状を理解すること(ノーマライゼーション)で、心理的なストレスから解放される。すなわち、トラウマや惨事ストレスは「弱音」ではなく、人間の「正常な、自然な反応」として受けとめ、理解を深める。そして、隊員同士で救援活動の場で体験したこと、感じたことなどを自己表明する(ディブリーフィング)ことで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やCIS(惨事ストレス障害)の予防的方法にもなるといわれる。
  救援する側のメンタルヘルスのありようは、今後、重要な問題になるものと思われる。救援する側の精神的健全性が,被災者や被害者の確かな救援につながるからである。

  これまでわが国では、救援者のメンタルヘルスはあまり配慮されず、もっぱら救援者個人の資質や”がんばり”、ときには彼らの”武士”的自己犠牲が無意識裡に期待されていた。しかし、それでは受傷から長期的に安定した被災者援助活動を期待することはできない。救援者が被災者援助活動の中で二次的被害を被って燃え尽きを起こしたり、PTSDを発症したりすることが現実にあるからである。
  逆に救援者に起こってくるPTSDをはじめとするさまざまな状態像に予防的に対処することができれば、被災者援助機能は必ずや増大し、安定化するはずである。したがって、救援者にはできるだけ平時から必要最低限のメンタルヘルス教育を施しておく必要がある。救援者は、メンタルヘルスの知識に基づいてセルフケアをするとともに、被災者援助業務においてもその知識を生かすことができるようになれば、まさに一石二鳥である(岩井ら、2002)。

  総務省消防庁(2003)によると、すべての消防本部は、CISの背景を十分認識し、消防職員といえどもCISを受けるものであるという組織風土の醸成が何よりも必要であると述べている。そのうえで、消防職員が常に万全な状態で任務を遂行できるように、消防本部はCIS対策を講じて、その影響の防止あるいは軽減に努めなければならい。このことは、消防職員の精神衛生面の対策ということにとどまらず、防災体制の確保という観点からも必要なことである。また、消防職員のみならず、海上保安官、警察官、救命救急士、その他多くの救援者に対するメンタルヘルス対策を早急に実施することが求められている。

引用文献

久留 一郎「災害救助と惨事ストレス障害~救援隊のメンタルヘルス」 催眠と科学 22巻1号(近刊)


平成20年2月 第680号 掲載
「産業保健の話題(第78回)」

 

 

慢性うつ病患者の職場復帰支援

特別相談員 野添 新一
(担当分野:メンタルヘルス)

  わが国における自殺者のうち、働き盛り(多くは中年者)の占める割合は約25%(年間約8、000人)である。最近メンタルヘルス問題が各方面で取り上げられ、対策が講じられているにも関わらず、この数は減少していない。理由の一つに、うつ病の遷延化が職場復帰を阻害していることが考えられる。ここではうつ病遷延化を予防するための留意点を述べる。

1 うつ病に関する認知の不足と偏見

  うつ病になりやすい人は真面目で律義な人柄と受け止められる反面、変化に対応する柔軟性の乏しさが特徴とされる。発病前の患者にとって、うつ病の知識はないに等しく、くわえて発病による思考力も低下するので、うつ病克服のための正常な認知に基づく行動がとれない。周りもうつ病に対する偏見を抱き、沈んだ表情の人にどのように接してよいか分からず,話しかけを避けてしまう。つまり、生来の柔軟性の乏しさと病気自体の影響が相俟って患者は孤立し、孤独に陥ってしまうことになる。日頃からうつ病に対する正しい認知と対処法を習得しておくことが大切である。

2 慢性化要因を早期に明らかにする

  臨床各科で遭遇するうつ病は単極性タイプが多く適格な薬物の使用で改善することが多い。ただ服用後3ヶ月から6ヶ月経過しても回復の兆しの見えない場合、

  1. 発症前後のストレス、たとえば上司や同僚とのトラブルについて怖さや不安を感じていないか、過重労働など職場に対する不満・不適応感、解決困難な家庭内トラブルを引きずっていないか。
  2. うつ病と診断され離職や家族の将来について過度に思い煩っていないか。
  3. 加齢による心身の変化や限界、身体的合併症(肥満や高血圧、睡眠リズムの障害など)

  などについて検討する。

3 対処法
① 不適切な認知を改める

  仕事の失敗、上司による叱責、同僚との人間関係などに関して、実際は些細な問題であるのに過度な評価を下し、悩みを深めていないか。
  また事実とは違う結論、たとえば上司は今後自分を評価してくれないと誤った結論を出していないか。いずれも、かねての思考が「良いー悪い」の「2極的思考」や「・・すべし」「・・しなければならない」などの「すべし思考」に基づいていることが多い。柔軟な思考法への修正を求める。

② サポートシステムを改善する

  病気を理由に自己卑下し、人を避け孤独に逃げ込むことが多い。家族もどう対応してよいか迷っているので支えながら指導していく。配偶者も働いているとか、夫婦間の問題が存在する場合、孤独感や悲哀感を深めやすい。
  また、同僚との交流も避けるので、定期的に連絡を取り合うなどの協力をお願いする。

③ 人生の節目への気づき

  うつ病に陥りやすい年齢層は中年が多い。30代と同じような頑張りの日々を過ごしていないか、今の職場への適応に能力や体力の面で限界を感じていないか、喪失体験(親や子どもとの離別、配置転換や単身赴任など)が引き金となっていないかなどを早めに検討することが必要である。


平成20年1月 第679号 掲載
「産業保健の話題(第77回)」