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令和5年バックナンバー

本気で職場での転倒を防ぐ

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
  冨宿 明子
(ヘルスサポートセンター鹿児島)
(担当分野:産業医学)

今、労働安全衛生の業界では、転倒予防が大流行しています。どれくらい流行しているかというと、厚生労働省が吉本興業とコラボして動画を配信しているくらいです。ご興味がおありの方は、「厚労省 転倒」で検索してみて下さい。厚労省ホームページ内から動画のサイトへとんで、教育動画を視聴できます。マヂカルラブリー、アインシュタイン、男性ブランコ、ぼる塾がお好きな方にお勧めです。

転倒が注目されるようになった理由はおそらく、労働者における高齢女性の割合がアップしたからなのでしょう。若い人であれば、体のバランスを崩してもなかなか転倒にまで至りません。また男性であれば、骨密度が女性と比べて高いため、転倒しても骨折にまで至りにくいでしょう。増えてきた高齢女性が転倒して、骨折して、仕事を休んで休業災害としてカウントされるから、転倒が目立ってきたのだと思います。

とはいえ、高齢であることも女性であることも、変えることはできません。転倒からの骨折を防ぐためには、変えられることを変えていくしかないのです。先にご紹介した厚労省のサイトに、職場での転倒の予防ポイントが書かれたポスターがダウンロードできるようになっています。具体的には、滑りやすいところや段差には注意を促す標識を立てる、床にこぼれた水や油はすぐに拭き取る、段差ではなくスロープに変更する、滑りにくい靴を履く、歩きスマホしない、通路に荷物を置かない、階段のあたりは明るくしておく、などです。

さて、遅ればせながら自己紹介します。私はいくつかの会社の嘱託産業医としても働いている、産業医大の麻酔科出身の52歳の女です。そんな私が、もし仕事中に転倒したら。尻もちをつけば大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折や椎体骨折、手をつけば橈骨遠位端骨折を負うでしょう。衛生管理者は「口だけの産業医」「医者の不養生」と私を軽蔑するでしょう。下手すると今後の産業医契約にヒビが入るかもしれません(骨折だけに)。

そのため私は、普段から転倒にはかなり気を付けています。特に階段を下るときは、上りでつまずくよりも重大事故になりそうなので、絶対に手すりをつかみます。多くの職場で「手すりをつかみましょう」という標識を見かけますが、私が観察したところ本当に手すりをつかんでいる人は1割未満です。手すりをつかむのは相当の変わり者なのです。ですから私が手すりをつかんで階段を下りていると、たまに「体調悪いの?」と声をかけられます。いや、安全衛生委員会で、今、「手すりをつかみましょう」っていう話をしたでしょ…。

厚労省の転倒予防対策の具体例については上でご紹介しましたが、書かれているのを見たことはないけど私が個人的に重要と感じている具体例をもう一つ。それは、「二人で会話しながら歩くときは、立場が上の人が、下の人の転倒予防に気を配る」ということ。立場が下の人は、相手に失礼がないよう、相手の顔を見ながら相槌を打っていて、自分の足元を見ていません!

令和5年12月 第870号 掲載
「産業保健の話題(第268回)」

化学物質リスクアセスメントと自律的管理について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)

現在、化学物質による休業4日以上の労働災害発生は特別規則(法規制)以外で約8割を占める状況にあります。このため更なる化学物質管理の徹底が必要なことから法改正されました。

現状の化学物質管理状況では、特別規則(有機溶剤・特化物等123物質)及び許容濃度・ばく露限界値が示されている危険・有害な物質(計674物質)がリスクアセスメント義務化されています。しかし今後は拡大されて2026年頃までに約2,900物質が順次義務化される予定です。更にこれらの物質には国が新たに定めるばく露濃度基準値(ばく露管理値)が設定され、この濃度基準値以下にすることが義務化されます(安衛則第577条の2)。又管理体制等(化学物質管理者・化学物質管理専門家・作業環境管理専門家・保護具管理責任者の選任・意見聴取・届け出・記録・保存等)が確立され実効性が期待できる内容の法改正です。

ここで濃度基準値以下であることを確認する方法としてリスクアセスメント手法が適用されます。具体的なリスクアセスメント手法は化学物質リスクアセスメント指針(平成27年9月改正)で公表されていますが、概要は実測法として①個人ばく露測定の測定値と濃度基準値を比較する方法(個人ばく露測定法)②作業環境測定(C・D測定)の測定値と濃度基準値を比較する方法(個人ばく露サンプリング法)③作業環境測定(A・B測定)の第一評価値を濃度基準値と比較する方法(定点測定)等があります。又リスク推定法として厚生労働省が作成したCREATE-SIMPLE(クリエイト・シンプル)の数理モデルによる推定ばく露濃度と濃度基準値と比較する方法(ばく露濃度の推定による方法)等で、どのリスクアセスメント手法を採用するかは事業者が選択することになります。

特に、CREATE-SIMPLEはあらゆる業種の化学物質取扱事業者に向けた簡易なリスクアセスメントツールで、取扱い条件(取扱量、含有率、換気条件、作業時間・頻度、保護具の有無等)から推定したばく露濃度とばく露限界値を比較する方法でPC(Excel)上の操作でリスク評価(有害性)されます。更に改善条件を入力することでリスク再評価もされます。そこでリスクアセスメント実施に際しては最初にCREATE-SIMPLE(リスク推定法)を実施して、その結果により実測法の選択が効率的と思われます。

実施時期は、法令上の実施義務としてリスクアセスメント対象物を採用する場合、新しい作業方法や手順を採用する場合、危険性有害性情報等に変化があるとき等が該当します。また、労災が発生した場合や、既に取り扱っていた物質が対象物質として新たに追加された場合等の、リスクアセスメントは努力義務となります。

このように、リスクアセスメント対象物(約2,900物質)の濃度基準値以下の法制化及び確認手段として化学物質リスクアセスメント手法の選択実施、そして新たな管理体制等を主軸にした自律的管理の機能が有効に発揮され、定着することで災害件数の減少が更に期待されます。

令和5年11月 第869号 掲載
「産業保健の話題(第267回)」

バーンアウトをいかに防ぐか

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
 網谷 東方
(鹿児島大学医歯学総合研究科 心身内科学 講師)
(担当分野:メンタルヘルス)

2024年4月から、医師の働き方改革の一環として、医師に対する時間外労働の上限規制が適用されることとなりました。長時間労働医師に対して行われる面接指導では、「バーンアウト(燃え尽き)」についても、留意することとなっています。

バーンアウトは、1974年にFreudenbergerが初めて提唱し、1981年にMaslachがその概念を確立しました1)。医師は対人援助職であり、感情労働を伴うために、他の職種よりもバーンアウトの有病率が高いといわれており、米国医師の有病率は40~50%と推定されています2)。WHOが発行する「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(国際疾病分類)」第11版(ICD-11)は、バーンアウトについて、「持続的な職場のストレスにうまく対処できずにいた結果として生じる症候群であり、①感情的消耗、②共感喪失および③職業的達成感の低下の3つを特徴とする」と定義しています。ここで、「バーンアウトは、うつ病と何が違うのか?」と思われた先生もいらっしゃるのではないかと思います。これにつきましては、現在、世界中で議論されていますが、未だ結論が出ていないのが現状です3)

医師のバーンアウトは、キャリア形成への影響などの個人としての問題のみならず、欠勤、離職や医療過誤など、医療システム全体に影響を及ぼす大きな問題です。19の研究を対象としたメタ解析では、バーンアウトを軽減するためには、医師個人の工夫と比較して、組織的な介入がより有効であることが示されました4)。組織的な介入につきましては、今回の医師の働き方改革において、様々な工夫が盛り込まれています5)。紙面の関係上、ここではその詳細な説明は割愛いたします。

バーンアウトに対し、個人レベルでの対策はどうしたらよいのか。それには、①「気づく」、②「休息をとる」、③「レジリエンスを高める」の少なくとも3つがあります。一つ目の「気づく」についてですが、まずは自分の心が疲れていることに気づけるようになることが重要です。どれだけ疲れているのか、自分では気づきにくいのも事実です。周囲の人からの指摘に耳を傾けるようにすると、気づきやすくなると思われます。次に「休息をとる」についてですが、医師は対人援助職であり、個人の特性として頑張り過ぎる傾向があります。「心がとても疲れている」と感じた時には、“勇気をもって”休むことが重要です。三つ目の「レジリエンスを高める」ですが、レジリエンスは「心の回復力」、もしくは「ストレスに対して素早く立ち直る力」と言い換えることもできます。レジリエンスを高める方法として、運動、マインドフルネス、ヨガや他にもいろいろな方法がありますが、自分に合ったものを見つけ、それを継続することが重要です。

医師の働き方改革は、バーンアウトに対する組織的な介入という側面があり、その効果については、今後、評価されていくことと思います。個人としても、バーンアウトしないように気をつけながら、楽しく働いていきたいものです。

参考文献
1)Maslach C and Jackson SE. J OccupBehav 1981 ; 2 : 99−113.
2)Shanafelt TD et al. Mayo Clin Proc2022 ; 97 : 491−506.
3)Tavell G et al. J Affect Disord 2023;339 : 561−570.
4)Panagioti M et al. JAMA Intern Med2017 ; 177 : 195−205.
5)厚生労働省.「病院長、医師として押さえておくべき、医師の働き方改革」.
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/pdf/information/2021/20220404_01.pdf

令和5年10月 第868号 掲載
「産業保健の話題(第266回)」

診察室雑感

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
大迫 政智
(メンタルヘルスかごしま中央クリニック)
(担当分野:メンタルヘルス)

コロナ禍の体調不良や業務量増加等の理由でやむなく離職された患者さんや家族の方が少なくありません。休職ないし退職する従業員が増え、従業員1人あたりの業務量も増加しているようです。この状況は従業員の心身におそらく多様なストレス因となっている、と考えなければならないのでしょう。

当クリニックに通院しているうつ病圏の患者さんの症状で、この1〜2年感じていること。うつ症状に典型的な抑うつ気分、意欲低下という症状はこれまで通り多く認められます。それとともに、漠然とした不安感、なんとなく冴えない、倦怠感といった典型的とはいえない症状を訴える患者さんが増えてきている、これは最近の変化と感じています。

職場でのパワハラやセクハラに関する相談。これは従前からもありましたが、この1〜2年も変わらず、或いはやや増えている印象です(職場におけるこれらのハラスメントに対する防止対策は、すべての事業主において2022年4月1日から義務化されているにもかかわらず)。

Ⅰ. パワーハラスメントの定義
①優越的な関係を背景とした言動
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③労働者の就業環境が害されるもの
これら①〜③までの要素をすべて満たすもの

Ⅱ. 妊娠・出産に関するハラスメントの定義
職場において行われる上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した女性労働者や育児休業等を申出・取得した男女労働者等の就業環境が害されること(解雇、降格、不利益な配置変更等)

Ⅲ. セクシャルハラスメントの定義
職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されること(性的な冗談やからかい、食事を執拗に誘う、性的な関係を強要したり、必要なく身体へ接触する等)
<以上、厚生労働省ホームページ資料から引用>

防止対策が義務化されているとはいえ、患者さんが録音してきたスマホからは、怒声・叱責・誹謗・中傷の大声が聞こえてきます。また、過度に接近してくるキモい上司への恐怖感の訴えも診察室で減ることはありません。小規模事業所では、従業員が職場を訴えることはほぼ非現実的です。耐えるか、耐えられず精神不調となるか、結果として辞めるか、これが現状です。

産業医として、職場のメンタルヘルス環境と物理的環境と、多面的に目を向ける必要をあらためて感じます。

令和5年9月 第867号 掲載
「産業保健の話題(第265回)」

自殺対策の更なる推進・強化に向けて

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
春日井 基文
(担当分野:メンタルヘルス)

令和4年の人口動態統計(概数)によると、全国の自殺者数は21,238人(対前年比947人増)、自殺死亡率は17.4(対前年比0.9増)であり、コロナ禍などによる様々な影響から自殺者が増加したことが明らかになりました。一方、鹿児島県の自殺者数は315人(対前年比65人増)、自殺死亡率20.3(対前年比4.3増)と令和3年と比べて自殺者数及び自殺死亡率ともに大幅に増加しました。鹿児島県の自殺者数が300人を超えたのは平成27年(312人)以来の7年ぶり、自殺死亡率が20を超えたのは平成26年(21.4)以来の8年ぶりです。さらに、鹿児島県の自殺死亡率20.3は都道府県別で4番目に高い数値でした。

全国的には、自殺者数は依然として毎年2万人を超える水準で推移しており、男性が大きな割合を占める状況は続いたまま、女性の自殺者数の増加や小中高生の自殺者が過去最多の水準となりました。この状況を踏まえて令和4年10月に新たな「自殺総合対策大綱」が閣議決定され、「子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化、女性に対する支援の強化、地域自殺対策の取組強化、総合的な自殺対策の更なる推進・強化」が打ち出されました。また、令和5年度は鹿児島県自殺対策計画の改定の年であり、誰も自殺に追い込まれることのない鹿児島県を実現するため、自殺対策の更なる推進・強化が求められます。

自殺対策の更なる推進・強化の前提として、自殺者の特性に関する現状把握が必要となります。そのデータのひとつに、いのち支える自殺対策推進センターが毎年作成する「地域自殺実態プロファイル」があります。最新の「地域自殺実態プロファイル2022」によると鹿児島県の自殺者の特性上位5区分(2017〜2021年)は「1位:男性60歳以上無職同居、2位:男性60歳以上無職独居、3位:男性40〜59歳有職同居、4位:女性60歳以上無職同居、5位:男性20〜39歳有職同居」となっています。産業保健に関係する第3位の「男性40〜59歳有職同居」の背景にある主な自殺の危機経路は「配置転換→過労→職場の人間関係の悩み+仕事の失敗→うつ状態→自殺」であり、第5位の「男性20〜39歳有職同居」の背景にある主な自殺の危機経路は「職場の人間関係/仕事の悩み(ブラック企業)→パワハラ+過労→うつ状態→自殺」となっています。但し、これらは自殺者の特性別にみて代表的と考えられる経路の一例であり、唯一のものではありません。また、鹿児島県全体では第3位の「男性40〜59歳有職同居」が鹿児島医療圏では第1位となっており、自殺対策における職場のメンタルヘルスの重要性がわかります。

最後になりますが、今回の「産業保健の話題」が皆様の日常診療において有職の男性が不眠や不定愁訴で受診された場合、「配置転換はなかったか?」「過労はないか?」「職場の人間関係の悩みや仕事の失敗はなかったか?」など心理社会的背景を問診する動機付けとなり、「うつ状態」や「自殺念慮」の早期発見、専門医療機関との連携による早期治療につながるきっかけとなれば幸いです。

令和5年8月 第866号 掲載
「産業保健の話題(第264回)」

「国民健康づくり計画「健康日本21(第3次)」について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
前田 雅人
(担当分野:産業医学)

令和5年4月20日に厚生労働省は令和6(2024)年度から令和17(2035)年度までの12年間の国民健康づくり計画「健康日本21(第3次)」について、4つの基本的な方向性として、1.健康寿命の延伸と健康格差の縮小、2.個人の行動と健康状態の改善、3.社会環境の質の向上、4.ライフコースアプローチ(胎児期から高齢期に至るまでの人の生涯を経時的に捉える)を踏まえた健康づくりを掲げ、令和14年度までの具体的な数値目標を公表した。主なものとして、1)BMI18.5以上25未満(65歳以上はBMI20以上25未満)の者の割合を60.3%から66%に増やす、2)野菜摂取量(1日当たり)を281gから350gに増やす、3)果物摂取量(1日当たり)を99gから200gに増やす、4)食塩摂取量(1日当たり)を10.1gから7gに減らす、5)1日の歩数の平均値を6,278歩(20〜64歳:男性7,864歩、女性6,685歩、65歳以上:男性5,396歩、女性4,656歩)から7,100歩(20〜64歳:男性8,000歩、女性8,000歩、65歳以上:男性6,000歩、女性6,000歩)に増やす、6)睡眠を十分に確保できる人(6〜9時間、60歳以上は6〜8時間)を60%に増やす(現状20〜59歳53.2%、60歳以上55.8%)、7)喫煙率の減少(喫煙をやめたい者がやめる)(20歳以上の者の喫煙率16.7%から12%に減らす)、8)メタボリックシンドロームの該当者及び予備群の人数(血糖判定基準として「Glu≧110mg/dl、またはHbA1c≧6.0%」としており、厳密にはメタボリックシンドロームの診断とは異なる)を約1,516万人から減らす、9)ロコモティブシンドロームの項目として、足腰に痛みのある人数(65歳以上、人口千人当たり)を232人から210人に減らす、といった多岐にわたる生活習慣の改善などに関する目標が立てられている。

そもそも「健康日本21」とは、1.壮年期死亡の減少、2.健康寿命を延伸、3.生活の質の向上を目指し、平成12(2000)年度から平成24(2012)年度まで、9分野(栄養・食生活、身体活動・運動、休養・こころの健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がん)に具体的な数値目標を掲げ、取り組んだものである。

「健康日本21(第2次)」(平成25((2013))年度から令和4((2022))年度まで)では、目標値に8項目が達しており、具体的には、1)健康寿命の延伸(日常生活に制限のない期間の平均の延伸)(男性70.42年⇒72.68年、 女性73.62年 ⇒75.38年 )、2)75歳未満のがんの年齢調整死亡率の減少(10万人当たり)(84.3⇒70.0)、3)脳血管疾患・虚血性心疾患の年齢調整死亡率の減少(10万人当たり)(脳血管疾患:男性49.5⇒33.2、女性26.9⇒18.0、虚血性心疾患:男性37.0⇒27.8、女性15.3⇒9.3)、4)血糖コントロール指標におけるコントロール不良者(HbA1cがJDS値8.0%((NGSP値 8.4%))以上の者)の割合の減少(1.2%⇒0.94%)、5)小児人口10万人当たりの小児科医・児童精神科医の割合の増加(小児科医94.4⇒112.4、児童精神科医10.5⇒17.3)、6)認知症サポーター数の増加(330万人⇒1264万人)、7)低栄養傾向(BMI20以下)の高齢者の割合の増加の抑制(17.4%⇒16.8%)、8)共食の増加(食事を1人で食べる子どもの割合の減少)(小学生の朝食15.3%⇒12.1%、中学生の朝食33.7%⇒28.8%、小学生の夕食2.2%⇒1.6%、中学生の夕食6.0%⇒4.3%)、などに成果がみられた。

令和5年5月8日から新型コロナウイルス感染症の感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の通称名)上の取り扱いが、2類相当から5類(季節性インフルエンザなどが該当)に移行した。新型コロナウイルス感染症がなくなったわけではないが、人々の活動範囲が広がりつつある今、個人はもとより、自治体、大学、企業や民間団体などが協力し、連携しあい、より効果的な健康づくり施策を展開できればと思う。

令和5年7月 第865号 掲載
「産業保健の話題(第263回)」

呼吸用保護具のフィットテスト

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
東 正樹
(株式会社 鹿児島環境測定分析センター 代表取締役)
(担当分野:労働衛生工学)

1.はじめに

特定化学物質障害予防規則が改正され、金属アーク溶接作業を行う事業者は年1回のフィットテストが義務となりました。今回は、このフィットテストの概要と事業場に指導するポイントをお伝えいたします。

2.フィットテストとは

呼吸用保護具は、顔に密着していないと空気が漏れてしまい性能を発揮できません。この空気が漏れる程度を調べるのがフィットテストです。

フィットテストには定性的フィットテストと定量的フィットテストの2種類あり、それぞれ次のような特徴があります。なお、フード及びフェイスシールド型の呼吸用保護具は顔に密着させないため、フィットテストの対象外です。

[定性的フィットテスト]
概要:サッカリン溶液又はビトレックス溶液を噴霧して、味を感じた場合に空気の漏れがあると判定する
メリット:高価な測定機器が不要
デメリット:味の感知は被験者の自己申告によるため、客観性の確保が困難

[定量的フィットテスト]
概要:専用の機器で面体の内と外の粒子の個数を計測し、呼吸用保護具と顔面との密着性の程度を確認する
メリット:粒子数で管理するため、客観性が高い
デメリット:テストのための面体や測定機器等が必要

3.フィットテストを行うべき作業場とは

金属アーク溶接作業場では令和5年4月1日より年1回のフィットテストが義務化されましたが、作業環境測定結果が第三管理区分に区分され、作業環境管理専門家が改善困難と判断した場合も新たにフィットテストが義務となります(令和6年4月1日より)。

第三管理区分に区分された作業場は改善義務が課されますが、どうしても第一管理区分や第二管理区分に改善できない作業場が存在します。そのような作業場ではこれまで呼吸用保護具を着用するなどの対策がなされていましたが、フィットテストによって有効性を担保することになりました。

産業医の先生方は、金属アーク溶接作業や第三管理区分の作業場で働く労働者のフィットテストが義務となったことを事業場へご指導ください。

このほか、リスクアセスメントに基づく措置として呼吸用保護具を使用する事業場では、呼吸用保護具の有効性の確認方法としてフィットテストが推奨されます。

4.フィットテストの実施方法及び外部委託について

フィットテストの実施方法はJIS T8150に規定されていますが、実施者が理解すべき点をまとめたものとして呼吸用保護具フィットテスト実施マニュアル((公社)日本保安用品協会発行)があります。また、中央労働災害防止協会がマスクフィットテスト実施者養成研修を実施しているので、必要に応じ受講を勧奨してください。

なお、フィットテストを外部に委託しようとする場合は、作業環境測定機関で対応可能な場合が多いので、当該機関へお問い合わせください。

5.おわりに

フィットテストは、これまでわが国になかった新しい呼吸用保護具の管理手法です。呼吸用保護具の有効性を確認する有力なツールとなることから、金属アーク溶接作業だけではなく、様々な有害作業場で労働者のばく露防止に役立つことが期待されます。

令和5年6月 第864号 掲載
「産業保健の話題(第262回)」

「コロナ禍」がメンタルヘルス問題に与えた影響と今後について

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
赤崎 安昭
(鹿児島大学医学部保健学科・同大学院保健学研究科 教授・学科長・研究科長)
(担当分野:メンタルヘルス)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック(いわゆるコロナ禍)によって世界中の人達の生活が一変しました。しかし、令和4年9月14日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長がパンデミックの終わりが視野に入ってきたと述べ、さらに、バイデン米国大統領がパンデミックの終息を宣言したことにより、世界的に楽観的な考えが主流になってきました。わが国では厚生労働省が、「感染を広げない」、「自分自身を感染から守る」という条件付きで、「これまで屋外では、マスク着用は原則不要、屋内では原則着用としていましたが、令和5年3月13日以降、マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、ご配慮をお願いします」と発表しました。鹿児島県医師会も基本的な感染対策を継続しつつ、厚生労働省と足並みをそろえて、「役職員および来館者等のマスク着用について、個人の判断に委ねることを基本とする」ことになりました。

筆者は、コロナ禍当初から、鹿児島県医師会報で「COVID-19に関連するメンタルヘルス問題」を取り上げ、不調を感じたら躊躇することなく、周囲の人達に相談をすることを呼びかけてきました。そして、「withコロナ」に突入した今、COVID-19がメンタルヘルス問題に及ぼした影響が学術誌に発表されるようになりました。それらによりますと、コロナ禍では、世界的に不安障害、うつ病が大幅に増加しました。そして、わが国では、令和2年、自殺者数が11年ぶりに増加し、特に若い世代、女性において顕著であったことが明らかになりました。令和3年以降は、自殺者数はわずかに減少したものの高い水準に留まっています。ちなみに、自殺に至った要因としては、男性では仕事のストレスが関連しており、コロナ禍での経済問題が大きく影響を及ぼしていることが示唆されています。女性では、失職、介護負担、健康問題、休校、在宅勤務、医療サービス利用の制限が影響していることが示唆されています。子供達に関しては、精神発達への影響が懸念されており、生活リズムの乱れ、学習および社会経験を養う機会等が失われ、発達期に必要な貴重な体験を逸していることが指摘されています。コロナ禍が子供達の精神発達に与えた影響は、長期的視点を持ち観察する必要があると思います。また、我々医療従事者のメンタルヘルス問題も深刻でした。コロナ禍初期には、「感染患者=医療従事者」というスティグマに晒され、誹謗中傷、“道徳的負傷”、燃え尽き症候群等の問題が多発しました。そして、医療従事者の5人に1人が不安やうつ病症状を発症しました。

本稿は、「マスクの自由化」が宣言され、1週間経過した時点で書きました。現時点では、筆者が関わっている医療従事者はもちろんですが、ご近所の方々(医療従事者ではない方々)もいまだにマスクをはずしていません。わが国に「マスクなしの生活」が定着するのはいつのことでしょう。政府は、5月8日にCOVID-19を「2類相当」から「5類」(インフルエンザ等)に移行することを決定しています。その頃になると、マスク着用者が減るのでしょうか。見守りたいと思います。

最後に、精神科医として「脱マスク」がメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすのか予測してみたいと思います。テレビの街頭インタビュー等を視聴していますと、「感染が怖いのでマスクをはずすことが不安」、「マスクをはずすとお化粧の手抜きができなくなるので面倒くさい」、「マスクをはずすとちゃんと髭を剃らないといけないので面倒くさい」、「テレワークが減り会社に出勤する日数が増えるので面倒くさい」等と、本来感染防止対策として着用していたマスクが、本来の目的とは異なる目的で使用されつつあるようにも思えます。実は、それと同じような現象が、精神科の臨床でも散見されます。それは、対人緊張が強い神経症圏内の患者さんに顕著です。マスクは顔の半分を覆い隠すため、「対人緊張の防護具」になっているのです。さて、上記のような「面倒くさい」と言う人達や、対人緊張が強い患者さん達の陳述を考慮しますと、それぞれの「マスクの使用目的は何か?」ということが、マスクをはずす時期に影響を及ぼすのではないでしょうか。

産業医の皆様、ウイルスが根絶されるわけではないのですが、COVID-19問題は終息の方向に向かっています。いずれ社会全体がコロナ禍前の日常に戻ることでしょう。しかし、コロナ禍前の日常が戻ってもCOVID-19に対する不安・抑うつを抱えて社会生活が障害されている「労働者」がいましたら、鹿児島産業保健総合センターにご相談ください。相談料は「無料」です。

末筆ながら、医療に携わる会員の皆様におかれましては、引き続き感染防止対策を行う必要があります。正しく怖がりながら、心身共にご自愛くださいませ。

令和5年5月 第863号 掲載
「産業保健の話題(第261回)」

新入職者を迎えて、産業保健について考える

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
堀内 正久
(鹿児島大学 衛生学・健康増進医学)
(担当分野:産業医学)

 

4月は、職場に新しい人が入ってきて、職場の活気が高まる時期でもある。鹿児島大学桜ヶ丘地区の産業医として、新入職者を迎えて、産業保健について考えたことを記載したい。4月1日は、大学病院のオリエンテーションが行われ、鶴陵会館のホールが熱気につつまれる日である。看護部で言えば、毎年、100名近くの入職者(今年は92名の予定)があり、私自身、その若い力に期待をするところである。最初のうちは、喜んでいたが、ある時にふと気づいたことがある。看護部の総数は、700名程度(2023年現在、735名)であり、100名近くの新入職者がいるということは、100名近くの方が退職をしているということであった。実際に、3年離職率や5年離職率という数字は高く、悪い意味で、高い値を持続している。大学病院という特殊な職場ではあるが、医療の継続性ということを考えると、やはり、これらの数字は、もっと低い数字を目指す必要があるだろう。若い方が、長く勤務することが可能な職場環境の維持は、まさに、産業医の果たすべき役割であり、春の訪れとともに、毎年、考えさせられることでもある。

入職に先立ち、1月以降、新入職者の健康診断結果を診る機会が多くある。20代女性の痩せや貧血などを見ることがあり、必要に応じて、治療を指示することもある。事務には、雇入時の健康診断はどこで受診したらよいですかとの問い合わせが毎年あると聞いた。大学病院の入職者の受診率は100%であるが、安衛法上、必須の健康診断であるが、労基署への届け出義務のないことから、一般の事業所では受診率が100%でないことは想像に難くない。そもそも、受診率が算出されていないことに、産業保健の未熟さを感じる。雇入時の健康診断を受診できる医療機関はどのように探せばよいのか、どの医療機関でも受診できるのか不明な点もある。一方、特定健診受診可能医療機関は、県医師会のHPに掲載されていた。特定健診とは異なり、聴力や視力検査が法定項目として入っていることから、雇入時の健康診断を実施していない医療機関もあるかもしれない。医療関係者のみならず、一般の方が困らないためにも、県医師会のHPで、雇入時の健康診断受診に関する情報提供などがあっても良いように思った(担当者には連絡をした)。

働く人の健康を守る立場として、個別の問題事例に遭遇したときに、個別事例の解決にとどまらず、社会の仕組み全体に関わる改善ができることが、未熟な産業保健の活動を少しずつ成熟させることになるように思う。新年度にあたって、新入職者の活気ある姿を見るにつけ、産業保健活動に対して、また新たな気持ちで臨みたいと思う。

令和5年4月 第862号 掲載
「産業保健の話題(第260回)」

救急箱に入れるべきものについて法令改正がありました

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
冨宿 明子
(ヘルスサポートセンター鹿児島)
(担当分野:産業医学)

職場に置く救急箱について、最近、法令改正がありました。

労働衛生について法令改正があればリーフレットが作られますが、この件についてもPDFで全8ページのリーフレットがあります。グーグルやヤフーなどの検索エンジンに「ご存知ですか?職場における労働衛生基準が変わりました」と打ち込むと読むことができます。

●「備えるべき救急用具の内容は各事業場で検討しましょう」となった

法令改正前は、事業者には「負傷者の手当に必要な救急用具及び材料」というものを備えることが義務付けられていて、しかも、少なくともこれとこれを備えておかなければならない、とその具体的な品目も示されていました。

それが今回の法令改正で、「各事業場において想定される労働災害等に応じて、安全管理者や衛生管理者、産業医等の意見を交えながら衛生管理委員会等で調査審議、検討等を行い、応急手当に必要なものを備えましょう」となりました。

「マニュアルを作っておきましょう」ということも書かれています。速やかに医療機関へ搬送するのか、それとも職場で手当を行うのか、といった判断基準をマニュアル化しておくとよいでしょう。救急用具の備付け場所や使用方法についても書いておきましょう。

リーフレットには応急手当の際の感染予防についても触れられており、マスク・ビニール手袋・手指洗浄薬などを用意しましょう、とされています。

●火傷薬…?

ここまで読むと、逆に今までは何を救急箱に入れておかないといけなかったんだろう、と思いませんか?

正解は、こうです。

  1. ほう帯材料、ピンセット及び消毒薬
  2. 高熱物体を取り扱う作業場その他火傷のおそれのある作業場については、火傷薬
  3. 重傷者を生ずるおそれのある作業場については、止血帯、副木、担架等

私は2に当てはまるような作業環境の会社の嘱託産業医もしているのですが、そこには労働基準監督署の調査が入ることがあります。

数年前のある日、その会社の衛生管理者から急ぎの電話がありました。その内容とは、「先生、監督官から火傷薬を救急箱に入れておくようにっていう宿題を出されたんです!」というもの。

火傷薬が定められていた旧法令については私も衛生管理者も以前から知っており、監督官の調査の前にも「職場で火傷したら、水道の流れる水で冷やすか病院に行くかの2択でいいよね。火傷薬なんて
ものは今時ないから、監督官から『火傷薬を救急箱に入れてない』って突っ込まれることはないよね」と話していました。

監督官から厄介な宿題を出され、私と衛生管理者は話し合いの結果、白色ワセリンをドラッグストアで購入して救急箱に入れるということにしました。その後、監督官にどうジャッジされたかは不明で
すが、衛生管理者から再び急ぎの電話がかかってくることはありませんでした。今となっては良い思い出です。

令和5年3月 第861号 掲載
「産業保健の話題(第259回)」

最近思うこと

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
大迫 政智
(メンタルヘルスかごしま中央クリニック)
(担当分野:メンタルヘルス)

コロナ感染症についての世間の関心は未だ高い状態が続いており、日々報道されるところである。

症状の軽症化の有無、その一方で感染者数や死者数は減少のあと再び増加傾向にあること、新しい変異型の確認、治療薬の開発、などについて。

心療内科・精神科の日々の外来診療では、コロナ感染症そのものやワクチン接種後の局所痛に関する相談は減ったが、感染後やワクチン接種の後遺症としての倦怠感や億劫感について相談されることはよくある。

だがこの症状が、うつ病の経過中の現象として相談されることが多いため、主治医としては判断にいささか困ることがあるのだ。

というのは、患者さんから聞く情報として最近多いのが、(多分これもコロナ感染症問題が長期化している影響と考えられるのだが)職場の人員減、およびそれに伴う個々の従業員の業務量増加、従って休日勤務が増えたり超過勤務が増えたり、結果として「最近疲れがとれにくいです」という相談だからである。

この相談のような業務過重に伴う「疲弊」の症状としての倦怠感・億劫感なのか、それとも、うつ病の経過中に状態悪化の「徴候」として生じたそれなのか、決めかねる、あるいは多分両方混在しているのだろう、と考えさせるケースが増えているのである。

コロナ感染症がWHOに正式に報告されたのが2019年12月31日、もう3年という長い月日が過ぎているのだから、「疲弊」が社会現象として世に蔓延しているということもできそうだ。

そういえば最近気になることがもうひとつ。障害者年金新規申請者の増加である。

現在、小生の診察室の脇机には、継続申請者の年金申請書が2人分。新規申請者のそれが3人分。カルテに挟み込まれて積んである。いずれも、この2週間に持ち込まれたものである。年金診断書をひとつ作成すると、またひとつ(あるいはそれ以上)年金診断書(ことに新規の診断書)が脇机に積まれていく、そんな(いたちごっこのような)日々が続いている。これもまた、コロナ感染症問題長期化の結果が巡り巡ってきたところか、と愚考するところである。

ところで、一人勤務体制のクリニック医師にとって、年金診断書のような複雑な書類を作成する時間は、診療開始前の早朝か、診療終了後の夜間か、それとも休日出勤して作成するか、しかない。

患者さんの超過勤務にかかわる精神保健も気がかりだが、一人勤務体制クリニック医師の皆様の身体保健および精神保健も気がかりなところである。

令和5年2月 第860号 掲載
「産業保健の話題(第258回)」

トラウマ(心的外傷)の視点から見たメンタルヘルスのありよう

鹿児島産業保健総合支援センター 産業保健相談員
久留 一郎
(鹿児島大学名誉教授、鹿児島純心女子大学名誉教授)
(担当分野:カウンセリング)

ウクライナ侵攻が始まって9か月、戦争は(身体の傷だけでなく)「心を傷つけ」破壊すると述べている。
戦争などの体験が「心の傷」となり、強い不安や不眠などが続く「外傷後ストレス障害(PTSD)」を被ると、メディア紙面でとりあげている。

「トラウマと体験のありよう」
人間は、凄惨な戦争や自然災害など危機的出来事を回避し、強烈な体験(体験強度)から常に距離(体験距離)をとりながら生きている。その距離を安全に保つことは、自我の重要な機能の一つといえる。しかし、強烈で破壊的な出来事に曝され、体験距離がとれず、しかも至近距離で体験した場合、自我が圧倒されるような状況に陥り、誰もが外傷性(トラウマ性)症状を被ることになる。

「日常におけるトラウマ」
人的災害(戦争)や自然災害(地震や火山の爆発)だけでなく、職場におけるハラスメント、学校におけるいじめや体罰、家庭における虐待やDV(人的災害:犯罪、事故)など、自分の生命(精神や身体)の安心安全が脅威に曝されるとトラウマ性症状を被り、PTSDのトリッガー(引きがね)になりやすいといわれる。
心の傷は表面には現れないのでわかりにくく、無視されがちである。虐待やDV、性犯罪などはその典型ともいえる。

「トラウマの性質・特性」
トラウマには様々な性質、特性がみられる。そのことを理解しておくことはメンタルヘルスや被害者の支援において重要な意味をもたらす。
その一つにフラッシュバック(よみがえり現象・Flashback)がある。過去の忌まわしい出来事や体験があたかも現実のようによみがえってくる現象である。
「あの時、あそこで体験したこと」が、視覚的なイメージ、悲鳴や様々な音、臭い、身体が受けた体感などが強い恐怖心や無力感などを伴い、ありありとよみがえってくる現象をいう。日常的に当たり前と思われていることがトラウマ経験者には「目に見えない心の傷」にさいなまれることになる。

「世間体というバイアス?」
「世間体」という常識性バイアスを信じ込み、トラウマ性症状を煽る危険性が高いことを、「被害者」を取り巻く人間は理解しておくことが大切である。
裁判の例として、面前でのDVを見てきた子どもを「加害者(恐怖の対象である父親)」に会わせるという「面会交流」がもたらすことによるフラッシュバックがある。
性被害における警察の「事情聴取や現場検証」などにより重篤なフラッシュバックが起きる危険性がある。司法的に正しくても、トラウマの視点から配慮することが大切である。
例えば、学校でのいじめ解決?として「加害者と被害者」を校長室に呼び出し「仲良し握手」がもたらすトラウマ反応に「気づきのない指導」もある。

メンタルヘルス・カウンセリングおいては、以上のような出来事に対して、トラウマの視点から、配慮することが極めて重要である。

<文 献>
日本心理臨床学会 監修:危機への心理支援学「トラウマの概念、トラウマ体験と症状」(久留一郎)遠見書房(2010)
日本心理臨床学会 編:心理臨床学事典「外傷性症状」(久留一郎)丸善出版(2011)

令和5年1月 第859号 掲載
「産業保健の話題(第257回)」