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24年 バックナンバー

不眠ネットかごしま

基幹相談員 長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)

  うつ病は「こころの風邪」とも称され、人口に膾炙されるようになってきました。文字通り「こころ」の病気ですから、「こころ」の一部分である気分が落ち込む病気と理解されているようです。確かに、うつ病の主な症状は、「ゆううつだ」「気が沈む」「気が滅入る」「さびしい」「重苦しい」などと訴えられる気分の落ち込み(抑うつ気分)です。さらに、「おっくう」「やる気がでない」「根気が無い」などと訴える意欲の障害(精神運動制止)や「考えられない」「頭に入らない」「新聞も読めない」などの訴えがある思考の障害(思考制止)なども出現してきます。これらの症状はうつ病の精神症状といわれるものです。
  うつ病ではこれらの精神症状だけでなく、種々の身体に関する愁訴(身体症状)が出現してきます。よくみられる身体症状としては以下のようなものがあります。

① 睡眠障害

  入眠障害、中途覚醒、熟眠障害、早朝覚醒などの不眠が出現します。不眠は、うつ病ではかなりの頻度で出現しますが、なかには過眠になる例もみられます。

② 食欲不振

  「食べたくない」「砂をかんでいるよう」などの訴えがあります。そのため、体重減少がみられます。その他、便秘、下痢、吐き気、腹痛などの消化器症状が出現することもあります。

③ 性欲低下

  当事者は訴えにくく、医師も質問しない傾向がありますが、深刻な問題です。

④ その他

  頭痛を始めとする身体の痛み、肩こり、めまい、口渇、動悸、しびれなど身体の種々の訴えがみられます。

  ところで、鹿児島市医師会は、鹿児島県障害福祉課の要請により「精神科医と一般かかりつけ医の連携強化」事業(以下、受託事業)を受託し、平成23年度に「不眠ネットかごしま」事業(以下、本事業)を立ち上げました。受託事業の目的は、「精神科医と一般かかりつけ医の連携により、うつ病などの精神疾患患者に対し、適切な医療を提供する体制(紹介システム)を構築することで、うつ病などの対策を強化し、もって自殺者数の減少に資する」というものです。
  我が国では、自殺者が昨年まで14年連続3万人を超えていますが、自殺者の90%ほどが自殺時に何らかの精神障害に罹患しており、その中でも50%ほどがうつ病であるといわれています。うつ病患者は自ら精神症状を訴えることは少なく、身体症状のみを訴えて内科、整形外科、婦人科などを転々と受診する例も多く、確定診断が遅れることが指摘されています。そして、身体症状のうちでは、不眠を主とする睡眠障害を82~100%の方が訴えるといわれています。
  本事業ではこの「不眠」に着目して、うつ病の早期診断・治療に結びつけるシステムを構築しました。すなわち、患者から不眠を主とする訴えがあった際、医療機関は単に睡眠導入剤を処方するだけではなく、「うつ」の可能性を考慮し、チェックシートを用いて「うつ」のスクリーニングを行います。その結果、「うつ」が疑われた場合は、早期に専門医療機関への受診を促します。なお、本事業でいう専門医療機関は精神科だけとは限っておりません。
  このような取り組みは、姶良郡医師会ではすでに、薬剤師も含めた「一般医・薬剤師-精神科専門医紹介システム(通称、G-Pネット)」として実施されています。鹿児島市医師会も「不眠ネットかごしま」事業を軌道に乗せ、我が国の自殺者数の減少に寄与できるようにしたいと思っています。


鹿児島労基 平成24年9月号掲載

 

脳・心臓疾患、精神疾患等の予防

基幹相談員 德永 龍子
(担当分野:保健指導)

  ロンドン五輪が始まる。北島康介が黒と青の輝く水着で3大会連続2種目制覇に挑む。 デサントは、過去の水着が速かった秘訣をまず突き詰めた。水着の前柔らかめ、後ろ固めに目をつけた。仮説、実験、検討を繰り返し、客観的な数字を導く。データ分析は、高木秀樹筑波大学教授が担当。水球男子代表監督だった教授は、現場感覚を活かし数字による裏付け作業をした。製作過程は、モノ作りのセオリー通りでマジックはない。北島勝利の99.9%は彼の力。水着のフォローは限られる。異なる生地でキックに効果を見出す水着は、もう一つの闘いである。(2012年5月21日、日経新聞「もう一つの闘い」、北島ら彩る「黒青」水着製作 著者要約加筆)

  この闘い方は、労使の力を活かし実践支援する現場主義の保健分野にも共通する。長年、労災認定の1位は脳・心臓疾患であった。保健分野のマネジメント処方箋のほとんどはセオリー(理論)重視の正攻法。①冷静な現場分析、②合理的な決断、③実行の管理、④生産的にする道具の4条件である。
  「健康日本21」では、生活習慣改善により国民の平均血圧を2mmHg低下できると脳卒中死亡1万人減、総死亡2万人減と予測する。また、喫煙率5%低下は、平均血圧2mmHg低下と同様の効果と言う。しかし、国民の決断実行が今ひとつで効果は不十分である。報告書記載のインターソルト研究、臨床疫学研究の生活習慣改善の血圧低下予測は次の通り。塩3g減で最高血圧15mmHg低下。純アルコール30ml減で最高血圧5mmHg低下。カリウムをニラ10gに換算し食すと最高血圧3mmHg低下。早歩き毎日30分で最高血圧5mmHg低下。総コレステロール5mg/dl低下で最高血圧2mmHg低下。サバイバルできる高血圧予防の合理的な解がセオリー(理論)である。最近、職員から聴き取り、冷静な現場分析、必達目標を労使協働で決断実行する職場もある。職員食堂をバランス食に。職場禁煙への取組み。始業前の体操やストレッチ。安全管理上飲酒は午後10時までなどが増えてきた。

  一方、2010年の労働災害の業務上疾病は、8,111人である。その内訳は、災害性腰痛など負傷に起因する疾病が71.7%と多い。内2010年度の脳・心臓疾患の労災認定は285人で、精神障害等の労災認定308人の方が上回った。精神障害等の請求件数は年々増加し、2010年度は1,181件と2年連続で過去最多を更新している。厚生労働省が2007年に労働者を対象に実施した調査では、6割近くが職業生活でストレスを抱えていると回答している。厳しい労働環境で仕事のストレスが増える中、精神的なトラブルを抱える職員の対策が急がれる。相談が気軽にできる職場の仕組み、産業カンセラーなどの資格を持った身近な「ピアサポーター制度」、相談センターへの紹介活用、同時に医師等の面接や治療が必要なケースを見逃さない研修受講による対策等である。定期健康診断時には、「ひどく疲れた」「眠れない」「憂鬱だ」といった簡易なストレス症状の判断テストを職員に実施し、心の状態を把握する方法もある。業務上のヘルス問題の未然防止には、現場の「働きすぎ」「コミュニケーション不足」「環境不適」などに対する冷静な現場分析による合理的解決策が条件である。労使双方が労働災害の危機意識を持ち、業務改善等の必達目標を労使協働で決断し実行する。相互の強みと力を信じ、楽しく、労使の力を発揮することが予防になる。
  (引用文献:厚生労働省「業務上疾病調べ」「脳・心臓疾患及び精神障害者等に係る労災補償状況」、健康・体力づくり事業財団「健康日本21」)(平成24年4月号鹿児島県医師会報一部転写)


鹿児島労基 平成24年7月号掲載

 

「気づいて行動に移す」(安全意識の浸透)

基幹相談員 黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)

  人は本質的に怪我をしたくないという、安全に対する感受性を備えています。この感受性を具体的な行動に結びつけることができる人が、安全意識の備わった人と言われています。安全意識は単に頭の中で、理解しているだけでは不十分で、実践することが不可欠です。「安全意識を高めなさい」と言う人も、聞く人も行動することが求められます。
  多くの事業所では、すでに、安全意識を高めて、災害防止に取り組む活動を、展開しています。その姿勢は高く評価されます。しかし、法令・社内ルール・作業手順等、守るべきことは守るにしても、災害要因は多くの不安全行動に起因しています。
  間接部門を含めて、事業所内を移動する際に、危険と気づき、そのことが、簡単に対処できるものであれば、人が見ていても、見ていなくても率先垂範して行動する姿が、大切であると痛感しています。この行動は、個人の自発的な意思の結果です。安全意識が身についている証と感じられます。

  ある事業所の例を上げます。「一本の糸屑を拾う」です。 繊維を取り扱う事業所に新任の事業所長が赴任しました。作業場を巡視した際に、糸屑が作業場の隅々に散乱しているのに気づき、落ちている糸屑を、拾うように関係者に伝えました。
  しかし、従業員としては、このような状態は、マンネリ化していて、糸屑が落ちているのは当然のことで、全く気にしていません。堪りかねて、事業所長自ら作業場に赴き、糸屑を一本ずつ拾い始めたのです。人が見ている時でも、見ていない時でも熱心でした。あるとき、従業員の一人が糸屑を拾っている姿に気づいた時、事業所長は最初の賛同者でしたので、大変感動したと言っています。
  これ以降は次々に賛同者が増え、作業場全体の5S活動から機械装置を含めて、改善・工夫まで積極的に取り組むようになり、安全意識レベルが更に高まりました。この効果は大きく、毎日行う挨拶にも変化が表れ、相手の目を見てはっきりとした声で挨拶を交わすようになったとのことです。

  この例のように、きっかけは事業所長が一本の糸屑を拾うという行動から起こったことです。安全意識の浸透が伺えます。
  もう一つ例として、事業所のメイン通路に大きな荷物が、通路半分を占有して長期間置かれていました。通行する人の思いは様々です。置かれた荷物を気に掛けず、避けて通り過ぎる人、誰が置いたのかと、憤慨するだけで通り過ぎる人、危ないからすぐに移動するよう関係者に、連絡をとり実行する人に分かれます。
  この通路は、責任者を含めて、数十人の人が毎日通行しています。 この場合、必要なことは、危ないからと移動するための行動をとることです。他人のしたことで、自分には関係ないと捉えるのではなく、率先垂範が必要です。まして5S活動展開を掲示して、取り組んでいる事業所です。一斉にするのが、5S活動ではありません。日常的に取り組むのが5S活動です。まさに「継続は力なり」です。 結局、安全意識を高め、浸透させるためには、事業所長等責任者クラスや作業者を問わず、言葉のみならず、行動で積み上げる姿勢を示すことが、重要と思います。このような行動に移せる人を、事業所全体に広げることで、安全意識レベルのより高い集団を目指したいものです。


鹿児島労基 平成24年5月号掲載

 

脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災補償状況(平成22年度)について

基幹相談員 前田 雅人
(担当分野:産業医学)

  私は平成22年7月の鹿児島労基の紙面を借りまして,厚生労働省から報告された「脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災補償状況(平成20年度)について」を書かせていただきました。今回は昨年6月14日に公表された,「平成22年度 脳・心臓疾患および精神障害などの労災補償状況まとめ」についてご報告したいと思います。

  「過労死」など脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況は,「請求件数」は802件で,前年比35件の増にて4年ぶりの増加に転じています。ここ数年減少していた請求件数がなぜ増加に転じたのかは不明です。一方請求に対する「支給決定件数」は285件で,前年度より8件減少し,3年連続の減少でした。請求件数,支給決定件数ともに業種別(大分類)では「運輸業,郵便業」が最も多く(182件,78件),次いで「卸売・小売業」(132件,53件),「製造業」(118件,35件)であり,中分類では,請求件数,支給決定件数ともに「運輸業,郵便業」の「道路貨物運送業」(108件,57件)が最多であったようです。職種別(大分類)では,請求件数は「輸送・機械運転従事者」(156件),「事務従事者」(110件),「サービス職業従事者」(85件)の順で多く,支給決定件数では「輸送・機械運転従事者」(69件),「事務従事者」(44件),「専門的・技術的職業従事者」(40件)の順であり,中分類では,請求件数,支給決定件数ともに「輸送・機械運転従事者」の「自動車運転従事者」(139件,65件)が最多であったようです。年齢別では,請求件数,支給決定件数ともに「50~59歳」(279件,104件),「40~49歳」(218件,96件),「60歳以上」(203件,42件)の順に多く,この結果をみると特に40歳以上の「自動車運転従事者」の方々には,日頃から体調管理に留意して頂きたいと思います。
  鹿児島県については,平成22年度の脳血管疾患の請求件数は3件(うち死亡2件),支給決定件数は3件(前年度以前請求分を含む,うち死亡1件),虚血性心疾患等の請求件数は3件(うち死亡1件),支給決定件数は1件(前年度以前請求分を含む)でした。

  一方うつ病や仕事上のストレスなどが原因の「精神障害などに関する事案の労災補償状況」についてみると,「請求件数」は1181件であり,前年度から45件増加し,2年連続で過去最高,「支給決定件数」についても308件と前年度より74件の増加にて,やはり過去最高でした。業種別(大分類)では,請求件数,支給決定件数ともに「製造業」(207件,50件),「卸売・小売業」(198件,46件),「医療,福祉」(170件,41件)の順に多く,中分類では,請求件数は「社会保険・社会福祉・介護事業」(85件),支給決定件数は「社会保険・社会福祉・介護事業」および「医療業」(各20件)が最多であったようです。職種別(大分類)では,請求件数は「事務従事者」(329件),「専門的・技術的職業従事者」(273件),「販売従事者」(148件)の順で多く,支給決定件数は「専門的・技術的職業従事者」(73件),「事務従事者」(61件),「販売従事者」(44件)の順にて,中分類では,請求件数,支給決定件数ともに「一般事務従事者」(211件,36件)が最多であったようです。年齢別では,請求件数,支給決定件数ともに「30~39歳」(390件,88件),「40~49歳」(326件,76件),「20~29歳」(225件,74件)の順であり,脳・心臓疾患と異なり,50歳未満の方々に多くみられています。
  鹿児島県については,精神障害等の労災補償状況は請求件数7件,支給決定件数は2件(前年度以前請求分を含む,うち自殺1件)でした。

  長く続く不況が,さまざまなストレスを生み,職場の環境を悪化させていくことが懸念されますので,精神障害に係る労災の増加に歯止めがかかるよう注意して頂きたいと思います。

 


鹿児島労基 平成24年3月号掲載

 

「働く人」のメンタルヘルス不全

基幹相談員 長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)

  「働く人」は職場で様々なストレッサーにさらされます。そして、「働く人」がこのような職場状況に不適応をおこして発症するメンタルヘルス不全が適応障害といわれるものです。
  一方、最近、よく「○○症候群(シンドローム)」という表現を見聞きします。メタボリック症候群はよく知られている専門用語ですが、最近は、タイトルを「高層マンション症候群」や「悪いのは私じゃない症候群」などとした本も販売されています。むろん、これらは専門用語ではありませんが、インパクトのあるタイトルです。産業精神保健領域でも職場不適応によって生じたメンタルヘルス不全などを端的に表していると思われる「○○症候群」があります。(参考図書:「こころを診る」、小此木啓吾他著、中央労働災害防止協会)

1.仕事依存症候群

私生活の殆どを犠牲にして、仕事に打ち込んでいる状態です。ワーカホリック(仕事中毒症)ともいわれます。

2.ブルーマンデー症候群、サザエさん症候群

  「ブルーマンデー症候群」は休日明けの月曜日にみられる心身の不調を指します。日曜日の夜になると、翌日の月曜日の仕事ことを考え始め不眠などが生じ、月曜日の朝に調子を崩してしまった状態です。 「サザエさん症候群」も同様な状態を現す用語です。日曜日の午後6時30分から放映される「サザエさん」は、楽しいアニメであり、本来なら笑えるはずのものです。しかし、その頃に、翌日からの仕事などを考え出し、気分が落ち込み、楽しいはずの「サザエさん」を見ても素直に笑えない状態をいいます。

3.朝刊症候群

  朝出勤前や会社で朝刊を読んでいた人が、新聞を読みたくなくなったり、読んでも頭に入らなくなったりする状態を指します(笠原)。「働く人」におけるうつ病の初期症状の一つといわれています。

4.サンドイッチ症候群

上司と部下の板ばさみになってしまい、心身の不調を来たした中間管理職を指します。 さらに、「新サンドイッチ症候群」という用語もあり、会社と家族の板ばさみになる状態をいいます。会社と家族のどちらかも疎外され孤独を感じますので、サンドイッチ症候群よりも深刻であるといわれています。

5.単身エレジー症候群

  単身赴任によるストレスによって引き起こされる心身の症状を指します。環境への適応能力は年をとるにつれて落ちますので、単身赴任している中高年の「働く人」にとっては、まさに「エレジー」と言えるものかもしれません。

6.燃え尽き症候群

自分自身にとって実現不可能な期待を自らに課し、それを達成するために頑張りすぎ、疲れ果てたり、欲求不満に陥った状態をいいます。対人保健・福祉サービス業の専門職である看護職や介護職に出現頻度が高いものです。

7.上昇停止症候群

中高年になり、体力の衰えばかりでなく、社会的地位や収入も頭打ちなることで、自分の人生が下降線をたどり始めたことを悟り、やる気をなくしたり、無気力になったりする状態です。挫折無く順風満帆に出世してきた中高年の男性が陥りやすいと言われています。

8.スーパーウーマン症候群

仕事も家庭も完璧に全てをこなそうとする女性、即ち、職場では男性と対等に仕事をし、家庭では良妻賢母であろうとする女性が罹りやすい状態です。過剰適応から引き起こされるストレス状態であり、心身症やうつ病として現れることが多いようです。

  これらの用語は正確には医学用語ではありません。しかし、職場におけるストレッサーにより心身の不調を来たした「働く人」に、発症の状況や対応の仕方を説明する際には、有用な用語と思われます。


鹿児島労基 平成24年1月号掲載