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29年バックナンバー

発達障害者のメンタルヘルス

産業保健相談員
久留 一郎  
(担当分野:カウンセリング)
(鹿児島大学名誉教授/鹿児島純心女子大学 大学院 特任教授)

   このところ、発達障害者の就労に関して、様々な問題がメディアに取り上げられることが多くなってきた。その内容を見ると職場内の人間関係が難しく、自分勝手な行動が多い、他人の気持ちを察することができない、など「空気が読めない人間」が増えているという。
  「発達障害」というイメージからすると、知的な発達障害を有し学習能力の困難な人間を想像しがちだが、それどころか、知的にも優れており、高度な専門性を有する者や、高い学歴を持つ人間もみられる。このチグハグな(アンバランスな発達)状態を有する人間について、人事関係者の相談が増えているように思われる。鹿児島産業保健総合支援センターでも同じ状況にある。
   大学や大学院においても同様な相談が増えており、大学では「学習支援」という形で彼らのメンタルヘルスを支援している。「発達障害」というイメージから、特別支援学校や特別支援学級で特別な専門の教育を受けてきた人間と思い込みがちだが、知的に低くないため、その対象にならない児童生徒も出てくる。そのため、特別な発達支援を受けることなく、社会適応のための教育訓練を「パス」させられ、大学、大学院にも進学してくる。
   そして、大学などの研究領域では高度な専門的能力を発揮し、困難な就職試験にも合格し、就労する青年も増えている。
   ところが、職場に入ってから対人関係などでの悩みが増え、職務上のトラブルが増えるという「KY(空気が読めない)」人間のケースの相談が増えており、今、この人たちのメンタルヘルス・サポートが問われている。「休み時間の過ごし方がわからない」、「自分のルールへのこだわりが強く、会社のルールを無視する」、「他人との関係や他人の気持ちを共感できない」など、知的な高さと裏腹に、社会的スキルの低さがみられ、極めてアンバランスな言動がみられるという相談が多い。
   幼児期、児童期、青年期において「ちょっと変わっている」、「気になる」存在だったが、今までに専門的な診断を受けていない「重ね着症候群」といわれる人間の中には発達障害(自閉症スペクトラム)といわれる人たちが含まれていることがある。就労してから彼らの対人関係を中心とした問題が浮き彫りになり、相談にたずねてくるケースが多く見られるようになってきた。学校時代は「学校のプログラム」の中で過ごしてきたが、社会人になると「プログラムのない時間・空間」(休憩時間の過ごし方、五時から男の憂さはらしなど)が増えてくると彼らの中にはその時間の過ごし方が苦痛になり、回避したくなる。
   筆者の見解では、彼らは「被害者」になる危険性をはらんでいるように思われる。発達障害者の中には周りの空気が読めないため、阻害され、就労のいろいろな場面においてハラスメントを被る、いわゆる「隠れた被害者」になる危険性があるのではと憂慮する。 「インクルージョン(多様性への対応と共生)」という人間観、教育観が叫ばれる中、彼らと接する側の我々が、彼らに寄り添えるようなメンタルヘルスのあり方を確立する必要があると感じている。この純粋でかたくなな人間と連携、協働していくようなシステムを構築する時代になっているのでは、と筆者は思うのだが・・・。
   ところで、発達障害を抱えながら優れた研究者や芸術家もよく知られている。著名な学者ではアインシュタインやエジソン(自閉症スペクトラム:ASD)が、芸術家としてはピカソやダリ(注意欠陥多動性障害:ADHD)が知られている。その他、トム・クルーズやウオルトディズニー(学習障害:LD)などみんな素晴らしい独創性や創造性を持った人間である。個人の有する特異的な発達障害も決してマイナスではなく、その特異性が学術や芸術や職業の持つ特異性、専門性と折り合えば、むしろプラスに転じていく良い例である。そのような就学支援や就労支援のありかたが、今、問われているものと思われる。

鹿児島労基 平成29年11月号掲載

労働災害未然防止と安全配慮

産業保健相談員
黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)
(黒沢労働安全衛生コンサルタント事務所 所長)

  労働災害を未然に防止するには、労働安全衛生法令の遵守と、事業所にあった自主的な活動が不可欠です。さらに、労働災害未然防止として「労働者の安全への配慮」(労働契約法)に注目すべきです。

  労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定され、労働契約における使用者の安全配慮義務が明文化されています。
  この明文化の趣旨については、「通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労働に従事するものであることから、使用者は、労働者を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うことを規定したもの」となっています。

  このことは、事業者は労働安全衛生法令を守っていても、安全配慮義務を完全に履行したことにはならないということです。すなわち、事業者には職場に潜む危険要因について、災害発生の未然防止義務があります。たとえ法令(事業者の講ずべき措置等)に定められていなくても、予見可能な危険要因には防止措置をとり危険を回避する必要があります。

  具体的には事業者の権限の委譲を受けている管理監督者等の職務として、安全配慮義務の遂行に欠かせない点は次の通りです。
   ① 不安全行動を黙認し、妥協してはならない。(相手が先輩だから言いにくいという心 遣い等は必要ありません。)例えば、エアグラインダーの取扱作業中に保護メガネ着用の記載されている作業手順書があって知っているにも関わらず、作業者の身勝手な考えで、保護メガネを着用せずに作業を行った結果、工作物の破片が目に飛散して視力を失った例があります。先輩だから躊躇して黙認した結果、このような重篤な災害発生となったものです。この場合、被災者の家族等も不安全行動を黙認したことに対する疑念が高まって参ります。
  この他に項目を上げますと、②自己の安全管理責任を転嫁できない。(作業者が不安全行動をした場合は、管理責任があります。)③不心得者や未経験者には、厳密に指揮監督を行う。(不心得者にはその場で指導しないと繰り返す。未経験者には教育の実践をしっかり行う。)④安全作業手順等を設け、遵守させる。(安全作業手順書の中の安全ポイントを守らせる)⑤指示通り安全作業をしているか確認の義務がある 。(言いっぱなしにならないように確認する。)⑥直接指揮の必要な作業では、安全管理措置をしないで現場を離れない等が挙げられます。

  それでは、ここで事業者として安全配慮義務に取り組んでいると見なされる、安全活動事例について申し上げます。
   (1)KY活動の継続実施。この危険予知活動は、多くの事業所で実践されていると思います。趣旨を各自が理解しマンネリ化にならないように気を付ける必要があります。(2)リスクアセスメントの推進。職場に潜む危険要因を事前に調査し、危険要因を特定して、重篤度と可能性を考慮して点数化して取り組む安全の先取り手法です。(3)作業手順書の作成・運用。特に安全に作業ができるように安全ポイントが記載された内容の作業手順書が欠かせません。(4)コミュニケーションに努める。出勤時の挨拶、朝礼時、作業中(機会)、休憩時間、終了時等を利用して人間関係を良好な関係に保つよう努力することで、職場が明るくなり、安全意識の高揚につながります。  

  更に、労働災害を未然に防止するためには、事業所で独自に決めた活動項目をしっかりとやり通すことが必要と思います。例えば、職場巡視の場合、指摘事項に対して、内容によりますが、実施完了予定日の記載された回答文書が届いた場合、実施完了予定日には、必ず現場で確認すべきです。職場巡視が指摘だけで確認されなければ、やりっぱなしの職場巡視になりかねません。安全活動はやり通すことが成果につながります。そして成果の積み上げが、安全意識の高揚と共に労働災害未然防止の近道になると思っています。

鹿児島労基 平成29年9月号掲載

「働く人」と認知症

産業保健相談員 長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)
(医療法人玉水会病院)

  「働く人」がメンタルヘルス不調をきたす疾患はうつ病や適応障害が主ですが、認知症にも注意を払う必要があります。得てして認知症は高齢者が発症する病気と思われがちですが、若年者、即ち「働く人」でも罹患される方が少なからずおられます。このように64歳以下で発症する認知症を総称して若年性認知症といい、その原因疾患としては、頻度の高いものから脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症、頭部外傷後遺症、前頭側頭型変性症、アルコール性認知症などがあげられます。
  若年性認知症は、18歳から64歳の人口10万人当たり47.6人(男性57.8人、女性36.7人)が発症し、全国に約3万7800人おられると推計されています。平均発症年齢は、51.3±9.8歳ですが、この年齢は「働く人」であればまさしく「働き盛り」であり、専業主婦では、働き盛りの「働く人」を支えている年代です。  老年期に発症した認知症との違いは、①家族内の問題、②病気に対する誤解、偏見、③経済的な問題に見ることができます。
①家族内の問題
 働き盛りに発症するがゆえに、介護者である配偶者は病気を受容できず、精神の不安定や落ち込みがみられ、さらに介護疲れで燃え尽き、抑うつ状態を呈します。 また、子供たちも親の病気を受け入れられず、不登校や非行等の不適応状態に陥ることもあります。なかには病気の原因を遺伝に結びつけたりして悩むこともあります。
②病気に対する誤解、偏見
  家庭内では、家族が病気とは思わず、放置、無理強いや暴力などの虐待がおこるおそれがあります。また、近隣に知られないように、本人を閉じ込めたり、他人の援助や介護サービスを拒否したりすることもあります。  一方、社会一般は、若年発症の認知症に対する知識がなく、偏見を持ったり無関心であったりします。介護事業所も高齢者介護は熟練していますが、若年者への介護の経験は乏しく、受け入れに消極的になることもあります。
③経済的な問題
  本人の就労が困難になり退職に追い込まれ、収入が途絶えるどころか、介護のために配偶者の就労も難しくなります。
  また、長期にわたる介護費・医療費が必要になるとともに、利用できるサービスが少なく、高額なサービスを使わざるを得なくなることから、支出が増加します。子供の教育費や住宅ローンをかかえている事例も多いようです。
  平成27年に厚生労働省は関係府省庁と共同して、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を策定しました。これには、認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進など7つの柱がありますが、その一つに若年性認知症施策の強化が挙げられています。その強化の内容は、若年認知症者やその家族への支援のハンドブックの配布、若年性認知症者の居場所作り、若年性認知症者の就労・社会参加などの支援となっています。
  職場では就労の継続の可否が第一の問題になります。発症初期の段階では、薬物療法などで職場への復帰が可能な場合もありますが、現実的には困難な事例が多いようです。また、福祉就労が考えられ、障害者自立支援法の訓練等給付(就労継続支援)や職親制度の利用が可能ですが、利用者は少ないようです。しかし、新オレンジプランに若年性認知症者の就労問題は織り込まれているわけですから、職場は、認知症に罹患した「働く人」への対応策を検討しておく必要があります。

鹿児島労基 平成29年7月号掲載

3年離職率と職場の安全、職員の健康

産業保健相談員 堀内 正久
(担当分野:産業医学)
(鹿児島大学衛生学・健康増進医学)

  春は、学校も職場も新しい人が入ってきて、あわただしい中にも、活気のある季節である。私が産業医をしている鹿児島大学病院も100名以上の新入職者がおられた。看護師について言えば、毎年70名近くの入職がある。看護部全体で700人規模だから、新入職者の数が少し多いことに気づいた。世の中には3年離職率という言葉がある。新卒者の入職後3年間継続して勤務した人の割合を示した数字である。鹿児島大学病院看護部の3年離職率は、この10年間、30%強の値を推移していた。この値がとても高いかというと、そうでもないことが、鹿児島労働局のH27年度の報告が新聞に掲載されたこともありわかった。高卒46%、大卒36%と、鹿児島大学病院看護部よりもむしろ高い値であった。若い人たちは、自分に合った職場探しの時間として、学校卒業後すぐの時間を利用していると、やや善意に解釈することもできる。特に、IT産業などでは、人の回転が良い方が、会社としては活気が維持できるということも聞く。問題は、医療業や第一次産業ではないかと考えている。つまり、技術の蓄積が必要な職場においては、3年離職率が高いことは、職員の安全という意味で、問題であろう。医療における労災事例は、針刺し事故が突出して多い。一方、経験年数が短いことが、針刺し事故のリスク因子の一つとされている(大江ら、滋賀医科大学)。一方、H28年度の鹿児島県内の死亡事故例は19例であり、一次産業の中で林業関連が、5名であった。作業経験年数は、4ヶ月、10ヶ月、5年、15年、30年であり、一概に、経験年数が短いことが死亡事例に結び付くわけではないこともわかる。ただ、一般論でいえば、危険を伴う作業においては、やはり経験の有無は大きな違いをもたらすと思われる。話を医療業に戻してみると、長年の勘の必要な技術によって、職員の安全が保たれるだけでなく、もちろん、サービス対象者である、患者様の安全も保たれるわけである。

  最近、地方大学の地域貢献として、鹿児島大学も地元就職率を高めることを目標にしている。技術系の高校も、就職率100%を売りにしているところも多い。その人が適性の職場に就職できたかどうかを評価するためにも、就職率とともに、3年離職率も調べてみても良いだろう。就職率100%、3年離職率100%よりは、就職率80%、3年離職率20%の学校の方が、親身になって進路指導をしているかもしれない。産業保健の話題の中で、あえて、就職率や離職率を話題に挙げているのは、仕事を始めるときに、業務の健康に及ぼす影響を大いに考えてほしいと思うからである。職場における安全性は、やはり、業務を始めてみて、気づく点であると思う。給与や休暇日数は、数字で前もってわかるかもしれないが、職場の安全は、あまり数字としては見えない。そういう意味で、職場全体の安全も含めた総合的な指標の一つが、3年離職率といえるかもしれない。鹿児島大学病院も、3年離職率を10%以下にする積極的な取り組みが求められている。年間50件を超える針刺し事故低減のためにも、やはり3年離職率を下げる方向性が求められる。3年離職率抑制の具体的な取り組みは、やはり情報公開なのかもしれない。就職活動時の情報に、3年離職率を明記するように義務付ければ、やはり、3年離職率が80%の職場よりも、20%の職場を若い人たちも選択するであろう。若い人が、地元に根付くことを通して、健康で安全な地域・職場づくりが行われるということを目指し、客観的な指標としての3年離職率の企業における公開義務なども考えて良いのかもしれない。

鹿児島労基 平成29年5月号掲載

“技術革新と統轄体制の健康経営”コミュニケーションの向上による労働意欲の向上

産業保健相談員 德永 龍子
(担当分野:保健指導)
(鹿児島純心女子大学名誉教授)

  日産自動車を2000年1年間でV字回復させたカルロス・ゴーン社長が、三菱自動車会長に就任した。
  彼は、28歳で30年前仏タイヤメーカーのブラジル法人社長になった。その経営で2つの事をなした。1つは、類似製造法。半年間、工場内やゴム農園を見て回り、労働者と話し合い多様な農業機械用タイヤに集中し同じ製造ラインで生産する技術革新をした。継続して利益を生むために、2つのゴム園にゴムの木や降雨が増える木々を育て、従業員らが「ゴーン・ガーデン」と呼ぶ景観と社内の一体感を育て上げた。2つ目は、最先端の企業財務の考え方と実務を取り入れ統括体制にした。そして3年で会社を急回復させた。その手法は継続的・計画的で、経済・技術・人的に企業運営をする経営の実践である。

 1999年に彼は、日産自動車とルノーの提携執行責任者となる。彼は日産に溶け込むため千人以上の人と直接話をし、日産の将来について意見を交わした。日産が成功の提携事例となり得たのは、ルノーのフランス人と日産との双方向の人事交流と技術革新。異質の人間同士が日産の100人の社員が作成した数値目標「2年で20%コスト削減計画」に向け心一つに士気を上げ積極的に働き、目標を1年で達成した。達成後は、工場・社員数も増やし、2016年の販売台数は560万台16年前の2.3倍規模である。
  2002年には、中国副首相から直談判され国営の東風と合弁会社となる。東風の生産設備、部品調達網をテコに日産の経験と蓄積を役立て、中国での生産事業を飛躍的に拡大し販売台数成長に貢献した。 今度は三菱自動車。2016年彼は「変革できるのは三菱自動車内部の人々。私は、成長へのプロセスや人材など必要なサポートを提供し統括体制を徹底させる」。それを受け年末臨時株主総会で3項目を承認した。経営は、社長と取締役40人を15人へ減員し行う。経営陣の報酬総額の上限を約3倍にし、業績を上げるテコとして業績連動型報酬制度を取り入れる。2017年から4組織に再編する。商品開発、品質管理、商品戦略、購買収支管理の組織に経営の主導権を委譲して、消費者目線で丁寧且つ迅速に決定し将来に突き進む一体感を生み出す。三菱の販売台数は100万台規模で安定しており成長を期待している。

  以上の手法に共通するのは、第1段階はコミュニケーションの向上による労働意欲の向上。第2段階は、企業を超えてつながり生産性を高める技術革新(イノベーション)である。技術革新が生まれる第1歩は「新しいアイデア・知と知の新結合(New Combination)」とジョゼフ・シュンペーターは提唱した。知は人が持っている。ゴーン氏の手法は、企業に多様な人を取り込んで新しい「知の探索」を試みる。視点は徹底したコスト削減。この視点は、いずれの事例でも両社の利益になった。生産性向上・企業ブランド向上による企業価値向上と持続的成長。また、ゴーン氏は残業せず、家族を大事するという。
 この様なメリットは、長時間労働対策、メンタルヘルス対策、ワークライフバランスの健康経営にもつながる。過労自殺が問題化してから新聞、テレビ等で業務改善、無駄な残業を無くして定時退社を促す取組みの先進事例が数多く紹介される。残業ゼロでも一律支給や仕事が終われば早期退社可能など。長時間労働が全国平均より多い鹿児島県でも積極的な取組みが期待されている。日産の方法は、Plan社員一致で分かり易い中長期目標の数値化、Do労使一体での実施、Check振り返りと改善、Action企業の成果評価結果で従業員にベアと人事制度で報いた。次々のPDCAサイクルの推進が会社の成長になった。貴社の取組み段階は。ビジョンや数値目標は。社員への浸透方法は。金銭的・経営的・社会的に業績を上げるテコは。労使一体で業績アップの成長戦略を実践する、今その時ではないでしょうか。

 参考文献:ゴーン氏自著「ルネッサンスー再生への挑戦」。日経新聞ゴーン氏自著「私の履歴書」他

鹿児島労基 平成29年3月号掲載

ストレス対処行動(コーピング)には自分自身の工夫が大切

産業保健相談員 赤崎 安昭
(担当分野:メンタルヘルス)

  日常生活においては、さまざまストレスがあります。私は、精神科医であり、産業医でもあり、大学の教員でもあり、父親でもあり、夫でもあります。ほかにもありますが、一人で何役もの役割を担っています。職種が違ってもみなさんも同じようにいくつもの役割を担っているわけですから自ずとさまざまなストレスを抱えていると思います。
  そのようなストレスを解消するために、人はそれぞれ何らかの対処方法を持っています。これらのストレスへの対処方法をコーピングと言います。コーピングは、ストレス要因(ストレッサー)やストレッサーによって生じたさまざまな問題(不安、うつ、緊張など)を処理する際に用いるストレス対処行動と定義されます。本稿では、私自身が心がけている「自分流」のコーピングについて紹介するとともに工夫する際の注意点を述べます。  
  紙幅の都合上、職場でのコーピングに焦点を絞ります。職場でのストレッサーの除去・軽減は、場合によっては管理者らが配慮・対応しなければならないこともありますが、管理者らに頼ってばかりいてはストレスが溜まってしまいメンタルヘルス問題が発生します。ですから、ストレスに対処するスキルの習得と、そのスキルアップが必要です。

  私は「心のダム理論」なるものを提唱し、「心のダムがあふれないようにするためにはどのようにすればいいのか?」、言い換えますと「メンタルヘルス問題が発生しないようにするためにはどうすればいいのか?」ということを産業保健の研修会などで話してきました。「心のダム理論」を簡単に説明しますと、「心のダム」に流れ込んだ「水(ストレス)」を溜め込み、「ダム」が決壊しないようにするために自分の「心のダム」に流れ込む「水」を上手にコントロールするという理論です。例えば、自分の「心のダム」に流入した「水」は自分なりに処理をして、あふれそうになった時には「排出」するか、自分の「心のダム」に流れ込む「水」を迂回させて別な人(職場の同僚等)の「心のダム」に流れ込むようにするのです。具体的には、「やるべき仕事はさっさと済ませて、自分の裁量で動ける時間を増やす!」、「自分が担当しなくてもよい仕事は、欲張らず一人で背負い込まずに上司も部下も関係なく他人に任せる!」ということです。この方法を実践するためのポイントとしては、職場の人達の協力も必要ですが、自分自身が心がけるべきことは、「仕事の優先順位を上手に付けるスキル」を身につけておくことと、「他者からの評価」に一喜一憂しないことです。私自身はこの理論に基づいて日々行動し、ストレッサーであるさまざまな仕事をこなし、直接的・根本的にストレスを解消(排出)するよう動いています。このやり方は積極的に対処・解決していくわけですから、それなりに心身のエネルギーが必要ですが、「自分が担当しなくてもよい仕事は他人に任せる」、「自分を良く見せたいという欲を捨てた行動」も盛り込んでいますので、「欲を捨て優先順位を付けるスキル」さえ身につけておけば心身のエネルギーはそれほど必要ではないのです。これはあくまでも我流のコーピングですが、みなさんもコーピングには自分流の工夫が必要です。その際、「自己中心流」にならずに周囲の人たちの意見を聴くとともに周囲の人達と協力して職務を遂行するという柔軟な姿勢が必要不可欠です。「自分のことは自分がよくわかっている」、「これが俺の流儀だ」、「これは俺の性格だ」というような姿勢は「自己中心流」でありいずれ破綻します。周囲の意見に耳を傾けましょう。柔軟になりましょう。

  世界保健機関は、健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、単に病気あるいは虚弱でないと定義しています。心身ともに健康であることが真の健康なのです。真の健康を得るためには「心のダム」が決壊しないコーピングを身につけとともに、そのスキルアップが必要です。みなさんは既に自分なりのにコーピングを習得されていると思いますが、それが「自己中心流」にならないように工夫してください。そうすることによって自分自身は自動的に「バージョンアップ」されることでしょう。

鹿児島労基 平成29年1月号掲載