令和7年バックナンバー
病気の治療と仕事の両立支援における薬剤師の可能性について
鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員
中甫木 直樹
(担当分野:労働衛生工学)
両立支援には 仕事と介護の両立支援、仕事と育児の両立支援、そして病気の治療と仕事の両立支援があります。ここでは病気の治療と仕事の両立支援について述べたいと思います。
両立支援とは病気を抱えながらも、働く意欲・能力のある労働者が、仕事を理由として治療機会を逃すことなく、また、治療の必要性を理由として仕事の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら生き生きと働き続けられる社会を目指す取り組みです。
少子高齢化が進む現代日本においては、労働者の確保が急務となっており、労働者が病気の治療を理由とする休職や離職をすることを避けることが大事であり、ここで病気の治療と仕事の両立支援の重要性が高まってきます。
独立行政法人労働者健康安全機構では「治療就労両立支援事業」の一環として、両立支援コーディネーターの養成を実施しており、その目的について、「患者・家族が治療と仕事の両立を図る上で、多くの場合、医療と職域間の連携が必要ですが、実際の治療現場では、職域との連携や協議に注力できるほどの自由度が乏しいといった理由から、十分な連携が機能しておらず、職場においても積極的な支援がなされていないというのが実情です。そこで、患者・家族と医師・MSWなどの医療側と産業医・衛生管理者・人事労務担当者などの企業側の3者間の情報共有のためのコーディネーターの配置・養成が必要となります。」と紹介されています。
両立支援コーディネーターの養成では、医療や心理学、労働関係法令や労務管理に関する知識を身につけ、患者や主治医、企業などのコミュニケーションの橋渡し役として機能することを期待されています。
私が感じていることとして、現在、両立支援コーディネーターは事業場内、もしくは大病院に配置されていることが多く、現在の状況における問題点について考えると大きく2つの問題点が考えられます。
1つ目は、両立支援コーディネーターが配置されている事業場は 大企業が中心であり、鹿児島をはじめとする地方の事業場は中小企業が多く、そもそも労働衛生担当者や両立支援コーディネーターが配置されているケースは少ない点。また中小企業内の産業保健スタッフは医療知識に乏しいことも多く考えられ、医師をはじめとする他の関係者とうまくコミュニケーションがとれなくなる可能性がある点が考えられます。
また、2つ目の問題点として、がんをはじめとする大きな病気の治療をする大病院に両立支援コーディネーターが配置されてることがありますが、手術後あるいはがんの化学療法を終了した後で大病院への通院がなくなると、大病院に配置されている両立支援コーディネーターとの接点がなくなってしまうことがあげられます。
薬剤師は医療の知識があり、また薬剤師が勤務する保険薬局は労働者の勤務する事業場の近くや居住する地域に多数存在していることから、先にあげた両立支援コーディネーターにおける問題点の解決策となり得ます。薬局で両立支援の相談を受けた場合には、鹿児島産業保健総合支援センターと連携してこれにあたります。
鹿児島県薬剤師会では、令和7年度中に両立支援コーディネーター薬剤師とその在籍薬局のリストを鹿児島県薬剤師会HPに掲載する予定です。事業場における労働者の治療と仕事の両立支援の推進のためにぜひご活用ください。
鹿児島労基 令和7年3月号掲載
労働災害の予防〜体力面からのアプローチ〜
鹿児島産業保健総合支援センター産業保健相談員
髙司 佳代
(担当分野:運動指導)
厚生労働省の調査によると、令和5年の労働災害の4分の1は転倒であり業種別に見た場合も転倒が上位に位置しています。
(発生状況を性別・年齢別に見ると60歳以上女性が30%、50歳以上女性が18%となり半数を50歳以上女性が占めています。)
転倒対策として整理整頓や段差の見える化、コード類の引き回しのルール設定など環境整理は進んでいます。制度や環境は整ってきた一方で平均年齢が上がっている労働者の体力面へのアプローチはどうでしょうか。今回はそういった視点から転倒予防に向けた対策をご提案します。
体力年齢は個人差が大きく環境や生活習慣が影響します。健康診断が毎年行われるのに対し、体力測定を受ける機会は少ないのではないでしょうか。気づかないうちに身体能力が低下し、運動の必要性は理解しつつも運動時間の確保が難しいと感じたり、何をして良いかわからないという状況がみられます。
しかし体の状態に気づき対処することができれば転倒予防は十分可能であり、簡単な体力チェック項目を選択し定期的にチェックすることで変化を実感できるものです。
体力低下への対策として、定期的な運動を促す仕掛けや健康情報を提供することによる健康リテラシーの向上などが考えられます。
まずは自分自身の体力レベルを知ることで運動の必要性への認識が高まり、継続的な支援があると体の変化を把握しやすくモチベーションの維持、向上につながるものと考えます。腰痛予防の観点から前屈改善を、筋力向上の観点からスクワットをご紹介します。
どちらも道具を使わず短時間で行えるため取り組みの一歩としてお勧めします。
前屈は柔軟性チェックの代表的な種目です。怪我予防やしなやかな動き作りに活用しましょう。
こぶし(グー)が床に着くのを目安にしてください。
スクワットは下半身強化の代表的な種目です。椅子を使い座るつもりで座らない、これをゆっくりと繰り返すことで下半身強化になります。10回を目安に行いましょう。
筋力トレーニングにおいては体力の向上だけにとどまらず、筋肉に負荷をかけることによるホルモンの分泌により集中力の向上やストレス解消、睡眠の質向上などさまざまな効用が明らかになっています。
本人の意思を頼りにした個人での取り組みは継続が難しいものです。勤務時間内に体を動かす時間を設定し上司が進んで行うなど健康意識を高める雰囲気作りが推奨されます。
部署対抗など運動成果をゲーム感覚で競ったり、仲間と楽しく運動できるイベントに参加するなど自然と体を動かす機会が増える仕掛けや環境作りも体力作りのきっかけとして効果的でしょう。
義務感や強制されて行うのではなく、運動をすることにより体が楽になる、集中力が向上するといったプラス効果を感じることで能動的に行えるようになります。こういった行動変容を促していくことが重要であり簡単なサポートで達成可能なことであると考えます。従業員の心と体の健康があってこそ生産性も上がり事業所の利益につながることでしょう。
鹿児島労基 令和7年1月号掲載