平成31年・令和元年バックナンバー
発達障害(自閉スペクトラム症:ASD)を支援する人々のメンタルヘルス
~カサンドラ症候群に視点をあてて~
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
久留 一郎
(鹿児島大学 名誉教授)
(担当分野:カウンセリング)
近年、職場同僚(上司、部下など)、家族パートナーとの関係(夫婦、親子)など、発達障害の一つである「自閉スペクトラム症:ASD」を取り巻く状況の中で、重篤なメンタルヘルス不調の事例(カサンドラ症候群)が報告されている。
語源となっている「カサンドラ」は、ギリシア神話に登場するトロイの王女の名前である。未来予知の能力がありながらその「予言(言動)」を誰にも信じてもらえないという境遇を持つことから、「身近な人間関係での不条理な状況に置かれ、周囲から理解をしてもらえない」という困惑の状態を指す言葉として、心理療法家シャピラによって1980年代に名付けられた。
(ソクラテスの妻は本当に「悪妻」だったか?という疑問が取り上げられ、彼女こそカサンドラ症候群だったのではないかといわれている。哲学者ソクラテスは日常的には偏奇的な行動が多く、家庭を顧みることなく哲学三昧にふけっていたことから発達障害(ASD)だったといわれている)
「発達障害者(ASD)のいる家族やそのパートナーとの情緒的交流の乏しさから、その関係性の悪化、またその事実をパートナーも周囲も理解せず、当人が苦しみを抱えたまま孤立した不条理な状態に置かれること」が、大きな問題となる。
カサンドラ症候群が生じる具体的な原因としては、発達障害のある人と親密な関係にある人に多く見られるということである。
発達障害(自閉スペクトラム症:ASD)の特徴として、
- 相互的なコミュニケーションや他人と協調して一緒に行動することが苦手。
- 相手の気持ちに共感し、言外の意味(メタファー)を想像するのが苦手。
- 同じ行動パターンや狭い興味にとらわれやすく、視点の切り替えが苦手。
- 感覚の過敏さや逆に鈍感さがあるといったこと等々が挙げられる。
学業や職業においては有利に働く場合もある。高度な専門知識を必要とする領域では、多くの人が活躍している事例もある。
発達障害者(ASD)との職務上の関係に困り、上司に相談すると、「もっとしっかり指導しなさい」と言われ、繰り返し努力するものの、逆の結果になり、支援する側のメンタルヘルス不調の状態が生じてしまうことが多い。
発達障害者(ASD)への支援だけでなく、彼らをとりまく支援者(職場の上司、同僚、家族における夫婦等)への支援が、彼ら(ASD)への意味ある支援につながるものと思われる。「一人で抱え込まない」ための工夫が必要である。
カサンドラ症候群に苦悩する上司、同僚、パートナー(家族)に対して、発達支援のありかたについて配慮すべきこととして以下に提示してみる。
- 「同時処理」が苦手なので、一度に複数の情報を提示しないこと:視覚情報(文字カードの提示)、聴覚情報(言葉による指示)など分けて一つずつ提示する。
- 「知覚過敏性」に対する配慮:刺激のコントラストが強すぎると混乱しがちである。(大声で怒鳴る、急な予定の変更)
- 「行動の見通しができるよう構造化」された情報の提示:行動の予測が可能な時系列的提示(時間経過ごとに仕事の内容を具体的に提示、プログラム化した仕事内容の提示)等々・・。
メンタルヘルス担当者がカサンドラ症候群に陥らないよう「きづき」をもつことが大切に思われる。
<引用文献>
岡田尊司(2018)
カサンドラ症候群:身近な人がアスペルガーだったら 角川新書
久留一郎・餅原尚子(2019)
臨床心理学:「生きる意味」の確立と心理支援~発達障害とメンタルへルス~ 八千代出版
がん治療と仕事の両立について
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
前田 雅人
(担当分野:産業医学)
生涯のうちに日本人の約2人に1人ががんに罹患すると推計されている。国立がん研究センターのがん情報サービスによると2014年のがん罹患データでは、多い順に男性は胃がん、肺がん、大腸がん、女性は乳がん、大腸がん、胃がんであり、また2017年のがん死亡データでは、男性は肺がんが一番多く、胃がん、大腸がんと続き、女性は大腸がん、肺がん、膵がんの順、男女合わせると肺がん、大腸がん、胃がんの順である。年間約85万人が新たにがんと診断されており、このうち約3割が就労世代(20 ~ 64歳)である。がん医療の進歩により、がん患者の生存率は向上し、2006年~ 2008年の間にがんと診断された人の約6割は5年後も生存している状況にある。この生存率の向上に伴い、がんを抱えながら仕事を続けている労働者は、平成22年国民生活基礎調査に基づく推計では約32.5万人もいるとのことである。
がんだけではないが、疾病を抱えた労働者が治療と仕事の両立を図るためには、いくつかの留意事項がある。厚生労働省が平成30年3月に作成した「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」では、①安全と健康の確保、②疾病を抱える労働者本人の取り組み、③労働者本人からの支援申出、④治療と仕事の両立支援の特徴を踏まえた対応、⑤個別事例の特性に応じた配慮、⑥対象者、対応方法の明確化、⑦個人情報の保護、⑧両立支援にかかわる関係者間の連携などを挙げている。特にがんでは、がんの種類や進行度が同じであっても、がん治療や治療に伴う症状等は労働者によって様々であり、両立支援に当たっては、個別性に配慮した対応が必要となる。ガイドラインでは治療方法に応じて以下のポイントを挙げている。
- 手術を受ける場合には、労働者が主治医に対して入院期間、手術後に出やすい合併症や制限すべき動作などについて確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。
- 化学療法(抗がん剤治療)を受ける場合には、労働者が主治医に対して入院の要否や治療期間、出やすい副作用及びその内容・程度について確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。化学療法では副作用によって周期的に体調の変化を認めることがある。
- 放射線治療を受ける場合は、労働者が主治医に対して治療スケジュールを確認し、必要に応じてそれらの情報を事業者に提供することが望ましい。治療中は、頻回の通院による疲労に加えて治療による倦怠感等が出現することがある。
- がんと診断された者の多くは一時的に大きな精神的衝撃を受け、多くの場合は数週間で回復するが、がんの診断が主要因となってメンタルヘルス不調に陥る場合もある。そのため、産業医や保健師、看護師等の産業保健スタッフが連携するなどして、適切な配慮を行うことが望ましい。
私が経験した事例では、かなり衰弱した状態でも職場に来られるため、できれば無理をせずに家で休んでほしいと思いつつも、仕事に来ることが本人の生きがいであり、心の支えになっている状態を考え、職場環境の整備に苦慮した。本人の意向、主治医の診断、産業医の意見、事業所の方針などを考慮しつつ、最適の対応、配慮を実施するためには、常に意見のやり取りができる信頼関係の構築が欠かせないと感じた。
鹿児島労基 令和元年11月号掲載山の中でハチに刺されて死んでしまうのを防ぐ特効薬、エピペン
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
冨宿 明子
(担当分野:産業医学)
大隅半島の山の中にある事業場の衛生管理者、衛生くん。
ハチに刺されて死んでしまうことがないように、全従業員に健康情報を発信しようと思い立ち、嘱託産業医からレクチャーを受けています。
衛生;うちの会社で実際に、アシナガバチに刺されて亡くなった従業員がいるらしいんですよね。で、現場の人から、いい特効薬があるって聞いたんですけど、どんなものなんですか?
産業医;ハチに刺されて死んだとか、乳製品アレルギーがあるのにうっかり給食でチーズを食べて死んだとかっていうのは、医学用語では「アナフィラキシー」っていうんだけど、救急車を呼ぼうか呼ぶまいかとあたふたしている間に現場で死んじゃうことがあるのよね。だから特効薬を自分で持っていないと、治療が間に合わないの。特効薬の名前は「エピペン」。ペンの形をしたエピネフリンって意味。
エピネフリンっていうのはアドレナリンの別名ね。「アドレナリン出まくり」っていう、あのアドレナリン。「興奮した」っていうときに使う言い回しだけど、興奮すると体の中からアドレナリンっていう名前のホルモンが出て、血圧も脈拍数も上がるのよ。そのアドレナリン、別名エピネフリンが、ペン型の容器に入っていて、「あ、ハチに刺された! うっ、苦しい…このまま俺は死ぬのか…そうだ、胸ポケットにエピペンがあった! これを自分で注射しよう!」っていう感じで自分の太ももにペン型のものを押し付けると、針が出てきてアドレナリンが太ももの筋肉に注入されて、救急車を呼んで病院に着くまで命がもつ、というすぐれものよ。
衛生;それ、最高ですね! 各現場の詰所の救急箱に、1本ずつ入れときましょうよ!
産業医;あ、それは無理。処方せんが必要だし、処方せんが出された本人にしか使っちゃいけないのよ。エピペンを持っておきたいっていう人が、自分で前もって病院に行って1 本だけ処方してもらう、っていう薬なの。
衛生;そうなんですか…残念。じゃあ、病院でどう言えば、エピペンを処方してもらえるんですか?
産業医;そもそも、病院だったらどこでも出してもらえる、っていうものでもないのよね。このあたりだったら、どこがいいかな? 【病院 エピペン 鹿児島】で検索してみるね。スマホシュシュッ。おっ、大隅半島にもいくつかあるね。ここなんていいんじゃない? ここの先生に、「職場が山の中で、ハチに刺されることが多いし、救急車が来るまで20 分もかかるんですよ」とか「山登りが趣味で、今までもハチに刺されたことがあるんですけど、2回目が怖いっていうからエピペン処方して下さい」とか言えばいいんじゃない? 保険証も使えるよ。
衛生;なるほど。じゃあ、「ハチに刺されてアナフィラキシーで死ぬのが怖い人は、●病院か▲クリニックに個人的に行って、エピペン処方希望の旨を伝えるといいですよ」と、こういうことですよね。
産業医;うん、この会社なら、これくらいの情報提供が妥当だと思うわ。せっかくだから、エピペンの使い方の動画を見てみる? 衛生管理者たる者は見ておくべきよ。YouTube で【エピペン動画1分】って検索すると、ほら。たった1分の動画だから、見ようって思うでしょ?
衛生;おおーっ。…なるほど。これで僕も、ハチに刺されてエピペンを打とうとしながら意識がうすれかけている従業員に対して、自信を持って手助けできます! …ん? それって、ひょっとしたら法令違反?
産業医;それは大丈夫。手に持って打とうとしているところを他の人が介助するっていうのは法令違反にならないから安心してね。大いに人助けしてあげてね!
鹿児島労基 令和元年9月号掲載石綿含有建築物の解体 「2028年頃ピーク約10万棟予想」
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)
石綿(いしわた、せきめん、アスベスト)は優れた特性(耐熱性・不燃性・耐薬品性・耐摩耗性等)があり、しかも繊維状の鉱物で種々の原材料と混ざりやすく加工しやすいので各種の石綿含有製品が製造されました。奇跡の鉱物と言われ、過去に石綿含有製品として石綿工業製品、石綿含有建築材料、石綿含有摩擦材、石綿含有保温材などがあります。
しかし石綿の有害性から、2012年(平成24年)に重量0.1%を超えて石綿を含有するものは全面禁止(製造、輸入、譲渡、提供、使用)になりました。
今後は過去に使用された石綿含有製品の解体に直面しています。現在建築物の解体が進行中で、解体のピークは2028年(令和10年)頃で約10万棟、2068年(令和50年)頃まで続くと予想されています。(国土交通省の推定)
ここで重要なことは、この期間に新たに石綿に起因する被害者を出さないようにしなければなりません。そのため法令のもと技術指針等(石綿解体指針・石綿飛散漏洩防止対策徹底マニュアル等)が示されていますので、これらを厳守すれば新たな被害者の発生はないものと期待されます。
この解体で最も気を付ける点は、石綿の大きさがミクロン単位(μm)の細かい鉱物状の繊維を吸引しないことです。仮に不適切な解体方法で重大な疾病(石綿肺・肺がん・中皮腫)を発症してはなりません。
次に解体方法について、石綿の使用量が90%以上となっている建築物の石綿解体指針等をもとに述べたいと思います。
解体するためには、まず事前調査を十分に実施することが重要です。建築物に石綿が使用されているか否かを知るために、関係者へのヒヤリング、設計図書等の情報を入念に調査して、現場で現物を確認する必要があります。石綿建築材料の石綿吹付材の場合は石綿、ロックウール、代替化繊維が混在して使用されている場合があります。又成形板も表面化粧するなど石綿含有の不明なものがあります。不明なものは分析調査を行い石綿含有の判定をすることになります。
特に事前調査で大切な点は担当するものが、専門的知識「例:建築物石綿含有建材調査者講習受講」を持っていることです。現場は時には複雑に施工されている場合がありますので、的確に判断できるものが望まれます。尚、平成27年度における事前調査の対象となる建築物の解体・改造・補修工事件数は、年間約73万~ 188万件と推定されてい
ます。(国土交通省の推定)
ところで石綿含有建築物の解体は建築材料の種類を3分類(主に石綿含有吹き付け材、石綿含有保温材、石綿含有成形板)して実施されます。吹き付け材は火災時等で鉄骨の軟化を防止する目的で使用されるなど発じん性の著しいもので厳しい基準が示されています。主な内容は作業場の隔離、作業場の負圧管理、薬剤による湿式化、セキュリティゾーン設置等ですが、これらは保温材の解体(切断・穿孔・研磨)などにも同様の基準が適用されます。更に保護具は電動ファン付き呼吸用保護具等の着用が義務付けとなっています。
また、成形板の解体は発じんを抑えるために湿式化(注水等)を原則として、機械的な力は可能な限り避けるとともに適切な保護具着用等が義務付けされています。
これらの解体作業が適切に実施されるためには、十分に検討された作業計画(作業方法・ばく露防止対策・保護具着用等)を作成して実施する必要があります。
更に、作業者を対象にした特別教育受講が必要です。作業者自身が石綿について知識のあることが不可欠だからです。ミクロン単位の細かい石綿が対象であることを理解した上で、自らの健康を守るためには決められた作業方法の遵守や適切な保護具着用の徹底など、積極的に取り組む姿勢が期待できます。
現在、石綿含有製品の解体技術が確立していますので厳守して頂き、今後も継続した取り組みを願っています。
労働安全衛生法令の改正による個人サンプラーの導入について
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
東 正樹
(担当分野:労働衛生工学)
(株式会社 鹿児島環境測定分析センター 代表取締役)
1.はじめに
厚生労働省の「個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会」は、昨年11月に個人サンプラーを活用した作業環境測定とその評価の方法についての検討結果を報告書にまとめて公表しています。報告書の中で、個人サンプラーによる測定方法は、作業環境測定に加えて、リスクアセスメントも同時に行うことができるため、作業環境測定の一つの方法として広範な作業場に導入するのが望ましいとしています。私が鹿児島分会長を務める(公社)日本作業環境測定協会では、最近この話題で持ちきりです。協会では、個人サンプラーによる測定に関する研究発表等が数多くなされており、今後も個人サンプラーによる測定に関する講習会等を予定しています。
今回は、個人サンプラーによる測定が導入される背景と測定の概要をご紹介し、事業場及び衛生スタッフが気を付けるべき点について述べます。
2.背景
現在、事業場で取り扱う化学物質等については、その危険・有害性の程度に応じて、作業環境測定の義務づけ(104物質)、リスクアセスメントの実施の義務づけ(673物質)及び努力義務(約7万物質)が課されています。(平成31年4月現在)
このうち作業「場」の環境を測定する手法である作業環境測定は、健康障害を未然に防ぐため健康診断と並んで重要ですが、次のような課題が指摘されています。
① リスクアセスメントにおけるリスクの見積方法としては、気中濃度とばく露限界を比較するのが
望ましいが、現在の作業環境測定では労働者がばく露を受ける濃度を直接測定してない。
② 溶接や吹付け作業など作業者の近くに測定点を置くのが困難な作業では、作業者のばく露濃度
を反映できない。
③ 諸外国では主にばく露濃度測定による管理が行われており、国際的整合性のほか、海外企業の
国内進出や途上国支援などで障壁となる等の問題がある。
このような課題に対処するため、厚生労働省は個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会(以下、検討会)を立ち上げ、個人サンプラーによる測定の導入のあり方について検討を行いました。
3.個人サンプラーを用いた測定とは
これまで作業環境測定ではわからなかった労働者のばく露濃度を測定することにより、より実態を反映した適切な対応が可能となります。個人サンプラーを用いた測定の詳細は今後定められますが、概要は以下の通りとなる見込みです。
・ 労働者自身がサンプラーを装着し、ばく露濃度を直接測定する。
・測定は、8時間測定を基本とする。
・対象者は、複数人選定することを基本とする。
・ 測定後の分析や報告書作成は、作業環境測定士が行う。
4.事業場及び衛生スタッフが気を付けるべき点
検討会報告書によれば、従前の作業環境測定と個人サンプラーによる測定のいずれかを選択して作業環境管理を図ることとされています。したがって、事業場または衛生スタッフはそれぞれの特徴を把握したうえで比較検討を行い、労働者のばく露防止にとってより適切な方法を選択することが求められます。
その際、個人サンプラーによる測定の導入に当たっては、次のような点に留意が必要です。
●測定器材の装着によって作業に支障はないか。
●対象者及び人数は適切か。
● (作業環境測定に比べて測定可能な項目が少ないため)測定の可否について確認
●測定料金(器材の購入やレンタル費含む)の確認
● 測定目的の再確認が必要(汚染箇所の推定等には、作業環境測定が優れる)
● 測定の方法について、専門家(作業環境測定士を想定)の意見を聞くのが望ましい
5.おわりに
個人サンプラーによる測定は、早ければ2021年度に改正省令等が施行されて、まず溶接や吹付け作業等に限定して先行導入され、その後全面導入の可否が検討される予定です。
事業場が測定方法を正しく選択できるよう、産業医や衛生管理者をはじめとした衛生スタッフの皆さんは、今後の法改正の動向を注視していただきたく存じます。
私も研修会等の機会を捉えて、法改正の動向をお伝えしていく予定です。
「働く人」とストレス対処法
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)
(医療法人玉水会病院心療内科)
米国労働安全衛生研究所の職業性ストレスモデルによると、「働く人」は、年齢、性別、性格、雇用保証期間などの個人的要因を背景に、職場のストレッサーとともに仕事以外の要因も加わりストレス状態が亢進します。そして、緩衝要因である上司、同僚や家族からの支援があっても、過剰ストレス状態になるとストレス反応を起こし、さらにはいわゆる「ストレス病」を発症します。
このような状況を引き起こさないためには、職場のメンタルヘルス対策とともに、「働く人」自身によるストレス対処の実践が必要になります。これには、問題焦点型対処法と情動焦点型対処法があります。
1.問題焦点型対処法
ストレッサーとなっている問題に正面から向き合い、状況の改善を目指すことでストレスの軽減を図るものです。これを実行するには以下のような技法を取り入れると有効です。
(1)傾聴:ただ人の話を聞くだけでなく、相手に積極的に関心を持ち、より深く、丁寧に耳を傾けま
す。これには、相手を分かろうとする「傾聴技法」、わかったことを伝える「応答技法」、そし
て、さらにわかろうとする「質問技法」があります。
(2)アサーション:自分とともに他者の権利も尊重しながら、自分の考え方や感情などを相手に攻撃
的あるいは受け身にならずに主張します(主張的行動、アサーティブ〈I am OK, you are
OK〉)。攻撃的行動(アグレッシブ〈I am OK, you are not OK〉)や受身的行動(ノン・アサー
ティブ〈I am not OK, you are OK〉)では問題解決には至りません。
(3)考え方の工夫(認知行動療法):ネガティブな認知(ものの捉え方)を柔軟で合理的な考え方に
変えていきます。ネガティブな認知としては、「マイナス思考」や「○○すべき思考」がよく知ら
れています。他にも、「全か無か思考」、「こころの色眼鏡」、「拡大解釈と過小評価」、「結論
の飛躍」などがありますが、詳細は割愛します。
しかし、現実社会では問題焦点型対処法で対処しきれない事例が多々あります。このような場合、ストレス反応で生じた不安やいらいら感などの情動を軽減することで、ストレスを解消する情動焦点型対処法が有効です。
2.情動焦点型対処法
この対処法には、「働く人」が普段意識しないで行っている運動、旅行、入浴やマッサージなども含まれますが、以下のような臨床の場で治療の一環として用いられている技法もあります。
(1)臍下丹田呼吸法:臍の下3寸にある丹田に意識の重心を置き、腹式呼吸を行います。
(2)ストレッチング:筋肉を伸ばすことで、緊張している筋肉を弛緩させます。
(3)漸進的筋弛緩法:筋肉の緊張と弛緩を繰り返すことで身体のリラックスを導く方法です。スト
レッチングも漸進的筋弛緩法も全身の筋肉に適用できます。
(4)音楽:自分の気持ちと同質の音楽を聴き、音楽に自分の気持ちを代弁させます(アルトシュー
ラーの原理)。例えば、ストレス状態で憂鬱な時は、ショパンのピアノ・ソナタ第2番変ロ短調
「葬送」を選択します。
(5)自律訓練法:心身を緊張状態から弛緩状態へと変換させることを目的とした一種の自己催眠法
です。まず、「気持ちが落ち着いている」状態(背景公式)になり、さらに「手足が重たい」
(第1公式)、「手足が温かい」(第2公式)などと自己暗示をかけます。思考や感情をコントロ
ールすることが可能になるとされています。
問題焦点型対処法にしろ情動焦点型対処法にしろ、「働く人」自身が取り組みやすい方法で日々のストレスの軽減に努めたいものです。
鹿児島労基 平成31年3月号掲載「発達障害」と診断する意義
鹿児島産業保健総合支援センター相談員
赤崎 安昭
(担当分野:メンタルヘルス)
(鹿児島大学医学部保健学科・大学院保健学研究科 教授)
最近,「発達障害の人への対応の仕方がわからないので教えて欲しい」といった相談や質問が増えてきたように思います。発達障害者支援法などの法整備がなされたことによって,発達障害という診断名の知名度が高くなったことが影響しているのでしょうか。それともテレビドラマなどでも取り上げられるようになったためでしょうか。
さて,ここで問題です。あなたは,「発達障害」に対してどのようなイメージを持っていますか。「KY(空気が読めない)」,「変な人」,「オタク」とネガティブなイメージをお持ちではないですか。
そもそも発達障害というのは,英国の精神科医ローナ・ウィングが知的障害の見られない自閉的傾向を示す子どもをアスペルガー症候群と呼ぶようになったことに端を発し,自閉症の概念も拡大したことによって,広汎性発達障害(世間ではこれを「発達障害」という)として広く社会に浸透していきました。ところが,2013年,米国精神医学会の診断基準であるDSM-5の登場により,広汎性発達障害とアスペルガー症候群は姿を消し,自閉症スペクトラム症(ASD)という名称に変更されました。このような呼称の変更もあり,現在,ASD研究は「過渡期」にあるといえます。
法施行前の学校調査では,発達障害が疑われる生徒が約7%存在するにもかかわらず,実際に発達障害としてしかるべき支援を受けている生徒は0.05%という数値が発表されています。では,診断を受ける機会を逃した発達障害児はどうなるのかといいますと,「社会での生きづらさ」を感じる原因(①社会性の障害,②コミュニケーションの障害,③社会的想像力の障害)に気付かぬまま成長し,成人になってから何らかの精神疾患(例えば,適応障害)を発症する可能性があります。これらのことを踏まえて,「発達障害と診断する意義」について私見を述べさせていただきます。
自分自身であれ,家族であれ,職場の同僚であれ,「発達障害」と診断されたことで困惑する必要はありません。なぜなら,診断が付いたことによって,その人が今まで悩んできた「生きづらさ」の原因が明確になるからです。また,「(その人の)特性の中で凸凹した部分」も明確になるわけですから,これからの社会生活を円滑に過ごすヒントが見えてくるからです。ところが,一部の精神科医や心療内科医は,「あなたは発達障害です。処方する薬はありませんから通院の必要はありません」とか,「あなたは注意欠陥多動性障害(ADHD)です。それに効く薬を処方します。勝手にやめたらダメです」などと告げる医師がいます。言い換えますと,「あなたは医療の対象者ではない」とASDを医療から他の領域にダイバージョンさせようとする医師,「衝動性・攻撃性」を全てADHDで説明付けようと「過剰診断」あるいは「誤診」をする医師がいます。ASDはあくまでも「スペクトラム」ですので,障害の程度には「濃淡」の差があります。ASDの特性が色濃く出現し,周囲の人たちを混乱させているASDもいるでしょう。逆に医療者側の「過剰診断」あるいは「誤診」によって,飲まなくても良い薬を服用している「偽物のASD」もいるかもしれません。ASDと宣告されて困惑されている方,ASDと診断された労働者を抱えて困惑している関係者の方は,「セカンドオピニオン」として診断した医師以外の専門医に診察・検査を依頼してください。精神科医や心療内科医に相談することに抵抗がある方は,私も相談員としてかかわっている鹿児島産業保健総合支援センターにご相談ください。
最後になりますが,私は司法精神医学という領域にかかわり,ライフワークとしている研究(放火・殺人)があります。研究は,「こだわり」と「没頭」がなければ結果が出ません。しかし,この「こだわり」と「没頭」という私の思考と行動に注目した医師は,私をASDと診断するかもしれません。100歩譲って私がASDだったとしましょう。でも,この「こだわり」と「没頭」という特性が功を奏して,現在,私は日本の司法精神医学界で幅広く活動させてもらっています。このため,もの凄く忙しいですが楽しいです。自分の特性を知り,その特性を生かして日々の業務にこだわり,没頭していけばいつかきっと「夢」がかないます。チェスト行け!!