お知らせ

28年バックナンバー

労働衛生と産業保健のこれから

産業保健相談員 林 和幸
(担当分野:労働衛生工学)

  人類の有史以来の大きな歴史の発展は、人類の文明の形で各区域に古代文明国家の姿として残されているほか、長い歴史と共に人類の産業の発展に寄与するエネルギーは目をみはるものがあり、地球規模での産業の発展が視野に入りつつある。産業保健という語句は広辞苑を広げてみると、産業という語句と保健という語句に収められている。産業は生活のための仕事項目が挙げられている。保健という語句は健康保持項目が挙げられている。労働衛生という語句も労働語句と衛生語句に収められ、労働という語句は現代風な言い回しで、「人間がその生活に役立つように手・足・頭などを働かせて自然質量を変換させる過程」と挙げられ、衛生という語句は「健康の保全・増進を図り、疾病の予防・治療につとめること」と現代の諸施策もこれら語句が持つ深い意味を包含させられているとみられる。諸施策の具体的内容については、地域状況・国別状況によって大きな差異があろうが、最近では、我が国においては化学物質640物質のリスクアセスメント義務化について等、これまでの「努力義務」を「義務」とし、新たな施策の実施に踏み切り施策の充実を図ってきているように思われる。

 リスクアセスメントの方法としては、
方法1)作業環境測定と同じ方法で、作業環境管理を行う。
方法2)作業者の中から代表者を選び、その作業者の口元の有害物濃度の測定と評価を行う。

という2つの方法がありますが、最近では、「コントロールバンディング」と呼ばれるILO・英国で開発された方法1)2)以外の実測を行わない簡単方法もあります。この方法によるリスクアセスメント手順は、①全ての作業場所ないし作業における取り扱われる化学物質の洗い出し。②有害性の特定。③リスクの見積と許容範囲有無評価。④許容範囲を上回る場合は、設備作業などの見直し・局所排気装置の改善など、作業者のばく露を少なくするための措置を講じる。⑤リスク許容範囲内であるか確認のため改めてリスクを見積もる。等の手順で確実なリスクアセスメント結果を得る。(国際的手順)

 施策の国際化・共有化は、将来的に地域間・国家間の経済格差の是正を促す源となる可能性が大きいと考えられることから、産業保健・労働衛生についての発展・進歩に力を入れておくことが肝要と思われる。

鹿児島労基 平成28年11月号掲載

介護と「働く人」のメンタルヘルス

産業保健相談員 長友 医継
(担当分野:メンタルヘルス)

  「働く人」となり20年ほどたつと、親は老年期を迎えます。大方はまだまだお元気でしょうが、中には体調を崩される親もおられ、介護に直面せざるを得なくなる「働く人」も少なからずおられます。さらに最近は晩婚化から育児も加わり、いわゆる「ダブルケア」に追い込まれる「働く人」もいます。そのため、やむなく離職・転職する「働く人」が増えてきています。ある調査によると、介護のために仕事を辞めようと思ったことのある40歳以上の「働く人」は3割を超えているといいます。介護を原因に退職することは、「働く人」本人の損失は当然ですが、会社の損失(優秀な人材の損失、企業活力の減退)、さらには国の損失(社会保険料や税金の収入減、社会全体の活力の衰退)にもなります。
 国は一億総活躍社会を目指し、その施策のなかで「介護離職ゼロ」を目標のひとつにしています。これまでも介護休業法があり、平成28年度からは企業への介護支援取組助成金の支給も始まりました。それにもかかわらず、親の介護の問題は、「働く人」にとって深刻な問題です。
  「働く人」のストレス要因の主なものは仕事上の問題で、職場の人間関係、仕事の量・質、会社の将来性などですが、当然仕事以外の要因もあり、そのひとつが家族の介護です。そして、それによって生じる典型的なメンタルヘルス不調がいわゆる「介護うつ」で、一般のうつの3倍程度の発症頻度があります。
 うつ病には、気分・感情の異常(気分の抑うつ)、思考の異常(考えがまとまらない、集中できない、判断力・決断力が鈍る)、意欲・行動の異常(行動量の低下、表情・身振りの減少、生気に乏しい)などの精神症状とともに睡眠障害(入眠・熟眠障害、早朝覚醒)、食欲減退、性欲減退、頭痛を始めとする身体の痛み、動悸などの身体症状がみられます。そのため、うつ病を発症すると、精神症状より身体症状にとらわれてしまうため、生活習慣病などの身体疾患を心配しがちで、メンタルヘルス不調には気づきにくい傾向があります。さらに、「介護うつ」が高じると、自殺の危険性も高まり、毎年300人前後の人が自死されています。
 一方、介護疲れが要介護者の虐待につながることもあります。虐待者は息子や夫に多く、両者で60%ほどです。また、虐待の種類としては、身体的虐待、暴言や無視などの心理的虐待、介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)、性的虐待、貯金の使い込みなどの経済的虐待がありますが、身体的虐待が過半数を占めます。さらに、介護疲れが高じますと、憤怒、恨みの感情がわき、介護殺人のおそれがでてきます。毎年、20件を超える事件が発生しており、加害者は夫、息子が、被害者は妻、母が多いようです。  
 「働く人」が介護に直面したときは、まず介護者である「働く人」自身の人生を第一に考えましょう。そして、職場にはどんな制度があるのかを知り、理解ある職場なら報告や相談は早めに行うと良いでしょう。どうしても離職せざるを得ない場合は、転職先を決めてからにしましょう。
 介護費用はなるべく要介護者の「財布」から払うこととし、どんな介護が必要か、まずは地域包括支援センターに相談しましょう。同センターでは、地域の高齢者がいつまでも住み慣れた地域で安心して生活することができるよう、介護の専門職(保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員など)が相談にのってくれます。そして、公的な福祉サービスや利用できる民間サービスを把握するとともに、ひとりで悩まず、介護者支援団体などで経験者の体験談から介護のヒントを見つけていきましょう。

鹿児島労基 平成28年9月号掲載

ストレスチェックでは集団分析をぜひ行いましょう

産業保健相談員 小田原 努
(担当分野:産業医学)

 ストレスチェックが開始されてほぼ半年経過しました。健康診断の時期にストレスチェックを行う事業所が多いので、健康診断が多いこの時期、現在多くの方がストレスチェックを受けていらっしゃると思います。ストレスチェックの利点はまず、現在の自分の状態に気づくことができる点です。自分への仕事のストレスのかかり具合、自分の心身の体調の状況、周囲から受けるサポートの状態を客観的に知ることができます。まずはご自分の置かれている状況やストレスに気づき、あまりにも負担がある場合には、ご自分で解決できるのか、または職場の方に相談すべきなのかを判断しましょう。ストレスは、塩分と同様で、少ないと食事も味気なくなりますが、多すぎると身体を壊します。過度なストレスがある場合は、適正となるように調整する必要があります。  

 労働安全衛生法では、ストレスチェックにおける集団分析は、努力義務となっておりますが、ぜひ集団分析も行うように検討してください。集団分析を行うと職場の状況がよく分かります。おそらくそうだろうなと思っていた事柄が数字となって出てきますので、経営者の方も具体的な対応がとりやすくなると思います。一般に日本の社会では、適応や協調が重要とされているので、少々の事は言いたいことがあっても黙っている方が多いと思われます。そのような声なき声が数字となって出てきますので、職場を管理している方には最良のデータが提供されると思われます。なかには、仕事量や仕事の負担、人間関係や上司のサポートを質問されるので、上司の評価になるのではないかと身構える方もいらっしゃいますが、一般に1つの職場には何人かの管理職がいらっしゃいますので、どの上司と名指しされているわけではありません。それよりも、出てきた結果に対して、どうするかを検討することを表明するだけでも、従業員の方は安心して働けると考えられます。  

  このストレスチェックは年に最低1回は行われることとなります。ストレスチェックの結果に従い、職場の改善をめざし、それを次年度のストレスチェックで確認していくことが本来のストレスチェックのあり方と考えられます。最後に注意点ですが、ストレスチェックの結果は、仕事の時期的な影響をかなり受けますので、毎年同じ時期に行うように設定してください。

鹿児島労基 平成28年7月号掲載

化学物質リスクアセスメントと自主的な措置について

産業保健相談員 黒沢 郁夫
(担当分野:労働衛生工学)

  化学物質による災害発生の主な原因として化学物質の管理が十分にされていないことがあげられます。災害事例では、印刷会社の化学物質に起因する胆管がんの発生が知られています。
  化学物質の管理には、化学物質の危険性有害性情報を適確に把握することが不可欠です。そのために一定の危険性有害性のある化学物質については文書交付として安全データシート(640種類)の提供が法的に義務付けられています。この安全データシートは化学物質の危険性有害性の要約、物理化学的な性質、ばく露防止及び保護措置、適用法令等の記載項目が定められたもので、化学物質管理の基礎となるものです。
  今回の災害事例(胆管がん発生)では発生原因の化学物質の一部は特別規則に該当しないものでした。それは安全データシートの記載事項の適用法令欄で確認できます。特別規則とは有機溶剤中毒予防規則・特定化学物質障害予防規則等のことです。従って、これを機会に特別規則への変更を含めて法令の見直しが行われ、安全データシートの義務化(640種類)に加えて同じ化学物質に対してリスクアセスメントが努力義務から義務化(640種類)へと法改正されました。これによって化学物質に対する危険性有害性の認識が一層高められ災害防止が更に期待されることになりました。
  具体的なリスクアセスメントの実施内容は化学物質リスクアセスメント指針(平成27年9月)で公表されています。その主な内容は取り扱っている全ての化学物質の危険性有害性の特定を安全データシート等を活用して行うことから始まります。次に特定された危険性有害性からリスクレベルを決定(リスク評価)します。更にリスクレベルに応じてばく露防止、又は低減するための措置を検討するものです。この取り組みは事業者に対して化学物質への危険性有害性の認識を確かなものにする効果が期待されます。 具体的なリスクアセスメント手法の一つに、コントロールバンディング(リスク簡易評価方法)が示されています。これは厚生労働省ホームページに紹介されているもので、必要な条件を入力すると自動的にリスク評価され低減措置まで提示されるものです。これを利用することで事業者として化学物質のリスクを容易に知ることができる利点があります。しかし低減措置については安全側を強調しているので、再度別なリスク手法での取り組みが必要と思っています。
  次に実施時期についてですが、新しい化学物質を採用もしくは変更する場合、新しい方法や手順を採用もしくは変更する場合、あるいは化学物質の危険性有害性情報が変更された場合等に行うことが義務づけられています。また、労災が発生した場合や、これまでにリスクアセスメントを行っていない場合は、リスクアセスメントを実施することが努力義務とされています。但し特別規則に該当する化学物質は法令順守になります。
  ここで化学物質リスクアセスメントの義務化はリスク評価に対してです。リスク評価後の措置として特別規則以外の化学物質については努力義務となっています。特にリスクアセスメントは健康障害防止を目的としているもので、措置については特別規則に準じた措置を検討し実施することが効果的であると思います。
  低減措置を検討する順序としては①有害性のより低い物質への代替②工学的対策(機械設備などの密閉化、局所排気装置の設置など)③管理的対策(作業手順の改善、立入禁止等)④有効な保護具の使用があげられます。職場に対応した改善対策を行い健康障害防止に積極的に努めて頂きたいものです。 少なくともリスクアセスメントのリスク評価に留まることなくリスクに応じた自主的な防止措置の実施に期待いたします。


鹿児島労基 平成28年5月号掲載

うつ病者の復職(リワーク)に必要な医療

産業保健相談員 赤崎 安昭
(担当分野:メンタルヘルス)

  私は、臨床医、産業医、産業保健相談員、復職判定委員といった業務を担当している関係上、主治医としてうつ病の労働者が復職する際に必要な診断書を書くこともあれば、他の医師が書いた診断書を参考にして復職を希望する労働者と面接することもあります。さらに、産業保健相談員の業務の一環として、産業医の先生方、衛生管理者および産業保健師の方々等を対象とした研修会の講師を担当することもあります。このように私は2足以上の草鞋を履き産業保健・メンタルヘルスに取り組んでいます。そこで、本稿では、自身の経験を通して、うつ病者が復職(リワーク)する際に必要な要件の一つについて私見を記したいと思います。

  私が担当した研修会終了後、某企業の衛生管理者が、「復職してもらってからは、うつ病で休んでいた人でも頑張って貰わなければ困る。『うつ病の人を励ますな』と言うが、復職した後も励ましてはいけないのか?本人に聞くと『主治医の先生に“頑張り過ぎるな”と言われた』と言うので、復職しても職場では腫れ物を触るような対応になってしまう。復職後の対応について具体的に知りたい」と質問してきました。  
  実は、私も同じような疑問を労働者との面接場面で感じていました。復職を前提とした面接において、「あなたは、主治医の先生から復職に際してどのようなアドバイスを受けましたか?」と質問すると、大抵の方が「先生からは『頑張り過ぎるな!』と言われています」と述べます。確かに、うつ病というのは、几帳面、生真面目な人物が、頑張り過ぎた挙げ句に発病するのが典型的なパターンであり、治療開始当初(急性期)は、「励まさない」、「頑張らずに休みましょう」等とご本人およびその関係者に説明をします。しかし、復職可能な時期になるとそうはいきません。先述の衛生管理者が述べていたように、復職するからには頑張ってもらわなきゃ雇用者側としては困るのです。主治医が述べた「頑張り過ぎない!」ということだけを“金科玉条の教え”とするようでは、「うつ」という病態に対する洞察が不十分であると言わざるを得ず、このような労働者は復職してもすぐに休職という事態に陥る可能性が高いと思われます。  
  休職しているうつ病者の洞察を深めるカギを握っているのは、主治医となる精神科医であり、心療内科医です。主治医は、患者の洞察をより深めるために「身を粉にして自己犠牲を払うような頑張り過ぎる生き方」を修正することのみならず、復職してからの心身のエネルギーの配分の仕方、バランス良く社会生活を送るための認知面の修正も図る必要があります。

  1990年代後半から2000年代初頭にかけて「未熟型うつ病」、「現代型うつ病」、「ディスチミア親和型うつ病」、「職場結合性うつ病」などが提唱され、DSM-Ⅳ-TRで双極Ⅱ型障害や非定型うつ病がとりあげられ、気分障害の概念が混沌としたものになってきました。これには、時代の流れ、社会情勢の変化が大きく影響を及ぼしていることは想像に難くありません。  
 うつ病(気分障害)の薬物療法は、各種薬剤が開発され発売されたことにより進歩してきていますが、発病に関連する社会的要因を薬物で治療することは不可能です。したがって、その人が復帰することになる職場および社会のニーズに応じたテーラーメイド医療が必要となります。先述したように様々な呼称の「うつ病」がありますが、「新種」の「うつ病ウイルス」が発見されたわけではありません。様々な人格特性とその人の置かれている様々な社会的状況があるわけであり、「うつ」が様々な経過をとるのは当然のことですので、「○○うつ病」といった分類にとらわれることなく、“多職種連携医療”を労働者に提供するのがメンタルヘルス問題に関わる産業保健従事者の責務だと思います。多職種が連携したテーラーメイド医療が提供できればうつ病者の復職(リワーク)は円滑に進むことでしょう。


鹿児島労基 平成28年3月号掲載

平成27年鹿児島県労働災害死亡事例の情報に接して

産業保健相談員 堀内 正久
(担当分野:産業医学)

 平成27年の鹿児島県内の労働災害死亡事例が、10月末現在ということで報告が行われた。13件の死亡事例があり、昨年の同期と比べると4件少なくなっている。「平成27年における業種別労働災害発生状況」が、鹿児島労働局のホームページで公開されていて、だれでも閲覧できる。報告では、発生年月日、業種、性別、年齢、事故の型、起因物、災害の概況が記載されている。年内途中の報告であり、速報的な意味もあり、情報としては十分とも考えられる。しかし、ざっと眺めたとき、立木が倒れて死亡に至った例が3件掲載されていた。林業労働災害報告によると、平成25年、26年にそれぞれ39件、42件の死亡事故があり、鹿児島県は、それぞれ3件、1件と毎年、死亡事例を出している。危険な作業であることを作業者は、もちろん認識しているはずであるが、事故が防げていないのは残念でならない。労災事例として申請を義務付けているのは、労災保険を通じて個人への補償を手厚く実施するとともに、災害・事故の再発を防ぐという意味があるからである。個人的な事故とは異なり、事業者は業務改善策を実施することが求められる。そういう観点で、今一度、ホームページに記載された報告を読むと、災害の概況に加えて、今回の死亡事例を教訓に、どのような再発予防策を含めた業務の改善を行った、あるいは行おうとしているのかの情報が欠落していることに気付いた。一般の方よりも、直接関係する作業者に伝達すればそれで済むという考えもあるかもしれない。一方で、再発予防策がどのような内容なのか、一般の方にも見える情報として提供し、様々な意見をいただくという姿勢があっても良いように思う。

 繰り返される労災事例という意味では、医療機関の針刺し事故は、件数という意味では、鹿児島県だけでなく、全国において、トップレベルの事例であろう。私が勤務する鹿児島大学病院(700床規模)でも、毎月の安全衛生委員会で5件程度の針刺し事故が報告されている。職業感染症として種々の研究もあり、安全装置付きの針の使用など、多くの対策がとられているのも事実である。安全衛生委員会の会議を思い出すと、針刺し事故の発生日、場所、感染の有無、簡単な概況のみが報告され、肝心の再発防止策についての記述がないことに気付かされる。実際には、対策マニュアルに従って、再発防止に対する記述を行っているが、安全衛生委員会には報告されていないのが現状である。会議に報告し、その妥当性を検討してこそ、意味のある会議と思う。上述した死亡事例の再発予防策のホームページ上での公開と同じ意味を持ち、事故の起こった後の対策として一番重要なことは再発防止であり、そのことが、職域で起こった事例を共有することの意味でもあると思う。早速、可能な範囲で、再発防止策に関する記述を報告してもらい、会議で議論ができるようにしたいと思う。

  鹿児島大学の病院地区は、設立から40年が経ち、現在、耐震補強工事を含めた改築工事が連日行われている。病院では、針刺し事故など感染の脅威にさらされながらの作業ではあるが、建築関係の作業を間近で見ると、高所からの落下の危険性、騒音や粉じんなど身体的な危険度が極めて高い作業を行っていると感じる。事故なく、安全に作業が進み、快適な職場環境が訪れることを願いながら、この文章を執筆した。


鹿児島労基 平成28年1月号掲載